20.飛び出す弾丸と、逃げる私
※暴力表現注意
「い、りあ。…さま……」
「あらあら。どうしました?」
枕を手に、お嬢さんは申し訳なさそうに夫人の部屋の扉を叩きます。
最初は疲れて転寝もしていたのですが、ハッと目が覚めてからは寝つけず。けれど外に出るのは怖くて、でも一人ぼっちなのも辛くて―――お嬢さんは、まず第一歩を踏み出せと言う夫人の言葉に従い、思い切って外に出たのです。
幽霊に会いませんように、と願いつつ歩んできたお嬢さんは、
「い、いっしょに、いて。くれませんか…?」
枕のせいで若干くぐもったお願いに、夫人はにこりとして招き入れました。
なんだか部屋の隅で猫ちゃんが虎のように荒々しくぬいぐるみに襲いかかっているのが見えましたが、お嬢さんは見なかったことにしてソファに座りました。
初めて入った夫人の部屋は刺繍道具の他に繕う途中の伯爵の服が置かれていたり、壁にはたくさんの――――銃。…………銃?
「い、イリア様、あの、……たくさん、ですね」
「ん?…ああ!ふふふ、好きなんですよー。最初は一本で十分だったんですけど、ヴェルンハルト様が護身用にって買ってくれてからどんどん―――あ、でも家計に響くほど買ってはいませんよ?」
ちらっと見ると、帳簿のような物が見えました―――どうやら裏方の統括はほとんど夫人のお仕事のようです。
伯爵夫妻は本当にバランスが良いというか、…夫人の舵取りが上手いのだな、とお嬢さんは思いました。
「……?イリア様、その鍵の飾り、とても可愛らしいですね」
金の鍵に、青い花とレースの。
なんだか童話のような雰囲気が出ていて、お嬢さんはほっこりしてしまいました。……その鍵の秘密を知らずに。
「あー、これですか?ヴェルンハルト様と喧嘩したときにむしゃくしゃしてやったんです。後悔はしてません」
「むしゃくしゃ…でも本当に可愛い。テディさんのお母様もこれを見たらはしゃいでしまいそう」
「子爵の―――へえ、モントノワール夫人も縫い物がお好きで?」
「はい。よく服を作ってくれます」
猫ちゃんが可愛らしい顔でぬいぐるみの頭をずるずる運んでいる姿を見ないふりして、お嬢さんは子爵のお母さんの才能をあれこれと説明しました。
可愛くて体も冷えないデザインなのが気に入っている、と伝えるとイリア夫人は「私も会ってみたいですねえ」と笑いました。
「自分の子供の服、作ってみたいですし」
夫人の少し照れた顔に、お嬢さんも「そうですね」と相槌を打ったときでしょうか。
―――廊下を走る足音、乱れたノックの後、執事長が「奥様!」と呼びかけたのです。
夫人はただならぬ様子に和やかな表情を消し去って「どうしました?」と扉を開けると、
「賊の侵入を許してしまいました…!」
「何ですって?……警備の者は?」
「薬で使い物になっておりませんでした―――お二人に何かあれば坊ちゃまに顔向けできません。どうか、地下にお逃げください!」
お嬢さんが執事長の言葉に震えていると、イリア夫人は「女子供は逃がしましたね?」と確認します。
ええ、と執事長が頷くと、壁に掛けていた銃を二丁と引き出しから一丁、手に取って。
引き出しの一丁(小さな物ですが)をお嬢さんに渡すと、「べーちゃん、いらっしゃい」と猫ちゃんを従えて告げました。
「主の留守中の面倒は全て私が見る決まりですから。あなたは地下で隠れていてください」
「で、でも……!イリア様も一緒に逃げてください、どんな目に遭うか…!」
「大丈夫です、」
おまじないのようにお嬢さんの額に口づけて、夫人は背を向け執事長はお嬢さんの手を取ります。
「無理をなさらぬよう…!」
「ええ、大丈夫」
そうして二丁の拳銃と猫ちゃんを引き連れて戦場に向かうイリア夫人は、とても凛々しい御姿でした。
*
時は少しだけ、遡ります。
―――奥方が帰って来て、少し緊張の糸が解けた使用人たちは、侍女長と執事長の采配通りに仕事をし続ける者と奥方の新しい用事と手配に走る者とに別れ、多少の乱れがありました。
「あれ、アナトールじゃないか。どうしたよ」
「奥様から頼まれてな。頑張れよって、これ」
「あー、寒いから温かい差し入れは嬉しいよ」
「今の奥様はこーゆー気遣い出来る人でいいよなあ」
ちょうど年上連中は食事中なのもあって、若い警備役たちは寒さに鼻を赤くして受け取りました。
イリア夫人の前、短い間の前妻たちは自分の優雅な生活しか見ない人が多かったのですが、現在はしっかりあれこれと見ていますし、注意と差し入れの手配も普通のことになりつつありました。
……ある意味、今回の件は、夫人のそういう面が無ければ防げたのかもしれません。
「あれ……」
ぱたぱたと倒れていく警備役を尻目に、裏切者はすぐさま"招き入れます"。
小汚い、大きな刃物を手にした男たちに最初に出くわしたのは幸いにも大柄な根の穏やかな執事で、彼の声で異常に気付いた侍女と幼い者は速やかに隠れ、警備役は―――何故か警備役が駆けつけられなくて、心許ない武器を手にした男の使用人たちが食い止めにかかったのです。
―――乱闘の中、見つかってしまった侍女を庇った男が腕を刺され、次は首だと狙われた時………白い何かが賊の首に噛みつきました。
ちょっと表現したくない音を出して、白い獣は食い千切るとすたんと綺麗に着地します。
思わず動きの止まった賊の一人は、悲鳴を飲み込みぎこちない動きで剣を振り上げ―――
―――ぱんっ。
踊り場から狙い打たれた賊の一味はざわめき、城の人間は「オイオイオイオイオイ!!」と内心思いました。
侍女が憧れの目で見上げる先――硝煙を吹き消したイリア夫人は、侮蔑の眼差しで口を開きました。
「下がれ卑賤の者ども!此処は我が夫ヴェルンハルト・グレーフェンベルクの城!!その招きもない上に主の出迎え支度まで邪魔しやがりましたね!」
二発目が賊の腹に当たったのを合図に、思わず黙ってしまった彼らはすぐさま行動を開始しました。
なんせここでの脅威は銃を持ってる夫人だけ、それも弾数が限られています。
――けれど夫人の威嚇はまごついていた警備役が駆け付けるまでのせめての時間稼ぎだったようで、使用人の歓声が遠くから聞こえます。
焦った賊の何人かが夫人に近寄りますが、白い猫ちゃんと銃に狙い打たれて―――ええい、と一人が唇を噛むと、遠くで爆発する音が聞こえました。
その余韻は此処にまで届き、揺れと音に夫人の手は鈍り、
「ここまでだぜえ、若奥さんよお!」
「っ」
夫人の手にした銃を叩き落し、冷えた廊下に押し倒したのは暇を持て余していた傭兵です。
その体臭に不快そうに眉を顰める夫人にニヤニヤしながらドレスを裂くと、直にその太ももに触れました。
「なあ、銀髪のお嬢ちゃん知らないか。教えてくれたらアンタに唾つけといてやるよ、他の男の相手なんて代わる代わるしたくないだろ?」
「まあ!小物丸出しの台詞をありがとう、超つまんない言葉のお礼に、」
―――ぱぁん。
するりと、男の触れていない太ももに隠していた拳銃で。
下半身の痛い所を撃たれて、男は泡を吹き――夫人は白い足を曝して蹴り飛ばすと、駆け付けたべーちゃんが男の傷口に顔を突っ込んで食い千切り始めました。
「奥様―――!お逃げください!」
引き気味の警備役の青年が叫ぶのに手を振ると、夫人は先へ進んでしまった賊に舌打ちしました。
そしてすぐ近く、じわじわと近寄る賊に溜息を吐くと、胸元に手を突っ込んで小さな笛を取り出します。
「ピィ―――!!」と高く鳴るそれに一同が「何だ」と見れば、今度は窓硝子が派手に割れるのです。
執事の一人が「明日の勤務どーなるんだろう…」と思わず呟くのも気にせず、大きな大きな―――鷲が、頭上をばさばさと飛んでいるのです。
どう見てもヤバめな猟犬まで飛び出してきて、城の中はもう滅茶苦茶です。
「モントノワール子爵が日頃から大事に育てているワンちゃんとピーちゃんですよ。ふふふ、どーぞ、可愛がってもらってくださいね?」
まるで「かかれ!」とでも言うように笛を再度吹くと、鷲は急降下して男に襲いかかり、猟犬は慣れた仕草で噛みつき―――その中に白いのが混ざって暴れてたそうな。
夫人は決着のつきそうな戦場に背を向けると、すでに侍女長が控えて頭を下げていました。
侍女長は替えの銃と上着を渡すと、静かにケチャップのような赤が付いたフライパンを持って去って行きます。……
*
旦那様の城を守るのは奥様の務めですから。
補足:
イリア姐さんは使用人さんから信頼されてるけど稀に「ねーな」って思われてる。
べーちゃんは使用人の間で「白い悪魔」とか言われてるけど基本的に人懐こいので侍女さんたちに可愛がられている。
なお、熊さんが手塩にかけて育てた子の名前は
鷲⇒ぴーちゃん
(ガチムチ過ぎる)猟犬⇒アザレア(花言葉:愛を知った喜び)・ルビナス(母の愛情)……
などなど似合わないにも程がある花の名前を付けてる。




