24.ハッピーエンドに至れなかった彼女へ
※鬱です注意。すごく蛇足な話。
※本日八時くらいに最終話を更新する予定です。
(ここはどこ)
お嬢さんは暗闇に放り投げられ、おろおろとして歩けども、足枷と手枷に慣れず、何度も躓くのです。
(ここは……)
そのまま進むと、不意に頭に何かが当たります。
べちゃっと音が不快で手を当てて見るとクリームが付いていて、足元を見ればお菓子の残骸。
視認した途端、頭を過るのは馬車に押し込められ薬を飲まされ殴られたあの時の痛み。いつ汚されるのだろうと不安を叫んだあのぎりぎりの狂気―――お嬢さんは枷の存在も忘れて駆け出すと、色んな所からゴミを投げられ泥を被せられました。
(ここはどこ。)
(いたい、いたい……)
(たすけて、おとうさま、おかあさま……***さん)
やっとゴミが投げられなくなったと思ったら、ふと走る足を緩めたお嬢さんの後ろ髪をぐいっと引っ張られたのです。
『―――鬱憤晴ラスノニ丁度イイノ、探シテタンダヨネ』
『手間カケサセヤガッテ』
『生意気ナ豚ガ』
お嬢さんの足を何度も踏みつけ、頭を蹴り、痛めつけてカタカタ笑う何かが怖くて、何も出来なくて。
お嬢さんはただ丸まって、「ごめんなさい、ごめんなさい……」と慈悲を乞おうとしては声が出ないのです。
(ごめんなさい、ゆるしてください)
(いたいの、いや、いや…)
(わたしが、わるいこだって、わかったから…)
お腹を蹴られて、お嬢さんは仰向けに転んでしまいます。
お嬢さんは痛みに咽ていると、手枷に封じられた自分の手がおかしいことに気付きました。
(あ―――銃、だ……)
お嬢さんの意思を無視して、手はぶるぶると震えながら狙いを定め、
一生懸命顔を背けて目を閉じて撃ったそれは、腐った果実を落としたような音がしました。
荒い息の中、そっと目を開けます―――
「人殺しの娘が。」
眉間を撃たれたのはお嬢さんの義母。まるで二人、寄り添うように倒れていて、
―――がっ。
大きな斧が、その首を跳ねるのを、見届けてしまった。
*
「――――――ッ!!」
布団から飛び降りると、部屋は真っ赤……いいえ、夕日の色に沈んでいました。
「あ………」
(ゆめ、か……)
ふう、とお嬢さんは痛む額を押さえて息を吐きます。
ここは子爵の実家。あの悪夢が起きた城ではないのです。お嬢さんは失礼にも子爵のご家族にお礼も言えず、ずっと部屋にこもっていて。でも少しずつ物を食べていた――
『―――ですって、明日の三時、鐘が鳴ったら…伯爵の、ええ、あの広場で……』
まさかお嬢さんが子爵の膝上に座らせてもらってバルコニーに居ると思わなかったのでしょう、使用人の女性数人が"今話題の"件をするりと通る声で話していたのです。
あの時の、優しい顔から凍りついた子爵は今でも忘れられず、誰よりも隠したかったお嬢さんに真実を突きつけたのでした。
放心状態のお嬢さんは処刑の日、「やめて」と乞うこともせず、分からないままただ鐘が鳴り終るのを必死で願いました。それと同時に一生鳴るなとも願いながら。
シーツの中、耳を押さえて蹲るお嬢さんへと残酷にも鐘の音が届いた瞬間、お嬢さんは息が出来なくなり………。
治療の手にも牙を剥いて、お嬢さんはベッドの中から出ず、子爵が出向いても顔を見せないのです。
僅かに残った余裕が何度も「ごめんなさい」と伝えてくれるけど、その謝罪は届いたのでしょうか……?
(…わたし、あの人のこと、きらいだわ)
(ああでも、どうしてだろう。どうしてあの瞬間に、あの時に……)
お嬢さんは、ふらりと部屋の扉の前に立つと、両の手で片方の扉を開けます。
するとすぐさま隣の部屋から侍女が出てきて世話を焼こうとしたけれど、お嬢さんはふるふると首を振ってそろそろと静かに去りました。
侍女は追わなかった代わりに誰かを呼びに走ってしまって、慌ただしい音が聞こえます―――他人事、のように感じながら、お嬢さんは何人かに不思議そうに見られながら、人目のない廊下を歩いて素足で寂れた庭の奥へ進むのです。
(きらい、そう、きらいなの……これで、すっきりできるはずなの)
(円満に終わったお伽話にケチつける必要なんてない……)
思考は暗く淀み、お嬢さんは一つの木の前で足を止めました―――切れてる。
(いたい…)
包帯に滲む赤を見つめていたら、ぽたりと涙が落ちてきて。
それをきっかけに、どんどん雨のようにお嬢さんの足もとを濡らします。
(いたい……)
膝を抱えて泣いてみると、ぼんやりと子供の頃を思い出します。
『おとうさま、はやくかえってきて。おかあさまがいじめるの……』
暗い部屋で、精一杯身を縮ませて。
やっと明かりが差し込んで、温かい飲み物を持っていたその人は、目にいっぱいの憎悪と、僅かの……。
(いいえ、あれは、お父様と喧嘩したくなかったから―――)
「お嬢さんっ!」
「っ!?」
子爵が駆けよりながら呼ぶのに驚いて、お嬢さんは「大丈夫」と分かっていても木の陰に隠れてしまうのです。
子爵が見下ろすのを震えながら見つめると、予想と違って子爵はニカッと笑ってみせました。
「よかった、外に興味持ってもらえて」
自分の上着を肩にかけてやると、子爵は「具合はどう?」と尋ねて木に背を預ける形で座ります。
近くなる距離に、お嬢さんは少し後退しつつ、とりあえず頷きました。
すると子爵はポケットから紙とペンを出して、「ちょっと話でもしよう」と言うのです。
(おはなし…)
じっと紙を見つめた後、お嬢さんは小さく頷きます。
むぅ、と唇を尖らせた後、ほんのちょっとの期待から、『怖い夢を見ました』と書いてみました。
「それは災難だったねえ。…どんな夢?」
『物を投げられたり、殴られたり……』
「可哀相に……薬が上手く効いてないのかな?」
『…最後、に。あの人の頭を、私が撃って。倒れたあの人に、斧が落ちて……』
「…それで?」
『"人殺しの娘"って。…言われたのが、忘れられない』
お嬢さんが初めに殺したのは実の母。お嬢さんの生の代わりに冥府に去りました。
その次はお嬢さんをとても可愛がった実父。お嬢さんが甘え、愛され過ぎた故に奪われたのです。
そしてお嬢さんの幸せのための逃亡の中、三女は死に……義母は、ある意味「お嬢さん」という存在のせいで、寿命を迎える前に処刑され……。
「違うよ」
子爵は、お嬢さんの頬を両手で包むと、間近な距離で美しい碧の瞳を見つめました。
「お嬢さんは、ただの、優し過ぎた娘さんだ」
太くて皮の厚い指が涙を拭うから、お嬢さんは溜まりかねて書き殴りました。
『私が産まれたせいで、色んな人の人生が狂ったんです』
「お嬢さんはそれほど大物じゃあないね。お嬢さんが産まれなければそれで、違う何かが原因で似た運命を辿っただろう」
『でも、私がその一因なことに変わりはありません』
「人間、生きる限り誰かの不幸の一因になってしまうことはある。でもだからこそ、前向きに生きて長く有意義に生きねばならないよ」
『価値が無いんです』
「あるよ―――天国行きのチケットを譲り渡してでも、俺はお嬢さんが欲しい。」
(あ、)
その表情と、声が。とても懐かしく、熱くなる。
お嬢さんはあの夏の日を思い出して思考が止まり、震える唇に近づく花盗人を前に何もできないのです。
僅かの間が永久のようで、お嬢さんは少しカサついた唇の、熱さを思い出して唇に触れました。
(おかあさま、おかあさま…ごめんなさい、もうしません…)
『――ええい、しつこいんだよ、めそめそと!その調子じゃあ旦那様が帰る頃に痕が消えないだろっ』
(だってぇ……っく、くらいとこ、こわい―――おかあさま、きょう、おかあさまとねちゃ、だめ?)
『なんでアンタなんかと…』
(おねえさまはおかあさまとねてるよ)
『とにかくっ、私はあんたと寝たくないんだよ!ほら、さっさと寝な!』
(じゃあ、おかあさま。いっしょにねてなんてわがままいわないから……)
―――おでこにおまじないして。
『……しょうがないねえ。』
(ん、)
『ほら、これで気が済んだろ』
(うん!)
『明日、兎みたいな目をしてたら殴るからね、ちゃんとマシな顔にしときな……って、なんだい』
(えへへ、あのね、おかあさま)
(おかあさまのくちびる、あたたかいねえ―――)
「―――お嬢さん?」
「………なさい。」
「え?」
「おか……さ、ごめ、ん、……い」
ごめんなさい。
例え、あれが気まぐれのおまじないだったとしても。
あの日、あの時。あなたは確かに私の母親だった。
―――どうして、それを忘れていたんだろう。
(幾重にも、悲しい時間が折り重なったから。)
(思い出すと、今と比較して、とても切なかったから)
だから、おかあさまを殺せたの―――
「お嬢さん、」
「…っく、…ぇ、…ふ……」
「お嬢さん。でもね、お嬢さんは本当に悪くないんだよ」
「ぅ、うう……!」
「本当に本当だ。お嬢さんはね、ただ怖い思いに遭いやすい星の人だったんだよ。責められるべきはお嬢さんじゃない」
「…っ、」
「冷遇されれば誰だって恨むし憎む。しょうがないこと―――でも、お嬢さんはそんな自分を恥じていたし、少しでも変わろうと足掻いてた。ちゃんと向き合ってた。…それだけで、お嬢さんはすごいんだよ」
違う。
そう、違うのです。お嬢さんはただ、イリア夫人になりたかった。暗さも何もなさそうな、陽の下で生き、そして引っ張り込んでくれるような人に。
でも、何度も失敗して、全然で。結局、過去の痛みを忘れられずに母を見捨てた。
「けれどお嬢さんのお母さんは出来なかった。お嬢さんと同じ思いを、たぶん知っていたと思う。それでも出来なかったんだよ。……ただ、辛い憎いと、周囲に当たりつけて、苛めて―――連鎖させたんだ」
「……ぅ、……」
「酷いことを言うけれど、これは自業自得だ。怠惰ゆえの罰なんだよ」
「……」
「でも、お嬢さん」
いつになく厳しい子爵に、お嬢さんはぼやける目で見上げます。
「お嬢さんが、少しでも『優しかった』ことを思い出してあげたことは。たくさんの人に憎まれた彼女の、救いだろう」
『あんた、父親と逆のことを言うんだね』
(おとうさまとー?)
『そう。…ほら、もう寝なさい』
(うん。あ、おかーさまー!)
『なんだい、夜中にぴーぴー騒ぐんじゃ……』
(おかあさま、おやすみなさい!)
『!』
(またあしたね―――!)
「ん、」
「?」
「う、ん……」
―――もしかして、あれが義母の分岐点だったのかもしれない。
妹に似た子供の、記憶に引っかかるだろう、幼い別れの言葉。目を見開く姿を覚えている。
たぶん、彼女には妹への憎しみと、残された子供への憐れみと。懐かしいと自分を振り返る際の切なさと痛み。それを全て押し付けた夜だった。
義母の選択は今までの自分の罪を肯定するための「憎悪」だったけれど。あの日から、たくさんの人の生活を潰し当たり、貪欲だと陰で言われていたけれど。
あの憎悪を溜めこんだ瞳の、僅かな母性を、確かに覚えている。
もう、何もかも、遅いけれど。
(また、いつか。)
あの悪夢の中でもいいから、謝れるかしら。あの日の優しさを「ありがとう」と言えるかしら。
あの日のように、「あなたの唇は温かい」と、もう一度―――。
*
ほんとうに、ごめんね。
追記:
暗ぁぁぁぁぁっぁぁぁ!!!という話でしたわろす。
個人的にお母さんネタは駄目です。すごく寂しくなります。悪者役をさせてしまうばかりだけど、お母さん大好きです。
補足としては、義母さんは旦那さんに折檻していたことを知られたくなくて渋々許したのだけど、何も知らずに無邪気で、味方が父親しかいないお嬢さんを哀れみ、罪悪感ゆえに温かい飲み物をくれてやりました。
たぶん義母さんは「憐れみから」と言うだろうけど、お嬢さんが察したそれが真実。素直になれない、なったら罪の重さで潰れてしまう人生でした。
やがて妹同様に美しさで周囲を引き寄せるお嬢さんに至る前は、本当に僅かの母性愛を見せていた、散々苦しい思いをした悪役でした。
たぶん「温かい唇」は、彼女にとって予想外でいてとても嬉しい言葉だったのです。




