14.坂を転がり始める、私
※シリアスでドロドロしてます。ご注意ください。
※本日は二話更新します。予定では八時頃です。
「こんな感じ、かなあ……」
最後の調整を終えた絵に、お嬢さんはぽつりと呟きます。
やはりアリア夫人特有の柔らかなタッチに未だ及びませんが、今まで描いた作品の中では一番の出来です。
(……テディさんのおかげね)
色んな所に連れて行って、描かせてもらったから。
今まで一人で描いていたけれど、隣に誰かいるというのは、体の弱いお嬢さんには安心を与えてくれますし―――何より、
「前より、……絵が、明るくなったなあ」
どこかほの暗い、それがお嬢さんの絵。
けれど今はほんのりとながら明るく染まりつつあるのです。それは、もしかして―――恋を、知ったからなのでしょうか。
(会いたいな)
何でも、叙勲式でちょっと派閥争いがどうのこうの――子爵はお嬢さんの耳に黒い話をしたくないのか、ぼかすのでよく分かりませんが、伯爵と話し合いやあちこちに出向いてしまって、ずっと会えないまま。
『なんでも病気で一族もぷっつんと切れたかと思ったら、まさかの庶子発見ですって』
……伯爵夫妻はお仕事の話もちゃんとしてるのに。
大事にされているのは分かるけど、でも「子供じゃない」とも反発したいのです。
『そこがまた良い家柄でしてね、ええ、派閥争いが起きるくらいには上等なんです』
右も左も分からぬ庶子の後ろ盾になるのは誰なのか。……絵を描きながらもお嬢さんがチラッと夫人を見るとまったく平然としていたので、なんとなく決着は見えそうです。
「……まあ、小娘には何もできない世界よね」
お嬢さんはそっとキャンバスに布を掛けると、机の上に置かれた手紙を広げます。
もう何度も読み直した、あの可愛い文字の羅列に唇が緩んで、どんな顔で子爵は書いてくれたのだろうと想像して―――、
―――トントン。
静かなノックに、お嬢さんの顔は引きつります。
急いで手紙を隠し、「何ですか」と硬い声で返事をすると、女中は事務的な声でこう伝えました。
「奥様がお呼びです」
お嬢さんは素直に応じました。
その小さな足が踏み出す一歩が、まさか自分を恐ろしい目に遭わす一歩だなんて、誰が思うでしょう?
*
「まあ、ふふふ、マリア様も苦労なさってますのねえ」
グレーフェンベルク伯爵の妻、イリア夫人は人懐っこい笑みで目の前の「お嬢様」然とした夫人に微笑みました。
今回の茶会は二人きり、それも初対面の間でありながら、マリア夫人が望みイリア夫人が招く形でこの「女の勘ってスゴイのよ☆てへぺろ茶会(仮)」は開かれました。
お互い優しそうな微笑を浮かべていますが、お腹真っ黒なところは同じです。強いて違う所を挙げれば、イリア夫人は毒をそのまんま若干のカーブをつけて吐くところでしょうか。
「ええ、やはり夫が欲深いと大変ね」
黒檀のような黒髪のマリア夫人はぷっつんしない限りは言葉にしませんが、性質の悪いことに静かに行動し束縛します。
彼女の夫は単純だったので、自分の足に縄を引っかけられたことに気付いていません。
「でも、聖人君子とした夫も困るわねえ、ふふ、人間って変ね……」
若干目が病んでるマリア夫人にまったく引かず、イリア夫人は気の強そうな目で「全くですねえ」と笑ってばかりです。
―――つまり、お互い腹の探り合いをしてばかりでまったく本題に進めないのでした。
……お茶の替えを準備する侍女は「ふふふふふ」の合唱に胃が痛くなってきましたが、静かに小さくなっています。
「でも、イリア様も伯爵様も。とても夫婦仲がよろしいのね、羨ましいわあ」
「これでもつい最近までは手のかかる子だったんですよ」
「そう……私の夫は、今でも手がかかるわ……ううん、この手からすり抜けてしまうの」
イリア夫人がからかいがいのあるお嬢さんとの会話を懐かしみたくなる頃、マリア夫人は夜色の気配を纏いながらぼそりと呟きました。
「あー、旦那終わったー」と何となくイリア夫人が察していると、マリア夫人は病的な笑みで両手を祈りの手にしたまま、口を開きます。
「あの人を誑かす女の存在をもう許せないの。……ふふふ、私と悪巧みしませんか?」
あなたは伯爵様の政敵が引っ込む、私はあの人を閉じ込める。…ね?お互い良い事尽くめだわ。
―――艶やかな微笑でイリア夫人が頷く同時刻、ある屋敷では彼女たちの旦那様が服の掴み合いをしては子爵の剛腕に引き裂かれていました。
*
「……お母様…?どうしたんです、真昼間からベッドで……」
夫似の美しく育った娘の言葉に、母親ではなく長女は刺々しく答えました。
「あの熊と楽しく遊んでるあんたの耳になんか入らないでしょうねえ!――お母様はね、先日医者に不治の病だと言われたの!!」
「え!?」
「あんたが毎日毎日遅く帰ってくるから!!部屋に籠ってお絵かきして誰の言葉も聞かなかったから知らなかったでしょうけど!」
急な言葉に、お嬢さんは吃驚しました。
そして訪れるのは別離の予感からくる悲しみと、「解放される」かもしれない喜び。
………お嬢さんはそんな薄情な自分が嫌になりました。
「……お前たちに話がある」
長女の隣で、母があんなにも可愛がってきた三女はこんな時でもお菓子を食べています。
それでも落胆の気配は見せずに、母は辛そうに息を吐いた後、まず長女に言いつけました。
「アン、お前にはこの店の全てを委ねる。潰すで無いよ…」
「え、……ええ!」
案外妥当な人選です。
長女は積極的に家も店の手伝いもしていましたから。……母親は淀みつつある目を三女に向けて、菓子屑の付いた頬を撫でました。
「私の可愛いアニー。お前の夫を決めてきたよ」
「本当?」
「ああ。―――ローゲルテ侯爵だ」
お嬢さんはその言葉を聞いて思考が止まりかけました。
あの、美女好きのローゲルテ侯爵に、太っちょ三女が。……お嬢さんの中で、侯爵は許容範囲の広すぎる殿方になってしまいました。
どすどすと軽く跳ねて喜ぶ三女に、母は支度がどうのこうのと――まあ、すでに手配は終わらせたようですが。
…残るはお嬢さんへの言葉だけとなって、三人の視線を浴びるお嬢さんは居心地の悪さに俯きそうになって、イリア夫人を見習ってグッと耐えました。
久しぶりにちゃんと顔を見た母は、疲れた顔にも欲が見え隠れしていて―――
「お前とモントノワール家の結婚は取り止めだ」
「は―――はあ!?」
思わず胸倉を掴みそうになったお嬢さんを長女が羽交い絞めにして止め、それでも暴れるお嬢さんに母は淡々と言いました。
―――グレーフェンベルク伯爵懇意の大商人と繋がりが出来て店もだいぶ安定したが、それでも長女との縁談を暇つぶしに使った伯爵が許せない。
家を建て直す援助で終わらせればいいものをあれこれと口出しをして、我が家を乗っ取るつもりだ。……など、被害妄想交じりのことを10分ほど語ると、
「―――それに、モントノワールよりも良い家からお前を望む声があってな」
「は……?」
「ローゲルテ侯爵がお前を"くれる"ならアニーを大事にしてくださるそうだ。―――分かるな?」
「わ…分からないわよ!!ふざけないで、何であいつの為に私が!!」
「なんでだと?」
にたり。
―――お嬢さんは、その邪悪で女の感情を丸出しにした笑わぬ目を見て、「決定事項なのだ」と悟りました。
それでも嫌、と渾身の力で暴れると、女中が力仕事を得意とする下男を連れてきて、お嬢さんを押さえつけると後ろ手に縛り始めます。
「いやっ、やだ、離してってば!!いやああああ!!」
その悲鳴が耳障りだったのか、下男はさっさと布で口を塞ぎます。
もがもがと変な悲鳴をあげて、お嬢さんは髪を振り乱して身を捩り、そして母を睨みます。
視線の先、母は父に似た娘が、葬儀で母の罪を叫んだあの日と同じ顔で、同じ言葉を言いました。
『「お前を幸せにするもんか」』
続く言葉を、幼い故に"忘れたふりをした"お嬢さんに、思い出させるように言いました。
「忌々しい妹と私の夫の子供がッ!!幸せになるのを許すもんか!!死んでもお前を永遠に祟り続けてやるからな!!」
避けられないお嬢さんに近くにあった聖書を投げつけて、死期の迫った"継母"は狂ったように笑っては血を吐いていました。
*
幸せの終り。
補足:
お嬢さんの母=今まで母と思っていた人の妹。
・人格者で美人。それが継母(=本来の母の姉)のコンプレックスに(もともと僻みやすい性格で地味に妹のストーカーだったり)。
・本当は母→←父で両想いの恋人であったが、親に強請って無理やり父と結婚した。
愛は無い、ただ妹の好きな人を奪って優越感に浸りたかっただけ。
その結果、長女が産まれるものの父は家に居つかず。真面目に仕事はしていたがすっごく遅く帰ってくる。
やがてこっそり父と不倫していた母が妊娠するも、「させるか!」と継母が不慣れながら毒を盛る。しかし子供(=お嬢さん)は無事生まれてしまった。母は死亡。
両親にも丸め込まれしょうがなく妹の子供であるお嬢さんを育てるが女中任せ。
・父は母の忘れ形見であるお嬢さんをとても可愛がる。不安になった継母が三人目四人目と子供を産んで逃げないようにする。
・が、まったく継母一家を愛してくれない父に「いまだに妹に勝てない」とストレスぎゅんぎゅんの継母、父がお嬢さんに家の財産と商売の権利全部あげようとあれこれしてるのに気付いて毒殺。
その後お嬢さんは放置の刑にあっていたが、婚約者がいっぱい寄ってくるようになって使い道を知る、というドロドロな感じ。
なので四女は銀髪ですが父似というだけ。美人×イケメン遺伝子のお嬢さんだけが継子。
なお、幾ら物を投げたくても硬い物を投げてはいけません。聖書を投げるのは神への冒涜です。
聖書を前に出して「バリアー!」とかして遊ぶのは時と場合場所によりセウトです。




