第67話
ようやく許可が出ましたので、改めて再開します。
桃香が劉協から譲位された報を聞いて、各諸侯は流石に戸惑いを隠せなかった。
~冀州・南皮~
華琳たちは戦後処理のため、冀州に滞在していたが、現在玉座の間には曹仁こと明華と曹洪こと陽華が華琳の前に膝まついていた。
これは并州攻略戦において、司馬懿に手玉に取られ、与えられた軍勢2万の内、死傷者1万も出して散々な程で帰ってきたのであった。
当初この報告を聞いて、華琳は感情の余り2人を降格させようしたが、これを風や稟が宥め、そして華琳も軍師を付けていなかった不手際があったので、2人を叱責するだけに止めた。
「2人には良い勉強になったわ。貴女たちより幾らでも優れた将は沢山いるのよ。特に陽華、貴女は私の趣味を真似する前にもっとするべきことがあるでしょう。それをよく考えて一から出直しなさい」
華琳はそう言って2人を下がらせた。
「フフフ…まさか司馬懿がそこまでして私に仕えるのが嫌なのかしら」
「そうではないでしょう~。司馬懿さんも一角の人物、このまま降伏して華琳様に仕えるのを潔しとしなかっただけだと思いますよ~」
「どうしてそんなことが分かるのだ、風」
「秋蘭様。今までの司馬懿さんの動きを見たら分かりますよ」
「ふむ…。もし動くのであれば、早々に袁紹を追い出して、自分が君主になっているか…」
「その通りなのです。本気で司馬懿さんが天下を取る気であれば、先にこの冀州を押さえて、袁紹さんに代わって、華琳様と決戦を挑んでいたでしょう」
風の説明に皆が納得していたが、すると稟が
「あと劉備殿がまさかあのような行動に出るとは思いませんでしたが、しかし華琳様これからどう対処なされますか?現在は、我々は司馬懿・劉備・孫策の三方面から包囲されている形を受けています。今後の対処の仕方によっては、舵取りが難しくなりますがどうお考えですか?」
「そうね…今は慌てる必要はないわ。取り敢えず、今は冀州を治めることと…桂花、貴女は今から陳留に戻って貰おうかしら」
「華琳様、桂花殿を先に陳留に戻して、どうなさるのですか?」
「そうね。あの劉備が皇帝を名乗るのだったら、私は漢から独立して、国を興してもおかしくないでしょう。桂花にはその準備をさせるつもりよ」
華琳がそう言うと周りからは特に異論は無く、そして華琳は一月後、陳留に凱旋してから、『魏』の建国を宣言したのであった。
~并州~
「誠に申し訳ありません」
「仕方ないわよ。まさか劉備が洛陽にいるとは…想定外だったわ。」
先に洛陽攻略戦に失敗した徐晃こと松香が司馬懿こと陽炎に頭を下げていたが、陽炎は自分の油断であったことから今回の失敗を不問にした。
「これはあの鳳統が仕掛けたのかしら」
「恐らく間違いわね。それで陽炎、これからどうするつもりよ」
「そうね。白雪まずは貴女の考えを聞かせてくれるかしら」
「取り敢えずは、今は内政を固める時だわ。并州はいいけど、まだ完全に幽州は固めきれてないし、北の異民族が気になるところよ。流石に攻めてくる気配はないけど、それでこの状況で曹操軍を攻めるのも無理があるわよ」
白雪こと蒋済は、いつも通り、周りに二日酔いの匂いを振りまきながら、説明したが、周りの将はこの匂いに些か閉口していた。
「じゃあ、劉備軍攻めるのはどうよ」
「これも無理。今の状況で劉備軍を攻めても曹操軍に向背を突かれる可能性が高いし、二面作戦取る余裕はないわ」
「チェッ、つまんねえの」
若竹こと張が、まだ曹操軍よりは勝機がありそうな劉備軍への戦いを希望するもこれも白雪は却下した。
「それに劉備軍に新たな動きがあるみたいよ?」
「へぇ…。それは何かしら」
「まだそれははっきりと分からないから、今、それを調べに梅香にまずは洛陽に行かせているわ」
この梅香こと郭淮は、武については、将としての強さは、一般の将より少し強いくらいだが、ただ敵への潜入工作や情報収集などは、能力が高く、いとも簡単に周囲に溶け込み、そして難なく情報を得てくるため、陽炎は気にいっているのである。
「取り敢えずは、まずはこのまましばらくは内を固めるわ。それで隣のおチビさんが何やら、新たな国を興すという話らしいから、私たちも負けずに国を興そうかしら」
陽炎も華琳の動きに同調するように、華琳が『魏』の建国を宣言した同時期にこちらも『晋』の建国を宣言したのであった。
~荊州・江夏~
こちらは母親の敵であった江夏の黄祖を討ち取り、現在、戦後処理している雪蓮であったが、ある噂話を聞き驚いていた。
何と荊州の劉表が、死期が近く、そして後継者がいないことを理由に荊州を桃香に譲渡する噂が立っていたのであった。
それを聞いた雪蓮は親の仇の片割れである劉表を今すぐ攻略したい気持ちを持っていたが、ただこの状況で劉表と戦争を起こせば、噂が事実である場合、桃香が介入して苦戦は免れないだろうし、そして隙を見せれば、曹操軍がこちらに鉾先を向けることが十分考えられたからである。
流石にこの状況に冥琳は溜め息を吐きながら
「雪蓮、この状況でこれ以上劉表を攻める訳にはいかんぞ」
「分かっているわよ。そこまで無茶な事しないわ」
「それで冥琳、何かこの状況を打開できる策でもあるの?」
「フフフ、幾つか手を打ってはいるが、しばらくは様子見だな。」
「ふ~ん、分かったわ。じゃあ後の事よろしくね」
「あぁ……任されよう。雪蓮、先に言っておくが、最悪劉表の首を諦めて貰うかもしれないが、それでも良いか」
「……不本意だけど仕方ないわね…。本来なら今すぐ劉表の首を取ってやりたいわ。でも流石に無理よね…。じゃあ、後の面倒くさい事を考えるのは全部冥琳に任せるわ」
雪蓮は言葉を切って
「ふふふ、これから楽しくなりそうだわ」
「おい雪蓮、これからが正念場だからな」
「分かっているわよ」
そしてこちらも漢からの独立を宣言し、『呉』の建国を宣言したのであった。
~洛陽~
現在、宮中の玉座に桃香が座っているが、傍からどう見てもぎこちなく、見習いの皇帝が座っていると言っても過言では無かった。
その辺は流石に本人も自覚しているが、桃香自身はこの場にいることは予想外のことであった。
時期は遡り、ちょうと袁紹軍と曹操軍が戦っている頃、ちょうど桃香たちは、執金吾(帝都と宮中の警備が主な任務)の任に当っていた。桃香たちは、徐州から洛陽まで逃れた後、雛里の勧めに従い、漢朝に出仕したのであった。
一応名目上、洛陽は袁紹軍が治めていたもの、政治を顧みずに賄賂や民からの搾取のことしか考えていない者しかいなかったため放置状態であった。そんな中桃香が出仕しても誰も咎める者が居なかった。そして桃香は劉協と謁見し、その際皇帝の血統である中山靖王の末裔と認められたことから、劉協は桃香に執金吾の任を与えたのであった。執金吾の任に当たっている間に桃香や雛里、凪たちを中心に再び兵の再整備を進め、目立たぬよう密かに力を蓄えていたのであった。
そして袁紹軍と曹操軍との戦いの最中に桃香たちは再び軍を立ち上げ、洛陽に居た袁紹軍を駆逐、そして洛陽に攻め入ろうとした司馬懿軍を打ち破ったのであった。
これは雛里が考えていた策であった。雛里の考えは、徐州で敗れた後、目立たぬよう洛陽で兵を蓄え、再び兵を立ち上げた後、洛陽を含む司隷州を再び皇帝の名の元で旧漢の勢力を再結集、そしてそれを指揮する旗頭が桃香であったはずなのだが…ここで予想外な出来事が起きてしまった。
何とここで劉協が、桃香の働きぶりを見て譲位を決意したのであった。
「玄徳…朕には、大陸の太平を維持するような器がない。このまま朕の力ではこの漢という国を維持することは無理だ。朕はお主に譲位する。そして玄徳の力でこの漢を再生させて欲しい…」
「どうか……陛下、私には皇帝という大役は無理で御座います!何卒お考え直し下さい…!」
桃香は流石にその言葉を聞いた瞬間、自分にはそんな大役は無理だと判断して拒絶の姿勢を見せ、そして恐縮する余り平身低頭する桃香であったが、劉協は
「このままでは、何れ漢という国は滅びてしまう。決して失敗してもお主の所為ではない。この通り引き受けてくれぬか…頼む!」
「……分かりました。非才の身ですが謹んでお受けします」
皇帝自ら何度も桃香に頭を下げるのを見て、桃香は遂に決意を固め、これを承諾したのであった…。
雛里は後でその話を聞いた時は、流石に驚き
「なぜそのようなことをお受けしたのですか?」
「陛下から頭を下げられて、漢の再生を託されて断れなかったの…。それにもう私たちはこれ以上後がないでしょう。私自身の退路を断つために引き受けたんだよ」
桃香からそう言われると雛里も覚悟を決めて太尉(今の職名で言えば防衛大臣や国防長官に当る)の地位に付き、そして桃香が皇帝に即位した。そしてほとんどの諸侯が独立を宣言する中、唯一荊州の劉表が、自分の病気と後継者の問題もあり、桃香に荊州を譲り渡すことを申し出たのであった。
「雛里ちゃん、劉表さんの件どうするの、引き受けた方がいい?」
「ぜひ受けるべきだと思います。荊州を押さえれば、魏や呉、そして一刀さんのところと互角に戦うことができます」
すでに桃香の元に、一刀のところ除く三国が漢からの独立を宣言した知らせが入っていたのであった。
「しかし、荊州は広大で領地は南北に広すぎる。領有する殆どが魏、呉と北郷軍と接している。兵を満遍なく配置すれば、その分兵力が薄くなり、領土を分断されて各個撃破され、また数カ所に兵力を集中させても、兵が少ない所から侵攻され、これも領土が分断される。私の意見としたら、できれば劉表の譲渡の話を断り、その代わりにこのまま配下にして、その間に私たちは劉表を防波堤にして力を蓄えるのがいいと思うがな」
「白蓮さんの意見は十分利に適っておりますが、ただここで劉表様の話を蹴ってしまえば、今後、荊州を押さえることは難しくなり、桃香様の元での天下統一が困難になってしまいます。それに魏はともかく呉とは再同盟をする必要があると思います。私たちも呉も魏と戦う上で、私たちとの同盟は不可欠だと思いますから…」
雛里の口から白蓮の名が出たが、白蓮こと公孫賛は袁紹との戦いに敗れた後、しばらく潜伏していたが、桃香が洛陽で再起した話を聞き合流、現在は桃香の配下となり、なぜか自然と2人の補佐役になっていたのであった。
ただ雛里は、心の中では、対魏に対してだけでなく、他に対しても呉の再同盟を必要と思っていたのであった。
「呉との再同盟は分かるが、向こうがそれを承諾するか?劉表は孫策の親の仇と聞いているぞ。そんな簡単に引き下がると思えないけどな…」
「孫策さんはすでに孫堅さんを殺害した黄祖を討ち取っており、劉表さんが死期が近い状態です。失礼な話ですが、このまま劉表さんが亡くなれば同盟を結ぶ際には問題ないと思います。ただ側近の周瑜さんがどう仕掛けてくるか、分かりませんが…」
「だったら、呉より北郷軍との同盟がいいと思うが?そっちの方が問題は少ないと思うけどな」
白蓮は、何気なく一刀との同盟を訴えたが、
「白蓮ちゃん、それはできないの」
「はぁ?どうしてだ」
「実は呉との同盟を結んだ後、北郷軍と戦おうと思っているのです」
「お、おい、ちょっと待てよ。それは無理があるんじゃないか?」
「ですが、北郷軍はすでに益州を平定し、もし次狙うとしたら、私たちか呉のどちらになると思うのです。先に呉が潰されてから戦うとしても勝ち目はありません。だったら荊州を手に入れて北郷軍との戦いを行うつもりです。それに曹操さんと司馬懿さんと睨み合いをしている状態なので、こちらを顧みる余裕はありませんから、今が北郷軍と絶好の好機なのです」
雛里が説明すると白蓮は、溜め息をつくと
「2人とも変わってしまったな…。今は、私は桃香の部下だ。2人の指示には従うけど、取り敢えず無茶な戦はしないでくれよな」
2人は一刀との同盟を考えていない訳ではなかったが、桃香は、理想を否定され、そして理想を変えて力を求めたが失敗し、現状何一つ成功していない状態で、こちらから頭を下げて同盟を結ぶことにプライドが許さなかったのであった。
そして雛里も桃香の話を聞いて、その考えに同意し、雛里もこのような状態で、朱里に頭を下げてまで同盟を結ぶことは、朱里に負けると思っていたので、2人の中では一刀との同盟という考えは無かったのであった。
こうして桃香たちは徐々に一刀との対決を進めていたのであった。
~成都~
一刀たちは、桃香が再起したことで、しばらく様子を見ていたが、今のところ動く様子が無かったので、改めて朱里から軍の再編について説明して貰うことにした。
「それご主人様たちと話し合ったのですが、今後に備え、成都には夕霧さんに守って貰い、璃々さんと星さんと桔梗さんと菫ちゃんには白帝城(益州と荊州との境界にある城)に詰めて貰いたいのです」
「璃々殿を白帝城に?またどうしてじゃ」
「桔梗。最初は成都に居て貰うつもりだったが、本人の希望と璃々曰く成都にいた場合、荊州への非常時の対応が遅れる可能性があるから言われるとその通りだから、詰めて貰うことにしたんだよ」
「ほう…荊州への非常時とはどういうことですかな」
夕霧の説明に何かを感じた星が質問すると、
「実はあれからまた情報が入って、荊州の劉表さんの容態が良くないらしいのです。ですので、今後荊州が荒れる恐れがありますので、璃々さんたちには、それに備えて欲しいのです」
まだこの時点では、一刀の元に桃香への荊州譲渡の話は伝わっていなかったが、朱里は今後に備えこのような配置にしたのであった。
「そしてあとの将は、長安に戻りますが、その時にもう一度将の配置再編を行います。恐らく次の敵は『漢』の可能性が高いですから…」
朱里の口から思わぬ言葉が出たので、一刀が
「朱里、それはどういう意味だ?」
「ご主人様…、朱里ちゃんはもう腹を括ったのですよ。桃香ちゃんが洛陽で再起をした時点で『漢』を敵と見ているのですよ。理想を覆した桃香さんに、そして水鏡先生の教えを破った雛里ちゃんの目を覚まさせるためにもね…」
紫苑が朱里の思いを代弁し、一刀が朱里の方を再び向くと、朱里は
「紫苑さんの言う通りです…。もし雛里ちゃんや桃香さんが、ご主人様や私を頼って来てくれたら良かったのですけど、それをせずに自力で立ち上がり、そして結果的には皇帝の座に付いてしまった…。これではどう見ても経緯はともあれ傍から見たら簒奪したと思います。でも今の雛里ちゃんたちは自分たちのことしか考えていないですし、理想を忘れ、権威や力を求めることに躍起になってしまっているのです。だから親友である私が、雛里ちゃんたちが嵌まりこんでいる泥沼から救い出したいのです……」
悲痛な表情で言う朱里の顔を見て一刀も腹を括ったのか
「分かったよ朱里。そうだよな…あの2人の目を覚ますのは俺たちの役目だからな」
「だったらよ~。桃香たちに喧嘩を売ると言うことで、新しい国を名乗ったどうだ?」
そんな湿っぽい空気を察してか、翠がわざと陽気な声で場の空気を変える様に言うと
「お姉様、そんな簡単に国を名乗ると言ってもさ、そんな簡単にホイホイとできる物じゃないんだからさ」
蒲公英もそれに合わせるかの様に明るい声で振る舞っていた。そんな翠や蒲公英を見て一刀や紫苑は内心感謝していた。
「でもね翠ちゃんの言っていることもあながち間違っていないと思うわよ」
「どういうことなの紫苑?」
「実は蒲公英ちゃん、曹操や孫策、それに司馬懿のところは、すでに『漢』からの独立を宣言してそれぞれ国を興しているみたいなのよ。だからこの際だから旗幟を鮮明にした方がいいと思うの。朱里ちゃん、夕霧さんに菫ちゃんの意見はどうかしら」
紫苑から話を振られた三人は、特段反論することも無く、『漢』から独立を支持し、そしてあとの将たちも一刀に一任することにした。
「それで新しい国の名前は決めているのですか?」
「黄忠さん、そんな急に言われてもパッと浮ばないですよ。でも国をどうしても名乗らないと駄目なものなのかな?」
「ここはやはり名乗らないと駄目ですわ。ご主人様」
「周りが新たな国を名乗っているのに、私たちだけ名乗る国の名前が無いというのはおかしいと思うし、恰好がつかないと思うよ。ご主人様」
「それにご主人様…ご主人様の王位への即位。それを望むは臣らのみではありません。多くの兵や民もまた、それを望んでおります。我らが王の誕生を」
流石に紫苑と璃々、それに筆頭軍師である朱里から正論を言われると一刀は黙って従うしかなかった。
一刀たちは、国名について色々考えたが、土地の縁から新たな国を『蜀』と名乗ることを決意したのであった。
そして一刀たちは、益州を璃々に任せ、長安に帰還したのであった。
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