第97話
洛陽に到着した蜀軍は正式に漢の滅亡を布告、そして街中の目立つ所に桃香と雛里の髪の束が置かれていた。そして雛里については桃香の後を追って死んだということにした。
そして二人の遺体は損壊が激しいため、代わりに髪の毛を置いて代替の処置を取った訳であるが、しかし町の人々は最早崩壊寸前であった漢王朝を見放していたせいか桃香や雛里が亡くなったことについては同情があったものの、漢が滅亡したことについては、寧ろ歓迎されていた。
そしてそんな中、ある日の朝、桃香は一刀の部屋に向っていた。桃香が侍女になってから一刀を起こす役は基本、桃香がすることになっていた。
「♪~~~~~」
そして機嫌良く、鼻歌を口遊んでいる桃香であるが、元々苦手であった政務から解放されたこともあり、元の自分を取戻しつつあった。そして家事については何とか一刀の身の回りの世話はできるものの失敗が多く、料理に至ってはほとんどできない状態であったので、現在は紫苑と雛里の特訓を受けて日々悪戦苦闘が続いているものの、君主時代と比べ笑顔の回数も増えて皆は安心していた。
「ご主人様~~朝だよ~~♪」
桃香は今まで一刀のことを「一刀さん」と言っていたのを自分より一刀の方が、立場が上になったので侍女になった時から「ご主人様」と言い方を変えていた。
そしてそう言いながら桃香はドアを開け部屋に入ると、何故か何もないところで躓いてバランスを崩し、そして…
「わ、わわわ!」 ボゴッ!
「うっ!」
桃香は、そのまま一刀が寝ている処にダイビングボディプレスをしてしまった。これでは目覚めの悪い一刀も流石に目覚めてしまい
「イテテ……桃香、随分強烈な起こし方だな…」
「えへへ、ちょっと躓いちゃって…ごめんね、ご主人様。でも大丈夫?」
「ああ、大丈夫。今のですっかり目が覚めたよ。それで桃香、ちょっと重たいから退いてくれるかな?」
「ちょっと~ご主人様。女の子に重いと言う言葉は禁句だよ。そんな失礼なご主人様にはこうしてやるんだから!」
「ぐぇ!?」
桃香はまだ仰向けに寝ていた一刀の顔に身体を移動させ、お腹で顔を押さえ付ける様な形になっていた」
「うっぷ!?ぐっ…く、苦しい」
桃香に乗られると一刀は息苦しくなり、しばらくすると動きが止まってしまった。
「えっ?だ、だ、大丈夫?ご主人様!?」
一刀の様子がおかしいと感じた桃香は直ぐに一刀の顔から自分の身体を退いて、一刀を呼び起こそうとするが一刀はぐったりしたまま。
すっかり動揺している桃香に一刀は
「隙あり!」
と言って、急に身体を起こし、あっという間に体位を入れ替え桃香が横になった状態なってしまった。
「え、えっ!?」
「これでお相子だね」
急に形勢が逆転してので、桃香は事態の把握に時間が掛かったが、漸く一刀が声を掛けてそれに気付き
「う~ご主人様ずるい~。私を騙したの~」
「ごめん、ごめん。つい桃香の行動に悪戯したい気に駆られちゃって…」
苦笑いを浮かべて一刀が謝ると、桃香は顔を背けてすねた素振りを見せる。彼女の仕草に、思わず一刀はドキッと胸が高鳴るのを感じ、桃香もそんな一刀を上から見られると思わず胸が高鳴るのを感じていた。
そんな甘い雰囲気になりそうであったが、
「ご主人様…、桃香様…。いったい何をしているのですか……」
「あ、あわわ…」
二人の背後から鬼の形相をした愛紗とそしてその横で愛紗を見て動揺している雛里がいた。
因みに愛紗も桃香から
「愛紗ちゃんも『一刀様』という言い方、堅苦しいから一緒に『ご主人様』と言おうよ♪」
そう言われ最初は戸惑っていたが、徐々に慣れると違和感が無くなっていた。そして雛里も改名してから、今まで一人で背負っていた重圧から解放され、朱里や紫苑の助けもあり、徐々に元の自分を取戻し、今では治っていたはずの口癖の「あわわ」が再発していた。
「えっと…あのね愛紗ちゃん、私、ご主人様を起こしていただけで、だからご主人様とは何にもないの!」
「そうだぞ、愛紗。桃香に起こして貰って、ちょっと戯れていただけ…あっ」
「ほう…ご主人様は桃香様と朝から戯れているとは、これは少々お仕置きが必要ですな…」
「あ…いや……その、これは…え~っと」
「あはは……」
桃香は諦め乾いた笑いで、そして一刀はしどろもどろになりながら愛紗の誤解を解こうした、が
「天誅―――!」
一刀は愛紗の一撃を見事に受け、完全に意識を失った…。
「それで、お主は主を打ちのめして遅くなったと言う訳か?」
「面目ない…」
「全く…愛紗もあのエロエロ魔人の事、分かっているだろうに…」
「うわ~。以前私が間違ってご主人様のところに入った時、お姉様も愛紗と同じように動揺してたのに~」
「ば、馬鹿。あの時はお前が裸でご主人様のところに忍び込んでいたから、驚いただけで…」
「お、お姉様、皆の前でそんな恥ずかしい事、言わないでよ!」
「お前が話を振ってきたんだろう!」
「ハハハ。愛紗の焼き餅は相変わらずなのだ」
「何やここは、ここの会議はいつもこんな感じかいな」
「でも気楽でいいの~♪」
「こら真桜、沙和、真面目にしろ!」
「しかし、まあこれだけ個性的な面子が揃ったもんだな…」
愛紗が一刀に一撃を喰らわせて気絶したため、会議の開始時間が遅くなり、星が愛紗に注意していたが、途中で翠や蒲公英が加わり、話が脱線するのを見て、桃香たちの説得を受け帰順した鈴々たちもすんなりと溶け込みやすい雰囲気を醸し出していた。
ただ、焔耶や春風こと馬謖は敗走後、行方不明となり捜索したが発見には至ってなかった。
そんな喧噪の中、星は紫苑が不在であることに気付き、朱里に尋ねた。
「朱里、紫苑はどうした?」
「紫苑さんなら、例の件で孫権さんのところに行っていますよ」
「そうか…。さて紫苑が、あの頑固者をどうするかお手並み拝見だな」
星は騒ぎを見ながら、そう呟いていた。
丁度、その頃紫苑は軟禁されている蓮華の部屋を訪れていた。
「な、何だ、これは!?」
紫苑から渡された衣装を見て、蓮華は明らかな動揺していた。
「何だと言われてもね…。侍女の服としか言い様がないわ」
紫苑は微笑を浮かべながら説明するも、蓮華は納得出来ず、更に声を上げる。
「な、何で私がこのような格好をして侍女をせねばならぬのだ!?」
「貴女の身柄は私が預かることになったの。貴女をただの捕虜としておくのは勿体ないと思って、取り敢えずは私の侍女をして貰おうと思って」
「ふ、ふざけるな!」
「あら、別にふざけていませんわ。もし否でしたら、何か別の事を考えないと…」
紫苑が何か思案ありげ顔をしながら蓮華に告げる。そんな紫苑を見ながら蓮華は敢えて質問した。
「もしこれを断ればどうなる…?」
「さて?どうなるかしら。これよりもっと恥ずかしい事をするかもしれませんわ、フフフ……」
紫苑の不気味な笑顔に、蓮華はこれより恥ずかしい罰を与えられてはたまらないと思い、黙って頷くしかなかった。
しかし侍女と言っても蓮華を自由に動き回らす訳にも行かず、今の段階では一刀の元にいる桃香たちの事を知られる訳にもいかなかったので、侍女の服装はするものの実際には紫苑の傍で秘書的な事をやらせることとなった。
紫苑の元に来た書類等が多い為、紫苑が一読した後、大したものでない案件については蓮華に署名を代筆させることとなったが、これには蓮華も流石に捕虜である自分にそんな仕事をさせることに驚いたが
「優秀な人を遊ばすのは勿体ないわ。立っている物は親でも使えと言うでしょう。遠慮なく貴女を使うわよ」
そう微笑を浮かべながら、紫苑は蓮華の教育を開始したのであった。
そしてその日夕刻、その桃香の髪が置かれている台を見て、ある女性が
「桃香様…私が勝手な行動を取ったばかりにこのような哀れな姿に…申し訳ありません…」
その女性は桃香の変わり果てた姿を見て泣いていたが、そしてこう宣言する
「必ず、桃香様の仇を取ってみせます…そして覚悟しろ…北郷一刀!」
「大声を出すな。あまり目立つと兵に事情を聞かれる!行くぞ!!」
一緒にいたもう一人の女性が、更に大声を出しそうな女性を無理やり引っ張りこの場から去ったが、この二人が波乱を引き起こすのはまた後の話である。
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