15.行き先不明の、私
※暴力表現注意です。なお、拍手文変更しました。
私はこの鳥籠から出たことが無い。
産まれて大人になるまではこの古い鳥籠。
少女から女になった時の鳥籠は新しくて、…寂しい鳥籠。
「行かないでください。…私があなたの妻です。何でも尽くします、何がご不満なのですか」
「……その態度がだ!」
仲の悪い父親を殺したあなた。
奪われないために、邪魔者は消してきたあなた。
分かってる、あなたは私の家柄が丁度よかったから、求婚してくれたのだと。
「待って、それでは分かりません。私の何が駄目なんです―――きゃっ」
「しつこい!!俺はお前のその下からうだうだと言ってくるのが嫌なんだよ!!退け!」
「あうっ」
頬を叩かれるのは何度目だろう。
何度こうして床に叩きつけられただろう。
痛む頬を押さえて、黒髪のヴェール越しに見る、あなたの顔が。殴った手の嫌悪で歪むその顔を、私は何度。
「叩かれたんだ、お前も何か言ったらどうなんだ!!」
「………」
「じっと見られても分かるかッ……くそ、部屋に戻れ!その見苦しい顔を何とかしろ!」
何度、愛おしく想うのかしら。
*
―――お嬢さんの家から、ローゲルテ領はとても遠いのです。
お嬢さんは手を縛られて、太った三女と共に馬車に乗せられ、咽かえる菓子の匂いと真っ暗闇の未来へのストレスで何度か吐いていました。
それでもグレーフェンベルク領までの間は暴れていられたのです。もしかしたら誰かに気付かれ、守ってもらえるかもしれないと信じて。……けれど幾度も薬を無理に入れられて、せっかくの機会を無駄にしてしまいました。
そしてローゲルテ侯爵の知人の馬車に乗り換えてグレーフェンベルクを越え、イリア夫人が嫁ぎそうになったという年老いた貴族の領地を越えたところで、お嬢さんの目は淀んで少しも身じろごうとしなくなりました。
目の前の三女の生活の為に、まともな生活も結婚も出来ないのだとすっかり理解したお嬢さんは、自己防衛のために心を固く閉ざし始めたのです。
そんな死人のようなお嬢さんに三女が菓子のゴミを投げつける頃、子爵はお嬢さんを遊びに誘いに来て、門前払いをされました。
「そっかあ。お嬢さん、体弱いものねえ」
長女にのんびりと言ってそのまま帰った子爵ですが、すぐに異変を悟って伯爵の城へ馬を走らせました。―――気のせいならばいい、と強く願いながら。
けれどお嬢さんが奪われたと気付いたその翌日には、叙勲式の為に王城に行かねばならない出発の日です。……現在隙を見せられない伯爵と子爵は悩み、―――の後、二人は王城へと出立しました。
それと同時にお嬢さんを乗せた馬車はとうとうローゲルテ領に入り、一日と半分を使ってやっとローゲルテ侯爵の住まいに辿り着いたのです。
お嬢さんは馬車の戸を開けた従僕を見た瞬間、気が触れたように暴れて爪を立てました。
よく聞き取れない枯れた叫びから少しだけ聞き取れた、名前のような単語に首を傾げながら、従僕はお嬢さんの腹を蹴って黙らせました。
ついでと三女がお嬢さんの頭をよく蹴飛ばしたせいで、その後の記憶は覚えていません。
*
「ほら早くしろ、こいつの汚い服を剥ぎ取れ」
「いやあ、見てご覧、上玉だ。ほら、肌も珠みたい」
「そこ、足はしっかり押さえて。もう動かないとはいえどうなるか分からないんだから」
男の人に背を押され、服を脱がされて裸になり、目が死んでる自分に何か言いながら、
「湯加減はこれで大丈夫かい」
―――足先がほんのりと温まって、お嬢さんはぼんやりとした顔のままこくりと頷きました。
あれこれと涙や少しへばり付く吐瀉物、菓子のカスを洗い流され、……顔色が真っ青で痩せたのを除けば、いつものお嬢さんです。
侍女は体が言うことを聞かないお嬢さんに薬呑み器で白湯を飲ませ、簡単に髪を結い上げ質素な服を着せられました。
「なんだか勿体ないわねえ」
そう言いながら、侍女はお嬢さんをやっぱり質素な部屋に入れました。
中には侍女が数人居て、お嬢さんが変な事をしないように監視します。ホットミルクを貰いました。
お嬢さんはそれに子爵を思い出してはとても悲しくなって、冷たい硝子に体を押し付けて膝を抱えて小さくなります。胃が苛々して腕を何度か引っ掻きました。
何度も手招きをしていた侍女の一人がブランケットを手渡す頃にはもう、陽は傾いて夕暮れです。お嬢さんは唐突ながら、吐きました。
月明かりが差す頃には怯えて暴れ、手足を押さえつけられては悲鳴を上げる、お嬢さんの姿がありました。
そして朝日が訪れる前に、お嬢さんはこの城の主の元へと連れて行かれたのです。……。
*
――――この黒髪が、嫌いだった。
滅多に外に出されなくて、肌は病的で。死者が動いているようだと思う。
父は私を娘とはあまり思ってくれてないみたい。兄は頑張りすぎて、私なんて覚えていないわ。
だけど、嫁ぎ先に困らないように、少しでも変なことに興味持たないように、皆は私を部屋に閉じ込める。
母は白い肌が一番美しく見えるのよと私を陽にも当てない。……ううん、私が冷たい父の姿を見ないように気を使ってくれたのだと思う。
「君はもっと、自分の我儘を通した方が良い」
「わがままですか」
「だって、このままじゃあ君の人生は、君の物じゃなくなるだろう」
「そう教わっています。私はいずれ嫁ぐ誰かに尽くすだけでいいのだと習いました」
「それは古い考えだ。……」
この人は、私と正反対。
干渉してくるものは全て、ご両親でも何でも反発してきたらしい。自立した、ひと。
「マリア。君は無垢すぎるんだ。その狭い世界から飛び出せ」
「……私は、飼われた小鳥ですから。飛び出したら死んでしまうんです」
「―――じゃあ、俺の鳥籠に来い」
鳥籠ごとお前を連れて、外を見せてやる。
「そと………」
―――私は普通の人と、色々違うのだと思う。
でもあなたは、変な私を変えてみせると笑った。……それは、嫁いで一年で苦笑いになった。
もっとお前の気持ちを教えてくれと囁いた。……それは嫁いで二年と半分で無言になった。
夜遊びに付き合ったあなたの腕を引いた。……あなたはとても嬉しそうで、安心していた。
実家に戻った時、「男の嗜み」とは何かと説教されて、反省した私は止めるのをやめた。……あなたはどんどん誰かに手を伸ばした。
やがて私は覚悟を決めた。これは、その四年前の話。
15の私は、古い鳥籠からあなたの鳥籠に移ろうと、小さく羽ばたいた。
*
マリアちゃんマジでヤンデレ。
補足:
マリア⇒家庭環境がアレで、あんまり自分というものが無い。すっごく内向的。
従順というか、自分で考えるのを放棄している。というのも自分の考えを求める人間がいなかった為。
グレット(ローゲルテ侯爵)⇒親に反発してあれこれしてきたが割とまとも
気が強く、短気。でもマリアさんにはすっごく粘った。 彼女の本音を聞きたかったが、単純馬鹿なのでヤバいルートを選ぶ。
グレットさんはDVしたくないんだけどマリアさんが誘発というか殴られに行く。
そこで自己嫌悪するグレットさんの顔が好き。グレットさんは気づいていないので「修復不可能」と思い込んで悩んでる。
つまりマリアさんはグレットさんが苛める=しばらくの間(自己嫌悪で)自分しか考えられない!という状況を喜んで作ってる。
※ちなみにこの二人の性格は「青髭」のべーちゃんとイリアちゃんの初期設定その2です。
拍手では何とも言えないローゲルテ侯爵夫妻のお話二つを載せておきました。




