第91話
今回は一気に決戦直前までいきますが、ただ今回、ある人物の扱いがまた酷くなっていると思います。
アンチではないのですが、どうしても扱いやすいキャラなのでこのように不憫な扱いになってしまいます。この方のファンには大変申し訳ありませんが…。
一刀と桃香が開戦したという報は、呉の陣に届いていた。
そして亞莎から話を聞き終えた蓮華は
「亞莎、正直に聞くけど今回の戦い、どちらが勝つと思う?」
「……守り抜いて、周りの状況が変われば蜀を撤退させるなら十分可能ですが、ただ勝つということになると、何らかの要素が必要になるかと、恐らくそれを龐統様が待っているものかと」
「ふむ…それで明命、その物が運ばれるなど、何か漢の陣で変わったことはなかったか」
「はっ、調べてはいますが、漢の陣の守りは堅く、幾ら同盟軍の我々でも迂闊に近づくのは難しいかと、ただ戦いの前にこの付近の住人数名を高額で雇ったという噂が」
「高額で住人を雇う?徴発では無くか」
「はい、詳しいことは今のところ分かりませんが…」
「蓮華様、漢の動きも気になりますが、我々の今後も考えた方が宜しいかと」
「亞莎、それはどういう意味かしら」
「ここは呉では漢の土地です。もし漢が敗れた時、我々は地理不案内からの撤退となります。ですので万が一に備えて準備が必要かと」
「……分かった。その辺の事は亞莎と明命に任せるわ」
そしてしばらく両軍ともしばらく睨み合いが続いたが、そうした睨み合いの中それぞれ動きがあった。
「どうして夜襲を仕掛けてはいけないのだ!」
漢の陣では雛里に向って大声で夜襲を主張している焔耶であったが、雛里は焔耶の話を聞いて
「貴女の策は上策に見えますが、それは相手が平凡な方に限る相手です。あの朱…諸葛孔明が相手です。貴女の策などは既に読んでいます」
雛里は厳しい顔をして、首を横に振っていた。それでも焔耶は納得する様子は無く
「じゃ、このまま手を拱いていろとでも言うのか!」
「誰もこのままでいいとは思っていません。前にも話しましたが、ある物が来た時こそ、その時こそ攻める好機なのです」
「では、ある物とは何だ!私たちにも教えてくれてもいいだろう!」
「焔耶さんお気持ちは分かりますが、秘密保持の為、桃香様と事情を知る真桜さんや沙和さん以外にはこの事を誰にも教えていません。必ずその時になればお話ししますので…」
「チッ!もういい!!」
焔耶は捨て台詞を残し、ふて腐れた表情をしたまま雛里の天幕から出て行った。
そしてその足で自分の所の天幕に戻ると、一人の女性が椅子に座り焔耶が帰って来るのを待っていた。
「どうでしたか、焔耶殿」
「ああ…春風、お前の予想通りだ。私には一切何も教えてくれなかったよ」
この春風という女性、姓は馬、名は謖、字を幼常と言い、現在焔耶の副官でいる。
元々、優秀な政務や軍略に才を持っている人物であり、仕官した時に桃香が雛里と話した
時に
「う~ん。馬謖ちゃん、知識とかあるのは分かるんだけど…、何となくだけどまだ高い地位を上げない方がいいと思うの」
「そうですね…。確かに桃香様の言う通り、才はありますが、少し自分の才に自惚れているところがある気がします。しばらく様子を見た方がいいかもしれません」
桃香と雛里の二人は、馬謖の知略について問題は無かったものの、自分の才に自信過剰な面があると感じた二人は、まずは本当の実力を見るため
「貴女の実力を確認させて貰いますので、まずは魏延将軍の副官として付いていただきます」
こうして雛里は、春風を暴走しがちな焔耶の副官に付けた。ここで実績を上げれば、雛里は春風を重宝するつもりであったが、しかし当の本人は、自分はある程度の智謀があると自負しており、桃香や雛里に試されていることに対して気に喰わなかったようで、この戦で機会があれば、雛里を出し抜いて手柄を立てれば、いずれは雛里に代わって漢を背負う地位を手にしたいと考えていた。
「そうでしょう、龐統様は今回の戦いで勝利すれば、劉備様の側近として確固たる権力を手に入れようとしていますから…」
「何!」
焔耶は春風から恰も真実の様に告げられると、嫉妬心が出たのか厳しい表情をしながら
「ではどうすれば良い。このままだと雛…龐統に、この戦の手柄を独り占めされてしまう」
「ハハハ…それを阻止する事は簡単な事です。貴女がこの戦で大きな手柄を立てればいいことです」
「そんな事が簡単にできるのか?」
「貴女が主張している夜襲を決行し、見事に敵の大将を捕えることができれば、劉備様も龐統様より貴女を信用されることとなるでしょう。勿論私も協力は惜しみません」
春風が言った手柄を立てれば、桃香から雛里より信用されるという甘言に、焔耶は一瞬だけ考えたが
「よし、分かった。時期を見て夜襲を決行しよう」
そう決断する焔耶を春風は微笑を浮かべていた。
一方、蜀の陣でも睨み合いが続いていたので、翠が軍を動かすことを主張していた。
「こっちは10万の軍勢、敵は呉の援軍を入れても7万程度だろう?力押しすれば数の上ではこちらが有利だ。あんまりぐずぐずしていると味方の士気が下がってしまうぞ」
翠の意見に何も言わないが愛紗や蒲公英も同調する節が見られた。
「翠ちゃんたちの気持ちは分かるけど、今、強引に兵を進めるのはどうかと思うわ。確かに兵の数からいけばこちらが有利かもしれないけど、向こうは陣を固めて待ち構えている。攻めたら勝つかもしれないけど、それと同様に負ける可能性もあるのよ」
紫苑はそう言って翠たちを嗜めたが
「紫苑の言い分も一理あるが、しかし何時までもこのまま睨み合いというのもな…」
星が言うと一刀が朱里に尋ねた。
「朱里、何か作戦ある?」
「正直言いますと、今は待つしかありません。向こうが動くのを待ちます。向こうの動き次第で作戦は決まります。今、こちらが先にこちらが動きますと、それに応じて向こうの軍勢も動くでしょう。そうなるとこちらの分が悪いと思います」
「はぁ~」
「待つしかないのか…」
翠や愛紗が不服そうな顔をするが、一刀が
「翠、愛紗。気持ちは分かるけど、ここは我慢して欲しい。それに戦いをするならできるだけ犠牲が少ない方がいい。そして戦う限りは勝たなくては意味ないと思うよ。だからここは朱里を信じようじゃないか」
「しょうがないな」
「分かりました、一刀様」
「ご主人様…ありがとうございます」
翠と愛紗は素直に承諾し、朱里は一刀の言葉に感動していた。
そして両軍、しばらく睨み合いが続くと思われたが……思わぬところで動きがあった。
雛里と焔耶が口論した翌日、事態は急変した。
何と焔耶と春風が率いる5千の部隊が夜襲を駆けるため、陣を抜け出したのであった。
そして桃香の元に将が集合していたが、その中に雛里の姿が無かったので、桃香が不安になっていると
「遅くなって申し訳ありません」
雛里が登場して直ちに軍議が開かれたが、何分突然の事など誰も意見が出なかったが雛里が
「魏延さんの事は仕方がありません。ただ私が待っていた事が漸く実行できそうなので、今から説明したいと思います」
雛里は焔耶の事をまず置いといて、今後の行動について説明したが、これを聞いた瞬間、白蓮は青ざめた表情で
「雛里、お前…焔耶を囮に使う気なのか?」
「私も不本意ですが、部隊を勝手に動かされたら、処罰の対象です。しかし今は時間がありません。だったら私たちの駒としてできるだけのことをしていただかないと」
それを横で聞いていた蓮華や亞莎は、雛里の軍師としての恐ろしさを思い知らされていたのであった。
それから一刻後(約2時間後)に兵たちが集められると、雛里は兵たちに一言も喋ることを厳禁にし、静かに兵を動かしたのであった。
一方、蜀の陣では付近の住人たちが漢の軍勢を見たという知らせを届けられていた。
そして朱里はその情報を裏付けるため、直ぐに偵察隊を派遣し、夜襲部隊を発見したものの深入りすることができず、実数については不明であった。
知らせを届けに来た住人の話では兵は3万くらいであったというが朱里は、その数字が本当であるかどうか疑わしいと思っていた。
そして雛里が大軍での夜襲という手段を取るかどうかも判断に迷っていた。しかし実際に夜襲する部隊が近づいて来ている。
朱里は決断した。
「翠さん、星さん、蒲公英ちゃんは兵6万を引き連れ、敵夜襲部隊を迎撃に行って下さい」
「そして愛紗さんの部隊は正面から来る別の敵部隊に備え、月さんの部隊は本陣の後背をしっかりと固めて下さい」
漸く戦いができると勇んでいく翠たちを余所に朱里はまだ不安な感覚を残していた。
それを見た一刀が
「朱里、何か心配でも?」
「ええ…、雛里ちゃんがこのような策に出るとは思えないのです」
「しかし、実際に兵が出て来ているのだろう?」
「そうなのですが、まだ何かあると思いまして…、取り敢えずは紫苑さんや愛紗さん、月さんには警戒するようにお願いはしていますが…」
朱里はそう言って不安を打ち消そうとしていた。
そして先に行動を起こしていた漢・呉連合軍は
「敵の軍勢の配置が大きく変わったのです」
周泰こと明命が、蜀陣近くまで偵察に行き、蜀軍の配置転換を確認してきたのであった。
これを見ていた蓮華や桃香は
「すごいわ…策が見事に当たっているわ」
「でも、雛里ちゃん。どうして蜀軍はどうして軍勢をあのように大きく配置換えしたの?」
「簡単な事です。桃香様、先に動いた魏延さんの軍勢を3万の兵がいると知らせに走らせた住人の方に説明しておいたのです」
「えっ?」
それを聞いて桃香は驚いていた。雛里が説明した住人とは先に雇っていた住人の事を言い、ある役目を担っていたのだが、その役目を終え、解放する前に最後の仕事として蜀陣に焔耶の夜襲を知らせに行かせたのであった。
これは雛里が考えた作戦の変更であった。勝手な行動をした焔耶に対してそれ相当処置を与えねばならぬところを雛里はこれ幸いとして焔耶の軍を囮に使い、蜀軍の目を引き付けることにした。これについては雛里が先の軍議で説明していたが、更に敵が釣られたことで補足説明を始めた。
「夜襲の軍勢を3万の大軍ということになれば、蜀軍としては漢軍の半分を殲滅させる絶好の機会で、恐らく5、6万の軍勢を差し向けるでしょう。そして漢軍の半分が挟撃に出て来ても半分近くの兵で押さえ、時間を稼いでいる間に夜襲部隊を殲滅させた部隊とで逆に挟撃できると敵はそこまで考えると思います」
「ただ敵もこの情報が本当かどうかは確認するでしょう。しかし夜間であることから精々軍勢は確認できても数については分からないと思います。だからこそ夜襲があるぞと敵を惑わすことができるのです」
「そして、敵が夜襲部隊に釣られ半分に割れたことから、兵の数でいけば私たちは夜襲部隊を除いた6万5千で敵は4、5万ということでこちらの方が数的優位に立つことになります。そして私たちが待っているものが発生すれば敵は更に動揺することは必至で、敵の別動隊も迂闊に動けなくなります。そこで私たちはその間に全軍、突撃をすれば勝利を引き寄せることができるのです」
雛里から説明を受けると、将たちは希望が湧いてきた。
「この戦い、勝てる」
と。そして雛里は
「朱里ちゃん。真実の中に虚あり。そして虚の中に真実ありだよ」
誰にいうともなく、そう独りごちた。
一方、焔耶と春風の夜襲部隊は敵に見つからないよう遠回りしながら、漸く蜀軍のところまで辿りついた。
「何とか気付かれずにここまで来たな」
「ええ、敵は油断しているはずです」
「よし…行くぞ!」
焔耶の号令と共に、陣に攻撃を仕掛けたが…。
「魏延様!誰もいません!!」
「こちらもです!全てもぬけの殻です!!」
「何、読まれていたか!?」
「これはまずいわ。一旦引き揚げて…」
「ぎゃあ!」
「どうした!!」
焔耶が悲鳴のした方向を見ると、どこからともなく飛んで来た矢に貫かれ倒れた兵の姿であった。
それと同時に多数の矢が魏延・馬謖隊のいる所へ雨霰の様に飛んで来た。
「くそっ、こんな矢で!」
「何としてもここを切り抜けるのよ!」
焔耶と春風は必死に部隊を纏めようとするも…。
「ぎゃーーー!」
「助けてくれーーー!」
魏延・馬謖隊の兵は次々と矢に倒れ、部隊は乱れる。
「くそ!このままやられてたまるか!!私に続け!!!」
焔耶たちは矢が飛んで来る数の少ない方へ突撃をかけると、
「おやおや、鴨が出てきたと思ったら猪だったか」
「ちぇ、折角敵がきたのに脳筋女か」
「き、貴様は、趙子龍!それに馬岱!!」
何と待ち構えていたのが、星と蒲公英であった。
「ここで前回の借りを返してやる…」
焔耶が二人に対して一騎打ちを挑もうとするも
「焔耶なりません!悔しいですがここは一旦引きましょう!!馬謖隊、前に出て魏延隊の撤退を援護だ!!!」
春風は焔耶を押さえ、そして多くの犠牲を払い何とかこの場から脱出したのであった。
そして星たちは残敵を蹴散らし、見事完勝したのであった。そして別の場所で戦っていた翠が現れ
「よう、星そっちはどうだった。こっちに来たのは歯応えない兵ばかりでつまらなかったぜ」
「それは同感だな。こちらも似た様なものだ」
星も翠の意見に同調していたが、しかし蒲公英は二人の話を余所にある事に気付いた。
「お姉様、それに星お姉様、ちょっとおかしくない?」
「どうしたんだよ、蒲公英」
「最初、敵は3万くらいいるという話だったよね?」
「ああ、確かそんな話だったけど、しかし本当のところ、はっきりした人数は分かってないんだろう?」
「蒲公英、それがどうかしたのか?」
「うん。よく見ると今、死体の数って妙に少なくない?」
蒲公英からそう言われる二人は見える範囲を見渡すと
「確かに…言われてみれば」
「ふむ…。ちょっと周りを確かめてみよう」
そう言って星はこの場を離れた。
しばらくすると星が戻って来て
「確かに蒲公英の言うとおり死体の数は少なかったな」
「それに来た部隊が、あの脳筋女だけというのも変だよね…」
「……でもそれっておかしくないか?漢にしてみれば、決戦のはずだぞ?こんな中途半端の人数で夜襲を仕掛けてくるか?」
「これは、何かあるな」
「おかしいよな」
「絶対におかしい」
三人の意見が一致し、お互いに目線を合わせて頷き合った。そしてその時周りを見ると濃霧が発生しようとしていた。
これを見た星が濃霧を見てようやく気付いた。
「まさか敵はこれを狙って…」
そう言って臍を噛んでいた。
その頃、一刀の陣でも濃霧が立ち込めようとしていた。
「すごい霧だけど、こんな時、敵に襲われたら大変だよな」
「しかしこの場所って、こんな濃霧が出るような場所だったかしら」
「はわぁ!」
一刀と紫苑が話していると朱里は自分でも気付かないうちに大声を出していた。
「た、大変です。雛里ちゃんはこの濃霧が出るのを待っていたのです!もしここで敵が全軍を上げて突撃してきたら…」
「えっ、まさか!?」
「そんな…」
流石の一刀や紫苑も驚きを隠せなかった。
雛里が付近の住民を雇っていたのは、この付近の天候が分かる住人たちであった。そして雛里が待っていたのは、濃霧が発生することであった。濃霧が発生すれば自分たちの姿が見えず奇襲を掛けることができ、自分たちが有利になる。雛里はこの戦場を設定した時から想定し、予め濃霧が出る時期が逸早く分かるように付近の住人を確保していたのであった。
朱里がそれに気付いた時には、漢の軍勢は既に半里(この場合約250メートル)まで迫っていたが、濃霧の為、気付かれては無かった。そして
「全軍突撃――――!」
「オオオオォォーーーー!!」
桃香の突撃合図の命を発すると全軍、喚声を上げて突撃を開始した。
こうして澠池の戦いの火蓋が切られたのであった。
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