第99話
~魏~
「ようやく私の誘いに応じてくれたわね」
「はい。以前から程昱様にお声をお掛けいただいたのですが、何分周りの目もありましたので…」
現在、華琳と謁見しているのは現在、呉に所属し合肥を治めていると鐘会いう人物であった。
「仕方ないわ。漸く貴女がこちらに付いてくれたから、約束通り兵を出すわよ」
「ありがとうございます。成功した暁には…」
「分かっているわ。その時には、呉の一部を貴女が治めることを認める」
「ちょっとお待ち下さい、華琳様!このような胡散臭い者の協力が無くても、我々だけで呉を攻めれば、呉などは一気に葬ってみせます!!」
「おや、夏侯惇殿は、私が信用ならないと?」
「当たり前だ!敵から簡単に寝返る奴など信用できるか!」
春蘭の直情な言葉に鐘会はわざと傷付けられた表情を作ってみせた。
「私は元々漢の臣、しかし領土が呉に囲まれたため、仕方なく呉に付いたまでの事」
「何~!」
「待て姉者。しかし口では何とでも言える。親を売るにも友人を裏切るにも幾らでも理由は付けられるが」
激発しそうな春蘭に代わり、秋蘭が毒舌を発する。
「二人ともそのくらいにしておきなさい。彼女の協力が無ければ、無血で合肥に占領することが困難だわ。私は彼女の協力に対して相応の報酬と礼儀を果たすつもりでいるわ」
華琳からそう言われると春蘭と秋蘭は不服ながらも黙って頷くしかなかった。
「そこで秋蘭、貴女と風、それと…斗詩、七乃、流琉を付けるから、鐘会と協力して呉を攻めなさい」
「そして晋が私たちの矛先が呉に向いたと安心した時に、私たちは一気に晋に侵攻するわ」
「ですが、晋にはあの司馬懿がいますが…」
稟が進言するが
「分かっているわ。でも向こうの使える将は、徐晃、張郃、郭准くらいで、それに軍師も蒋済しかいない。こちらは将兵の数からいっても負ける要素はないわ」
華琳がそう言い切ると稟も返す言葉が無く、そして詳細については後日決める事になり最後に
「ところでだけど貴女、私に真名を預けてなさい」
華琳は鐘会に自分に真名を預けるように告げるも
「これから曹操様の臣となりますが、真名については呉を攻略した暁にお教えしたいと存じ上げます」
「なっ、アンタ!華琳様の命令に逆らうつもりなの!?」
桂花が鐘会に噛みつくも華琳は気にするわけでもなく
「ハハハ!なるほど、私を試しているのね。分かったわ、私が呉を攻略した時には貴女の真名を教えて貰うわ」
華琳は真名を教えて貰うことはできなかったが、鐘会の小気味良い回答に満足し、その願いを聞き入れ鐘会を部屋から下がらせた。
謁見が終了して、ほとんどの将たちが退出した後、部屋に風一人が残っていた。
「華琳様。風が言うのも何ですが、あの鐘会さんに注意を払われた方が良いかもしれませんね~」
風の言葉に華琳は少し眉を動かしたが
「だが、変に媚びる者よりはあれくらい覇気があった方がいいと思うわ」
「そうかもしれませんが~」
「それに鐘会くらいを御せ無ければ、私が天を掴むのは到底無理な話だわ」
「分かりました~では鐘会さんの動向等については風が注意しておきます~」
風の回答に華琳は無言で頷いていた。
紫苑が蓮華と一刀との会談を約束した後、しばらくして一刀と紫苑、蓮華の三人で話をすることができた。
「紫苑殿から話を聞いたけど、何の為自分をそこまで鍛える必要がある?」
「まあ別に無理して鍛えている訳でもないけど…敢えて言うなら、好きな女性との約束を守るためかな…」
「えっ?」
一刀の発言に蓮華は驚きの声を上げ、紫苑は言われて嬉しかったのか、口元が緩むのを袖で隠すようにしていた。
「じゃ貴男は、紫苑殿の約束を守るだけの為に自分を鍛えあげているの?」
「そうだな…紫苑は切っ掛けを作ってくれたというところかな。昔、紫苑からある時にこんなことを言われてことがあるんだ。『この身も、心も必要とあらば屍も、俺の思うがままに自由に使って下さい』と」
「これを聞いて確かに男冥利尽きるけど、でも紫苑に甘えているだけじゃ駄目だと。そして紫苑の期待に応えれる様な男になるって誓ったんだよ。そして紫苑の期待を裏切ったくなかったからね」
一刀の屈託のない笑顔を見せられると逆に蓮華は自己嫌悪を陥っていってしまった。
「そうなの…紫苑殿、貴女が羨ましいわ。貴女の一言で一刀殿がここまで成長するなんて…。それに引き替え、私なんて敵に捕らわれ、どんなに頑張ってもお母様やお姉様に追い付くことなんてできやしない。そして誰も私なんかが次期当主でいいと思っていないわ…」
蓮華は、今まで自分でやらなければいけないと意地を張ってやって来たが、結果的に全て裏目に出て、そして捕われの身となってしまった今、完全に自信を失ってしまっていた。
「孫権さん、『失敗が成功の元』という言葉分かるかな?」
「ああ…失敗してもその原因を追究し、そして欠点を上げて反省、改善して、やがては成功に近づくことができるという意味だったかな」
「その通り。完璧な人なんて誰もいないし必ず皆、何処かで失敗してるんだよ。それが孫権さん、今回たまたま失敗しただけであって、今度は成功するかもしれない。多くの失敗を繰り返し、そしてその失敗を反省し、失敗から学び、学んだことを生かして行くことにより、自分を生かしたらいいと思うよ。だから孫権さん、失敗に挫けず、糧とすることから考えよう」
蓮華は、一刀に言われ今までの自分を振り返っていた。それまでの自分は自信の無さを覆い隠そうとするのに虚勢を張ったり、また周りに自分を認めて貰おうと結果を急ぐあまり、周りを見ず無茶をしたりしていた。そして一刀は言葉を続ける。
「それに無理して孫権さんがお母さんの孫堅さんや孫策さんのようになる必要はない。孫権さんが『自分が自分であり続ける』の事が重要だと俺は思うな」
「失敗に挫けず、糧とし…そして自分が自分であり続けるか…。今までの私に全て欠けていたのだな」
蓮華は一刀に言われた事に対して、普段なら反発するところなのに何故か素直に聞けていた。そして顔を赤くしながら
「ありがとう、礼を言わせて貰うわ。今の私に貴方たちに感謝の気持ちを示す物は何もないけど、私の真名『蓮華』を受け取って貰えないかしら」
それまでのやり取りを見ていた紫苑は、蓮華との会談の前に一刀にこう言っていた。
「ご主人様の人たらしの腕前は以前と比べても数段上がっていますから、普段通りに孫権さんの悩み事を親身になって助言をすれば間違いなく、男性とのお付き合いのない孫権さんはご主人様に靡きます。言い方は悪いですが、それを上手く活用して呉と組んだ方が宜しいですわ。」
「何かそれは…。それで紫苑はいいの…?」
「フフフ…それこそ今更ですわよ。私も翠ちゃんや愛紗ちゃんの様に純情ではないですから、そしてご主人様はご主人様らしく振舞ってくれればいいですわ。もし孫権さんと結ばれたとしても、正妻の座を譲る気は毛頭ありませんけど♪」
複雑そうな表情を浮かべている一刀に対し紫苑は、それを利用していずれ蜀と呉を結びつけようと考えていたのであった。
そして、紫苑は予定通りに事が運んだ事に安堵していた。
「ああ、ありがとう。その真名を受け取らせて貰うよ、『蓮華』。俺の事も態々殿と付けないで、『一刀』と呼び捨てにしてもいいよ」
「分かったわ、一刀。そう呼ばせて貰うわ。それで一刀に聞きたいことがあるの…」
「何?」
「貴男、紫苑殿をはじめこのように周りに女性を増やして、それだけ相手が出来るの…?」
「うん」
「えっ…」
一刀が即答すると、蓮華は驚きを隠せない表情をしたまま固まっていた。
「じ、じゃあ紫苑殿は、一刀がこのように女性を何人も囲むことを許しているの!?」
一刀の平然とした回答に驚き蓮華は、矛先を変え紫苑に質問をぶつけてみた。
「そうね…。勿論ご主人様が魅力的だから一人占めにしたいわ。でもご主人様程の男性を一人占めするのは烏滸がましいと思うの。それに…」
「女性は競い合ってこそ華が咲き、ちょっと緊張感がある方がいい女になるわ。そして男性も色んな女性に磨かれると更に輝きが増すと思うの。だからご主人様には色々と頑張って貰わないといけませんわ」
紫苑が笑顔でそう告げると蓮華にこう告げる。
「だから蓮華さんが、もしご主人様を愛した時は覚悟を決めて来て下さいね」
と。
それを聞いた蓮華は、まだ覚悟が定まっていなかったのも有り、堂々と告げる紫苑の答えに返す言葉が出てこなかった。