第84話
一刀は晋の使者に会う前に朱里に曹操から来た密書の事について説明した。
「私の意見としては、曹操さんと会談することには賛成しますが、まずは晋の使者に会い、向こうの条件と曹操さんの条件をお互い聞いて判断しても遅くはないです」
と言う意見であったので、一刀は紫苑らと共に晋の使者と会談することとなった。
「初めまして北郷様。国王である司馬懿様からの書状でございます」
使者の女性であるが、一刀の前でも不敵な面構えを見せ、堂々と書状を差し出した。
一刀が使者からの書状を見ると中身は同盟を望む内容で、まずは漢を共に倒そうという内容であったが、一刀は漢の戦いについては晋や魏の介入を望んでいなかった。というのはもし同盟を結び、先に晋や魏に洛陽を攻め落とされた場合、桃香や雛里たちの命が保障されるかどうか分からないというのが一刀の頭の中にあった。一刀はそれを億尾に出さず
「流石に重要な事で、皆と一緒に考える時間が欲しいな。必ず返事はするので」
一刀が告げると使者はそれを承諾したが、一刀は使者に質問をしてみた。
「それで一つ聞きたいことがあるけどいいかな?」
「私で答えられる範囲であれば」
「じゃあ単刀直入に聞くけど、司馬懿さんはどういう人物かな?」
使者の女性は一刀の予想外の質問に驚いたのか
「…もしかしたら将来、敵になるかもしれない国の使者にこのようなことを尋ねますか?」
「正直、司馬懿さんがどの様な人物か分からないから、使者である貴女に聞くのも一つの手かなと思って聞いてみたんだけど、否だったら別に答えなくてもいいよ」
一刀が言ったことは事実で、司馬懿に対する情報が少なく、悪政は引いていないものの、どのような人物か謎が多かったので、使者に対してこのような質問をしてみたのであった。
使者は一刀の正直な質問に苦笑いを浮かべたが
「別に隠すことではありませんのでお答えしますが、しかし私が嘘を言っているかもしれませんわよ」
「それはそれで構わないよ。信じるか信じないかは俺が判断することだし、もし騙されたとしても騙された俺が悪いだけの事だからね」
一刀が平然と言うので使者は興味が湧いたのか
「フフフ、面白いお人ですわ」
「皆から変わっていると言われているけどね」
「宜しいですわ。私が話せる範囲のことは、お話しますわ」
使者はそう告げて話を始めた。
「司馬懿様は、元々天下を望んでいませんでした。司馬懿様は、出来る事ならば、本を読みながら世を過ごしたかったのですが、ところが曹操殿が自分に仕えるように言ってきたことから、司馬懿様はそれを断るため、やむを得ず袁紹殿に仕えるようになりました」
「そして、お世話になっていた袁紹殿の為、尽力を尽くしていたのですが、曹操殿が袁紹殿を滅ぼし、曹操殿の手が再び司馬懿様に伸びる可能性があったので、仕方なく司馬懿様は、曹操殿に対抗するため国を立ち上げることにしたのです」
この話だけでは、司馬懿は曹操を嫌って国を立ち上げた様に聞こえるので
「もしかして司馬懿さんは、曹操さんの事を認めていないの?」
「さあ、それは分かりませんわ。ここからは私の想像ですが、魏の曹操殿、漢の劉備殿、呉の孫策殿、そして蜀の北郷様。皆、元々は地位が低い者又は氏素性が分からない御方。そんな方々がこの国の覇を争っている。だったら司馬懿様自身も覇を唱えてもいいのではないかと思っているかもしれませんわ」
この使者の物言いに、いち早く反応したのが愛紗であった。
「貴様!それが使者の物言いか!」
「あら?私は北郷様に言われてお話しただけで、家臣の貴女に文句を言われる筋はないですわ」
一刀と紫苑は冷静であったが、愛紗は、一刀や桃香が氏素性の分からない者として扱われ、怒りを発してしました。そんな愛紗を見て紫苑は落ち着くように促した。
「はいはい。愛紗ちゃん落ち着きなさい」
「しかし…」
「愛紗ちゃん!」
「うっ……分かりました」
愛紗はまだ言いたそうであったが、紫苑に注意されると渋々引き下がった。そして紫苑は微笑みながら
「それは周りから見たらそう見えると思いますわ。もし逆の立場でしたら、私達もそういう風に見てもおかしくないですもの」
「紫苑の言うとおりだね。俺達は元々この世界の人間じゃないから、そう言われても仕方がないか」
「でも、わざわざ同盟を結ぶ話に来て、いくら敵とは言え、他国の王の悪口を言うのはあまり感心しませんわ」
「貴女は?」
「私は王、北郷一刀の妻であり家臣でもある北郷紫苑と申しますわ」
(「これが北郷紫苑か…補佐として私や家臣を素早く嗜める…油断ならないわね。あまりこれ以上、場を荒げない方がいいわ」)
流石の使者も紫苑の名を知っており、これ以上口論するのは得策ではないと判断した。
「使者の分際で王や妃様の前で失礼しました。少し言い過ぎたようです」
使者が頭を下げると愛紗もこれ以上文句を言うわけにはいかず、取り敢えずこの場は収まった。
「ありがとう。大変参考になったよ」
「あら、本当の事を話しているかどうか分からないですよ」
「国の代表で来ている使者の方が、一国の王の人柄について態々嘘を吐くとは思えないからね」
一刀はそう発言したが、しかし一刀の頭の中にはすでにある事が浮かんでいた。
そして会談が終り使者がこの場から下がろうとしたが、一刀はある事を確認するため、使者が背中を向けた後にわざと呼び止めた。
「使者の方申し訳ない。一つ言い忘れていたことがあった」
一方、使者の方も悪戯心が湧いて出たのか、ある事をして一刀たちを脅かそうと考えた。
それは使者の特技でもある、首を真後ろに向ける事が出来たので、それをやって一刀たちの度肝を抜こうとした。
「はい、何か御用でしょうか?」
使者は首だけを背後に居た一刀に向けると、
「は、はわわ…首が……」
「なっ……」
「あっ」
朱里や愛紗は、使者のその動きに対して驚きを隠せないでいたが、璃々はこの使者の行動で漸くある事に気付き、一刀や紫苑は元々分かっていたため大した動揺も見せずに、そして一刀は微笑を浮かべ
「使者の方、大変面白い業をお持ちで。それで司馬懿さんにこうお伝え下さい。“今度会う時は正々堂々とお会いしましょう”と」
一刀の表情を見て、使者は内心
(「私の正体に気付いた?それに私のこれを見て、驚かないで笑いを浮かべるなんて…鈍感かしら…否、そうじゃないわ。かなり肝が据わっていると考えた方がよさそうね…)
一刀に表情を悟らないように感心していたが、見た目は相変わらず堂々としていたままであった。
「……分かりました。“司馬懿様”には必ずお伝えしますわ」
使者は一刀の言葉を聞くとそのまま下がって行った。
一刀の言葉に気付いた真里は
「一刀さんもしかして、今の使者は…」
「うん…多分、今、考えている通りだと思うよ」
「大胆不敵ね…」
「それはどういうことだ?」
話が分からない翠が真里に尋ねると、真里が使者の正体を告げると既に正体にある程度気付いていた一刀たち以外は
「「「「「えーーー!!!」」」」」
驚きの声を上げていた。
使者の方は、用が終ると城を足早に下がり、既に晋に向け帰国の途に付いていたが、その表情は同盟成立しなかったにも関わらず満足げに笑みを浮かべていた。
(「直接、見に来た甲斐があったわ。恐らくあの二人は、曹孟徳以上の魅力と実力を兼ね揃えているかもしれない。でも面白くなりそうね…誰が覇を唱えてもおかしくないのだから…」)
実はこの使者、晋の国王で司馬懿仲達本人であった。
司馬懿こと陽炎は、今まで一刀を見たことが無かったので、病気と称し国を留守にして、国王自ら使者役となり一刀を視察に来たのであった。
そして自分の中で、一刀と紫苑を新たな好敵手になり得る存在と認めたのであった。
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