第86話
一刀たちは曹操との会談を終え、帰国の途に付いていた。
そして一刀たちは他から怪しまれない様、行商人の一行を装っていた。
会談を終えた晩、一刀たちは町のある宿を全て貸切にして宿泊していた。
そんな中、星に発破を掛けられた愛紗は、一刀の部屋の前に立っていた。
「……よし」
一刀への想いを決意に秘め、心臓の高鳴りを何とか抑え一刀の部屋に入る。
「一刀様、失礼します…」
「あら?愛紗ちゃんどうしたの?」
愛紗は一刀が宿泊する部屋に入ると、一刀は不在で紫苑が部屋にいた。因みにこの宿は部屋数が少ないので一刀と紫苑が相部屋になっていた。
決意を決めて部屋に来たのは良かったが、肝心の一刀が居らず紫苑だけで、まさか紫苑を目の前にして部屋に来た目的を言うわけにもいかず、
「えっ…い、いや一刀様に今日の件の謝罪とそれに用事があって来たのだが…」
取り敢えず用事があると言って誤魔化そうしたが紫苑は、愛紗の様子を見て愛紗の目的に既に気付いていたのか
「フフフ、愛紗ちゃん♪。それだけじゃないでしょう?」
「へっ?どういう意味だ、紫苑?」
「あらあら、顔に書いてあるわよ。愛するご主人様に会いに来ましたと」
「なっ!?それは…」
勘の鋭い紫苑の一言に正直者の愛紗は言葉を失い、
「あら、図星のようね。それで愛紗ちゃん…ご主人様と共に生きる覚悟はあるの」
最後の言葉を言った時には、真剣な表情に変わった紫苑が聞いたのは、愛紗の覚悟であった。愛紗自身が一刀と共にある為には他の絆、即ち桃香との関係を捨てる覚悟も辞さないというのも含まれていた。一刀と紫苑は、桃香たちを救うことを前提にしているが、ただ場合によって前提が崩される場合もある。紫苑自身は愛紗にその覚悟無ければ、桃香との絆との狭間に揺れ、心が壊れてしまいかねない事態もあり得る。その覚悟が無ければ、紫苑は愛紗に憎まれても情を許す気は無かった。
「正直…気持ちが揺れないという自信はまだありません。ただ一刀様を信じます。桃香様を助け、そして私を『女』として幸せにしてくれることを」
「……分かったわ。愛紗ちゃん、貴女の覚悟を聞かせて貰ったわよ。大丈夫、ご主人様は必ず桃香さんたちの事は絶対守るから」
紫苑は愛紗の覚悟を聞いて安堵の表情を浮かべていた。すると紫苑は先程の真剣な表情から表情を緩め、愛紗の身体を見回す。
「な、何だ、紫苑。人の身体をジロジロ見て」
紫苑の行動の変化に愛紗は動揺していると
「なるほどね」
「なるほどねって、どういうことだ?」
「フフフ、せっかくだから愛紗ちゃんを綺麗にしようと思ってね♪」
「き、綺麗に!?」
綺麗に言う言葉に愛紗は目を白黒させた様な表情をすると
「うふふ。愛紗ちゃんてば可愛い反応しちゃって~」
「し…紫苑!」
「あらあら、愛紗ちゃん顔を真っ赤にしちゃって、それじゃ今回は私も一肌脱がせて貰うわよ」
「はぁ?」
愛紗の言葉に紫苑は無視して言葉を続ける。
「いい、愛紗ちゃん?女はね、男を愛し、男に愛されて綺麗になるの」
「だからご主人様のことが好きならば、その気持ちを伝えなくてはダメ」
「大丈夫よ。ご主人様は愛紗ちゃんのことを受け入れてくれる。そしてその気持ちに答えて、愛紗ちゃんのことを愛し、磨いてくれる」
「そうしたら愛紗ちゃんは今よりももっと綺麗になる。私が保障するわ」
「せっかく素材はいいのだから、このままというのは勿体ないわ」
「な、何をするつもりだ。紫苑!?」
紫苑の不気味な笑顔で愛紗のところに近寄り、そして手を握り
「いいから、いらっしゃい。今から愛紗ちゃんをとびっきり可愛い女の子変身させてあげるから」
「い、いやいい。どうせ、私は何をやっても可愛くはなれないのだから、このままでも構わないだろう?」
「ダメよ。もうそうすると決めたの」
「迷惑に思われようと、お節介だと言われようと愛紗ちゃんに幸せになって貰うためにとことんやらせて貰うからね。という訳でこっちに来なさい♪」
「う、うわーー!紫苑、引っ張るなーー!」
紫苑は愛紗の着ていた服を脱がし始め、愛紗は訳のわからないうちに紫苑のペースに巻き込まれたのであった……。
「ただいま、紫苑……」
「ご主人様、おかえりなさいませ」
「う、うん…。紫苑、これ愛紗だよね…どうしたの?」
しばらくすると一刀が部屋に戻ってくると紫苑と紫苑が用意していた服を着ていた愛紗がいたが、一刀は髪を降ろし、綺麗に化粧をしていた愛紗を見て驚きのあまり固まっていた。
「分かっているでしょう、ご主人様。ご主人様の部屋にこうして可愛い女の子がおめかししていることの目的くらいは」
「あ、あの、一刀様?」
「あっ、ごめん、愛紗。凄く綺麗で髪も下ろしていたから、一瞬誰か分からなかったよ」
「フフフ、良かったわね。愛紗ちゃん。ではここからは、ご主人様にお任せしますわ。愛
紗ちゃん頑張ってね♪」
紫苑は笑顔を浮かべたまま、この場から居なくなってしまった。
「……」
「……」
そして部屋に残された一刀と愛紗は、お互いどう話せばいいのか、しばらく沈黙を守っていたが、すると愛紗が頭を下げ
「一刀様、昼間は申し訳ありませんでした。最初、どうして魏と約定を結んだのか納得できませんでしたが、真里と星から教えられ、やっと一刀様の意図が理解できました」
「いや、別に愛紗だけの為ではなく、魏と約定を結んだ方がこっちも都合が良かったから」
「いいえ、一刀様の優しさは、承知しています。口ではそう言っていますが、できる限り桃香様を助けようとして下さっているのが分かります。そして荊州では一刀様や紫苑に私の命を救っていただいた姿などを見て、私は決めました」
「一刀様なら、私のこの身と心を全て捧げても構いません。そう、出来る事なら紫苑と同じように『女』として何時も一刀様のお傍に居たいのです…」
愛紗は顔を赤くしながら言葉を述べ、その後俯き、一刀の様子を窺っていた。
「……」
「……」
愛紗の唐突な告白に一刀も返事に困り、お互い無言でいると一刀が
「…愛紗」
「…はい」
「俺の事は色々と聞いているとは思うけど、こんな俺でもいいの?」
「こんな一刀様だからいいのです。私は桃香様に仕えていましたが、私はあの方の進む道を指し示すことはできないので、せめてあの方の道を切り開こうとしまったが、残念ながら志半ばで挫折してしまいました。しかしそんな私を救ってくれたのは一刀様です」
「私を救っていただいた一刀様は、女性関係はだらしないですが、しかし皆を平等に愛しそして理想を掲げ頑張っている。そんな一刀様を見て、私は好きになったのです」
愛紗の決意を聞くと一刀は
「愛紗、ちょっと聞いて欲しい」
一刀のこの返事に断れるかもしれないという考えが出たのか、愛紗に少し怯えが入ったような表情を浮かべたが一刀は構わず話を続けた。
「俺は紫苑や璃々、他の皆も好きなんだ…」
「でも、そんな風に節操がない俺だけど、それでも、俺の事を好きだと言ってくれるなら、愛紗、俺は君の気持ちに応えたい」
「えっ?」
「俺は愛紗の事、好きだよ。一人の女性として」
「……」
「だから、もし良かったら、愛紗、その…一人の女性として、俺と一緒に歩んで欲しい」
そう言うと愛紗は感極まって、俯いたまま嗚咽を上げていた。
そしてしばらくして落ち着くと一刀は
「…愛紗。泣くほど嬉しかったの?」
「はい。一刀様こそ、こんな頑固で融通が利かない私を、好いていてくれるのですか?」
「それこそが愛紗だろう。愛紗が、こんな俺を好きになってくれたように、俺も、愛紗という女の子を好きになったんだよ」
「嬉しい…」
愛紗が返事をすると一刀は愛紗を抱き締めた。
「……今だけはあなたを独り占めして良いんですよね…」
「ああ。今の俺は愛紗だけのものだよ…」
一刀はそのまま部屋の燭台を消して、静かな夜を、二人だけで過ごしたのであった。
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