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鹿の世界にとりっぷ!

作者: かりの

世間の流れに全く乗り切れない作者がついに書いてしまった「イマサラ・てきとう・深くつっこまないで欲しい」動物の世界にとりっぷ!をお届けします。※作中に特定の職業・趣味趣向に対する偏見の言葉がございますが、その方々を貶めるためのものではないことをあらかじめご了承ください。

拝啓


小鳥のさえずりが耳に快い季節であろうと推察いたしますが違ったらごめんなさい。

お父様におかれましてはご健勝であらせられますか。よもやぽっくりお逝きになったなどと阿呆なことをおっしゃらないで下さいね。唐突に行方不明になったあなたの娘、雲雀(ひばり)は元気で生きています。いいですか、雲雀は元気で生きています。大事なことなのでもう一度申し上げますよ、雲雀は元気で生きています。


二十と六年生きてきて、このようなかたちでお手紙を差し上げることになろうとはつゆと思いませんでした。あなたとわたくしは共に暮らし、共に泣き、共に笑う家族であったのですから、そしてそれはこの先も途切れぬことであろうと考えていたのですから―――、至極当然のことであったと思います。


わたくしが、異世界とりっぷなどかまさなければ。

その必要性も感じなかったのですからね。


さて、先述のとおり、雲雀は元気にやっています。とりっぷ先の異世界は熱帯雨林の人類未踏区域ではなく、気候、食文化、衣服に困らぬ程度に発展しているところでございました。こちらでは高位の方に保護していただくという形で、お屋敷に住まわせていただいております。主様(あるじさま)は質実剛健、質素を旨とするお方ですが、誰にでも分け隔てなくお優しい方です。現にほぼタダ飯食らいのわたくしの為に、先日も物資を調達して下さいました。大変心苦しい。雲雀はきちんと働きとうございます。


そんな訳ですから、お父様も独りが寂しいなどとおっしゃってお母様の後追いなどなさいませんよう。雲雀がまだ生きているのですからね。あなたさまとは遠く離れた地で、毎日必死に生きているのですからね。もしもあなたが死んだらなら、わたくしも死んでやりますからね。………これ、本気(マジ)だかんな。


今となっては、何一つ温かみを感じさせるわたくしの筆跡()を残してこなかったことを後悔するばかりです。あるとすれば食卓のメモぐらいですか、わたくしを思いかえすよすがにでもなれば良いのですが。


届かぬものとは承知でありながら、それでも書かずにいられないわたくしを慮っていただければ、幸いにございます。お父様、遠く界すら超えたこの地で、わたくしは貴方を思っています。お願いですからご自愛くださいませね。―――どうかどうか、お元気で。


お屋敷に与えられた自室にて。


あなたとお母様の娘、雲雀より。






*・*・*


異世界とりっぷとは。


野良猫を追いかけているうちに気づいたらジャングルだったとか階段から落ちて昏倒・目覚めれば見知らぬ船の上とかそういうものであろうとわたくしは思っていた。異世界間の移動には、そこには、主人公のちょっとばかりの無謀があってこそではないのか。

『ああしまった、なぜあそこであの道を選んだのか私――!!』後悔先に立たずとはよく言ったもの。ようこそ異世界へ。『帰りたい』と切に願うが叶わず、方法を探し続ける。なしくずしに異世界に慣れながらも元の世界を愛する主人公の感情の揺れ、見守る異世界の住人、あらわれるライバル。冒険、友情、勝利、恋愛、様々な事を経験した主人公の最終選択とは―――?


と、そんな枕詞をぜひつけたい大変読み応えのあるファンタジーの一大ジャンルであると。そう、思っていた。






「ヒバリ、」


沁みるように低い声に呼ばれ、『あの頃俺は若かった』的な回想が断ち切られる。


「どうかなさいましたか、主様(あるじさま)


隙のない身のこなしで現れたのは、現在進行形でわたくしの保護者であるヴィリス様。


濃い赤毛に緑の瞳、精悍な顔立ちに一切無駄のない体つきの美丈夫で、そのうえ魅惑の低音ボイスとくれば世の女性陣は放って置かない。置いて頂いているお屋敷の最高責任者をつとめるだけに有能かつ聡明、それなりのしたたかさと実直さをあわせもつ稀有なひとだ。


「いや、特に用はない」


言いながら、わたくしの隣に腰掛けて、彼は黙り込んだ。いつものことなので特別気にはならないが、気が散るのは間違いない。だってヴィリス様ほどの美形が隣にいるのだ。下心がなくとも緊張するし、出来ればさっさと仕事に戻っていただきたい。


(何をお考えになっているか、正直まったく分からない………)


嘆息。嫌いじゃないのだ。嫌えるわけがない。ただ、ホントに謎のひとなので。





*・*・*


―――――わたくしを拾ってくださったのは、ヴィリス様だった。


決定的に道を間違えたとわたくしは思う。その日は騙されたのが何度目か知れない合コンで、仕事仲間の紹介だけあって話が盛り上がり、まあまあ楽しい席だった。


ひとり、執拗なまでに絡んでくる男がいなければ、大変有意義な時間だったといえよう。


突然だがわたくしは自身の童顔を自認している。ぱっちりお人形のようなおめめ、なだけだったら嬉しいものだと思うけれど、頬の線は丸みをおびていて大人っぽさはかけらも見当たらない。加えて低い身長、ちいさい手。成長期を切望していたにもかかわらずついに到来しなかったせいか全体的に幼くちびである。


そのため寄ってくる男は十中八九幼女趣味(ロリコン)。自分に感知しない範囲でならどうだって良いひとの趣味も、自分に関わるだけでおぞましいものに思えるとはひとって薄情ね。ていうか二十六歳に幼さや稚さを求めて寄ってくるな。その必死さが嫌。気持ち悪い。


仕事柄同職には変わった人間が多いものだが、その手の輩も多くて困る。


あの男はまさにそのタイプで、初対面から『雲雀ちゃん』と呼んできたりいちいち寒い科白を吐いたりとにかくいろいろ堪忍袋に刺激を与える男だった。合コンを仕組んだ友人が抜け出させてくれなければわたくしは多分………箸を突き刺すくらいのことはしていたかもしれない。


手前勝手な想像もとい妄想でわたくしをだれかに依存しなければ生きていけない、そういう類の人間だと認知するのはやめろ、世の中そんなにうまくお前の思うとおりに廻ってる訳無いだろう愚か者、沈め、腐れ、灰になれ滅び去れ、呪詛の言葉を吐きながら帰宅し、寝入っているだろう父を起こさぬように入浴してベッドに入った。よくある、というほどでもないが別段特別な一日だったというわけでもない。


そして小鳥のさえずりに正真正銘囲まれて(・・・・)起床したところ、この針葉樹林によってなる高地だったという訳である。視界にぬっと現れて、『………落人か?』と呟いたのが誰あろうヴィリス様、とその他お供の方々。のんびりもっさもっさと草を食む鹿に囲まれ半狂乱になりかけたが、なんとも綺麗な配色の美形に、『このように稚い落人とは……』などとつぶやかれ、自尊心による発言の撤回を求める怒りがわきあがった。『わたくしは二十六歳です!』起きぬけ一番並みでない気迫を湛えてつめよる二十六の童顔女はさぞ珍しいいきものであったでしょうよ。






*・*・*


目の前できゃらきゃらと子供たちが駆け回る。いつみてもとても素敵な光景だ。


「外回りお疲れ様でした」


「ああ」


「エイダ様がお待ちですよ」


「分かっている」


「四半期ごとの生産高増加についてのお話だとか。急ぎではないとおっしゃってはいましたけど」


「承知している」


「………主様?」


「………あまり薄着で庭に出ないほうが良い。風邪を引く」


無造作に自らの上着を投げてよこし、燃えるような赤毛を邪魔そうにかきあげてヴィリス様は仕事用の区画に歩き去った。本当にあの方は分からない。残されたわたくしは、明らかに裾が余るとかいう次元の体格差ではなさそうな、それこそ布団にしてもいいくらいの大きさに見えるヴィリス様の上着を手に、遊びまわる子供たちを監督し続ける。今のところ、これがわたくしの仕事になっているのだ。

あんまりいい陽気なのでうとうとしかけて、眠気覚ましに元の世界での生業(なりわい)を少しばかり子供たちに披露したりもした。まんまるで大きなひとみの子供たちに喜んでいただけたなら、光栄である。仕事柄大人を相手にすることが多いが、本来この仕事はこういうちいさきものたちのためにあると思うのよ。

こちらには馴染みの無いものなので、気に入っていただけたらしい子供たちにまじないの類ではないことをきっちり理解していただいて、もういちど、歌った。


曲は、「あかとんぼ」。


―――あかい髪のお優しいあなたさまへ。


そんなことを思いながら。





雲雀。二十六歳。

声楽家やってました、わたくし。






連載にしたかったけどとりあえずコレで打ち止めです。

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