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幸せすぎて城主夫妻が可愛いことになってる



「ねえ、ヴェルンハルト様」



それは、二人仲良く日向ぼっこ中のことでした。


通り過ぎていく城仕えの者たちが何だかんだ言いつつ寄り添ってる猫のような二人に和みつつ、洗濯物や食材の運搬などの職務をこなしていた頃でもありました。



「結局、あの"金の鍵の部屋"って、フェイクだったんですか?」



城主様の肩に頬を寄せて、お嬢さんはなんだか眠そうに尋ねます。


城主様もつられて眠くなってきましたが、ここは室内では無いものですから、一生懸命重い瞼を開けていました。



「ああ、嫁いできた女が『大丈夫かどうか』調べる為のな。嫁いで三ヶ月目に仕掛けていた」

「仕掛ける?」

「…それとなく宝物の話をチラつかせて、欲に任せるか任せないかをみる。観察を任せた人間の報告で、……まあ、離婚届だわな」

「今まで誰もヴェルンハルト様の言いつけを守らなかったのですか?」

「まあな。そもそも嫁いでくる人間は甘やかされた令嬢か贅沢を知らない庶民のどっちかだったし―――いだだだだだだっ!!腕抓んな!何だよ!?」

「庶民の女ってどういうことですっ、求婚したんですか!?」

「はあ?」

「求婚!求婚したんですか!?---庶民の子に!?」

「そうだけ―――……」

「なんです?」


「お前、もしかして妬いてるのか?」



この瞬間、城主様の言う通り妬いていたお嬢さんの、僅かに残っていた「じゃれ合い」が消えました。


城主様は城主様で「なかなか可愛いことするじゃねーか、まあ、俺って格好良いし不安になるのも分k」と嬉しそうにはしゃいでいます……お嬢さんはすっと立ち上がって、



「ヴェルンハルト様の空気読めない所が嫌いです」



すたすたと、部屋に帰ってしまいました……。











その後、追いかけても部屋の扉をドンガンと鳴らしても、お嬢さんは部屋から出てきてくれませんでした。


もう一気にやる気を失った城主様が椅子の上で体育座りをしつつ羽ペンの羽をひたすら毟っていると、「例の商人が来ましたぞ」と爺やが頭を垂れます。―――そう、



(今日、あいつに…たくさん買って、やりたかったのに……)



お嬢さんの部屋は、お嬢さんの私物が少ないのです。

借金を少しでも返そうと売れるものは売った彼女が持って来たのは趣味(+内職)の古い道具、まあ少しは新しいけれど、特徴のあるわけでもない地味なドレスが数着、抱き枕たちと果実や野菜の苗……大体こんな程度です。


当初の城主様はお嬢さんも「すぐ離婚」すると思っていたので、お嬢さんのドレス(といっても派手目の物を着なかったので、女たちが見向きもしなかった地味な、ある意味品の良いドレスを着ていました)も化粧品も家具もそのままです。


すぐに他の女たちのように「あれが欲しい」と強請るんだろうと思うと溜息を吐いていた城主様は、(内職に必死で)自分の部屋に興味を持っていないお嬢さんにだんだん苛々してきたものです。



―――そうして初めて与えたのが「劇場に行く為」と理由を付けて贈ったあのドレス。


ちゃんと合ったのを着せれば彼女も確かに「令嬢」でした―――…褒めようかと思っても、彼女は美味しそうな食事に夢中だったのですが。


自分のセンスが重たいのに気付いた城主様はそれ以来勝手にドレスを買うことはありませんでしたが、「金の鍵の部屋」の件が落ち着いてしばらく、お嬢さんと一緒にドレスを選びました。


『こっちの生成り色はどうだ。なんかこういうの好きなもんだろ』

『派手すぎじゃあないですか…だったら私、こっちの生成り色が良いです』

『……珍しいな、そっちの装飾皆無な方を選ぶかと思った』

『ちょっと、冒険してみました』


その「冒険してみた」ドレスでお嬢さんは城主様に手を引かれて、初の"お茶会"に出席しました。

離れないようにしっかりと手を繋いでいた、「何度も離婚する」城主様の姿に、周りは好奇の目で見つめていましたが―――お嬢さんが「今度このお菓子作りますね」と微笑んでくれたから、城主様はあんまり気にせずにすみました。


その後もお嬢さんに新品のドレスを与えて古い物を捨てさせ(お嬢さんの抗議を無視しましたが)、化粧品もお嬢さんの肌に合うものに変えました。


宝石の類になると知識もないし何やら怖さを感じるらしいお嬢さんの反応に、城主様は「じゃあ内装変えるか」と何でもないように言ったら、


『いいえ、いいのです。…私は、こう…お金を湯の如く使って欲しいから嫁いだのではありません』


一応お嬢さんに使える範囲の額としてはまだ余裕があったのですが、家が傾く経験をしたお嬢さんは不安でしょうがなかったようで―――まあ、内装はゆっくり変えていくことにして、小物でも買ってやろうと思ったのが今日なのでした。


きっとはしゃぐだろうと思っていた矢先に―――この、喧嘩。



(……でも、もしあいつが離婚してる身だったら―――うん、気になるな)



思い返し、彼女の立場で考えてみれば―――自分に、置き換えてみれば、彼女の初めて云々もそうですが、夫婦として体験したことのない苦悩も幸福も、結局二番手であるというのは城主様には耐えがたかったのでした。……そして、こう考えると、自分はなかなか最低な男だな、と思うのです。


今まで結婚し離婚してきた女たち―――今まで「女のなんと醜いことよ」と軽蔑していましたが、最初っから関心も向き合いもしなかった自分も、原因の一つ…かもしれません。


(…いや、俺は女運が悪かっただけのような気もする)


たぶん、大部分を占めるのは、それかもしれません。



だって―――最初の奥様の時、城主様は一応、努力はしたのです。


『流行のドレスが欲しい』

『あの夫人が持っていた宝石よりも美しいのが欲しい』

『もっと美味しい物が食べたいわ』


という我儘にも、一応付き合ったのです。


ですが今でこそ暇もあり金もありますが、当時は飢餓と治安の悪化と様々な問題を抱えていた時期。城主夫妻がそんな良い暮らしをするにも、民衆的にも懐的にも限界があります。


『浪費もほどほどにしてくれ』


本人的にはやんわりと言ったつもりなのですが、ドストレートに告げた城主様に最初の奥君はブチ切れました。


そんなつもりで伯爵家に嫁いだわけではないと口論になって、喧嘩の熱に押されるように離婚届にサインしたのです。



…二番目の結婚は政略結婚に近い形でした。

嫁いで来られた奥君はふんわりした雰囲気の可愛い―――ですが、実はこの奥君、城主様にトラウマを押し付けてくれた先代最後の奥君と似ていて、城主様は上手く接する事が出来ませんでした。


しかも二番目の奥君は頭が残念な人で、頑張って会話を続けようにも「それなあに?」ばかりで会話が続きません。…まあ、政治の話ばかりしかできない城主様も良くなかったかもしれません。


そして弱みを曝せないばかりにツンツンツンツンデレの城主様を誤解した奥君は浮気をして離婚。短い結婚生活でした。



三番目は前回までの結婚生活から学習して、身分は低くとも賢い令嬢と結婚しました。


最初はそれなりに上手く言っていたのですが、三番目の奥君は野心家で、城主の仕事に口を出してきました。


当時は一番目の奥君の頃、飢餓の問題を助けてくれた友人のモントノワール子爵の領地が賊に荒らされていたので、恩返しという形でこちらが費用を出してでも治安を護ってあげていたのですが―――無駄な費用と、止めてしまえと奥君は何度も口出しをし、


『ええい煩い!お前は本当に目先の事しか見ず、物事を浅く量る女だな!』


……と、その手の女性に対して禁句を言って大喧嘩。その後冷戦状態に入り、あわや毒殺されそうになった所で城主様は初めてぶん殴りました。泣きながら離婚届にサインした三番目の奥君から―――また数人と似たような事を繰り返していて。


その中のある一人が、お嬢さんが気になった「庶民の出」の奥君です。



(……まあ、伯爵が庶民に求婚するって言うのは、)



純愛と言うか、熱愛と言うか。…とにかく、御伽話のような深いものに思えるのでしょう。


しかし事実は違い、何番目かも忘れた庶民の奥君は、娘のいないある有力商人が城主様と繋がりを持ちたくて寄こした、向こうが見目の良いのを取り繕って養子に組んだ娘。急に話が進んだせいか、マナーがまったくなっていない娘でした。


ですがその頃の(結婚生活に)疲れていた城主様には新鮮で、少し何かくれるだけで驚く娘に「あ、上手くいくかも」と思ったのです。


思ったのですが―――城主様のツンツンツンツンぶりに勘違いをしてしまった娘が、自分磨きに力を入れて……いえいえ、ここまでは良かったのです。


『私にこのドレスは似合わない』

『もっと肌に良い物をつけないと』

『ここのシェフは無能ね、私になんてものを食べさせるの!』


…と、だんだんそれが「城主様に愛される為」から「自分の為」に変わり、最終的には「殿方の為」に至り、浮気に美食にと一番目の奥君のような派手さになってきたところで「金の鍵の部屋」をチラつかせ、きっと宝石ドレスに黄金がいっぱいと愉快な頭で約束を破ってすぐに、離婚。


城主様が「世の中には碌な女がいない」と悟った瞬間でした…。




「ヴェルンハルト様、落ち込まれるのは分かりますが、商人が……」

「…………分かっている」



思い出すと頭の痛い日々。…そう思うと、今の生活は理想で、ときどき夢ではないかと不安になります。


その度にお嬢さんの手を握るのですが―――四六時中、握っているような気がしてきました。


そろそろ夏が来ますし、控えなければ……控える事が、出来るでしょうか…。



「おお、城主様!頼まれていた品を見つけ―――…あ、あの、奥様は…?」

「奥君は体調を崩されまして」

「はあ…そう、ですか…」



奥君より城主様の方が体調悪そう(※落ち込み過ぎ)なのを不安に思いつつ、商人は「大変でしたぞぉ、」と丁寧な手つきで小箱を開けます。



「『春の花に猫が隠れた』オルゴールなんて本当にあるのかと思ってましたが、あるもんですねぇ。どっかの没落した家で巻き上げたオーダー品って聞きましたが」

「…間違いないか?」

「ええ。世界でただ一つですよ、このオルゴール。だいぶ吹っかけてきましたがね、予定通りの額で収めときましたよ」

「分かった。礼にこんくらい上乗せしといてやる」

「どうも。これからもご贔屓…あー、他の品は?何でしたら奥様の部屋まで持って行かれても構いませんよ」

「いや、来週にでもまた来てくれ」

「おお、そうですか!分かりました」



(………これで…!)


これで勝てる!!―――と、何に勝ちたいのか分からないのに勝った気分になった城主様は、沈んでいたのも忘れてオルゴールを持ち上げました。


お嬢さんはそんな素振りは普段まったく見せませんが、寝惚けていたり酔っている時に「欲しい物は無いか」と聞くと、よく「お母様のオルゴール…」と言うのです。


根本的解決ではないかもしれませんが、城主様がこのオルゴールを手にお嬢さんの元に駆けつければ、プンプンしてるお嬢さんも機嫌を直してくれる筈です。「ヴェルンハルト様は本当にお優しい御方…」と尊敬した目で見られるかもしれません。―――俄然、やる気が沸いて来ました。



「爺!手続き頼んだ!俺は褒め…イリアの部屋に用がある!…用があるだけだからな!」

「ほっほっほ、この爺、坊ちゃまの可愛らしい作戦が成功するのを祈っておりますぞ」

「可愛くねーし!これはおま…用があるだけだから!」



機嫌を直さない可能性も考えず、城主様は部屋を飛び出してしまいました。


残された商人と爺は、


「……いやあ、仲の良いご夫婦だ」

「まったく。坊ちゃまと奥様を見てますと、子猫のじゃれ合いのようで可愛らしいですぞ」


ほっほっほ、と爺が付け足すように「坊ちゃまがベタ惚れですからなあ」と言ってしまったが為に、城主様はお嬢さんの尻に敷かれているとか愛妻家に変じるほどに奥様が美人とか城下で囁かれるようになってしまいました―――…。





「イリア―――!開けろ!お前のた…いや、不機嫌なお前の…いやいや、あの…お、お前に面白い物をくれてやろうじゃないか!」

「………」

「何だと思う?お前の貧しい頭では想像できないほどの物だぞ!褒めろ!…じゃない、感謝しろ!すっごく感謝しろ!」

「……………」

「…あ、あの…あれだぞ、ちょっと喜んでくれるだけでもいいんだぞ…ほら、開けようぜ、不機嫌吹っ飛ばす程の物だから!」

「……………」

「……(´;ω; `)」



思わずぼろっといきそうになっていると、扉がゆっくりと開きました。


瞬間、パッと顔を輝かせた城主様は、少し目尻の赤いお嬢さんに吃驚して、


「…ごめんなさい」


お嬢さんは謝ると、ぱたんと扉を閉めてしまいました。


城主様はなかなか謝らないお嬢さんが、涙なんて見せないお嬢さんのあの姿に一分間固まったあと、オルゴールを小脇に抱えて扉を一生懸命ドンドンと叩きました。



「イリア!?どうしたイリア!?何かあったのか?何か出たのか?おいっ、何……あ、待て、そういうことか…!早まるな!俺は怒ってないというかむしろ謝りたいというか勘違いさせたらごめんと言うか入れて欲しいというか何と言うか!!」

「………」

「おい!なんか返事しろ!大丈夫だよな?生きてるよな!?自傷行為とかしてないよな!?あれか、俺が悪いのか、俺が悪いんだよな!泣かせて悪かった!でも俺、ストレートにしか伝えられないというか嫌味だったら変化球いけるんだが」

「………」

「だーかーらー!返事!返事しろ!生きてるよな、生きろよな!お前俺より若いんだから俺を看取ってから死ねよ馬鹿ぁ!お前の為にお前が手放したオルゴール手に入れたのに渡す相手が死んでたら何の意味もねーだろぉぉぉぉぉ!!」



そう、あまりにも扉を連打し、鬼気迫る声で心配するものですから、泣き顔の見られたくなかったお嬢さんは余計に扉を開けられなかったという……。






その後、城中を騒がせた城主夫妻でしたが、仲良く外でオルゴールの音を聞きながら夕食を食べたそうです。


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