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傾く王城

 赤と金の豪奢な階段を、黒い影が走っていた。

 黒い影は、肩で切りそろえた髪をはらりと揺らしながら、次々と湧いて出てくる兵士たちをゴミでもはらうかのように倒していく。腰に差した剣は抜かれていない。

 仰々しく武装した、大柄な兵士たちはうめき声をもらしながら次々に倒れていく。急所をはずして打たれた刃物には眠気も同時に誘う痺れ薬が塗られており、外傷こそ目立たないが城側の戦力は着々と削られていっていた。


「まだいるのか……」


 気だるげにぼそりとつぶやくミルの後ろには、二人組の弓矢を手にした兵士たちが迫っていた。壁に隠れていたようだ。

 二本の矢が同時に放たれ、ミルに迫る。

 だが、飛ぶ矢よりも、彼女が剣を抜くほうが速い。

 後ろを振り返りもせずに、ミルは手にした剣を横に振り、矢を払い落とした。キンキンッと、高らかな金属音とともに矢は床に落ちた。

 唖然とする兵士たちを置いて、ミルはまた階段を駆け上がる。


「ここ……どこなんだ? 何階まで上がった? そもそも、王のところまでたどり着いたら討てばいいのか、縛ればいいのか……」


 ふっと、ジェイクの顔が思い浮かぶ。

 あいつはたしか、誰も死ななくていいとか、そんな感じのことを言っていた。まったく、そんなことできるわけがないのに、と思う。

 

「貴様か、侵入者は! もう逃げられんぞ! 我らレーヴェス騎士団が来たからには、命はないものと思え!」


 階段を上がった先には、一段と派手に武装した二十人ほどの集団がいた。先頭の背の高い男は眼光が鋭く、ミルに向けている剣はよく手入れしていて美しく光っている。

 ミルは騎士団を見据えたまま、しゃらり、と剣を抜いた。父の形見であるそれは、初めて手にしたときと同じようによく手になじむ。あのころは小さな体に不釣り合いな大きさだったが、今はちょうどいい。


「かかれ!」


 掛け声とともに、一斉に集団が向かってきた。鎧ががしゃりがしゃりと音を立てる。

 カッ、と床をけり、ミルは剣を構えて駆け出した。

 身軽な黒装束の彼女は、重い鎧を身に着けた大男たちにあっという間に迫り、切りかかってきた騎士の剣を受け流す。

 そのまま素早く騎士の腹を足で蹴り、左からかかってきた違う騎士と剣を交える。腹を蹴られてよろめいた、ひときわ体格の良いその騎士は、後ろにいた騎士を下敷きにして倒れた。

 後ろからほかの騎士がかかってくるのを感じ取ったミルは、交えていた剣を放し、さっと横に飛び出た。

 ここぞとばかりに剣を構えて襲いかかる騎士たちは、突然肩に痛みを感じてひるんだ。三人の騎士に、黒い刃物が刺さっている。彼らはそのままドサリと倒れた。


「ひるむな! 必ず討ち取れ!」


 そう叫ぶ男の声は、焦りで裏返っている。


 






「あなたたちを呼んだ理由は、わかっていますね」


 目がくらみそうなほど金色で装飾された豪奢な部屋。

 クリスティ王女は、部屋に集まったレーヴェスの裁判官らに向かってそう言った。


「もちろんですとも、王女。遅かれ早かれ、こういう時は来ると思っておりましたから。わたくしたちは、神聖なる法廷において誓われた国を守る誓いと、王女様の味方でございます」


 青いローブに天秤のバッジをつけた裁判官が歩み出る。その頭は禿げあがっており、金色の部屋の中でてかてかと光っている。

 部屋と同じように金色をした豊かな髪を揺らして、クリスティ王女は「ありがとうございます」とお辞儀をする。


「では、私とともに来てくれますね?」


 言った瞬間、部屋に中の空気が凍りついた。

 裁判官らはみなこわばった表情をしている。

 城の最上階に位置するこの部屋にも、剣と剣がぶつかりあうけたたましい金属音が聞こえてくる。半刻ほど前に突撃してきた名家ラッセル家の軍は、もうだいぶ城の内部に侵入してきているようだ。


「護衛はつけます。……必ずしも安全とは言い切れません。でも、民のほうがずっと危険の中に身を置いているでしょう」


 クリスティ王女の金色の瞳が、裁判官らをとらえた。数秒ののち、彼らは全員気圧されたようにうなずいた。

 それを見てクリスティ王女は満足げに微笑み、部屋の外にいる護衛に声をかけた。


「ふふふ、上手くいったら、この部屋の内装、変えちゃいましょう。まぶしくって仕方ないわ。お父様は、もう何も言えなくなるんだから」







 ジェイクは地下牢から連れ出した味方たちを引き連れて、ひたすら階段を上った。記憶に焼き付いている赤と金の豪華な階段とは違う、召使たち専用の狭く薄暗い階段だ。きらびやかな城の裏側は案外と粗末なものだ。

 後ろに引き連れている、つい先ほど味方になった者たちは、思い思いの武器をかかえて走っている。どこかからか奪ってきた剣、ナイフ、肉切り包丁、頭三つ分ほどもある花瓶を抱えている者もいる。


「坊ちゃん、どこまで上がる気だ?」


 すぐ後ろを走る、長い槍を構えた大柄な元兵士の男が問いかけてきた。体力のありそうな彼も、八階まで走って階段を上がってきたから息が上がっている。

 

「最上階、まで、そこで、仲間が待ってる」


 ジェイクも荒い呼吸を抑えてやっとのことで返事をする。足がだるい。


「すごく、強いんだ、軍隊一個、あっても、かなわない」


「へえ! そんなやつを従えてんのか! すげえな、さすが王子だな。どんな大男なんだよ?」


「男、じゃ、ない。俺とおんなじ、くらいの年の、」


「女あ!?」


 返事をする代わりに、ジェイクは首を思い切り縦に振って見せた。

 ミルはもう最上階についているだろうか。王の間と、クリスティ王女の私室がある最上階に。

 

「ついた!」


 重くて動きそうにない足をなんとか動かして、最後の段をこえて最上階についた。

 後ろにはまだぞろぞろと階段を上ってくる味方たちが続いている。


「ふー、きつかったぜ! やっぱ体なまったなあ。で、どうすんだ、王子?」


「クリスティの部屋に行く」


「王女に? なんでまた……」


「……しっ、誰か来る」


 がしゃがしゃと、鎧の音がする。

 王族の住む最上階に配置されているのだから、精鋭だろう。複数人で来ているようだ。


「まさか……イーガーじゃないだろな。いや、あいつは単独で行動するから違う」


 イーガーの名前を聞いて、ジェイクは戦慄した。

 どうして今の今まで、そいつの名前を忘れていた?

 ミルが先についているからと、気を抜いていたのだろうか。

 いや、そのミルも、あいつにやられているかもしれない。


「みんな、何か来てる! 一斉にかかるぞ!」


 ジェイクが叫ぶと同時に、鎧をまとった兵士が四人現れた。


「っらあああああ!」


 ジェイクの後ろにいた槍を手にした男が襲いかかる。その顔は嬉々として、まるで戦いを待ち望んでいたかのようだ。

 最上階にぞくぞくとたどり着く味方たちも、それぞれの武器を手に襲い掛かっていった。圧倒的な数の差で、武装した兵士たちがもまれる。


「みんな、無事か?」


「ああ」


「よってたかって、あんまり気分はよくないけどな」


「腕、ちょっとやられちまった」


 味方のひとりの腕から流れ出る鮮血を見てジェイクはぎょっとしたが、命に別状はないようで安心した。

 階段の先には、ひときわ豪華な赤と金の廊下がまっすぐにのびていた。

 目をつぶってでも歩ける。突き当りを右に曲がると異母姉クリスティの部屋で、左に曲がると、自分の部屋だった場所に出る。

 いけない、今は感傷に浸っている場合ではない。


「おい、ずいぶん間抜けな顔してるじゃないか。よくここまで死なずに来れたな」


 振り返ると、無傷のミルがいた。

 

 







 


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