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金色の王女

 オレンジ色にぼんやりと光る夕日が、部屋の窓から射し込んでいた。

 部屋の床にはふかふかとした赤い絨毯が敷かれ、壁にはいくつもの美しい絵画が飾ってある。絵画はすべて、金色の豪華な額縁に納められている。

 重厚な装飾のなされた、重い椅子を後ろにがたりと引き、座っていた女性が立ち上がる。

 小さな窓から射し込む夕日が、彼女の見事な金髪を照らした。光を受けていっそうきらきらと輝くその豊かな髪を無造作に束ね、またはらりとほどく。

 立ち上がってのびをした彼女は、いつものように部屋全体をぐるりと見回した。浮かない顔で。

 部屋はどこを見ても金色。かわいらしさなどまるでない。

 すべてが目のくらむような豪華さを演出するために整えられた部屋は、父親であるレーヴェス国王の言いつけなのだから、勝手に自分好みに模様替えしてしまうことなど許されない。

 彼女の名前は、クリスティ。

 暴君と称され国民から忌み嫌われる父王とは対照的に、そのにこやかさと聡明な雰囲気で国民から愛される第一王女である。

 クリスティ王女は生まれながらに素朴な感性を持っていた。その辺に咲いている花を愛し、小鳥に話しかけ、きらびやかなものは好まない。

 兵士やメイドなどと城の廊下ですれ違うたび、控えめに一礼する。王女という、生まれながらに高貴な身分であっても、決して偉ぶったりしない。

 しかし、そんな彼女は王族は権力を行使してこそ、という考えの父からは疎まれている。下の者にもっと威厳を見せろと、いつも注意されていた。

 

「はあ。こんな趣味の悪くて目がちかちかする部屋、本当は取り壊してしまいたいのだけれど……」


 ぽつりとため息とともにつぶやいたとき、コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 広い部屋を横切り、金色の縦長の取っ手が付いた扉を開ける。

 廊下には、メイドが一人立っていた。分厚い皮表紙の本を数冊、腕に抱えている。


「ああ、ありがとう。あなたのおかげでやっと読みたい本が読めるわ。重かったでしょう」


「いえ、大丈夫です。では……」


「あ、ちょっと待って。忙しいのに私のわがままを聞いてくれたんだもの、クッキーがあるから食べていかない? オレンジが入っててとってもおいしいのよ」

 

 手招きをしながら微笑み、王女と思えない気さくさで誘うクリスティ王女に、そのメイドは困惑した。

 茶色い瞳を落ち着きなく動かし返答に詰まる彼女を、クリスティ王女は少しだけいたずらっぽく笑い、ぐいと手を引っ張って部屋に引きずり込んだ。

 

「おっ、王女様っ……!?」


「いいじゃない、堅くならないで? 退屈だったのよ、よければ話し相手になってほしくて」


 よければ、というか選択の余地はないじゃないか! と心の中で反論するメイド。

 クリスティ王女は重たい扉をぱたりと閉じ、にっこりと満足げに微笑んだ。


「あの、本……」


 メイドは律儀に、図書室から本を持ってくるという自分の仕事を全うしようとする。彼女には全くわからない、難しげな本だ。


「ああそうだったわ、ごめんなさい。読みたかったのよね、でもお父様は私が図書室に出入りするのを禁止しているから……」


 そう言う王女の目は、悲しげというよりかは怒りに燃えている、と表現したほうが正しいかもしれない。


「そうなんですか……」


「ええ。まったく、窮屈だわ。あっ、これよ、クッキー」


 王女は細く白い指先で、ピンク色のリボンをほどき、布袋からほのかにオレンジの香りが漂う小さなクッキーを取り出した。そして彼女のお気に入りである、木でできた丸い器にクッキーを盛り、メイドに勧めた。


「いえ、おやめください。私のようなものに、王女様ともあろう方が……」


「ああああ、なぜみんなそんなことを言うの。私はただのクリスティよ」


 異常な状況に、ただただどうしたものかと戸惑い続けるメイドに、クリスティ王女は突然ひらめいたというふうに手をたたいた。


「そうだわ、こんな時こそ権力よ。あの偉そうな父上がいつも言ってるじゃない! これは命令よ」


 たじろぐメイドに王女はそう言い放ち、クッキーの入った丸い木の器をずい、と差し出す。数秒間、メイドは困った表情で固まったが、やがて「すみません」と言い、クッキーをひとつつまんだ。


「おいしいでしょう? 料理長の新作なのよ」


「はい、とても。しかしなぜ……」


「退屈だったのよ。こんなにたくさん食べきれないし」


 メイドはまだ落ち着かない様子で、しきりに短い髪の毛を触っている。

 いや、メイドが触っているのは正確には自分の髪の毛ではなく、すっぽりとかぶったカツラだ。

 カツラの下には、彼女の地毛であるふわふわとした明るい茶髪がきっちりとまとめられている。

 そのメイド――ローザは、思いがけず王女の部屋に入ることになり、内心驚きでいっぱいだった。

 気さくな王女に勧められては断ることはできず、クッキーを口にしたが、万が一自分の正体に気付いていて、このクッキーに何か薬でも入れられていたら大変だ。こんな時のために、懐には数種類の解毒剤を忍ばせており、いつでも取り出せるようにしてある。

 しかしそんな心配はいらなかった。口の中でほろりととけるクッキーはオレンジの酸味と生地の甘みが見事に調和しており、ローザは思わず顔をほころばせる。


「はあ、あなた、この部屋まぶしすぎると思わない? 私はもううんざりなの」


 唐突にクリスティ王女が問いかけた。ローザは部屋を見回す。

 王城内は召使たちの部屋以外は、どこもこんな感じに金色と赤や茶色の重厚な色で埋め尽くされている。城らしいと言えばそうだが、内心ローザもやりすぎだと感じている。王女の性格から考えても、自室までこれでは落ち着かないだろう。


「……確かに、ゆっくりするには少し豪華すぎるかもしれませんね」


「でしょう? ……でも、全部お父様の言いつけだから、好きなようにはできない」


 ふう、と不満げに息を吐く王女の目には、憂いとも怒りともいえる暗い影が落ちている。


(なるほど、クリスティ王女は王に不満なのか……)


 ローザは、表情を変えずに、読み取った情報を頭の中の密偵ノートに書き込んでいく。

 予想外の収穫だった。






 だいぶ日が傾いてきた。少し前に王女の部屋を出たローザは、下の階を目指して階段を下りていた。

 あと調べていない場所は、地下牢だけだ。

 ローザは、地下牢こそ一番重要なものだと踏んでいた。

 あそこには、国王に恨みを持っているに違いないものたちが大勢いる。

 先日の給仕係の男のことを思い出す。ひんやりとした狭い牢屋の中で、彼は何を考えているだろうか。彼には罪などないのだ。しかし、王に言いがかりをつけられ、城の最下層に放り込まれた……。

 そんなことをされたら、誰でも、王に恨みを抱くのではないか。なら、いざ城へ攻め込んだとき、看守を気絶させるなどして牢を開けば、味方が増えるかもしれない。城のことをよく知った味方が。

 足音を立てずに、階段を一歩一歩降りる。やがて、地下牢に続く薄暗い通路が見えてきた。見張りの男が立っているのが見える。

 ローザはきょろきょろと首を動かし、困った顔をしながら見張りのほうへ近づいて行った。見張りは眉を顰め、突然現れたメイドを警戒する。


「すみません、新入りなもので……ここはどこですか?」


「牢だ。どうしてこんなところまで」


 言い終わる前に、見張りはみぞおちに衝撃を受け、ひざをがくんと折ってくずれおちた。

 力の抜けた体をローザは歯を食いしばって物陰までひきずり、その衣装を奪う。そして動かない見張りの口に、懐から取り出した睡眠薬を取り出し、むりやり押し込んだ。

 見張りの服を着たローザは、何十人もの罪なき囚人がひしめく牢屋へと足を進めた。







 同じころ、ラッセル邸。

 広い中庭の訓練場で、ラッセルはひとり、剣を振っていた。

 日が落ちてきたのにもかまわず、ひたすら型をなぞる。額にうっすらと汗がにじんできた。息もだいぶ上がってきている。

 だが彼は、うれしくてたまらないように笑っている。笑顔で剣を振り回すその姿は、見るものを恐怖させるものだが、そんなラッセルに顔色一つ変えず、年配のきりっとした男性が近づいてきた。

 きっちりと分けられた前髪は、まじめな性格をそのまま表しているかのようだ。男に気付いて、ラッセルは剣を振るのをやめた。


「お疲れ様です。手紙ですよ」


 さっぱりとした必要最低限の言葉で、ラッセルの執事であるその男は一通の手紙を差し出した。


「ありがとう、クラウス。……ストーンヒル家、か」


 差出人の名前を見たラッセルは、一瞬にして険しい顔つきになった。

 この間の集会の後、すぐにラッセルはグラッドの屋敷に手紙を書いて出した。「道に迷っていたので自分の屋敷に招待し、話をしているととても気が合うことがわかり、しばらく滞在してもらうことになりました」という内容のものだ。少々強引な作り話だとは思ったが。


「稽古はもう終わりにするよ。部屋に戻る」


 剣を鞘に納め、屋敷の中へ入る。広い自室で、汗で湿った服を脱ぎ、ゆったりとしたものに着替える。机に置いた手紙を読もうと、豪華な革張りの椅子に腰かけたとき、執事のクラウスがお茶を持ってやってきた。

 落ち着き払った年配の執事は、ラッセルが子供の時からこの屋敷にいる。ラッセルにとって家族同然の存在だ。そして、ラッセルが反乱勢に加担していることを知る人物でもあった。


「返事はどうですか?」


「ああ、たぶん『わかりました』って感じのものなんじゃないの?」


 適当に言いながら、封を開ける。中に入った手紙を取り出し、広げて読む。

 最初の数行には、長ったらしく複雑な挨拶が書かれているので、読み飛ばす。そして五行目あたりでようやく本題にさしかかった文章を目で追ったラッセルは、驚愕のあまり机を両手でたたき、勢いよく立ちあがった。突いた両手がわなわなと震えている。


「どうしたのです」


 目を丸くして、クラウスが心配する。その声も聞こえていないようなラッセルは、机の上に広げた手紙を凝視してつぶやく。


「……嘘だろ?」


 回りくどい言い方や使いすぎの敬語でひどく読みづらいが、まとめるとこうだ。



 この手紙を書いている私は、グラッド・ストーンヒルです。

 せっかくラッセル殿からお手紙をいただいたというのに失礼ですが、お手紙の内容がよくわかりません。

 私は城下町になど行っておりません。ずっと自分の屋敷にいます。

 人違いではございませんでしょうか。



「どういうことだ……? なら一体、教会にいるグラッドは、誰なんだ……!?」




 

 


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