第46話
桃香たちが出陣してから、数日後徐州で小さな事件が勃発した。
桃香たちが出陣する直前、徐州の城に各地の農村から駆りだされた若者が集められていたが、これは雛里が今後の兵不足を見越し、予め徴兵をしていた、今回は約5千の徴兵を行っていた。そしてこの集められた新兵の訓練を留守の愛紗たちに依頼していたのであるが、そんな中事件が起こった。
愛紗は留守を任されていたが、桃香の件で少々気が滅入っていた。
そんな中、愛紗は気分転換のために徴兵されている兵のところに赴いたところ、ある所で騒ぎが起こっていた。
「お願いです!一度家に帰らせて下さい!必ず帰って来ますから!」
「駄目だ!兵になるのが嫌で、そうやって逃げる積もりだろう!」
徴兵された少女と訓練を担当している兵たちが騒ぎを起こしていたので、それを見た愛紗が
「お前たち他の者が見ている前に何をしている!」
愛紗が一喝すると騒いでいた兵やその少女が大人しくなり
「この騒ぎの原因は何だ、説明してみろ」
愛紗が兵たちに騒ぎの原因についての説明を求めると一人の兵が
「実は今回徴兵されたこの者が、家にいる父親が病気で一度家に帰らせて欲しいと申し出まして…」
「ふむ、帰って来るのと言っているのであれば別に帰しても問題はないだろう?」
愛紗がそう言ったが、この場の責任者と思われる者が
「ちょっとお待ち下さい、関羽様。この場を受け持つ責任者としては、それは承服出来ませぬ。この者の言うことが事実かどうか分からぬ現状、この者一人を特別扱いする訳にはまいりません」
「私は病気の父を助けるため、お金を稼ぐために自らここに来たのです!わざわざ逃げる必要ありません!」
その少女は心外とばかりに大声を出すと愛紗は少女の病気の父親を思う心情に引かれたのか
「係の者が失礼した。私の名は関雲長と申す。貴女の名は」
愛紗は明らかに年下の少女にも関わらず、丁寧に名乗るとその少女も愛紗の名を聞いて驚き
「え!?関羽様、こ…これは失礼しました。私の名は関平、字を真名を愛香と言います」
いきなり関平が自分の真名を愛紗に預けたので、これは流石の愛紗も驚き
「ちょっと待て、関平とやら。いきなり真名を初対面の私に預けていいのか?」
「はい!私は関羽様を尊敬しておりますので真名をお預けしたいです、そして兵になった暁には、いつかは一緒に横で戦ってみたいと思っていました。そして見よう見まねで関羽様と似せた武器も作りました」
愛紗の愛刀「青龍堰月刀」に似た刀を愛紗の前に見せた。
愛紗はこの少女を見て、姿が自分とよく似ており、年は愛紗を2、3歳幼くしたような感じ、更に同じ「関」姓ということで親近感が湧いたというよりは愛紗の父親が愛人でも作って他で産ませたのではないかと内心思ったくらいである(因みに愛紗の父親は浮気をしていない)。
知らない人が見たら、何処からか愛紗の妹が名乗り出て来たのではないかと思ったくらいである。
愛紗は、そんな愛香を見ていとおしく感じたのか、
「分かった愛香、そなたの真名を預かろう。それと愛香、私の真名愛紗をそなたに預ける」
「え!?いいのですか関羽様?」
「ああ愛紗と呼んでくれるか」
「はい!愛紗様」
「では愛香、貴女を私の副官として仕えてくれるか」
愛紗は武人としての直感か愛を余程気にいったのか、いきなり自分の副官として仕えさせようとしたが、先程の責任者が勇を絞って
「ちょっとお待ち下さい、関羽様!確かにこの者、見た感じ素晴らしい腕はお持ちかもしれませんが、いきなり桃香様が留守中にそのような人事をなさると龐統様とか黙っていませぬぞ」
その責任者は、特に雛里のことを意識した訳ではなく換言のつもりで言ったのだが、やや精神的に情緒不安定の上に、最近の雛里に対して悪感情を持っている愛紗はこれを悪く取ってしまい、愛紗らしくない失敗をしてしまう
「貴様!今の留守の責任者はこの私だ!私の副官にするのに何の不都合がある!」
と言いながら、その責任者を力任せに叩いてしまったが、愛紗の力が強かったのか、これが勢いよくぶっ飛んでしまい、見事に負傷を負わせた上、気絶させてしまった。
愛紗は叩いた後に我に帰ったが、それは後の祭りであった。
愛紗は取り敢えず、近くにいた兵にその責任者を医者に連れて行くように指示し、そして責任者には後で謝罪に行くと兵たちには説明した。
この出来事が後に愛紗にとって運命が大きく変わるきっかけになるとは、想像も出来なかった。
そして兵たちが立ち去った後に愛紗は愛香の方に向き
「すまぬみっともないところを見せてしまって、確かに先程、言ってくれた者の言う通りにすべきだったかもしれぬが、愛香を見るとどうしても他人事とは思えなかったのでな」
「いいえ、初対面の私にそこまで言っていただけるなんて光栄です。それで私は…」
「ああすまぬ、愛香、約束通り私の副官になって貰い、今から取り敢えず父親のところに帰るがよい」
愛は愛紗の言葉を聞いて安堵すると更に
「もしよろしければ、一緒にうちに来ませんか?」
「いいのか、そなたの父親は病気ではないのか?」
「はいそうなのですが、父は愛紗様のことを大変お気にいりの様で、私に武芸をするから愛紗様のようになれと、口癖のように言っており、そして以前に愛紗様に助けて貰ったことがあるとおっしゃっていました。もし見舞いに来ていただければ、父も喜び、すぐに元気になるでしょう」
愛香からそう説明されると愛香の父親に興味が湧き、更に先程あのような事もあったため、城にいるのも少々罰が悪く、気分転換も兼ねて出かけることにした。
城から出て半刻(約1時間)して、愛香の父親がいる村に到着した。
そして愛香が家に入るとその父親と姉らしき女性がいた。
愛香が
「父上大丈夫ですか?」
「愛香か…、大丈夫じゃ。関寧が変に心配して、お主に連絡したんじゃろ、しかしよくお前兵士になったばかりで出てこれたな?」
男性が疑問に思っていると愛紗が
「安心なされよ、愛は無断で来たわけではありません。ちゃんと上司の私と来ているから大丈夫ですよ」
愛紗が愛の父親に微笑を浮かべ説明すると、父親が愛紗に見覚えがあり、久々に見たのを思い出したという感じで
「貴男(貴女)はもしかして…」
2人は顔を見ると久しぶりに見る戦友のような顔をしていた。実は愛紗と愛の父親関定は、まだ愛紗が桃園の誓いをする以前に「黒髪の山賊狩り」として単独で賊狩りをしていたある時、愛紗が街道で賊に襲われていた関定を救い、その後行く方向が一緒であったためしばらく旅をしていたが途中で愛紗が体調を崩し、しばらく愛紗の世話をしたのが関定であった。
その後2人は別れたが、村に帰った関定は2人の娘には武人になるなら愛紗の様な武人を目指せと言っていたのはこのことが原因である。
そして再会を祝い、しばらく歓談していると、関定がこんなことを言い始めた
「愛紗殿(以前世話になった恩義があり愛紗が真名を教えていた。因みに関定は真名がありません)、唐突なことで大変申し訳ありませんが、我が娘関平を養子として貰ってくれませんか?」
いきなりの関定の発言に愛紗は驚き、理由を尋ねると、この家は現在関定と関寧・関平の姉妹で暮らしていたが、半年後に姉・関寧が結婚しこの家に婿養子が入り、次女の関平は家を出なければならない。普通に関平1人を食わせて行くには何の問題もないが、戦乱で税が上がっている今、田畑を関平に割譲する程の余裕がない。そうなると、次女である関平を誰かに任せると言うのは当然の話であるが、さすがにそう簡単に縁談の話等はない。
関平は武勇に些か自信があったので、取り敢えず兵になり父親の薬の治療代稼ぎや今後の身の振り方に考えているところに都合良く現れたのが愛紗である。
関平が偶然にも愛紗の副官となり、ここで愛紗と久しぶりに偶然出会ったというのも、そして姓も同じであれば、まさに天恵ではないだろうかと…関定が考えたのは当然の流れである。
最初は拒んでいた愛紗であったが、途中から関定よりなぜか愛香の熱意が上回り、そして関定への恩義もありとうとう根負けして首を縦に振ったが、これは義に厚い、愛紗らしい決断であった。
しかし愛紗が唯一条件に付けたのが、「未婚であるので、養子ではなく義妹にして欲しい」と関定に説明すると「それでもこのままここで民として燻るよりは遥かにいい」と承諾、そして質素ではあるが、心ばかりの訣の宴が催されたのはその日の晩の事であった。
そして翌日には城に戻り、愛紗は桃香達にこのことを連絡したのであるが、さすがにこの養子縁組を聞いて、皆驚いていた…。
そして劉備軍対袁術軍の戦いは、劉備軍約2万に対し袁術軍約5万(その内約1万が孫策軍)が徐州と予州の州境で激突。
序盤は袁術軍先鋒の孫策軍が劉備軍の陣を次々と突破していたところ、途中で突破されていた劉備軍の楽進・李典・干禁隊が孫策軍の中央分断突破を利用して、袁術軍の後背に回った。
袁術軍はこれにより動揺したところ、先鋒の孫策軍が分断突破した劉備軍の左側後背を突く構えを見せる振りをして、このまま袁術軍に突撃、更にこれに乗じて逆側から劉備軍の張飛隊も突撃したため、袁術軍は挟み撃ちにされた格好となり、更に戦闘中に寿春が孫権の部隊により占拠された報を聞いたため一気に戦線は瓦解、張勲は袁術と親衛隊など何とか数千の兵を引き連れ戦線から離脱し、命からがら袁紹のところに落ち延びたのである。
すると袁術軍が敗れると聞くと、間髪入れずに曹操軍は、袁術が治めていた予州の北部に夏候惇と程昱引き連れ攻略、更に西部は北郷軍との帰還途中の夏侯淵たちが進路変更をしてそのまま侵攻して、これを占拠。劉備軍は東部、孫策軍は南部を辛うじて確保したことから、予州は三勢力に割れた状態になったのである。
この戦いの勝利により孫策軍は袁術からの独立を果たし、揚州を本格的治め、勢力拡大の飛躍を掴んだのであった。
一方劉璋軍との戦いは、星が奇襲で漢中を落としたことから、一気に流れが変わった。
北郷領内に侵攻していた劉璋軍は撤退路を確保するため、しばらく陽平関に籠もっていたが、漢中への援軍に劉表軍を撃破した恋と音々音の軍勢が転配し、漢中に近づいている報を聞くと、夕霧(法正)が涼月(張任)や桔梗、焔耶に
「このまま敵が私たちを釘付けにして、先に向こうが陰平や武都が攻略され、その流れで葭萌関まで押さえられてしまうと、今度こそ撤退も出来ず孤立無援になる恐れがあるわ。だから今は陽平関を放棄して葭萌関まで引いて、領内の天然の要害を利用して戦うべきよ」
そう説明すると、焔耶は納得出来なかったが、涼月や桔梗が説得すると、最終的に同意をし、劉璋軍は葭萌関まで撤退した。
そして劉璋軍の陽平関撤退を聞いて、劉璋軍が放棄した散関まで再度進出していた璃々と菫は、陽平関を占拠。
陽平関に劉璋軍の再反攻に備え、兵を籠めると璃々と菫は、今後の方針確認のため僅かな手勢を引き連れ、漢中に向かった。
~漢中~
漢中に到着した璃々たちは、星や恋、音々音と合流して今後について話し合い、取り敢えず、一刀から何らかの連絡があるまで、誰かが漢中の臨時太守を決める話となり、璃々は星を押すつもりであったが、星は
「璃々、お主何を言っている。お主も主と同じく天の御遣いであろう、私が太守するよりもお主がした方が良い。政をするにしてもお主がするのと私がするのとではまったく印象が違う」
そして小声で
(「私が太守したら、さぼれぬではないか…」)
最後は本音の部分がダダ漏れの状態であったが、
「さ…最後の星殿の言葉は聞かなかったことにして、璃々お姉様が臨時太守の件には意見には同意っす」
「…璃々頑張る、恋も手伝う」
「恋殿がそういうので仕方なく手伝いますぞ」
残りの3人も星の意見の同意したため、取り敢えず、政務を璃々と菫、軍務を星と恋、音々音は両方を受け持つことになった。
そしてその日の夜、璃々は鍛錬と今後の不安を吹っ切るため1人で剣の稽古をしていたが、なぜか途中で浮んできた歌を口遊むように唄いがら稽古していたら、偶然星が現れ
「璃々よ、稽古をするは良いが、歌を唄いながら稽古というのは集中力が散漫になって良くないぞ」
星から注意されると確かにその通りだったので、璃々は素直に謝罪した。しかし星は先程璃々が唄っていた歌が気になったのか
「しかし璃々よ、その歌は天の国の歌か、もし良ければ聞かせてくれぬか?」
「いいけど、星お姉ちゃん、聞いても分からない言葉の部分があるからかもしれないよ」
「何構わぬ、普段と違う歌を聞くのも一興だ」
星がそう言うので、璃々は少々恥ずかしながらもアカペラで
「♪~」
璃々は某ゲームの主題歌を唄い始めた、最初にこの歌の歌詞を聞くと璃々は何となく自分に置かれた環境と似ているのではないかということで好きな曲になっていた。
因みに現代に居た時、璃々はいきものがかりの曲を、一刀と紫苑はドリカムの曲を好んで聞いていた。
そして星は璃々の歌を聞き終えて、笑顔で
「いやいい曲を聞かせて貰った。また機会があれば聞かせてくれぬか」
「それでだ璃々よ、先程お主が唄っていた歌ではないが、千の覚悟があれば、どんなこともできる。お主が臨時とはいえ太守で、しばらくこの地を守らないとならぬという不安な気持ちはあるが、ここには私や恋、音々音、菫もいる。そして更に後ろにはお主を愛している主や紫苑もいるんだ。だから安心するが良い」
星の話を聞いて、璃々も気が楽になったのか笑顔を浮かべて
「ありがとう、星お姉ちゃん」
「いや礼には及ばぬよ、それよりも璃々、少し今から稽古を付けてやろう」
星が璃々に稽古を付ける話をしたところ、璃々も応じ、こうして2人は稽古をしながら漢中の夜が更けていくのであった。