第68話
桃香が皇帝の座についたが、結局劉一族である劉表のみが桃香に従うこととなった。そして劉表は桃香に荊州を譲渡したのを見届けるかのようにこの世を去ったのであった。その結果、現在の各諸侯の勢力はこのようになっていた。
魏─冀州・青州・徐州・兗州・予州北部
晋─幽州・并州
呉─揚州・予州南部・荊州(江夏郡のみ)
漢─司隷州・荊州(江夏郡を除く)
蜀─涼州・雍州・益州
そして各勢力は次の戦いに備えて着々と内政や軍備の充実に余念が無かったが、しかし水面下である動きがあった。
~建業~
江夏郡から一度建業に戻った雪蓮のところに荊州南郡を支配する韓玄がやってきていた。
韓玄は元々野心家ではあるが能力は大したことは無く、劉表が荊州を桃香に譲渡したドサクサに紛れ、独立を図ろうと呉に接近してきたのであった。
雪蓮は韓玄の魂胆が丸分かりであったので、直接会おうとせず、冥琳に応対を任せたのであった。
「どうだったの、冥琳」
「フッ…予想通りだな。裏切るにも理由のつけようはあるものだと思ったくらいだ」
「それで何と答えたの?」
「力を見せてくれと。力なき者に南郡を預けるなんて出来ないからな?それに相応しい実力がある事を示してくれとな。そうすれば今まで通りの支配を認め、更に新たに領土を加えると言ってきた」
「ふ~ん。でもあいつ素直に従ったの?」
「ああ、だから私たちに降ることを明記させ、そして今、南郡にいる賊を平定した後に、他の勢力を切り取りし、その領土を自分の物にしても良いと一筆書かせたよ」
「凄く気前がいいのね冥琳」
「さてな、それが韓玄にとっての証文となればいいけどな。まあ韓玄の実力を拝見して、その実力のほどを期待しようではないか、雪蓮」
雪蓮がそのことについて何も言わなかったので、恐らく雪蓮の勘でも悪い方には進まないであろうと冥琳はそう思いながら、今後の展開を張り巡らせていたのであった。
~荊州・南郡~
「そんな馬鹿な…」
韓玄は呆然としていた。韓玄は孫策に下り、そして領内で敵対している義賊が籠っている城を討ち滅ぼし、そしてこれを足掛かりにして荊州制覇の野望を抱いていたが、目の前の義賊にこう簡単に敗れるなど夢にも思わなかった。
そして韓玄は、城から討って出て来た義賊に追撃されているのであったが、その義賊の将が…
「待てーー!韓玄!その首置いて行け!この関雲長!民のため貴様を討つ!」
何と愛紗であった。
愛紗は桃香と離れてから、新たな主君を求め周り回って荊州・南郡に辿りついた。
しかし、愛紗たちはここのある村に立ち寄った際に韓玄の悪政を聞いて、憤慨していたところに韓玄配下の役人が村に来て搾取して来たところを出くわし、愛紗はこれを見捨てることができずにこの役人たちを叩きのめしてしまった。
これを切っ掛けに村人たちは愛紗にここを治めて欲しいと懇願され、愛紗は持ち前の義侠心から村人を見捨てることができなかった。そして村の近くにあった古城を拠点に兵を募りながら、韓玄の悪政に対し抵抗していたのであった。
そして韓玄は、冥琳の条件である南郡を完全制圧するため、愛紗たちに攻撃を加えたが、韓玄の兵は、数は多いが弱兵であったため、愛紗が籠城と見せ掛け、逆に討って出たところ、見事に崩れてしまい、韓玄は敗走、こうして愛紗たちに追撃を受けていたのであった。
「ハァハァ…そんな待てと言って誰が待つか…、取り敢えずここまで逃げたら大丈夫だろう」
韓玄と僅かの兵は愛紗たちの追撃を何とか振り切っていた。
「糞!取り敢えず城に戻って態勢を立て直して、また攻めるぞ!」
韓玄は兵に怒鳴り散らすと、その前に一人の女性が凝然と立ちはだかっていた。
「邪魔だ、どけぇ!」
韓玄の兵の一人が叫んだ瞬間、その女性の大刀が舞うと、その兵は自分の身に何が起こったか分からないまま即座に命を絶たれた。
それを見て韓玄は驚きの余り、声を出せず唖然としていたが
「き、貴様、儂が誰だか分かっているのか!」
「そうね…その身なりから見たら、ここの太守である韓玄様かしら」
「そうだ!分かったらとっと道を開けろ!」
「あらどうしてかしら、貴男もしかして戦に負けて逃げているところなの?」
韓玄は事実を言われ驚いていたが
「き、貴様~!殺してやる!」
韓玄は怒りを露にして、その女性を討ち取ろうとしたが、その女性は動じた気配を全く見
せずに、それどころか、余裕の笑みを向けていた。
「貴男、逃げている最中に私と相手していいのかしら…でも私と相手する前にもっとやばそうな人が来たわよ。私は判ったけどそれを言う積もりはなかったけど」
その女性は気付いていた。韓玄の背後に愛紗たちが追い付いているのに。
そして愛紗は追い付いたところ、韓玄を有無も言わず一刀両断切り捨てたのであった。
愛紗がようやく韓玄の首を落としてから、韓玄を足止めしていた女性に礼を述べていた。
「此度、大変世話になった。私の名は関雲長、ここの義勇軍を率いている。貴殿の名を聞かせていただきたい」
「貴女が関雲長ですか…。私の名は張任と言います。以後お見知り置きを…」
張任は自己紹介したが、この時点で愛紗の元に荊州が桃香の領土になったという情報が未だ入っていなかったのであった…。
~洛陽~
一方、韓玄が愛紗に討たれた報は洛陽まで届いていた。そしてその知らせを雛里が、最初に聞いた瞬間、頭を抱え込んだ。
雛里のところに韓玄の悪政は耳にしていたが、まだ荊州を纏めている最中であったため、韓玄を更迭する余裕が無かった。そしてこの時点で、韓玄が呉に降った情報を掴んでいなかったため、必然的に荊州は桃香に譲渡した時点で桃香の支配下となり、そしてその配下である韓玄を討ち取ったことは、愛紗は漢に対する謀反人であり、討伐の対象になっていたのであった。
そして雛里はそれを桃香に報告すると、桃香も困惑した表情を見せ
「雛里ちゃんどうしよう…このままじゃ愛紗ちゃんを討つことになっちゃうよ…」
「しかし桃香、このまま愛紗を放っていくわけにはいかないだろう」
「鈴々、愛紗を討つなんてしたくないのだ…」
「でも鈴々、白蓮殿の言う通り何とかしないと」
「それやったら、取り敢えず愛紗に降伏の使者を送ってみたらどないや」
「それいい考えなの~」
真桜や沙和が愛紗に降伏の使者を送るよう提案したが、
「いいえ、今の状況で使者を送ることは無理があります。仮にも韓玄殿は謁見こそはしていませんが、形式上は桃香様の家臣、それに対して愛紗さんはここを出た身、傍から見ればここで一戦も交えず愛紗さんを説得交渉したら、周りの国からは私たちが弱腰と見られてしまい、今後に問題を来す可能性があります」
「それやったら、愛紗を攻めるのか!?」
「時と場合によってはその可能性もありえます」
雛里が冷静にそう告げると
「ちょっと待って雛里ちゃん、愛紗ちゃんを助けたいの!どうにかならないの…」
「私だって助けたいのは山々です。しかしこれを見過ごせば、今回劉表さんから私たちに付いて来てくれる方の信頼を失ってしまうのです…」
そして会議が紛糾するかと思われたが、すると一人の兵士が現れた。
「申し上げます!只今、呉から使者が参りました!」
この使者が新たな波乱の幕開けになるとはこの時誰も知る由もなかった…。
~長安~
益州から帰ってきた一刀たちは現在、一刀の執務室で現状の報告と今後について会議が開かれていた。
因みに出席者は、一刀、紫苑、朱里、真里、月、それと羌との不戦盟約をしてきた詠が帰ってきていた。
「では当面は、このまま現状維持ということでよろしいですか、ご主人様」
「ああ流石に連戦といいわけにはいかないだろ、朱里」
「そうですね。漢もこれからどう動くか分からないですから、取り敢えず漢の襲来に備えて、函谷関にいる霞に、渚を付けて警戒するように言っておきましたので」
「ありがとう真里」
「しかし…」
一刀が中途半端に言葉を切ったので
「どうしたのよアンタ、途中で言葉を切って」
「いや、何で桃香…劉備は急に志を変えて、俺たちに戦いを挑む気でいるのかなと思ってね」
「何、アンタ、劉備の志なんかを聞いたことあるの?」
「ああ、連合が組まれ汜水関で戦った時、劉備と対峙した際で聞いたんだけど…」
一刀は汜水関での桃香とのやり取りを説明した。
それを聞いて、詠が少し考えた後
「…はっきりしたことは言えないけど、劉備の変節の訳には、アンタのその言葉にも原因があるみたいね」
「どういう意味だ?」
「アンタの言っていることを間違いじゃないけど、何と言うのかな…他に言い方が無かったの?」
一刀が詠の言葉の意味が分からなかったので、首を傾げていると横から月が
「一刀さん、詠ちゃんが言うにはもっと上手な言い方があったじゃないのかと言っているんです」
「もし一刀さんが自分の理想を他人にほとんど否定された場合、どんな気持ちになりますか?」
「いい気分はしないだろうね…」
「ですよね、今回の一刀さんが劉備さんに言っていることは間違いではないのですが、ただ劉備さんにはそれが上手く通じていなかったと思うのです」
「…もしかしたら雛里もそれを聞いて、方針を転換させたかもしれないな」
「それどういうことなの、真里ちゃん?」
「これは推測だけど…雛里は大人しいけど、ああ見えても誇り高い。一刀さんは桃香を苔にしたつもりじゃないと思うけど、雛里からしたら自分の主君が苔にされてと思ったんだろう。だから自分たちを認めさせるには私たちと同じ舞台に立って、自分たちの力を認めて欲しかったんだと思う」
「真里お姉さんの言う通りかもしれないです。雛里ちゃん負けず嫌いな面を持っていますから…」
「それじゃ、何、俺の言葉が引き金となって劉備はあのような行動を取るようになっていまったのか…」
一刀はまさか自分の言葉で桃香がこのような行動を取るとは予想できなかった。
またそれを聞いて紫苑はあることを思い出していた。
正史の劉備は長い雌伏を経て、王になった元平民。若い時は小さな勢力で各地を転々として何度も危険な目に遭い、その度に乗り越えた経験と、どんなに辛くとも決して諦めない不屈の闘志の持ち主。そんな中で培われた人心掌握術や誰よりも仲間を大切にする情の厚い大徳。それがこの外史ではそういった経験がほとんど無く、この外史の『若い』桃香に覚悟が足りないのは当たり前だったことを…。
「私もその時気付かなったのは申し訳なかったのですが…」
と紫苑は自分が先程思い出したことを一刀に伝えると
「ありがとう…確かに紫苑の言う通りだ。それに月や詠の言った通り、確かに言い方と言うのはあったと思う。これから言葉には気をつけるよ」
「それでアンタこれからどうするのよ。まさか責任を感じて…」
「それこそまさかだろう。確かに劉備を変えたのは俺の責任かもしれないけど、それでここで責任とか間違っているだろう。それこそ何の解決にもならない。だからこそ俺の手で桃香や雛里が思い込みの呪縛から解き放つのが俺の責任の取り方だろう」
一刀が力強い目でそう答えると紫苑は無言で微笑んでいたのであった。
~一刀の部屋~
「まいったな…」
「どうしたのですか、御主人様?」
「いや…、さっきの言葉のミスは元教師としてあるまじき行為だなと思ってな」
「そうですわね…。生徒でしたら褒めて、長所を伸ばしていけないと分かっているでしょうけど、この世界ですから…」
「ああ、だからつい桃香の事も普通の大人と一緒に考えてしまったんだろうけど…」
一刀は苦笑しながら言葉を切ったので、紫苑は心配な表情を見せたので、一刀は
「大丈夫だよ、紫苑。例え桃香たちに恨まれようと、俺は自分の信念を貫く。紫苑や璃々、そして俺を愛して信じて付いて来てくれる翠たち、家族を守り敵として死んだ兵たちなど尊いその犠牲の上にこの国は成り立っているんだ」
「だけど俺が死んだ時、命令で多くの人を死なせたから天国より地獄に落ちる可能性は高いと思うけどね」
「あら、その時は私と璃々は地獄までお供しますわよ」
「いやいや、紫苑と璃々は天国に行って、天国から蜘蛛の糸を垂らして貰わないと」
「フフフ…その役、璃々に譲ります。私は地の果てまでご主人様と一緒にお供しますわ」
紫苑はそう言いながら、自ら一刀を抱き締め、そして一刀も同じ様に紫苑を抱き締めた。
すると一刀は即座に紫苑を引き寄せ、自ら紫苑の口を塞いだ。
紫苑は普段と違う一刀に、目を見開いて驚きを顕わにするが、すぐにうっとりしたように身を任せた。
そして今度は猛烈に互いが互い身体を求め合ったが、それは求め合うというよりは貪り合うと言った方が良かった。
そして行為を終えて一刀は今日、このように紫苑の身体を求めた理由は言わなかったが、ただ一言
「好きだよ、紫苑。これからも一緒に傍にいてくれ」
「嬉しいですわ、ご主人様…北郷紫苑、この命ある限りどこまでも付いていきます…」
再び2人は1つになったのであった。
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