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囚人たちと覚悟

 牢屋の中はかび臭く、一歩歩くごとにざっと埃が舞った。

 いくつもの鉄格子。というか、鉄格子しかなかった。

 ジェイクに気が付いた看守が、


「誰だ!」


 と、手にしていた槍をジェイクに向けてきた。

 刃物をつきつけられるのは酷く気分が悪い。今にも体をずぶりと貫かれそうで、だけどそんな威嚇にひるまず、ジェイクは看守に向かって、大嘘をついた。


「俺は第一王子ジェイク――昔追い出されたが、国王の命により再び戻ることになった。今日は、囚人を解放せよと命を受け、ここにきた」


 昔追い出された第一王子、までは真実だが、もう一度城に戻るとかはもちろんすべて、嘘である。

 とりあえずこの嘘をついてみて、効果が無いようなら力ずくで囚人を解放するつもりだった。

 が、そんなにうまくはいかない。


「王子? おまえがか? んなわけないだろう!」


 ジェイクはいまさらながら自分の服装を確認する。

 ああ、確かにこれでは信じてもらえないだろうなと思った。

 薄汚れたカーキ色の上着に、つぎはぎだらけのズボン。いくら城を追われていたとはいえ、こんな格好で王子として城を歩き回るわけがない。

 あきらめて、目の前までせまってきた看守を突き飛ばして槍をうばう覚悟を決めた。

 が、思いがけず囚人の一人が鉄格子の向こうから会話に入ってきた。


「ジェイク様……」


「はあ? お前大丈夫か? 老いぼれがこんなとこに長くいて、変になったか?」


 ジェイクの名を呼んだその囚人は、六十も近そうな初老の男性だ。

 どこかで見たような気がするが、思い出せない。


「ジェイク様、ハリスンです。覚えていらっしゃいませんか?」


「あっ……」


 まだおぼろげだが、確かに引っかかるものがある。

 記憶の隅で穏やかに笑う、紳士の顔。しかし思い出せない。

 返事をできずにいるジェイクに、看守が再び詰め寄る。


「何だか知らんが、不法侵入者として処罰するぞ。だがその前に、ひとつ聞きたい。外で何が起こってるんだ?」


「……反乱だ。ラッセル家が、兵をあげた。俺は、反乱の首謀者だ」


 緊張しながら答えた。

 

「なっ……!!」


 驚いて声を漏らしたのは、看守だけではない。

 大勢の囚人が、ざわつきだした。驚きのあまり立ち上がる者が何人もいる。

 看守は、口をぱくぱくとさせている。

 チャンスだ、と思ったジェイクは、すかさず腕をのばして看守から槍を奪い取った。


「何をする!」


「そういうことだから、おとなしくしろ。俺の言うことを聞いてもらう」


 できるだけ威厳を出して、看守を見据えていった。

 看守の目には、怒りでもなく、驚きでもない何かがあった。

 

(国王を、恐れてる)


 ジェイクはそう悟った。この男は、武器を奪われて脅されていることに恐怖を感じているのではなく、自分の失態を国王にとがめられることを恐れている。

 理解したと同時に、勇気がわいてきた。

 自分の味方は、思ったよりも多いかもしれない。


「囚人たちを解放してくれ。そして、俺たちに協力してもらう」


 看守は唇を噛んだ。

 看守の後ろで、何人かが歓声を上げた。やつれた彼らの目には、希望の光がちらついている。

 槍の先を看守の背中に突き付けながら、牢の鍵を要求する。じぶんが他人に刃物を向けていることが少し怖く感じたが、それ以上に計画がうまくいったことにどきどきしていた。

 最初に開けた牢の囚人は、うつむいて膝小僧を抱え座ったまま動かない。看守が声をかけたが、うつろな目の囚人は立とうとしなかった。

 ジェイクはあきらめて、次の牢に移った。

 中にいた囚人はやつれ、目はくぼんでまるで骸骨のようだったが、外から聞こえてくる合戦の音を聞いて、興奮していた。瞳の奥で何かが燃えている。

 やや緊張しながらジェイクが鉄格子を開けると、囚人はすっくと立ち上がり、やっと出られたとうれしそうに牢屋の廊下に躍り出た。

 

「一緒に戦ってくれるか」


「国王の敵として、か? 勝てそうなのか? もしあんたらの軍が負けちゃあ、協力したやつらはみんな打ち首だぜ! そうなるのはごめんだ!」


「勝てる……いや、必ず勝つ」


 確信した表情で、ジェイクは男にそう告げた。

 もちろん、勝敗なんてわからない。自分たちが勝つか、負けるかなんて、ここにいてはわかるはずもない。

 だが、今ここで自信のない態度をとって囚人たちの信用を失い、味方になってもらうことが叶わなければ、戦力が減って負ける可能性が大きくなる。

 勝つために、できることは何でもしなければ。

 ジェイクの視線に圧され、男は小さくうなずくと、腕を曲げて力こぶをたたいた。

 

「久しぶりだから体がなまってるなあ。筋肉も落ちたかな……」


 ぶつぶつと独り言をつぶやく男は、どこかうれしそうだ。もとは兵士だったのだろう。


 それから順調に、囚人たちを味方にしていった。もちろん中には応じないものもいた。そういった囚人たちは、うつろな目をしていて、すべてにおいてあきらめの心を持っているようだった。

 そして最後に、ジェイクを知るハリスンという老人の牢に来た。

 ハリスンはジェイクを食い入るように見つめており、そんなに見なくてもいいじゃないかと、ジェイクはなんだか恥ずかしくなった。


「俺たちと、一緒に行ってくれる?」


「もちろんです。王子にまた会えるなんて。それに王子が正しいことを信じ、反乱を起こすまでに立派になってくださって……」


 ハリスンの目尻が光っている。


「ご、ごめん……俺は、あなたが誰なのか思い出せないんだ」


 きまり悪そうにそう告げても、ハリスンはぶんぶんと首を振り、ただただ感激するだけだ。

 反乱に協力する意思のある囚人、ざっと百名あまりを引き連れ、ジェイクは地下牢を出た。

 廊下に出て、上へと上がる階段にさしかかったとき、うしろで誰かが素早く動く気配がした。

 と思うと、いきなり目の前に灰色の服が広がった。

 看守の着ている服だ。


「!」


 目の前に現れ、顔をこわばらせた看守が手に持っているのは、鋭利なナイフ。

 それを手にしたまま、看守はまっすぐジェイクに向かってきた。


「うおおおおお!!!」


 雄たけびをあげて、目を血走らせた看守の顔が迫ってくる。

 反射的に、看守から奪った槍を、前方に向けた。


 ――ずぶり、と、嫌な感触。

 うめき声、それから、苦痛で顔に深くしわを刻み、目を見開いた看守の顔。

 槍は、看守の腹に刺さっていた。

 呆然として、手が震える。刺された看守はゆっくりと倒れ、手をがくがくとさせながら床につっぷした。槍の柄のかしゃん、という音が響く。

 やがて、床ににじむ真っ赤な血。

 ジェイクの心臓が、ドクドクとうるさく鳴る。

 やってしまった。

 死んではいないが、確かに自分は人を刺した。重傷を負わせた。放っておけば、死んでしまうかもしれない。


「おい、兄ちゃん。早くいかねえと」


 後ろにいた、最初に牢から出した囚人が声を掛けてきて、はっと我にかえる。

 そうだ――行かなければ。

 行かなければ、負けてしまえば、ラッセルも、ミルも、カレンも、みんなみんな、殺されてしまう。

 手から、人を刺した感触が消えない。

 それでもジェイクは、踵を返して階段を上がった。

 ミルの言った言葉が、頭の中で繰り返し繰り返し、再生される。


『お前は甘い。絶対に死人は出るよ、死にたくなかったら目の前の敵をためらわず刺せ。容赦なんかするな』

 

 ミルの言葉に、ジェイクは従った。

 薄暗い地下の廊下に、ぐったりと倒れる看守だけが残った。








「陛下、奴らが優勢のようですよ」


 特に感情もなく、王に忠実で、最も王に信頼されている騎士イーガーが言った。

 どうすれば小太りのグラッドに変装できるのかというほど、すらりとした細身の男だ。

 だがその腕は重い剣を軽々と、自分の手のように扱う。


「ふん、寄せ集めの兵どもなぞ、そのうちくずれるわい。それに、こっちには『魔術書』がある。奴らの軍が城に攻め入ろうとも、お前一人でも太刀打ちできるかもしれん」


 王は、玉座に座って不気味な笑いを浮かべる。

 そして、答えないイーガーにまた話しかける。


「お前ともあろうものが、どうした? 何を心配することがある? さては“死神”か?」


 窓から下を眺めていたイーガーが、わずかに目を見開く。

 イーガーの中で、屈辱的な思い出がよみがえる。

 襟と袖を貫かれ、教会の壁に縫いとめられた。

 反応できないまま、首に剣を突き付けられた。

 戦えない小太りの中年貴族になりすましていた以上、鮮やかな反撃などするわけにはいかなかったが、気が付けば刃物を向けられていたことに悔しさがこみ上げる。


「“死神”ごとき、敵ではありません」


 窓の外を見たまま、イーガーは言い放った。

 そして、腰にさげた剣に手をかけて、その感触を確かめる。ひんやりとした柄に触れていると、ふつふつと闘争心がわきあがってきて、イーガーは凄絶な笑みを浮かべた。










 

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