14.メルキュール②
「局長さん!今回の件は全てあたしのせいなんです!さっきあなたがいったように、あたしと一緒にいたところをリュゼに見られたことが事の発端。いえ、それより以前、学院時代からマリーネはあたしと仲良くしてくれました。科学者であるあたしとです」
「ふん、それで?」
「え?いや、だからマリーネは何も悪くないんだから、クビになんかしないですよね?」
あたしが話し始めると、局長の態度はさっきまでとは明らかに違っていた。
マズイな、読み違えたか?あたしの出る幕ではなかったのかもしれない。
「で?マリーネをクビにしない代わりにあんたが何かしてくれるのかい?言っておくが、俺はマリーネをクビにしたいなどとは塵ほども思ってないんだ。だがな、クソギルドとはいえシャイニーズを敵に回すことだけはしたくはないのさ」
「だ、第二都市最大のギルドだってのに?随分弱気じゃない?」
あたしは歩の悪い賭けに出るしかなかった。今さら後には引けない。
「科学者さんにはどうにかできるってのか?いくら有望とはいえ、まだデビュー前の魔法少女一人を全国紙のかわら版をわざわざ号外を刷らせて潰しにくるような連中だぜ?」
ち、かわら版屋の青年は良くある事とかいってたのに!さすがに号外をわざわざ刷らせるとなると珍しい事なのか。
「で、でも局長さん、マリーネのことクビにしたくないんでしょ?」
あたしのこの質問に、局長は即座に首を縦に振る。どうやらマリーネをクビにしたくないというのは本心のようだ。
「だったらーーー」
言いかけたあたしを局長は片手で制し、そのまま窓を指差した。
「あの窓から何が見える?」
あたしとマリーネは窓に歩み寄って、外に目を向けた。
「あれは?」
あたしはすでに日が落ちかけ薄暗くなった広場に、あたしたちと同年代の少女たちが集まっているのが見えた。
「魔法少女……たち?」
「ええ、彼女たち、無血戦争の実戦演習をしているの。依頼があればいつでも出られるよう訓練は欠かさないわ」
「でも、彼女たちがどうしたってのよ?」
「ふん、あくまで強気か。まあ、そういう態度は嫌いじゃない。とにかくあそこにいるのはまだほんの一部だ。マリーネ一人残すことで、万一シャイニーズから目を付けられりゃ、100人からの魔法少女まで犠牲になる可能性があるってこった。悪いがマリーネ一人と引き換えには出来ん」
「じゃあ悪いのは完全にシャイニーズじゃない!なんでマリーネだけが犠牲にならなきゃならないの?」
理由は分かっているのだが、納得できるはずがなかった。
「そりゃあ、お前さんと仲良くしてたからだろう?お前さんにとっちゃそこに付け込まれたってだけなんだろうが……まあ、今回は諦めな」
「そんな………」
あたしはショックでマリーネを見ることが出来なかった。おそらくマリーネの解雇はすでに決定事項だったのだろうが、シャイニーズがそれほどの権力を持ってるとは考えていなかった。あたしが甘すぎたのだ。
「もういいよ、ルナ。わたしはなんとなく分かってたから。もう帰ろう」
マリーネはやけにスッキリとした表情でそう言った。
「そんな、マリーネ………。じゃ、じゃあさ局長さん。代わりにどこか別のギルドを紹介してあげてよ?」
あたしは名案を思いついたと、マリーネを見たが彼女の表情は変わらなかった。
「ふ、マリーネは分かってるみてぇだな。そいつは出来ないのさ、科学者のお嬢さん。さっきも言ったがマリーネはシャイニーズに目を付けられちまったんだ。そんな魔法少女雇うギルドが出てくるとあんた本気で思ってるのかい?」
もはや八方塞がりの状態だった。本当にマリーネは魔法少女を廃業しなければならないのか?あたし、マリーネの親になんて言えばいいんだろう?
……………………
……………………、
「ふっーーーー」
しばしの沈黙のあと、局長は大きく息を吐き出すとあたしたちを交互に見てこう言った。
「一つだけ方法がないわけじゃない。まあ無謀っつうか乱暴なやり方ではあるがな」
「え?」
その言葉にあたしは思わず身を乗り出した。
「新たにギルドを新設しちまえばいいのさ。それもシャイニーズの圧力なんかにゃ屈しねぇっつう気概を持った奴がよ。そんなギルドができりゃマリーネも心置きなく所属できるってもんさ」
まあそれには越えなきゃならんハードルが幾つもあるがな、と局長は豪快に笑った。マリーネは苦笑いするしかない、というような表情だったが、あたしは俄然興味が湧いて来た。
「局長さん、そんなギルドを作れる人に心当たりがあるの?いるなら教えてよ」
「ルナ、無理だよ。第二都市最大のギルドのうちの局長ですら、シャイニーズとの衝突は避けたいって言ってるんだよ?いるわけがないよ」
マリーネは局長が意地の悪い冗談を言っているように感じたのだろう。その言い方はマリーネらしくないトゲがあった。
だがあたしには意味もなく彼がそんなことを言う人物とは思えなかった。
「ねえ、心当たりがあるんでしょ?そういう人に」
「まあ、な」
「え!?」
マリーネが驚きの声を上げた。
「やっぱり!で、誰なの?この近くにいるのかな、その人?」
「ああ、近くにいるさ。物凄く近くにな、というより目の前にな」
ーーーーん?目の前に?
ーーーーー、誰だ?
「あんただよ、科学者のお嬢さん。さすがは二人の始原の科学者の血を引く科学界のエリートだよ、ルナ・シュタイン」
あ、あたし?そんな!あたしはまだ15歳だよ
⁈ギルドを作るなんて、できるはずない!
しかしマリーネは逆に目を輝かせ始めていた。
「そうか!ルナね!それなら、うん、確かに大丈夫かもしれない」
え?だって、局長さん初めはあんな嫌悪感丸出しだったじゃん!なんで?ていうかあたしのこと知ってる?
「局長さん、あなた何か知ってる?魔法界側の人間で科学界のことに詳しいなんて、おかしくない?」
「そんなことはない。俺は魔法使いじゃないから科学には世話になってるからな。あんたに嫌悪感を抱いてたことが気になってるなら、言っておく。マリーネをクビにしなきゃならなくなった原因は、俺から見ればやっぱあんたってことだ。こればっかりはどうにも整理がつかねぇ。知ってるだろうがマリーネはかなり有望な魔法少女だからな。それにーーーー」
無謀で乱暴な提案と最初に言ったはずだ、とまたも豪快に笑った。
「どうだ?やってみる気があるなら学会になら紹介してやれるぞ」
え?が、学会?
「学会って魔法解析学会……だよね?」
「当たり前だ、魔法少女事務局を新設するんだからな。学会に申請しなきゃならん」
科学者であるあたしが、魔法少女事務局の局長に?
「だ、だってあたしは科学者だよ?学会が受け付けてくれるとは思えないよ⁈」
「そこは俺も保証は出来ん。だが条件さえ合えば受け付ける可能性はある。俺はせめてマリーネの無血戦争デビューだけでも見てみたいんだがな」
「ルナ、お願い。やるだけやってみようよ」
それをマリーネに言われては、断れるわけがないよ。やるだけやってみる、あたしの方が言いそうな事なのに、マリーネに言わせてしまうなんて。
「分かった、やってみる」
「よし、それなら紹介状を書いてやる。別室で少し待っていろ」
その瞬間、あっという間に音もなくトルベが部屋に入ってきた。
「ルナ、マリーネ。わたくしが別室に案内します。今日は遅いですから、紹介状を受け取ったら一晩泊まっていかれると良いでしょう。マリーネは仲間の魔法少女たちにも会いたいのでは?」
トルベは猛烈な早口でそう言いながら、もう既に歩き始めていた。あたしとマリーネは急いで後を追った。
科学者が魔法少女事務局を?でももう動き始めてしまった。よーし、やってやろうじゃない。シャイニーズが何よ、あたしには関係ないんだから!
あたしたちがトルベに案内され別室に向かうと、局長室にスッと一人の男が現れた。ファイアーフロートの中継地で、あたしたちを監視していたフードの男だ。
「上手いものですね、ハーヴィン局長。マリーネの事は申し訳ありませんが、これでルナが魔法少女事務局を新設することが出来そうです」
ハーヴィンというのは、どうやらここメルキュールの局長の名前のようだ。ハーヴィンはその男を一瞥すると、気にも止めず紹介状を書き始めた。
「あのお嬢さん、科学者の中じゃエリートなんだろうが、それだけじゃねえのかい?」
「それはいずれーーー」
「ふ、まあ俺はシャイニーズの暴挙を止められるんならなんでもいいが、マリーネを持ってかれたのは痛手なんだぜ?なんせあいつの母親はーーー」
「借りはかならずーーー」
フードの男は現れた時と同じように音もなく姿を消した。




