第61話
璃々が黄忠との会談により戦を回避することができたが、黄忠が一刀との直接会談を希望したため、一刀と紫苑の2人はこれを了承、そして会談すべく一刀と紫苑は、護衛の兵3千人を引き連れて出発した。
一方葭萌関には、一刀の代わりに翠が主将となり、朱里や星、こちらに戻ってきた蒲公英が居残ることなった。
会談に望むに当たり一刀は、紫苑や朱里と相談したところ、今後の事もあり、一般の兵たちには紫苑と黄忠が元々は、同一人物であることを出来るだけ悟られないようする必要があったので、一刀は璃々と連絡を取り、この会談を一刀、紫苑、璃々、黄忠の四者会談にして貰うよう黄忠を説得するよう璃々に依頼、璃々からの説明を受けて黄忠はこれを承諾した。
そして黄忠との会談に望む一刀と紫苑であったが
「どうした紫苑?」
「普段の戦と違って、何か色んな感情が入り混じているような感覚になっていまして」
別の世界の自分と出会うことに緊張しているのか、普段と違う表情を見せていた紫苑を見て一刀は、
「流石の紫苑も緊張するか」
「まあ、ご主人様ったら酷いですわ。一体私をどう思っているのかしら」
「うーん、俺にとっては一番大切な人かな」
一刀からそんな台詞を聞くと紫苑は少し顔が赤くなり
「…そんな嬉しいことを嫌味も無く、さらっと言うなんて、ホント罪なご主人様ですわ」
「いっ、いたた!」
紫苑は照れ隠しで一刀の腕をつねっていた。
「ご主人様からそんなようなお言葉を聞けて嬉しいですわ。しばらく聞いたことがありませんでしたから」
「えっ、そうかな」
「ええ、そうです。でもご主人様のおかげで、心がやっと落ち着きました。これで話し合いに挑めます」
一刀は、紫苑が先程と違い、慈母のような笑みを浮かべているのを見て、大丈夫だと思い、会談に望むのであった。
そして指定された場所に赴き、部屋に入ると璃々と黄忠がすでに到着していた。
「あっ!ご主人様、お母さん、まずはこっちに座って!」
璃々が一刀と紫苑に座るように促すと2人が座った。
「初めまして黄忠さん、では自己紹介させて貰います。私は北郷一刀といいます」
「妻の北郷紫苑です」
「では、私も紹介させていただきますわ。私はこちらの世界の黄漢升です。以後お見知りおきを」
お互いの挨拶が終わると紫苑と黄忠が無言で見つめ合っていた。
「まるで鏡を見ているみたいだわ」
「璃々ちゃんに言われて、半信半疑の部分もあったけど、この紫苑さんの顔を見て、ようやく納得できましたわ」
お互いは顔を見合って、2人は感想を語っていると璃々が
「そうだよね~。まだご主人様や私だったら、何となく雰囲気で違いが分かるけど、全く知らない人がお母さんたちを見たらびっくりするよ」
「確かに、これは葭萌関で敵が紫苑と黄忠さんを見間違うのも無理はないよな」
一刀が関のことを思い出していたが、すると紫苑が
「ごめんなさいね。実は貴女に謝っておきたいこと一つあって…」
紫苑は黄忠に葭萌関の出来事を説明した。いくら策とは言え、紫苑が黄忠に成り済ましたため、その事情を知らない者は黄忠が裏切り者として捉えられ、劉璋軍に居られない状況になってしまった。これには黄忠の武人としてのプライドを傷付けてしまったことについて紫苑は、謝罪したのであった。
しかし当の黄忠は意外とさばさばしていて
「そうだったのね。最初さっぱり話が分からなくて、璃々ちゃんの話でようやく理解は出来たけど、やっと貴女を見て得心したわ。でも今回の事は紫苑さん、貴女が謝る必要はないわよ。これも立派な策ですから、騙された私たちが悪いだけですから」
「俺たちが言うのも何ですけど、黄忠さんはそれでいいのですか?」
「正直言いまして、今回のことで、成都では言われのない謀反を嫌疑掛けられてしまい、更に私は、以前から劉璋様の政治に批判的でしたから、この状況で成都に行っても信用はされません」
「でも貴女方を見てしまったら、今更貴女方と戦いたいと思わないですわ」
「そうですか、こちらとしてはこのまま降ってくれたらありがたいのですが…」
「ええ、降ることには異存はありませんけど、このまま簡単に貴方たちに降るのは、私にも意地というのがありますので、降るには条件がありますわ」
「それでは黄忠さん、私たちに下るのにどんな条件があるのかしら」
紫苑が黄忠に尋ねると黄忠は紫苑が何か悪巧みする時と同じ様な笑みを浮かべて
「フフフ、その条件をまだお教えすることは出来ませんわ。ただその条件を飲むことが出来ないからと言って、決して裏切るような卑怯な真似いたしません。取り敢えずの条件としては、私をこのまま軍に帯同させて貰えますでしょうか?」
「軍に帯同して貰うことには、こちらとしても助かりますが、何故そんなことを言うのですか?」
「そうね、貴方たちがどういう人物か見定めたいというところかしら、フフフ……」
「フフフ…そうですか、ぜひ私たちの御主人様のありのままを見て判断して下さい。決して損はさせませんから…」
黄忠が意味深な笑顔を見せるとこの笑顔に紫苑も何かを感じとっていたが、しかし紫苑は正妻の余裕からか、黄忠のこの申し出をあっさり了解したのであった。
そして横で見ていた一刀と璃々は
「なあ璃々、何かこの2人を見て嫌な予感がするのは気のせいかな?」
「う~ん、そうかな?」
璃々はこの場を取り敢えず惚けたが、流石に黄忠が一刀を狙っていることについてこの場で言う訳にはいかず、それに璃々は、この世界の黄忠でも一刀と思いを遂げるのであれば興味本位ではなく、一刀を心から愛する人物でないと認めないつもりでいた。
その点については紫苑も同様で、ある程度こっちの方では大らかな考えを持っている紫苑ではあるが、それは妻という対等な立場になって認めている話で、単なる興味本位では認めるつもりはなかった。だからこそ黄忠には一刀の人物を見定めて貰うつもりで軍への帯同を認めたのであった。
そして話は進み、黄忠が先の璃々たちと同様に
「当然、御二方は私の真名についてはご存じですわね」
一刀と紫苑は無言で頷くと
「では璃々さんと同様に貴方方にも私の真名をお預けいたしますわ。呼び方についてはお二人にお任せしまうわ」
「分かりました、お言葉に甘えさせて貰います。流石に同じ紫苑では呼びにくいので、普段は黄忠さんと呼ばせていただきます。その代わり俺のことを一刀と呼んで下さい」
「そうね、私は貴女のことを漢升さんと呼ばせていただきます。流石に以前の自分の姓名をさんづけするにはどうしても違和感があるので、字で呼ばせて貰いますわ。それで私を呼ぶ場合ですが、できたら紫苑で呼んでいただけたら嬉しいのですわ」
「分かりましたわ。ではお二人を呼ぶ時は、ご主人様と紫苑さんと呼ばせて貰いますわ♪」
黄忠が笑みを浮かべてそう告げると一刀は、黄忠が紫苑とまったく同じ呼び方をすることに驚き、椅子からずり落ちて
「はぁ!?何故そう呼ぶの!」
「あらあら、この呼び方おかしいですか?これから私の主君になるのですから、ご主人様と何か差支えありますか?皆さんもそう呼んでいますのに」
黄忠から正論を言われると一刀は返す言葉もなく、そして紫苑や璃々も反対するよりむしろこの場を面白がっている表情をしていたため、結局一刀は渋々これを認めたのであった。
そんな遣り取りをしていると外が何か騒がしい音がするので、
「何か外が騒がしいね。もし伝令の兵で、何も知らずにここに入られてお母さんたちの姿を見て驚くと思うから、外見てくるね」
璃々が外に出て行くと、直ぐに部屋に戻ってくるなり
「ご主人様!今、朱里からの伝令が来て、敵が葭萌関に攻めて来て、朱里たちは関外に出てこれを迎え撃つと言うことだよ!」
こうして益州最後の戦いが、一刀たち不在で幕が開かれようとしていたのであった……。
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