21.いじめられる、私
※暴力表現注意
「…っく、…ふ、―――ま、待って……」
お嬢さんは白く袖の長い寝間着を翻しながら、掠れた声で執事長に言いました。
まだ体調も回復していないお嬢さんには、遠くからの悲鳴と壊れる物音に威圧されているのもあって上手く進めないのです。
「お嬢様、もう暫くの辛抱ですぞ。あと少しで―――アナトール!」
「執事長、」
角から現れた厨房係に、執事長は「丁度良かった」と呼び止めて。
お嬢さんをおぶってくれ、と言われ、文句も言わずに従うと「どうぞ」としゃがんでくれます。
申し訳ないけれども貧血がすぐに襲いかかりそうなお嬢さんなので、小さく謝ってから背負ってもらい、三人は地下牢へと目指しました。
「アナトール、向こうはどうだった?」
「金品を漁られた程度の被害でした」
「そうかい……坊ちゃまになんとお詫びすればいいか…」
――その会話の間、お嬢さんは不快でしょうがなかったのです。
元々、男性にトラウマが出来ているけれど、今はそうも言えないし。堪え、貧血に震えているお嬢さんの体に、このアナトールという使用人はあんまりにも遠慮なく下品に触れている気がするのです。
しかもわざと揺らして……と考えるのはお嬢さんの余裕が無いからかもしれませんが、何度も位置を変えられる度にお嬢さんの胸が使用人に当たるのが嫌でした。
(……テディさんなら、静かに運んでくれるのに)
僅かに揺れるのが、逆に心地良かったくらいです。大きな背がほんのり熱くて―――
(……テディさん、こわいよぉ……!)
ぐす、と鼻を鳴らしてしまうと、執事長は立ち止まって床をとんとん叩くとがちゃりと開けてしまいました。
小さな穴に鍵を差し、「せぇい!」と老いた身でありながら地下牢への隠し扉を開き、
ました、が。
「お、お爺さん!!」
お嬢さんの目の前で、使用人は上司でもある執事長を蹴飛ばし、ゴロゴロと転がり落ちていく執事長を鼻で笑い、お嬢さんを床に叩きつけると扉を閉ざしたのです。
「あんたがリーゼロッテ?」
ふだんは猫目にそばかすの浮いた、明るい青年なのだろう彼は、お嬢さんを爪先から天辺までよく見るとじりじり近づいてきます。
お嬢さんは二度目の裏切りに過呼吸を起こしていて、立つことも出来ませんでした。
「返事しろよ!」
「ッ」
お腹に蹴りを入れられて、元々脆いお嬢さんはお腹を抱えて倒れ込みました。
せめてと涙目で睨むと、今度は無防備な足を踏み続けます。
「あんた、滅茶苦茶にしたらさ、あんたの親から金が入るん、だよ!…ここの馬鹿ども潰して警備崩したから、もっとお金入るし!!」
「ひっ、ぐ!や、い……!!」
「こっちはさ、金が要るの。おふくろの……せっかく媚び売って城勤めしたのにッ!こんな端た金じゃあ高い薬も買えねーのよ!!」
「………!」
「毎日毎日さ、分かる?馬鹿にされてさ、怒られてばっかで!家帰っても塞ぎこんだ親の相手!!あんたみてーなのに分かる!?」
足に飽きたら腰、腕とあくまで死なないように蹴っていた男は、だんだん服も汚れ破れてきたお嬢さんの姿に舌なめずりして、髪を掴んでお嬢さんの顎を伝う涎を舐めとりました。
震えて胸元を両手を庇うお嬢さんの馬鹿さを哂って、足を引っ張り、
「鬱憤晴らすのに丁度いいの、探してたんだよね。女の柔らかい体を思う存分殴って良し、好きにしても罰せられないどころか金貰えるなんて良い仕事、滅多にねーよ」
そうして、彼は震えるだけのお嬢さんの体に密着し、上か下かで楽しそうに考えていると。
俯いたままのお嬢さんから変な音がして。
何だとお嬢さんを見たら、震える銃口が―――
「ぐぎゃygだbfjrgpんkb;おlくhdxcbjkl;gfcxz!!!」
男は仰け反り、痛みに悶えました。
怖がりなお嬢さんは狙いを定めず威嚇のつもりで撃ったので、どうなってしまったのか分かりません。ただ一つ分かるのは、今こそがチャンスだということ。
お嬢さんは痛む足に泣きながら、よろよろとその場を離れました。
*
「―――はぁー…やっと着いた……イリア、起きてるかな……」
自分の城を見上げながら、呑気に伯爵は呟きました。
子爵も幾分か柔らかな顔で、「そうだねえ、お嬢さんとパジャマパーティーでもしてたりして、」と軽口を叩きつつお嬢さんを想っていると、
「……煙!?」
門に差しかかる、というところで、まさかの騒ぎ。
幸い火事ではないようだけれど―――伯爵が飛び出だすと、子爵と共に急いで騒ぎの元へと駆けつけます。
「なんだ……!?」
地獄絵図すぎる惨状に、伯爵は思わず剣を抜いて辺りを見渡します。
子爵は膝を着いて死体のあちこちを引っ張ると、「だいたいごろつきの集まりだね」と言いました。
「ローゲルテ……いや、だったらもっと違う手を取るか…あの娘の実家か?いやはや…」
「何はともあれ、今は二人を探そう」
伯爵も剣先で死体の服を捲っている傍で、子爵は口笛を吹きます。
すると既に破られた窓から鷲が"頭"を持って現れまして、伯爵はそれを叩きつけると子爵に告げます。
「俺はお前と違って体を使うのは不得意なんでな。借りてくぞ」
「いいよ」
そうして二手に分かれると―――伯爵はまず妻の部屋に向かいました。
心臓は嫌な音を立て続け、……長く息を吸うと、思い切って開けます。
すると部屋を物色中の男が居て、伯爵は躊躇わずに胸を刺すとそのまま引きずり出しました。
「……どこだ」
鷲に先を進ませ、伯爵はあちこちの扉を開けては確認します。
今のところ、使用人の死体はありませんが―――どんどん進むと、下から女の悲鳴が聞こえてきました。
「イリア!!」
階段を駆け下り飛び降りた先、使用人の仕事場所。……賊と使用人が殺し合う中で、茶髪がなんとか角の向こうに隠れようとしているのが見えました。
「イリア!―――このっ!」
鷲に襲われて頭を庇う賊の背に蹴りを入れて、伯爵は賊らの背後から一人で斬りかかり始めました。
……まさか自分の為ではなく妻の為に油のたっぷりついた剣を振るい続けるなど、昔の伯爵は思いもしなかったでしょう。
(イリア、待ってろよ……!!)
意気込んだ伯爵の剣が、クロスボウの男を切り裂いた、瞬間。
―――ぱあん、ぱん、ぱん。
どこからか銃弾がやって来ては賊の体に当たり、加勢し始めたのです。
(イリアか……?)
しかしその姿は無し。……十分ほどで片の付いた廊下で、伯爵は主の帰還に喜ぶ使用人たちを早口で労うと、「イリアは?」と尋ねます。
すると周囲の使用人は何とも言えぬ顔になって。……一人がゆっくりと指し示した先に目を向ければ―――
「……樽?」
そっと、近づくと。二段目の樽がまったく役に立たない物だと気付きました。
穴が開いているその樽を何故か伯爵はノックすると、樽はカタカタと揺れ、パカ、と蓋が開きまして。
同じく樽に乗って覗き込んでいた伯爵は、呑気に見上げる彼女に大変穏やかに聞きました。
「………何してるんだ?」
「………捨て猫ごっこです!」
伯爵は、無言で再度閉じ込めると、樽を揺らして苛めてやりました。
*
危ないことはしないで逃げろって、普段からあんなに口酸っぱくして言ったのに!




