9.「青髭」の真実
※ブラック過ぎる内容です。
※近親○○やら犯罪描写が(薄らと)あります、ご注意ください。
―――これは誰にも明かせない、彼のお話。
城主として生まれた幼き彼、ヴェルンハルト様はただ純粋に父君を尊敬しておりました。
仕事に忠実で歳よりも若く力強く頭の良い、完璧な父君を尊敬し、目標として毎日頑張っておりました。
父君もまた、そんなヴェルンハルト様を愛しておりまして、彼の望むものは全て揃わせました―――が、
何故か「女」だけは与えられませんでした。
「…父上、僕には婚約者がいないのですか?」
「おお、いないが―――それがどうした?」
「いえ、あの…茶会でも、剣の稽古でも、僕とテディくらいしか…婚約者が、あの…」
改めて「女が欲しい」とは言えない、まだまだ幼い彼は、年相応に色気づいたというよりは、青く酸っぱいような、「初恋」というものを経験してみたかったのです。
そして―――「女」を通して、「母親」というものを知りたかったのかもしれません。
生まれてすぐに死んだらしい母親の代わりを父は求めず、乳母も物心つく頃にはいませんでした。彼の身辺は執事長がやりくりしていたのです。
父君は照れ照れとしてしまう幼いヴェルンハルト様をじっと見つめた後、「いずれこの父が良いのを見繕ってやる」と言ったきり、仕事に戻ってしまいました。
ヴェルンハルト様は素直に引き下がると―――その翌月、城に新しい奥君がやってきました。
肖像画の母とは違い、派手な(よく言えば華美な)その令嬢はまだ若く、ヴェルンハルト様に興味を持たずに、宝石とドレスに溺れて生きていました。
当然その姿に「母」を感じられなかったヴェルンハルト様は、自然とその女性から離れていたのですが―――ある日、出かけた父君の「金の鍵の部屋」に入り込んだらしい奥君は、父君の手で斬り殺されてしまいました。
ヴェルンハルト様はその処刑を間近で見てしまい、しばらく気分が優れないでいたのですが…処刑されて二月目の頃、また父君は新しい奥君を連れて来ました。
その人は堅苦しげで、目尻のキツイ人ですが―――城主様は、前の奥君がアレだったものですから、少しばかり親しみを覚えたのです。
奥君もヴェルンハルト様を厳しく躾けては母親然としていて、それが新鮮で、少し嬉しくて。……父君は無関心でしたが、ある日、奥君は子供を身籠りました。
ヴェルンハルト様は「兄になる」ことがとても嬉しくて、友人にも使用人にも、よく話していました―――が。
生まれてきた弟に、頬を染めたヴェルンハルト様がぷにぷにの赤子の頬を撫でようとした時、二番目の奥君に勢いよく叩かれました。
「"私の"子に触らないで!」
初めて頬を叩かれたヴェルンハルト様は、わんわんと父君の膝に縋りついて泣きました。「ただ撫でたかっただけなのに」と叫びました。
「―――ヴェルンハルト、そもそもあの女はお前を息子として見たことは一度として無い」
お前を躾けてくれた?――叱った後に、躾けた後に、あの女はお前に愛情を、優しさを見せたか?
お前の傍によく居た?――それはだな、「他の女の子供をも愛する自分」を周りに見せたかっただけだ。
「ヴェルンハルト、女とはこの世で最も醜い生き物だと思え。気を許せば自分が傷つく」
「お前にはこの父がいるだろう。―――大丈夫、私だけはお前を愛している」
それは、傷ついたばかりのヴェルンハルト様にとって、おまじないのような響きで以て、今でも胸に突き刺さったままなのです。
そして今回もまた同じく、ヴェルンハルト様の性格がだんだん斜になった頃、二番目の奥君は息子を抱えてヴェルンハルト様の部屋の戸を叩きました。
ヴェルンハルト様は軋む心臓を押さえて扉を開けると、「助けて」と息も切れ切れに縋りつかれます。
「城主様に殺される――助けて、お願いよ。この子はまだ、こんな幼いのに――」
そう言って幼児を傍らに、奥君は額を床に擦りつけて「助けて」と願いました。
ヴェルンハルト様はその姿に確かに母親を感じました……が、「ヴェルンハルト様の」ではないのです。
ヴェルンハルト様は、母親の腕から離れた幼児の頭に――――…いいえ、これ以上、ヴェルンハルト様の最初の罪をあげるのはやめましょう。
結局は二番目の奥君も死に、父君はヴェルンハルト様が成人を迎える前に、新たに妻を迎えたのです。
「ごきげんよう、ヴェルンハルト様」
まさしく令嬢といった、品の良い三番目の奥君は、とてもとてもヴェルンハルト様に優しかったのです。
ですがその姿はどちらかというと母ではなく―――の、ような……。
「ヴェルンハルト様ももうお酒が飲める頃ですよね?わたくしと飲み明かしましょう」
嫌とは言えない雰囲気で迫った奥君に折れて、ヴェルンハルト様は甘いその酒を飲み……一夜明けたらどうなっていたかなんて、今思い出すだけでも吐き気がします。
そう―――奥君は、最初から息子のヴェルンハルト様狙いだったのです。
男女特有の(といっても一方的な)雰囲気に気付いた父君は激怒しました。……その矛先は息子にではなく、奥君に。
父君は、……息子である、ヴェルンハルト様を"愛して"いたのです。
結局ヴェルンハルト様は女に汚され父に汚され―――壊れたヴェルンハルト様は、父君から贈られた剣で、「気持ちの悪い男」を惨殺しました。
勘違いして、自分を選んでくれるとわざわざヴェルンハルト様に近寄った女も、その首を刎ねました。―――その日、ヴェルンハルト様は城主になりました。
ヴェルンハルト様は父君を惑わせてしまったのだろう、自分の女らしい、甘えた部分を隠し、あえて冷酷に、虐め抜くのが楽しみだと振舞い……その結果、何人もの令嬢と結婚をしては離婚を繰り返しました。……殺しは、しませんでした。
そして彼の現在の妻、イリアの物語の冒頭に至り―――ヴェルンハルト様は、封じてきた甘えも女らしい弱弱しさも、曝け出してしまい……。
―――曝け出しても、自分を傷つけないでくれる存在に、巡り合えたのです。
彼女はヴェルンハルト様の「守る為の攻撃」を気にもせず、賑やかで爽快な時間をくれました。
幼い頃に想像した「恋」を教えてくれました。
彼にその温もりを分けてくれました。
誠実で、いてくれました。
それはヴェルンハルト様が枕を濡らしては夢にまで見たもの。維持し続ける為には、"今のままでは危険"なのです。だから、
だから―――この、「金の鍵の部屋」に隠して管理し続けた"罪"を、始末しないといけません。
"罪"である、この部屋に在る死体は全て父君が作ったものです。…腐り落ちても、ヴェルンハルト様には三人の「母になりかけた女」が誰か分かりました。
―――その吊るされた女たちの下、干からびた姿で棺に納まっている父の、最期の顔も覚えています。
父殺しなど城の内部で片付けることも可能ですが、当時のヴェルンハルト様の憎悪はそれをせず、自身が結婚してからは戒めとして残してきました。…今では、その判断をした自分に文句を言ってやりたいです―――彼の"妻"、「イリア」が真実を知って逃げてしまう前に、何とか上手く消さなければ。
「……これだけの数、信頼できる奴らと一緒に片付けるにせよ―――駄目だ、間に合わない…。"あの男"の棺だけでも被すか場所を移して…」
―――その間、イリアは部屋に閉じ込めてしまおう。
睡眠薬を飲ませるか何とかして。念の為に眠っている内に縛っておけばよかったか…と、ふわふわしていた頭に冷水を浴びせられたような気分で、何も考えずに部屋を出たご自分に舌打ちしました。
あの時、ヴェルンハルト様はある種のパニックに陥っていたのかもしれません。望んでいたものが得られた後の"最悪"を恐れるあまりに。
落ち着け、と掠れた声で呟くと、ヴェルンハルト様は棺に巻きつけた鎖の具合を確認すると、持っていた布でとりあえず隠し、迅速に終わらせるためにどれから片付けるかと見渡しました。
「―――…ヴェルンハルト様?」
冷えた部屋で、此処にあってはならない彼女の声が落ちて、ヴェルンハルト様は心の臓が一瞬止まってしまいました。
*
城主様の人生は壮絶ブラック。