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青髭城の夏



「暑い……ですね、ヴェルンハルトさま……」

「そうだな……」

「仕事しなくていいんですか……」

「……今日は休むことに……した」

「ちょっ、くっつかないでください暑い」

「ひどっ」

「ねー?暑いねー?べーちゃん」

「みゃーん」

「くそっ、俺は駄目で猫はいいのかよ……お前の夕飯なんかそいつと同じ物にしてやるんだからな!」

「じゃあヴェルンハルト様はアスパラガス地獄ですよ」

「…………暑いな」

「そうですね…」



木陰で瀕死の二人ですが、城勤めの人間は汗を掻きながら一生懸命働いています。


子猫のべーちゃんも含めてグロッキーな夫妻は、グロッキーだけれどそっと手を重ねていました……新婚ですね。



「熱帯夜だな…今日……」

「……あ、そうだ!あの金の鍵の地下部屋で寝たら涼しいんじゃ」

「恐ろしいこと言うなお前!?」

「だってぇ……うう、もう嫌です、くたばれ太陽」

「遊びに来てくれ雲と冷風。……あ゛ーっあっつい!」

「みゃー」

「あっ、どこ行くんですか、べーちゃん」



城主様が飲んでいた果実水をお嬢さんに渡すと、飲みかけたお嬢さんが慌てて駆け出します。

べーちゃんはクソ暑いというのに、元気に蝶々を追いかけています……。


「駄目ですよ、それは食べれません」

「みゃーん」

「おーい、さっさとこっちに戻らねーと溶け死ぬぞー」

「はいは……」



―――ふと、お嬢さんは遠い所から聞こえた「サアァァ…」という音に振り返ります。

陽の光と水が反射して見ようとも思わなかったけれど、お嬢さんたちの向こうで少し古い噴水が水を噴き出して……。


「………」

「…ん?え、おいっ、イリア!?どこ行く気だ!?」

「オアシスです…」

「オアシス!?」


ぬこのぷにぷに肉球が焼けないように、今度こそ腕に抱きかかえたお嬢さんは噴水の輝きに惹かれて、一歩、また一歩と近づきます。

慌てて木陰から出て来た城主様は―――目的地を見て、「子供かっ」と吐き捨てました。



「おい、お前は伯爵の妻なんだぞ。いくら城の者しかいないからってだな、」

「きゃっほーい」

「話聞けぇぇぇぇぇ!!!それ誰が洗濯すると思ってんの!?さっさと出て来なさい!」

「別にヴェルンハルト様が洗濯するわけじゃないんですもの、そう姑のようにガーガー喚かないで下さいませ」

「ちょっ、こら!俺以外に素足を見せるな!」

「うるさいです」

「ぶっ」



その白い素足で水を蹴り、口煩い城主様のお顔に水をかけたお嬢さん。

「ほら、水も滴るイイ男、ですよ?」と笑うお嬢さんの傍で、べーちゃんは水面に映る自分にちょっかいを出していました。


城主様はしばらく茫然としていると、濡れた髪を掻き上げて、


「―――上等だ」


派手に噴水に飛び込むと、そのままお嬢さんを噴水の中に沈めようとします。


水を吸って重たいスカートが絡みついて、転ぶお嬢さんのせいで上がる波にべーちゃんまで巻き込まれます。


初めての犬掻きを試みるべーちゃんにまったく関心を払わないで、城主様はご自分も水の中に沈んだまま、のし上がるようにして顔を近づけると、お嬢さんの首を掴んで。


水底へと、沈めてしまいました。



「むっ…ぐぐぐっ……けぷっ…!」



水底から見上げる城主様の顔はよく見えません。


ああ、あの時死亡フラグをぽっきり折ったのに。こんな番外編で死んじゃうの?……と、お嬢さんが最後の息を吐くと、ごぽりと。


(…………!?)


城主様が、水中で、また顔を近づけて。


首を掴んでいた手を、両頬に添えて。


こぽり、と僅かに息を零して。お嬢さんに、そっと空気を分け与えました。



(……この人、意味分からん……)



―――まあ、そんなロマンチックなシーンでも、お嬢さんの脳内は残念でしたが。


でも、お嬢さんの淡い色の髪と城主様の黒髪が混ざり合う中に、自分たちの吐息が消えてしまうのは、……ちょっとだけ、いいかなと思いました。


お嬢さんがそろそろと、指先を城主様の髪に、差し込んだ時でした。



「ごぶぅっ!?」



無理矢理引っ張り上げられ、首の締まった城主様―――それでもイケメンなんですね、とほんの少しお嬢さんは苛っとしました―――は、漬け物の重石役をしていた城主様が退かされると、割と紳士に助け起こされました。



「奥方様!!御無事ですか!?」

「ごふっ」

「ああああ…旦那様!ふざけて女人を沈めるだなんて何を考えているんですか!?馬鹿なんですか!?馬鹿なんですね!?」

「げふ……二度も俺に馬鹿と言うな、この木偶が!」

「うっ……ヴぇ、ヴェル…さま、助けてくれた人に暴言吐くんじゃありません……うっ」

「奥方様!?」



助け出してくれたのは、執事長の孫です。

あのほっそりとした父に似ずに何ともガタイの良い男で、当初は従者の方が向いてるだろうと剣の稽古を受けたものの、お人好しで暴力が苦手な性格だったので"使えない"と言われた男でもあります。


その代わり重い物もさっさと運べもしますから、下仕えの人間には有難い存在なのです……余談ですが、おたおたしている性格のせいか、両想いの相手が居るのに未だに想いを伝えておりません…。



「ほっほっ、そりゃあ、いくら暑くてもこんな噴水でばしゃばしゃやるのは女性によくないでしょう。城の物は皆綺麗にしておりますが、こんな水中でイチャイチャしてても大丈夫かと言われますとなあ……」

「うぐっ」



思わず城主様に内心ぽろっと出した彼の背後から―――ええ、彼の祖父で執事長が、暴言に気付いて怯えている孫の肩を叩きながら、大変良い笑顔で言いました。


「青春ですなあ、ヴェルンハルト様」


はっはっは、と笑ったのは、流石にこの方だけでした……。


時が止まった中庭を、何とか破ってくれたのはお嬢さんの世話をしている侍女で、「お風呂が沸きましたのでお早く」とお嬢さんを急かします。


侍女に連れ出されたお嬢さんは楽しげに泳いでいるべーちゃんを腕に何度か城主様を見た後、強引に連れ去られてしまいました……。



「え、おい、待て、俺は―――?」

「はっはっは、何を言いますヴェルンハルト坊ちゃま。あなた様にはお仕事がたぁーっぷりございますよ?奥方様と水浴びするほど元気ですし、我ら一同を心配させた罰を受けて頂きませんと」

「俺は悪くないし!噴水で遊び始めたイリアが悪いんだ!」

「坊ちゃま、紳士が女性に罪を擦り付けるんじゃあありません」



自分の孫に城主様を運ばせると、三人は灼熱地獄のような執務室に戻ります。


湯浴みをしながら説教を受けていたお嬢さんが冷たい飲み物を持って行く頃には、燃え尽きた城主様と爽やかな執事長が、窓も開けずに仕事を終わらせていました…。





―――

―――――

―――――――――



「…うぅ……くそ、酷い目に遭った……」



その日の夜。…ええ、予想通り暑い夜です。


お風呂に入って生き返るも、暑くて暑くて城主様は本当に溶けてしまいそうです。


お嬢さんはくすくす笑いながら、そんな城主様に膝枕をして扇子で風を送ってあげていました。


「お疲れ様です、ヴェルンハルト様」

「みゃーん」

「……いいよな、お前らは……ふんっ、どうせ全部俺が悪いんだろっ」


自分のお腹をふみふみするべーちゃんを払わずに、城主様はお嬢さんにかまって欲しいばかりにわざと拗ねてしまいます。


「十分の一程度には私が悪いですね」

「……嘘だ。半分以上お前が悪い」

「あら、どうしてです?」

「……外で、俺以外に素足を見せるな」

「……!」


お嬢さんは本日二度目のそれに、目を開くと、



「嫌ですわヴェルンハルト様。足にそこまでこだわりを持つなんて…もしかして足フェ、」

「違うわ!」

「……ふふっ」



照れ隠しが思いのほか上手くいかなくて、お嬢さんは幸せそうにはにかむのです。



「そうだ、明日は"ちゃんとした"お休みなのでしょう?」

「あ?…ああ」

「じゃあ明日は、皆に邪魔されない湖に行きましょう。果物も持って、水に冷まして、二人でまた木陰でのんびりしましょう」

「みゃー」

「…あら?あなたも行く?そうね、変な所に行かなければ、付いて来ても……」

「……はいはい、連れてきゃいいだろ」

「ですって!やったねべーちゃん!」

「みゃーん」

「………その代わり、濡れてもいい服にしろよ。爺がうるさいからな」

「ふふっ、そうですねぇ」



城主様は、ふと思いました。


―――そういえば、親父は俺を可愛がってくれたけど、一度も遊びに連れてってくれなかったな。


湖に遊びに行く時は大抵一人で、偶にモントノワール子爵が居たくらい。

たった一人で、足を水に漬けて。何の面白い出会いも発見も無くて………。



「……果物を冷やしてる間、散策してみるか」

「えっ?」

「少し歩いた先に洞窟がある。お前、そういうの好きだろ」

「ええ。なんか海賊の宝とかありそうですよね」

「……それをいうなら山賊だろ」

「宝の地図を見つけたらどうしますー?」

「決まってる。俺の領内の宝は全部俺の物だ。……木偶にでも取りに行かせらぁ」

「何です、まだ根に持ってるんですか?」

「ふんっ。俺は馬鹿じゃないんだからな!」

「はいはい、…じゃあ、明日はヴェルンハルト様の服で探検しようかなー?」

「みゃーん」

「べーちゃんには真っ赤なスカーフを巻いてあげますね!」

「……何で?」

「冒険物と言ったら勇気!勇気と言ったら真っ赤なスカーフです!」

「みゃー」

「……ああ、そうですか」



―――じゃあ、明日に備えて寝るか。


城主様がそう言うと、お嬢さんは間延びした声で返事をして、扇子を閉じて、ふっと蝋燭の炎を吹き消しました。


そして城主様が布団に招き入れてくれて、じゃれて引っ付いて、怒られて。

毒の吐き合いをしてる間に、べーちゃんは専用のふかふかベッドの中で丸まって、噴水の夢を見るのです。



「おやすみなさい、ヴェルンハルト様」

「はいはい…おやすみ、」







練乳より甘いんだらあああああああああ!!!……な、お話でした(笑)


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