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反逆者たちの集会で

 あちこちに埃の積もった、カビ臭く薄暗いさびれた教会の中。何十人かの人々が身を隠すようにして集まっていた。性別も年齢も身なりも様々な者た

ち。輪になった彼らは潜めた声で、何かを話している。話、といっても軽い内容ではない。国を揺るがすような、壮大な計画を練っているのだ。 彼らは皆同じ志を持った、反乱勢。

 その中の一人、赤い髪をポニーテールにした若い女が言った。


「国王の蛮行は目に余るわ。今に始まった事ではないけど、また税を上げるなんて気が狂ったとしか思えない」


 茶色い澄んだ瞳に怒りを滲ませて話す彼女に、一同は深くうなずく。

 また別の仲間が口を開く。今度は体格のいい中年の男だ。ここに集まっている反乱勢は寄せ集めのような面々である。中には真っ白な髭を蓄えた、しわだらけの老人もいる。か細い体のその老人は今にも倒れてしまいそうだが、目には強い光が灯っており、国王に不信を抱いているという点では皆同じだ。


「あいつはものすごく疑り深くて、この間なんか長年仕えてきた臣下まで牢にぶちこんだって話だ。ありゃひでえよ」


 国王のことを「あいつ」と呼び、自分のことのように顔を歪めて語る男。誰かが舌打ちをし、「ろくでもねえ王だ」と吐き捨てた。


 先程から話題の主となっている、この国、レーヴェス王国の王。傲慢な態度で乱雑な政治を行い、すぐに人を疑い片っ端から牢にぶちこんでいくとい

う、どうしようもない王である。酒に明け暮れ酔った勢いで暴れ出すという話は、知らないものはいないというほど有名だ。

 

とても一国の王とは思えぬ振る舞いと、上がり続ける税金。反乱を企てる組織が現れるのも不思議ではない。国内はどこへ行ってもギスギスとした空気が蔓延している。現国王が即位してから数が増え

た、街の兵士たちが見張っているおかげで、かろうじて暴動が起こるのを食い止めている状態だ。圧政に苦しめられる国民は疲弊しきっていた。

 こんな状況を何とか変えようと、密かに立ち上がったのが今この教会にいる者たちだ。

 いや、正確に言えば、いっぺんに何人もが立ち上がったわけではない。始まりは、一人の少年からだった。"彼"は焦茶色の髪を暗闇に馴染ませ、顔を下げて仲間達の話を聞いている。この少年こそが、反乱勢を築き上げたリーダー。そして元王子である。


「ジェイク、さっきから俯いてどうしたの? まさか寝てるんじゃないでしょうね」


 まるで母親のように、赤髪の女がその少年ジェイクに声を掛ける。ジェイクは顔を上げ、緑色の瞳を女に向けた。寝てないよ、というふうに肩を竦め

て。

 ジェイクの名が出て、皆の視線が彼に集まる。

 ジェイクはごほんと咳払いをし、口を開いた。


「ごめんごめん。聞いてたよ……国王はあんな奴

だ。同情は要らないから早く潰してしまおう。その辺の計画はカレンに任せるよ」


 リーダーらしからぬ適当で感情的な言葉を聞い

て、カレンと呼ばれた赤髪の女は頭を掻きながらため息をついた。彼女はジェイクの昔からの知り合いで、持ち前の頭脳と冷静さを買われて反乱勢に加わった。日ごとにさびれていく国を心配する心は誰にも負けないと自信を持っている。国をどうにかしたいとは思っていても、自分は無力だと悩んでいたとき声を掛けてくれたジェイクを信じて、発覚すれば国家反逆罪で極刑という危険極まりない計画に参加したというのに、リーダーである彼はこの有様だ。


「潰すって……まだそこまでの力はないわよ。だいたい、陥落しないといけない王城の構造さえ分からないのに」


「なら調べればいい。協力してくれる密偵なら見つかってるよ。とにかく、カレンを信頼してるからさ」


 あっけらかんとした笑顔で言うジェイク。二回目のため息をカレンはぐっと堪えた。信頼していると言われては仕方が無い。それに彼の言うとおり、ぐずぐずしていてはこちらの動きを悟られてしまうかもしれない。そうなっては元も子もない。国を救う前に命を落としてしまう。


「じゃあその密偵さんとやらをーー」


 話を進めようと口を開いたカレンの言葉は、切羽詰まった声に遮られた。


「ジェイク! ……誰かが、扉の向こうにいる」


 声の主は入り口の扉に立って、見張りをしていた男だ。万が一国王側の者に自分たちが反逆の計画を練っているとばれ、この教会に乗り込んでくるようなことがあれば、彼が察知して地下の隠し部屋に避難するように伝えることになっている。

 今、その"万が一"が起きた?

 皆一瞬にして固まった。張り詰める空気。


「落ち着いて。地下に移動だ」


 緊張した空気。それを破って、ジェイクは静かな声で皆を導く。その一声で固まっていた者も我にかえり、足を踏み出そうとした。


 しかし、乱暴に扉が開く音とともに、見張りの男の呻き声。

 反乱勢たちには、それが地獄からの迎えのように聞こえた。

 冷静なカレンの肩が小刻みに震えている。他の者たちも同様だ。この世の終わりのように目を見開き、唇を噛んでいる者もいる。暗闇に浮かぶ青ざめたいくつもの顔。額に光る汗。

 その中でジェイクだけが、淡々と思考を巡らせていた。

 見張りのトムは元兵士だ。そうやすやすと倒せるものではない。かなりの強者か。あと、足音は一つ。一人で乗り込んでくるとすれば何者だ? 王の手先なら、複数人で来るだろう。誰も信用しないあの男は、裏切りを心配してか部下を団体で行動させる節がある。互いに監視させることができるから。じゃあ一体誰が、この場所を突き止めた?


 "侵入者"が、扉のところから声を掛けた。


「出てこい、誰だかしらないが」


 その場にいた者は皆驚いた。少し低めではあるが、その声は間違いなく少女のものだ。

 国王の手先の兵士ではないのか?


「お前らが、反乱勢だろう」


「っ!!」


 カレンが息を呑んだ。その顔には間違いなく恐怖が浮かんでいる。恐れていたことが起こり、自分はこれから反逆罪で刑に処されるという、恐怖。

 ジェイクは、ゆっくりと扉へ向かった。何人かが「行くな」と手を掴んだが、彼はそれを振り払った。


 粗末な身なりからは想像もできないような、優雅な足取りで歩くジェイク。やがて"侵入者"の少女と三歩ほどの間隔まで近づき、足を止めた。奥にいる仲間たちは息を止めてその様子を見ている。

 開かれた扉から射し込む街の明かりが、華奢なシルエットを際立たせる。ぱっと見たところ、ジェイクとあまり年の変わらない、可愛らしい少女だ。……彼女から発せられる、禍々しい殺気を除けばだが。

 滅多なことでは動揺しないジェイクも、さすがに冷や汗が浮かんできた。

 どうする。どうすれば、切り抜けられる?

 そばで倒れているトムを見やる。血は出ていない。みぞおちか、首の後ろを打撃されて気を失っているのだろう。死んではいないとわかり、ジェイクは取り敢えずほっとする。だがすぐに目の前にいる少女を、殺気に負けないように射抜くような眼差しで見据える。


「答えろ。反乱勢か?」


 大きな黒い目を鋭く釣り上げて、少女はジェイクに問う。肌をビリビリと刺すような殺気に耐えながら、ジェイクは息を吸い、毅然として答えた。


「そうだ。俺は反逆を企てている……でもそれは俺だけで、奥にいるのは何も関係ない人達だ。俺が自分の思想を説いて、洗脳しようとしただけなんだ」


 後ろで仲間たちが息を呑むのが聞こえたが、構わずジェイクは続ける。


「あんたは国王に命令されて来たのか? なら俺を連れ帰って、好きにすればいい」


 仲間を庇うために自分の命を差し出そうとするジェイクに、カレンがたまらず声を上げた。彼女は恐怖など忘れてしまったかのように、ジェイクの名を呼ぶ。悲痛な叫び声。それを聞いてもなお、少女は表情を変えない。

 と、唐突に少女が扉の方を振り返り、誰かに声を掛けた。まだ仲間がいるのかと、ジェイクは身構える。


「おい、入って来い。引き摺らないといけないか?」


 命令するような口調だ。それに、引き摺るとはどういうことだろう。

 一同が固唾を呑んで見守る中、よろよろと一人の恰幅のいい紳士が扉の外から姿を現した。いったいどんな人物が入ってくるのかと身震いしていた者達は驚いて目を丸くする。紳士が中に入ると、少女は機敏な動きで扉を閉めた。そしてジェイクと反乱勢の方に向き直り、こう言い放った。


「私はお前たちの味方だ。殺したりしないから安心しろ」


「なっ……!?」


 突然告げられた驚愕の事実に、その場にいた全員が、素っ頓狂な声をあげる。

 一番驚いたのは、少女の後から入ってきた紳士、グラッドだ。グラッドが驚くのも当たり前である。彼は少女を反乱勢を捜索させるために雇ったのだから。これでは立派な裏切りだ。

 

「どっ、どういうことだ、ミル! 私を騙したのか!? こんなの契約違反だ!」


 口の端に泡を浮かべながら必死の形相で怒鳴るグラッドにミルは答えもせず、かわりに何か黒く光るものを彼にむかって投げた。一瞬のことだった。振った手の動きさえ見えなかった。カカカッ、という小気味よい音が教会に響き渡り、グラッドは壁に縫いとめられた。

 

「いちいちうるさい奴だな。串刺しにされたくなかったら黙っておけ」


 グラッドはもう何も言わなかった。彼に投げつけられた3本の尖った黒い刃物は、上着の襟と袖をきれいに貫き、壁に刺さっている。今回はわざと服だけを狙ったようだが、恐らく次はないだろう。

 シンと静まり返った教会に、恐怖でガチガチと鳴るグラッドの歯の音だけが滑稽に刻まれる。


「この通り、こいつに命令されてここまで来た。だが国王の側につく気は無い」


 後ろで放心している雇い主グラッドを指でぞんざいに指し、ミルはジェイクの目を見て言う。ぽかんと口を開けたままだったジェイクは真っ黒い両目に見つめられてようやく我に返り、姿勢を正して口を開いた。


「……それは本当か? なら何で依頼を受けた?」


「前金目当てだ」


 言って、ミルはグラッドから貰った二十万レーヴが入った革袋を取り出す。金貨がぎっしりと詰まったそれがじゃらりと音を立てると、ジェイクは眉を顰めた。ミルは言葉を続ける。


「でも、それだけじゃない。お前たちに協力してやる。無能国王を潰すんだろう?」


 奥にいた仲間たちがざわついた。突然現れた恐ろしく強い少女が味方を名乗り始めたことに、ジェイクもかなり混乱している。絞り出す声が弱弱しくなる。


「どういうつもりだよ……」


 油断したところを襲うつもりかもしれない。あるいは自分たちの仲間として入り込み、内情を探るつもりか。前者は十分に有り得る。が、これだけ腕が立つのだから、そんな回りくどい真似をしなくても容易く全滅させることはできるだろう。後者は明らかに不自然だ。こんなに怪しまれる潜り込み方をするはずがない。

 少女の目を見る。カラスの羽のように真っ黒な瞳。迷いのない、真っ直ぐな瞳。


「そんなに信じられないなら、こいつの心臓でも突いてやろうか?」


 ミルは壁に縫いとめられたまま硬直しているグラッドにすばやく接近し、剣を抜いて彼に突き付けた。ひいい、というグラッドの悲鳴。

 ミルの顔が、仄暗く陰る。黒い瞳が、刃の光を受けててらてらと光る。時が止まったかのような沈黙。人ひとりの命がかかった会話に、場が凍りつく。


「やめろ」


 一言。だがそれだけで十分だった。ミルはぴくりと眉を動かし、怪訝そうにジェイクを見たが、やがてグラッドに突き付けていた剣を鞘に納めた。場を支配していた、異常なまでの緊張感が解ける。


「お前の気持ちはよくわかった。俺らの仲間に入るんなら歓迎するよ、ああついでにそのオッサンもな」


「ジェイク!?」


 カレンが仰天して大声を上げた。他の者たちも同じように、何を言い出すのかと騒いでいる。当然の反応だ。突然現れた危険な匂いがぷんぷんする二人を、仲間に加えると言い出したのだから。


「気でも狂ったの!?」


 大反対だと言わんばかりに声を張り上げるカレン。ジェイクは聞こえないふりをして続ける。


「お前、名前は?」


「ミルだ。後ろの奴はグラッドとかいうらしい」


続けざまに殺されかけたグラッドは、もはや緊張することも忘れてぐったりとしている。死んだ魚のような眼は、もう逃げられないことを悟っているようだ。そんなグラッドにジェイクが歩み寄り、厳しい声で質問を始めた。


「国王に命令されて来たのか」


「それは違う……私は田舎の貴族で、国王様に刃向う輩を見つけ出して手柄を立てようとしただけなんだ……それがこんなことになるなんて……」


 弱弱しい声でぽつりぽつりと白状するグラッド。


「じゃあ、悪いけど身柄を拘束させてもらう」


「な……」


 青ざめるグラッドに構いもせず、ジェイクは仲間たちにグラッドを地下に連れて行くよう声を掛けた。急な展開に、奥に固まっているカレンたちは戸惑う。だがやがて一人二人と、グラッドのほうへやってきた。


「ジェイク、本当に大丈夫か? こいつら……俺はやばいと思うけどな」


 ロープを手にやってきた仲間の男が苦しげに言葉をこぼす。


「嘘をついているようには見えない。だいたい、嘘がつけるほど器用じゃなさそうだ。俺のカンだけどさ」


 どういう意味だと、ミルがぴくりと眉を上げる。ロープを持った男はそれを見てびくっと表情をかたくし、黙ってグラッドを縛りはじめた。




 

 

 





 





 

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