5.シュタイン家最後の団欒①
急いだ甲斐があったのか、日が暮れる前に
あたしはトレドに入る事が出来た。
「ここまでくればもう大丈夫かな」
あたしは念のため周りを見渡してみたが、
特に怪しい気配はなかった。あたしが科学者
だとはバレていないハズ。であればただの田
舎町の女の子だ。魔法少女である彼女たちが
気に留めるはずがない。あたしも魔法科出身
ということになってしまっているが、そう思
ってくれていれば尚更都合が良い。
とにかくトレドまでわざわざ追って来るこ
とはないだろう。そこまでする理由はあたし
には思い付かなかった。だからあたしはアシ
ストブーツのスイッチを迷わず入れたのだ。
しかし、よく考えれば発明品などそれほど珍
しいわけではない。写真の技術や、街灯から
速馬車など至る所で使われているのである。
そう考えると、焦らずにアルビィナからブー
ツを使ってしまえばよかった。
しかしそれが甘い考えだったと、後々気づ
かされることになるとはこの時のあたしは思
いもしなかった。
「リュゼ、せめてそのマリーネという子には謝りなさいな。ルナという子は帰ってしまったのだから」
場所は変わって、そこはアルビィナの大通
り。あたしが逃げるようにマリーネの元を去
った後、ジェニーはマリーネに謝罪するよう
リュゼを促していた。
「い、いいんです。私も気にしてないですから。では、失礼します」
このまま何事もなく終われば、あたしが魔
法科出身のフリをしたことも報われる。学院
時代にあたしのせいでマリーネはいじめに合
い、さらには引越しまでさせてしまったお返
しが少しは出来たとあたしは思った。
がーーー。
「ちょっと待ちなさいよ!マリーネ」
マリーネはビクっと肩を震わせ、恐る恐る
振り返った。
「あたしに謝らせないつもり?悪かったわ、マリーネ。ちょっと先を越されたのが悔しかったのよーーーー」
そういうと、リュゼは大きく一歩踏み出し
て顔をマリーネにグイっと近づけた。
「ーーーーごめんね」
にっこりと笑顔で謝られ、マリーネはホッ
として彼女の目を見た瞬間血の気が引いた。
そう、リュゼの目は全く笑っていなかった
のだ。むしろ怒り、憎しみの炎が激しく燃え
滾っている様に感じた。
「あ、リ、リュゼ…」
マリーネは何か言おうとしたが、リュゼは
肩に手を置くとそれを遮るようにマリーネの
体を反転させた。後ろを向かされたマリーネ
は、そのままリュゼにポンっと背中を押され
タタラを踏んで歩き出した。
「じゃあね、マリーネ。あのルナって子によろしく」
バレてる⁈そんなはずはなかった。しかし
なぜかマリーネは、背中越しに感じる悪寒を
消し去ることが出来なかったのである。
そんなことが起きているとはつゆほども思
っていないあたしは、トレドの中央に位置す
る噴水広場をアシストブーツで快適に走り抜
けていた。そのあとを付かず離れずあたしを
マークする黒い影にも全く気がつかず、日が
暮れる前に自宅に着いてしまったアシストブ
ーツのスピードに感心していた。
「さすが〝機構″のオリジナルね。量産品とは出来が違うわ」
あたしが履いているアシストブーツは市場
に出ているものと見た目は変わらないが、性
能には格段に差があった。やはり各部に最高
級の動力石と素材が使われているオリジナル
製品だけのことはある。
もちろん両親が〝機構″で働いているから
手にすることが出来たのだ。科学技術開発機
構の主な仕事内容の一つは、魔力を持たない
者に魔法のような能力を発揮する道具を授け
る事だ。そのための発明品の一つがこのアシ
ストブーツである。
車輪は量産品にはない衝撃を吸収する天然
ゴムでおおわれ、風系の精霊力が封じられた
動力石は純度も高い。純度が高ければより多
くの精霊力を封じることが出来るのだ。あた
しのアシストブーツはもう二年ほど動力石を
変えていないが、スピードは一向に衰えない
。量産品なら半年に一度は交換が必要だ。
「ただいまー、おじいちゃん。学本買ってきたよ」
しかし返事はない。代わりに奥から現れた
のは別の人物だった。
「やあ、遅かったね、ルナ」
「パ、パパ⁉︎帰ってたの?」
「ああ、ついさっきね。母さんが夕食を準備しているよ」
「ママも?二人揃ってなんて珍しいじゃん、まさか機構をクビになったんじゃ…」
「はは、そんなことはない、たまたまさ。丁度同時に仕事がひと段落落ち着いたんでね。合わせて帰って来たのさ」
あたしも本気で思ったわけではない。二人
は科学界の中ではエリート中のエリートだ。
簡単にクビを切れるはずかない。まああくま
で科学界ではの話だが。
「おお、ルナ。帰ったか。ん?なんじゃ、おぬしも帰っておったのか、ヴァイス」
「ええ、今日はラナも帰っているんですよ、父さん。だから久々に家族揃って食卓を囲みましょうよ」
「ふん、魔法界の連中をのさばらせておいてなにが…ん?ラナもおるのかーーー」
ならばさっさと飯にしよう、とおじいちゃ
んは勝手な事を言って食卓に向かった。まあ
仕方ない、ママの料理は絶品だし、年寄りと
いうのは元来自己中心的な生き物だ。
とはいえ、あたしも久しぶりにママの料理
が食べられるのが嬉しかった。顔を見るのも
二ヶ月ぶりかーーーー。まさしく貧乏暇なし
というやつだ。
「久しぶりね、ルナ。さあ、腕によりをかけ
て作ったわよ。懐かしのママの手料理をタン
と味わって頂戴」
ふふ、相変わらずママは言い回しが古臭い
なあ。あたしは聞き慣れた声に、嬉々として
テーブルに向かった。
「さて、それじゃあシュタイン家の久々の団欒を祝して……、乾杯」
料理が並べられると、パパが乾杯の音頭を
とった。あたしは昼間の出来事などすっかり
忘れて、この空気を楽しんでいた。
しかしーーー。
これがあたしたちシュタイン家の、最後の
一家団欒になろうとは思いもしなかった。そ
れは、パパのこんな一言から始まったのだ。
「なあ、ルナ。きみ、誰かに尾けられていたんじゃないかな」