第42話
璃々たちが散関で籠城戦を開始して、10日が経過したが、序盤は優勢だったものの、流石に劉璋軍の数の暴力には叶わず、死者や負傷者が多くなってきた。
そんな中、菫が
「璃々お姉様、このままだと私たちの撤退が難しくなるので、そろそろ陳倉に撤退した方がよろしいかと…」
悔しさを押し殺し、璃々に撤退するように進言するど、璃々は
「そんな辛い顔しないの、菫が居なかったら、この関はとっくの昔に落とされていたわよ。それにここから陳倉までの仕掛けも済んだでしょう?それだったら、ここを引き払うから、まずは負傷兵を先に撤退させ、それから私たちも撤退するよ」
「ただ敵の追撃が怖いから、これを何とかしたいけどね」
璃々は散関から撤退を認めたものの、敵の追撃を危惧していた。
「それは大丈夫っすよ、璃々お姉様。追撃できないよう、きっちり嫌がらせの準備はできてますから」
璃々の不安を消すように菫が自信満々に答えたので、その内容を聞くと安心した。そして璃々はまず負傷兵を先に撤退するよう指示、その後残りの将兵を撤退する方針を固めた。
「何、敵の様子がおかしい?」
焔耶から話を聞いた涼月がそう言うと
「はい、城壁にいる敵兵が昨日より確実に減っており、それに残っている兵も何か逃げる準備しているみたいです」
「……このことどう思う桔梗、夕霧」
「まあ普通であれば、撤退だろうな。向こうは元々寡兵、ここで我らを10日間足止めにしたら、取り敢えず初期の目的を達したところだろう」
「あと無理な追撃は避けた方がよいわね。向こうは頭が回る人物がいるから、それなりの準備はしてそうだわ」
焔耶の話から2人の意見聞いた涼月は
「2人の意見には、私も同意だね。取り敢えず、最初に様子見できる部隊を編成しておいてくれる」
涼月が璃々たちの撤退は既に決定事項と感じた焔耶が
「では追撃部隊は出さないのですか?」
「焔耶、わざわざ敵が関を放棄してくれる。それを占拠するだけでも立派な手柄なのよ」
「ただ、敵の罠に気付かずに目の前の獲物に飛び掛かる馬鹿も中にはいるからね」
涼月が焔耶を諭すように説明をしていると
「失礼します!敵兵が撤退した模様、それに気付いた一部の東州兵が無断で部隊を動かし、関に侵入した模様です!」
伝令兵がそう告げると4人は苦虫を潰した顔をしていた。
この東州兵は劉璋軍の主力であるが、4人が掌握している部隊と違い、兵の練度や規律の面ではかなり劣っていた。
そして無断で動いた部隊は、菫が関内に仕掛けていた逆茂木や柵などで動きが制限され、待ち伏せしていた弓騎隊に火矢等で散々に打ちのめされてしまい、挙句の果てに部隊が混乱したため、桔梗たちが応援に駆け付けるまで、この混乱が続いたことから追撃を断念したのであった。
~函谷関~
こちらの攻防は、膠着状態に陥っていたが、曹操軍のボディブローのような攻撃に流石の紫苑も閉口していた。
曹操軍は、稟の指示で通常攻撃は勿論、夜襲や罵声など精神的にも応える攻撃も並行して行っているため、兵たちも睡眠不足となり、疲れがピークにきていた。
ただそんな中、紫苑の年について罵声を飛ばした曹操軍のある兵は、罵声を浴びせた直後、常識ではあり得ないくらい身体に弓矢がハリネズミのように刺さっており、曹操軍の間では紫苑の年齢については禁句になっていた…。
そんな中紫苑は、現状打破するため、逆襲の夜襲をすることを決意。
そして紫苑は千の兵に予め用意していた全身黒装束を着用、紫苑自身も黒装束を着用したが、その衣装が全身黒タイツのような衣装でかなり色っぽかったので、違う意味で兵士の士気も上がったらしい…。
一方曹操軍では、今後のことについて軍議を開いており、その場で稟が
「現状では、まもなく北郷軍と劉表軍が武関で激突、袁紹軍の方面の北郷軍は、袁紹軍の進軍が予定より手間どっているため、まだ開戦には至っておりません。あと羌と劉璋軍の方は遠方での戦いなので、情報はまだ入ってきておりません」
現状までの情報を各将の前で報告すると、秋蘭が
「稟、北郷軍と劉表軍の戦いだが見通しはどうだ」
「北郷軍はこちらに主力をぶつけてきているみたいで、将に張遼、呂布、趙雲、そして軍師に陳宮を付けていますので、恐らくこちらを早急に片付けるつもりですね。片付けた後は、我々と劉璋軍に対して二手に分けて援軍に差し向けるのではないでしょうか」
「ならば我々は劉表軍が敗れた時点で撤退した方がよいか?」
秋蘭がそう告げたが
「しかし北郷軍が援軍に来るとしても、こちらの方がまだ兵が多いから、こちらも二手に分けて、迎撃すればよいのでは?」
明華こと曹仁がそう主張したが
「それは無理です。兵を分けた場合、こちらの北郷軍と我々と兵力がほぼ五分に近い状態になり、一応こちらの兵が多少多いですが、北郷軍とのここにいる兵たちの精強さでは差が出てしまうため、兵を分ける訳にはまいりません。我々の今回の役目はあくまでも北郷軍の牽制と新兵の訓練代わりです。ですので劉表軍が敗走した時点で我々も手を引くことを提案します」
稟は劉表軍敗走時点での撤退を提案すると、急に外から怒号から聞こえ、一人の兵士が現われ
「し…失礼します!て…敵軍の夜襲です!」
「何をしている!敵は少数だろう、すぐに跳ね返せ!」
陽華こと曹洪が命令するも、その兵は
「現在、迎撃に当たっていますが敵兵の数は大軍だと流言飛語が出回っており実際の数は不明、混乱のため迎撃態勢もバラバラになっています!」
それを聞いた秋蘭が
「聞いての通りだ、明華と陽華はすぐに指揮に当たれ、それで稟、ここは危険になるので、一旦後方に下がり後方の指揮に当たってくれるか」
稟はここに居ても危険で足手纏いになると判断して
「分かりました秋蘭殿、私は、すぐに体制を整えて、援軍に来ますので、しばらく頑張って下さい」
稟は素直に後方に下がり、明華と陽華は、現場の指揮を取りに行った。
その間にも紫苑たちは、敵陣に設置しているかがり火を破壊することに狙いを付け、徹底的にこれを破壊、陣を暗闇させた上、同士討ちを誘発するなど曹操軍の陣は更に混乱が増してしまった。
そして前線の情報が全く入ってこないことから、やや苛ついた秋蘭が側にいた兵に
「そこの者、前線に行って状況を見てきてくれ。前が分からなければどうにもならぬ」
その兵は、秋蘭に命令されると、暗闇の中に消えた瞬間…
「ギャ!」
兵は眉間を一刀両断にされて倒れ、暗闇から
「こんばんはと言っていいかしら…?夏侯淵さん」
黒装束に刀を持った紫苑一人が本陣やって来た。
秋蘭の周りにいた衛兵2人は、紫苑が来たことに驚きながらも、果敢にも
「死ね!」
「生かして帰すな!」
紫苑に掛かって行ったが、紫苑は
「あらあら、危ないわね」
紫苑はその攻撃を簡単に躱し、そして紫苑を持っていた刀でその2人を一閃していた。
それを見ていた秋蘭が
「相変わらず凄い腕をしていますな…、北郷紫苑殿」
「あら分かりましたか?」
紫苑は、黒装束で顔を殆ど隠しおり秋蘭からは目元しか見えていない状態であったが、秋蘭は先に聞いた声と雰囲気から一目で紫苑と見破ったのである。
「でも私の正体を見破るとは流石ですわね。ただ…」
「ご主人様の敵は私の敵…、あなたの命頂戴しますわ」
口調は柔らかだが、目は全く笑っていない紫苑に秋蘭は手にしていた餓狼爪を振り、弓矢を射つための間合いを取ろうとしたが、紫苑は
「そうはさせませんわよ」
間合いを詰め寄り、秋蘭に対して刀が風を切り裂くように襲い掛かった。
秋蘭は何とか反撃しようと刀を受けずに後退をしたが、紫苑はそれを許さず追撃する。
そして秋蘭が紫苑の刀を掻い潜って、先に倒された刀を紫苑に投げつけると紫苑はそれを難なく躱したが秋蘭はその間に餓狼爪を構えたが、紫苑もこのままでは秋蘭の間合いに入ると察知し、瞬時に持っていた刀を秋蘭に投げ、秋蘭もそれを難なく躱す間に背中に背負っていた颶鵬を構えた。
そして2人の睨み合いはしばらく続いたが、紫苑を追ってきた兵士と秋蘭を助けに来た兵がお互い雪崩込み乱戦状態になってしまった。
そして後方に下がっていた稟が援軍を引き連れ戻ってくるのが見えたため、
「今日はここまでのようね…」
紫苑はここで戦いを打ち切り、そして闇夜に紛れ撤退したのであった。
さすがに暗闇の中では追撃することもできず、
「大丈夫ですか、秋蘭殿?」
「ああ助かったよ、稟」
「あの方が噂の北郷紫苑殿ですか…、総大将自ら夜襲を駆けてくるとは…」
稟が驚いていると秋蘭は
「やはり、油断できない人物だな…、取り敢えず我々も1度下がって頭を冷やして出直そうとするか、稟」
「そうですね、我々も驕りがありました。いきなりの夜襲に我々も兵たちも対応できませんでしたから…兵たちにはいい教訓となったでしょう」
秋蘭たちは陣を後方に下げ、昼間の攻撃は続行するも、夜間の攻撃は紫苑たちの再夜襲を恐れて攻撃を控えるようになり、函谷関の北郷軍も一息つけるのであった。