1.青髭城の奥様
昔々、"青髭城"と、あだ名されたお城がありました。
そのお城の城主様は―――先代同様、今の城主様も×××と噂されており、進んで妻になろうという女性はおりません。
それでもかまわないとそっぽ向いていた城主様でしたが、……跡目問題もあって、渋々重い腰を上げました。
お金でもないとこの問題だらけの城に嫁ぐ女性はいないので、城主様が選んだのはお金に困った下っ端貴族のお嬢さんです。
「イリア・ルーディンと申します。これからよろしく、」
「する気は無い」
「まあ、それは困りましたね」
「……お前が?」
「ええ。せっかくの結婚生活、私の人生の大半を共に過ごす人とツンツンした生活なんて嫌ですもの」
「ハッ。お気の毒だな」
「そう思って下さるのなら少しはデレてくださいね?」
「………俺はお前が嫌いだ」
「私はどうとも思っていません」
「はっきり言うな…!」
「―――ですが、一緒に居ると楽しそうだなとは思いますので、きっと大丈夫でしょう」
「適当な……」
「案外結婚なんてそんなものかもしれませんよ」
「………」
「別に、私を愛してくれなくてもかまいません。……ただ、傍に居る事を許してくれれば、それだけでいいのです」
*
やって来たお嬢さんは、ふわふわしているような芯のあるような、不思議な言動をする娘でした。
大抵は「ふふふ」でスル―するお嬢さんに、今まで嫁いできた女性を虐めてきた城主様は大変面白くありません。
「旦那様、そんな所で何をしているのですか?」
「…今日の飯はこの豚を使うそうだからな。この俺の手で殺してくれようかと思ったのだ」
「およしになった方がいいのでは?」
「なんだ。お前も『可哀想ですわ!』とかほざく偽善者か?…丁度良い、俺の隣でこの豚が殺されるのを見てみろ。お前の悲鳴を未だ聞いていないかr」
「その豚はまだ美味しくないですよ」
「」
「強いて言うなら私は豚料理が嫌いですので、鶏肉にしていただけるととても嬉しいです」
「と……鶏肉…だと…!?選べる身分か!?」
「…ちなみに、かつ丼が一番嫌いなのです。だってそうでしょう?ぐちゃぐちゃしててお米が蛆虫みたいで」
「…!―――ほう……よかろう、今日の飯はかつ丼だ!残さず食うがいい!!」
良い事を聞いたと言わんばかりの城主様。
そのままお嬢さんの荒探しをし続けるも断念した頃―――城主様お楽しみのお昼がきました。
広く白いテーブルクロスの上にぽつんとかつ丼が乗っているというシュールな絵面を気にすることなく、城主は「あむ、」とカツをぱくり。
「残さず食えよ」と命じようとニヤニヤ顔をお嬢さんの方へ向けると……
「とても美味しいですね」
と、輝かしい笑顔でかつ丼を頬張るお嬢さんがいました。
その顔は大変可愛らしい筈なのに、城主様には悪魔のように思えてきます。
「謀ったな…!」
「いえね、東洋のあるお話を思い出しまして」
「夫をからかって良いと思っているのか!?」
「まあ!私を妻と認めてくれたのですか?」
「…あ、いや、ちょっと待て。失言―――話を逸らすな!」
「逸らしてなどいません。あなたの言葉は一字一句聞き洩らすわけがありません」
「厭味ったらしい女だな…!」
「そんなことを言いますと、…泣いてしまいますよ?」
「ハッ。泣き喚けばよかろう?」
「―――あなたが」
「は?」
「そぉい!」
きゅ、とテーブルクロスを握ったかと思うと、お嬢さんは勢いよく引き抜き―――お嬢さんの方へと巻き込まれるテーブルクロスと、「ガチャン」と音を立てて城主様の指先すれすれに落下したどんぶりに、城主様は思わず箸をぽとり。
お嬢さんはその城主様の反応に口元を隠して「ふふふ」といつものように笑うと、ちょんとスカートを摘まんで仰々しく述べました。
「―――如何でしょう。お楽しみいただけましたか?」
「た……楽しめるか!!食事中に何をしてるんだお前は!」
「脅し…なんてものをお一つ。……お父様はこれで吃驚のあまり半べそかいていらしたのにぃー。城主様の反応はイマイチですね」
「あ…生憎と俺はそこまで柔じゃないんでな!…チッ、おい、そこのお前!ボサッとしてないで代わりの箸を持って来い!!」
「必要ありません」
「あ?―――…ん?」
コツコツとのんびりお嬢さんが城主様に近づくと、察した給仕係が彼女の為に椅子を城主様の隣に置き―――箸を手に椅子に座ったお嬢さんは、どんぶりを手に「あーん」とカツを城主様の口元に近づけました。
城主様は口をきゅ、と一文字に絞ると、
「…気分が悪い。部屋に戻る!」
「あらあら。お薬は必要ですか?」
「いらん!」
怒鳴って、カッカッと靴を鳴らして城主様は去ってしまいました。
「旦那様、入ってもよろしいですか?」
「………あ?」
「入りますねー」
「ちょ、待て!」
「ふふふ、お昼ぶりですね」
着崩れた姿でソファに転がっていた城主様は、制止も間に合わずするりと部屋に入って来たお嬢さんをキッと睨みつけました。
「本当に引き籠ってしまったので、心配していたのですよ?…まさか、アレのせいで心臓が?」
「んなワケあるか!」
「それなら良いのですが……ネタのつもりだったのにそのせいで身体を壊されたら、本末転倒ですもの」
「ネタ?」
「あまりにも空気が悪かったので、場を和ませようかと」
「……逆に凍ったわ」
ふん、とそっぽ向いた城主様に気を悪くすることもなく、お嬢さんはそっとポケットから手紙を出して城主様に差し出しました。
「先程、お手紙が届きました」
「手紙だぁ?……んだよ」
「どなたからです?」
「…宝石商からだ。指輪はどうする?ってな」
「そうですか」
「……そうですか、ってお前…」
「いえね、お仕事用のお手紙かと思って持って来ただけですので」
「……………お前って、見かけと裏腹にサバサバしてんな」
「あら。そうでしょうか?」
「そうだよ。……はあ、おい、どの指輪が良い?」
「買って下さるのですか?」
「まあな。世の中の男女ならしてんだろ?買ってやるよ」
「……結構ですわ」
「は?」
手紙をぴらぴらと見せていた城主様が訝しげにお嬢さんを見ると、お嬢さんは変わらぬ微笑みを浮かべて「結構です」と繰り返しました。
「……何故?」
「それは乙女の秘密です」
「……秘密でも何でもいいがな、後から買えと言っても聞かんぞ?」
「かまいません」
「……」
「それでは、用も済みましたのでお部屋に下がらせて頂きます」
「……なあ」
「はい?」
「拗ねてんのか?」
「………はい?」
「この指輪で良かったらやるぞ?」
「……………旦那様…私は旦那様が此処まで女心の分からぬ人だとは思いませんでしたわ」
「えっ」
「だから逃げられるのですよ。もう少しお勉強しましょうね」
「えっ」
「それでは失礼しますわ」
「えっ」
ルビーの指輪をチラつかせる城主様にくるりと背を向けると、お嬢さんはさっさと部屋に帰ってしまいました。
急にシン…となった部屋を見渡して、城主様は髪をくしゃりと弄ります。
「……難解過ぎるだろ、女心」
城主様はぼそっと呟くと、受け入れられなかった指輪を少しだけ睨んでからポイっと放り投げて、手紙をくしゃり。
そしてまたソファに転がって、城主様は寝ようとして―――少し、ほんの少しだけ、やけに淡々としたお嬢さんを思い出して舌打ちしました。
「あの女……俺を寝れなくさせる作戦にでたな…小賢しい」
そんなわけないのに、城主様はお嬢さんのせいにして目を瞑りました。
*
青髭城の城主様とお嫁さん