10.タイトル『青髭』→『幸せな城主様』
※イラストあり
「ヴェルンハルト様…!」
夜の城内を一人で、記憶の片隅で消え入りそうになっていた「金の鍵の部屋の場所」を探していたお嬢さんは、ほっとして喜びの滲む声で城主様の名前を呼びました。
けれど声は弾んでいても体調―――何とか金の鍵の部屋に辿り着けても堅く閉じられて、うろうろしていたお嬢さんの身体は冷えていてよく見ると小刻みに震えています。
偶然にも少しだけ開いていた古い地下への道(お嬢さんはもう一つの地下牢か何かだと思っていました)に降りてもじめじめしててやっぱり寒いし、早く温まらないと風邪を引いてしまうかもしれません。
「イリ……だっ――来るな!!」
「えっ」
ぽかんとしていた城主様は青褪めた顔で怒鳴ります。
今まで聞いたことのない切羽詰まったような、鬼気迫る声にお嬢さんは慌てて足を止めますが―――すでに、お嬢さんの視界は「罪」を見てしまう事が出来るほどに近く……。
「ん……ヴェ、べるんはるとさま、この部屋って地下牢にしても異様にくさ……い?」
その様子に心配して抱きしめようとして伸ばした腕を彷徨わせて、お嬢さんは匂いの元を"見上げてしまいました。"
――――もう骨だらけの微かに白く長い毛が一房弱ある死体に、土色に変色したドレス。
――――まるで「この腕が悪い!」と言うかのように片手を切り落され、片手を粘土で穴を開けり形作ろうとしたかのような死体。
――――祈りの形なのに肉が崩れて、鎖と腐肉が混ざった死体。
――――どうやったのか真っ二つに吊るされた隣では、黄色いドレスに泥色のぐちゃぐちゃが混ざり合った死体。
共通があるとすれば、それは全てドレスを着ていて、きっと長い時間吊るされていたということと、お嬢さんを―――この部屋に足を踏み入れた人間に、身体が向いていて。
目はもうとうの昔に腐り落ちたのだろうに、視線と言うか怨念というか、何か薄ら寒いものがお嬢さんを縛って、くらりと床に膝を着いてしまう。
胸元も口も手で押さえたお嬢さんに、城主様はゆっくりと近づきました。
そしてご自分も膝を着いて、そっと儚いその背に手を当てて。青褪めた顔はお嬢さんのショック状態と、それでも後生大事に抱えては温めているガウンに目を留めると、「…持って来てくれたのか」と意外にも穏やかな声を発しました。
「は、い…起きたら、いなくて…風も酷いし、寒いんじゃないかって」
「そうか……ありがとな」
明らかに異様なこの部屋で、城主様は落ち着いた口調を崩しません。それどころか背を擦り手を温めては労うような心遣いまで見せました。
「ヴェ――ルン、ハルト、様。……寒くは、ありませんか?」
「……大丈夫だ」
だんだん自分の冷えて恐ろしいと震えてしまう方がおかしいのではないかと思えるほどに静かな返答に、頭を出来る限り動かして、まず"触れない"方向で切り出しました。
「あの、ですね……その、…お部屋に戻って、温まり、ませんか?風邪引いてしまいます」
「………」
沈黙の城主様に、お嬢さんは心臓がキリキリしました。
いつものふざけていてどこか甘酸っぱい駆け引きではない、下手をしたら"吊るされるかも"しれない駆け引きなんて初めてですから―――お嬢さんの無理矢理な笑顔に、城主様は無表情でその笑顔を推し量るような間の後、そっとお嬢さんに寄り添って。
「―――…!」
お腹の鈍い衝撃に、お嬢さんは星が数個散った後、真っ暗な夜へと落ちていきました。
*
目が覚めた、ら。
今まで奥方として見たことのない豪華な客室に横になっていました。
お腹が鈍く痛むので、恐る恐る、無様にベッドから落ちて這いつくばって部屋の中央に進んでは辺りを見渡し―――ドアノブも、鍵も、……あの、「金の鍵」の部屋の物です。
(もう一つの…"金の鍵の部屋"…?)
あの地下牢への扉だと思っていた錠前は金。お嬢さんが「これ」と思っていた現在居る部屋も金。……ひっかけだったのでしょうか。
「――――起きたか」
「!」
死角のドアから出てきた城主様に、お嬢さんは思わず変な息を漏らしてしまいました。
「ヴェ―――」
「なあ、イリア」
あと三歩程の間を保って、城主様は口を開きます。
「お前は今日から、この部屋に住んでくれ」
「……えっ?」
「お前が欲しがる物なら、流行のドレスだろうが高値の宝石だろうが、美食でも酒でも何でもくれてやる。望む物なら、なんだって」
―――だから、死ぬまでこの部屋に。
小さくそう告げた城主様に、お嬢さんは相変わらず頭の中がショート寸前です。
「俺を愛してくれなくてもいい。だけど、最期まで俺の妻でいてくれ。お願いだ、気持ち悪いって思ってくれても、しょうがないって分かってるんだ。でも、なあ、お前はお前に、誓ったんだろ…!」
「……」
「俺は逃げるお前を見たくない。殺したく、ない。何度も平気で押した離婚届の判子だって、サインだって、絶対出来ない…なあ、無理なんだ。嫌なんだよ、何だって与えるから、だか―――……」
お嬢さんは俯いた城主様を無視して、ベッドに戻ってしまいます。
それを拒絶ととった城主様は、熱いものが零れてしまうのもかまわず、俯いて―――
「……ヴェルンハルト様。お身体が冷えてますよ」
「―――!」
そっと、ガウンを羽織らせてくれた―――お嬢さんに、ヴェルンハルト様は情けない顔をパッと上げました。
「い……」
「ヴェルンハルト様。私達は夫婦です。病める時も健やかなる時も、あなたが罪を犯していても、私はあなたの傍であなたを支えるのです。…それを、あなただから誓いました」
「………」
「…ふふ、ヴェルンハルト様はいつも御手が冷えてらっしゃる。――ねえ、知ってますか?体温が低い人は優しい人なのだそうですよ」
「……そんなの…嘘だろ」
「ふむ…そうですね、もしかしたら優しいのではなく甘えん坊の証なのかもしれません。…ねえ、ヴェルンハルト様、」
「…?」
「イリアはこの手を、ずっと温めていたいのだと。―――…知っていて、くださいね」
―――瞬間、城主様は僅かに死臭のする腕でお嬢さんを抱きしめました。
お嬢さんはそのせいでずり落ちたガウンを直すと、泣き止まない子を撫でるように、ぽんぽん、と城主様の背を叩きます。
「……ねえ、ヴェルンハルト様。私は外に出て、色んな事をしないといけません」
「…?」
「まずは約束の美術館!ヴェルンハルト様と、見たい絵があるのですよ」
「……絵か…そうだったな」
「また劇場に行って、今度はロールキャベツだったかを観たいです」
「……ローエングリンだ」
「あとそろそろ野菜が出来る頃です。美味しい物を作りますね」
「アスパラはやだ……」
「珍しい果物も、暫くしたら実ります。そうしたらどうして食べましょうか?」
「……―――タルト、がいい」
段々匂いに慣れてきたお嬢さんに縋りついて、城主様は久しく誰かに"おねだり"しました。
腐った匂いで麻痺していた城主様はお嬢さんの石鹸と花の匂いのする匂いを嗅いで、昔夢見た頃のように、そっと、縋りついたまま目を伏せて。
「―――じゃあこの部屋にはいられませんね。この部屋に閉じこもって居たらタルトが作れませんもの」
「………」
「でも大丈夫、私に良い案がありますよ?」
「……案…?」
「こう―――して、両手が開いてる時は、私はヴェルンハルト様の手を握ります」
所謂恋人繋ぎに変えて、お嬢さんは「温かいし離れないし、それに楽しいし。一石三鳥ですよ」と微笑みます。
「……夏場はどうすんだ」
「夏場はお互いの服の裾でも掴むとか」
「………途中で、面倒臭くなったとか、許さないぞ」
「大丈夫です。私は夏場以外でしたら幾らでもくっついてくれて構いませんよ」
「…………イリア、」
「はい?」
くすくすと小鳥のように囁いて、笑うお嬢さんから不意に身体を離して、城主様は目尻の赤い顔を上げて―――憑きモノが落ちたような、すっきりとして、プレゼントを貰った子供のように微笑んで。
そっとお嬢さんのおでこにご自分の額を当てて、ゆっくりと、大事そうに言うのです。
「―――――お前が、俺の妻でよかった……」
「……私も。ヴェルンハルト様が旦那様で、…幸運過ぎて、泣いちゃいそうです」
俺の方がそうだし。いいえ、私の方がです。―――なんて、言い合った後、軽い笑い声が金の鍵の部屋に満ちました。
*
これにて青髭城の城主様は末永くお幸せになりました。ぱちぱちぱち。
「青髭攻略してやろうぜ!」を読んで頂き、ありがとうございます。
急展開かと思ったら急にバックに突っ切ったりとアレ過ぎる展開を繰り返しましたが、少しでも気に入って頂けたらば幸いです。
何個か伏線も捨てたりと、不完全燃焼な方もいらっしゃると思いますが、本編はこれにて終了。
後はイチャついてるだけの番外編数品と二章として城主様のお友達、モントノワール熊さんのお話をする予定です。……はい、予定です。
最悪二章入らないかもしれませんが、「美術館」デートは書きたいと思っています。
それでは、最後は作者が結構前に描いて忘れてた感謝絵←を上げます…誰得なので苦手な方は避難して下さい。
あーあ、誰か二人を描いてくれたらなー(チラッ
…と思いつつ、ちょこちょこ進めていきたいと思います。見捨てずにお付き合いください(笑
それでは、ご読了、誠にありがとうございました!