第95話
またまた強引な話かもしれませんが、温かく見ていただけたらと思っています。
因みに今日は2月22日なので、それに合わせ22時に投稿しました。
二人が天幕に入ると朱里と雛里がいた。そして一刀が雛里に声を掛ける。
「久しぶりだね」
「お久しぶりです。北郷さん」
「えっと…朱里から話を聞いたけど、考えに変わりはないの?」
「はい…私の命と引き換えに桃香様と兵たちの命を救っていただきませんか」
「何度も言っているけど、これ以上、誰の命も奪うつもりはないよ」
「それに桃香も説得を受けて、こちらで保護することになったから」
「えっ…?それはどういうことですか」
一刀は桃香を保護する経緯を雛里に説明した。
それを聞いた雛里は、喜ぶ様子もなく、暗い表情を浮かべたままであった。
「雛里ちゃん、桃香さんもこうして救われたのだから、また一緒にやろうよ」
「ううん。朱里ちゃん、それは無理なの」
朱里が雛里を勧誘するが、雛里の答えを否であった。
「どうして、雛里ちゃん!?」
朱里は驚きの声を上げるが、雛里は理由を説明する。
「桃香様をこのような立場に追い込んでしまい、その責任は私にあります。その責任を取らず、このまま北郷さんに仕えるのは無理かと」
「それで勝手な言い分で申し訳ないのですが……。できることならこのまま私を隠居させて貰えないでしょうか」
「えっ?」
「雛里ちゃん、隠居って…。貴女、人生まだまだこれからなのよ」
紫苑が雛里の発言に呆れかえった。
「それは分かっています。しかし桃香様が助かったとは言え、死人と同然となってしまいました。桃香様をこのような目に遭わせ、自分だけ軍師として生きていくのは……」
雛里は当初の政策の失敗や戦いで敗れ、国を滅ぼせたのは自分の責任であることを強く感じていた。
「雛里ちゃん…」
雛里の決断を聞いて朱里は言葉を返すことができなかった。そして陣幕が静まり帰った中
「あー!ご主人様に朱里、ここにいたの!随分探したんだよ!!」
ここでけたたましく入って来たのは別動隊で漸く本隊に合流した蒲公英であった。
「蒲公英、探していたというのは何か用事だと思うけど、後にしてくれないか。今、大事な話をしてるところなんだ」
一刀が蒲公英に暗に部屋から出る様に言ったが、蒲公英はそれを気にせず話を続け
「今、御主人様と朱里に会いにと水鏡先生が来たの!」
「えっ!?」
「水鏡先生が来たのですか!蒲公英ちゃん、すぐに先生をここに連れて来て下さい!!」
蒲公英の言葉を聞くと雛里と朱里の態度が対照的に変わった。
普段おとなしい朱里が大声を出すので、蒲公英はその勢いに驚きながらも陣幕から出て行ったが、雛里の方はそこから無言となり、終始俯き顔を上げようとしなかった。
そして蒲公英に連れられ司馬徽こと水鏡がやって来た。
「お久しぶりですわ。北郷さん」
「こちらこそご無沙汰で…、でもどうしてここに?」
一刀の疑問も当然であった。なぜここに水鏡がやって来たのか。
「先生を呼んだのは私です」
一刀にそう告げたのは朱里であった。
「ご主人様、覚えておりますか。以前、私が説明したことを」
一刀は朱里の話を聞き、自分の記憶を辿ってみると漸く思い出した。
「もしかして、朱里が言っていた策というのは…」
「はい、その通りです」
朱里が水鏡を呼び出したのは以前、朱里が一刀に雛里を救い出す方法として考えていた。もし一刀や朱里の説得が駄目ならその時、雛里を救えるのは水鏡しかいないと朱里は予め考え、そして朱里は水鏡に事情を説明、そして説得するので助けて欲しい旨の手紙を出すとこれを承諾して、ここまで来たのであった。
「北郷さん、申し訳ありませんが、この場を私たち三人でお話させていただけないでしょうか。決して悪いようにはしません」
「分かりました。ここは貴女を信頼してお任せします」
水鏡の提案に一刀は承諾、陣幕の外でいることを告げて三人で話し合いをすることとなった。
一刀たちが天幕から出ても、しばらく沈黙が続いた。
「さて…」
水鏡が声を出すと雛里はビクッと身体が反応するくらい怯えていた。
今、雛里の心の中は、自分の醜い嫉妬から水鏡との約束を破り、朱里と争ったことについて、水鏡から叱責される恐怖心で一杯になっていた。
しかし水鏡から出た言葉は別の言葉であった。
「雛里、貴女、今回の事で責任を感じて、処刑されることか若しくは命を救って貰ってもこのまま隠遁することを考えているでしょう」
「!」
「先生、どうしてそれを…」
雛里は、まだ話をしていないのに水鏡に今の自分の心境を簡単に言い当てられたことに驚きを隠せないでいたが、当の水鏡は平然として答えた。
「簡単な事よ。朱里からの書状とそして責任感が強い貴女が今までやってきた事、それを考えたら結論は直ぐに出たわ」
「雛里、貴女はそれでいいの?」
「誰かが責任を取らないといけませんから……」
「責任を取るというのは分かるわ。でも北郷さんたちは貴女を処刑するつもりはないのでしょう?寧ろ貴女を救う気でいるんじゃないの」
水鏡に言われると雛里は無言で頷いた。
「だったら、この失敗を次に生かせばいいじゃない」
「……それはもう無理です。このような失敗をした私が上に立つ資格はありません。後は朱里ちゃんや真里お姉さんに任せ、私は外から見守るつもりです」
「甘えるのもいい加減にしなさい!貴女は一度や二度の失敗で自分の志を簡単に諦め、その志を他人に任せる薄情な女なの!!」
「自分の志……」
普段物静かな水鏡が、雛里の発言がどうしても許せず、思わず大きな声を出してしまった。普段大声を上げない水鏡を見て雛里は一瞬怯んだが、しかし水鏡に言われた「自分の志」という言葉を反芻していた。これを見て水鏡は再び冷静さ取戻し、雛里を再び諭し始めた
「ごめんなさい。雛里、つい声を荒げてしまったわ。でも雛里よく聞きなさい。人は神と違い、愚かな生き物よ。そしてその愚かさから色々と学んでいくの」
「だから失敗を学ぶことは、次の成功への元なの。でも逃げてしまえば、もう好機は回って来ないわよ」
「雛里、貴女はそれでもいいの?もしこのまま私のところにでも戻って隠居するのなら、私は喜んで貴女を引き取る。全て貴女の意志に任せるわ」
「それに…貴女の事を心配している友がいることを忘れたら駄目。それを忘れない限り、貴女は死ぬ気で生きる事ができるはずよ」
「えっ…」
雛里は友と呼べる人物の方を見ると心配そうに雛里を見ている朱里がいる。
「雛里ちゃん思い出して、私たちが最初に立てた理想を…」
雛里は朱里が言った言葉を思い出す。
「まずは民が安心で暮らせる様にしたいと言っていたね…」
「でも私は、朱里ちゃんが北郷さんの元で成功している話を聞いて、そしてそんな朱里ちゃんに嫉妬して私…桃香様を導くことができず、焦って……う、うわぁぁっん」
雛里は自分に対する不甲斐なさと朱里への嫉妬心でこのようになった事を恥じ、泣き始めた。
「ごめんなさい先生、朱里ちゃん…つい取り乱して…」
漸く泣き止んだ雛里は二人に謝罪する。
「雛里ちゃんいいの。悩みを一人で抱えて辛かったのでしょう?偶々私はご主人様や紫苑さんや他の皆がいてくれてから良かったけど、逆の立場になっていたら私が雛里ちゃんと同じ様な事をしていたかもしれない。でもこれからは雛里ちゃんの力も貸して欲しい。一緒にやれば、もっと多くの民を救えるかもしれないの」
「でも…」
再び朱里は雛里を説得する。しかしまだ雛里が躊躇っていると再び一刀が入ってきた。
「皆、いいかな?雛里、桃香がどうしても君と話がしたいと言って連れてきたんだ」
桃香は愛紗に一度雛里と話をさせて欲しいと頼み込み、それを聞いた一刀は雛里の説得になればと思い、この場に桃香を連れてきたのであった
「ごめんね、雛里ちゃん。私、これから一刀さんの侍女として仕えることにしたの。そして今までこんな馬鹿な私の為に尽くしてくれて本当に感謝している。でもね、もう私に遠慮することはないよ。これからは自分の為、そして自分の力を発揮できる場所で雛里ちゃんには頑張って欲しいの。だから私みたいに死ぬや隠居するとか言っちゃダメ。これは私からの最後の命令だよ」
「桃香様…」
桃香は雛里の気持ちを少しでも楽にするため、敢えて最後の命令として、雛里を自由な意志で決断できるよう後押しをした。
「雛里、皆がこれだけ貴女の事を心配しているのよ。次は貴女がそれに応える番じゃないかしら」
水鏡に言われると雛里は決断した。
「北郷さん、仕えるに際して一つお願いがあるのですが」
「お願い、何かな?」
「はい、私の新しい名前を考えて欲しいのです」
「名前?どうしてそんなことを…」
一刀は雛里の発言の意図が分からなかったので説明を求めた。
「やはり私はこの戦いの責任を取る必要があります。そして桃香様に殉じるため、名前だけでも捧げたいと思っています。そして新たな気持ちで北郷様に仕えたいと思っています。ですので…」
「何もそこまでしなくても…」
一刀は雛里の決断に驚き、翻意させようとしたが
「いいえ、ご主人様。それはいい考えかもしれません」
「どういう事?」
予想外にも朱里が賛成したので、一刀は驚いたが朱里は言葉を続けた。
「ここで雛里ちゃんを死んだ事にしておいて、今後に備えておくのです」
「これから私たちは、まだ魏や晋、それに呉とも戦う可能性が高いと思います。しかし雛里ちゃんの存在を隠しておけば今後、何かあった時都合がいいかもしれません」
「そして雛里ちゃんには普段は、ご主人様の侍女になって、ある程度姿を隠して、影から私たちを支える様にして欲しいの」
「流石にそれは…」
一刀は幾ら何でも自分の名前を消すのに躊躇いを感じているのに、桃香だけでなく雛里まで侍女に加えることに難色を示した。
「北郷さん、こんなの負担になりません。私はこれから生き延びると決めた時に決意しました。例えこの先どんなことがあっても汚水を啜ってでも生き延びてみせることを!」
「ですので、私の待遇は桃香様と同じく侍女でも構いません」
「ご主人様、雛里ちゃんの決意を尊重して上げて下さい」
紫苑は、雛里の強い決意の籠った目を察して、一刀の決意を促すように言葉を掛けると一刀も分かっていたのか
「分かった。では新しい名前だけど…これから二人が仲良くするようにと今後、雛里を朱里の腹違いの妹という扱いにして…名を『諸葛均』というのはどうかな」
一刀が雛里の新たな名を告げると
「『諸葛均』…喜んで名乗らせていただきます」
雛里は一刀に一礼して、そして朱里に
「朱里ちゃん、これからずっと一緒だよ。よろしくね、お姉ちゃん」
「うん、私も嬉しいよ」
雛里からそう言われると朱里も喜んで返事をしたのであった。