第36話
桃香の徐州における行為は、周辺の諸侯の動向に影響を与えていた。
~曹操陣営~
「ふ~ん、虫を殺さないような顔をしていて、あの子がああいう行為をするとはね」
華琳は、桂花から周辺諸侯の情報を聞いていたが、桃香の一連の行為を聞いて、いささか驚きながら、そう呟いていた。
「華琳様、我が国の隣接に敵が出来たのです!今すぐ攻めるべきです!」
いきなり開戦を主張する春蘭であるが、これには桂花と秋蘭が
「あなたね、何考えているの!まだ青州を平定したばかりで、すぐに攻めれる訳ないでしょう!」
「姉者、それは無理があるぞ、まだ傘下に加わったばかりの青州兵には、今の我が軍の規律や練度に全く追い付いていないし、それに兵糧も心許ない」
「春蘭、今は先に青州を治めるほうが先よ、劉備もこちらに攻めるなんて愚かな真似はしないでしょうし、今は向こうも内政することで精一杯のはずよ」
桂花や秋蘭、それに華琳から反対の意見を受けるとさすがの春蘭も黙るしかなかった。
しかし何か不満そうな顔をしている華琳を見て、秋蘭は
「華琳様、何か不満でもあるのですか…?」
「フッ…さすが秋蘭ね、今は内政が先決は分かるけど、しかしこのままであれば北郷のところが益州の劉璋のところを攻略して勢力拡大する恐れがあるわ、だからすんなりと劉璋のところを攻略されても困るのよ」
華琳がそう言うと別のところから
「では華琳様、北郷軍の益州攻略を遅滞させ、そして袁紹様や他の諸侯を疲れさせることでよろしいのですか?」
「そうね、凜あなたそれできるかしら?」
「はい、私と風でしたらそれは可能です」
この凜と呼ばれた女性、名を郭嘉、字が奉考、そして風と呼ばれた女性が名は程昱、字は仲徳と言うが、この2人は旅をしていたが、旅の途中に青州に立ち寄った際、青州黄巾党の乱に巻き込まれ、指揮官がいない町において2人は寡兵にも関わらず、自ら町の防衛戦を指揮して黄巾党を撃退してところ、応援に駆け付けた華琳にその功績が認められて、2人とも仕官したのである。
「あら簡単に言うわね、じゃそれを言って貰おうかしら、くだらない策だったら反対するからね」
その2人に嫉妬心全開の桂花に対して、凜がそれを無視して説明に入った。
「確かに華琳様の言うとおり、このまま行けば北郷軍は、我々がこちらで勢力拡大する間に先に益州攻略する可能性があるでしょう、残念ながら北郷軍に隣接している劉表様、劉璋様では単独では対抗できません。そして我々が加勢するにしても今の我々でも力不足ですし、更に兵を損なう訳にはいきません、そこで提案したいのが、私たちに劉表様、劉璋様に袁紹様を加えた対北郷包囲網を作ることです」
「恐らく劉表様や劉璋様は単独では北郷軍には対抗できないので、この話に乗ると思われますし、袁紹様は反董卓連合の時の恨みがあるので、我々が協力して北郷軍を攻めると言えば、袁紹様のあの性格ですから必ず乗ってくれると思います」
「では4方面から北郷軍を攻めるのか?」
「ちょっと待ちなさいよ!つまり4方面から北郷軍を攻める案はいいわ、しかし私たちも参戦して負けて兵を減らしたら、それこそ今後、劉備や兵に余裕がある袁紹に攻められるでしょう!」
凜の作戦に秋蘭が驚き、そして桂花が異を唱えると凜は
「まだ続きがあります、今回は私たちが率いる軍勢は、今回傘下に収まった青州兵や新兵を中心に編成し、そして率いる将も戦の経験が少ない方を中心に連れていきます、もし隙があればそのまま北郷領に攻めて貰ってもいいですが、どこか1つでも敗退の報を聞けば、すぐに引き上げます」
それを聞いた桂花が
「じゃあなたは、今回の私たちの戦いは本気でやる訳ではなく、新兵の訓練代わりに利用する気なの!」
「そんな人聞きの悪い、もし私たち以外の勢力が北郷領内に深く攻め入れば、私たちも同時に対応して一緒に攻め入るのですから、それくらい袁紹様たちに期待しても宜しいのでは…」
稟が微笑を浮かべると風が
「それだけではないですよ~、最初に稟ちゃんが言っていたよう、これが失敗しても他の諸侯の勢力を削ることにもなりますから~」
それを聞いていた華琳が
「凜、あなたのその作戦はいいけど、実際に麗羽や劉表、劉璋を説得することができるのかしら?」
「それはこの風が居たら大丈夫です」
凜がそう言うも風から返事が無かったので風を見ると
「ぐーーー」
「風!何寝てるの!、起きなさい!」
「いや、余りの期待の高さに現実逃避したくなりまして~」
「フフフ分かったわ、稟と風、麗羽達への交渉などはあなた達には任せたわよ、それまでは内政に専念しましょう」
「ありがとうございます華琳様、それでもう1つ訂正ありますが、皆さんは4方向からの攻略とおっしゃいましたが、もし調略が成功したら最終的には5方面から攻略になると思います」
稟がそう言うと華琳と風以外は稟の構想に呆気に取られ、
「いいわ稟、今日の献策の褒美に今晩私の閨に来なさい」
華琳がそう言うと稟は
「あ…憧れの華琳様のところに……、やっと……ブーッ」
稟は華琳との夜の妄想モードに想像すると、見事な鼻血のアーチが飛び出していた。
「はいはい、稟ちゃんトントンしましょうね~」
横にいた風が稟を止血しているのを見ると華琳は
「……この子もこれがなかったらいいのに……」
華琳は頭を抱えながら、最後にため息一つ付いていた。
~孫策陣営~
呉郡の太守に就任してから、領内整備に努めていた雪蓮たちであるが、こちらの方は、冥琳やその補佐に付いている穏(陸遜)や新たに軍師兼文官に就任した亜莎(呂蒙)がその手腕を発揮して、いち早く領内は平穏状態になっていた。
そしてそんな中、珍しく政務に励んでいる雪蓮のところに冥琳と雪蓮の妹である孫権こと蓮華がやって来た。
そして珍しく政務をしている雪蓮を見て冥琳たちが
「なんだ雪蓮、珍しいなお前がちゃんと仕事してるなんて」
「そうですわ、お姉様が机に座って仕事してるって……、明日雨でも降らないかしら……」
「二人とも、普段から私をどう見ているのよ!」
「フッ…、それを私の口から言わせたいのか」
「そうですね、一言で言えば怠業魔かサボり魔と言っておきましょう」
「酷い~!」
雪蓮は口を膨らませて拗ねていたが、冥琳が
「雪蓮聞いたか、劉備のことは」
「聞いたわよ、あの甘ちゃんがあんなことするなんてね、ちょっと想像できなかったわ」
「そうだな、正直なところ何があったんだと言うところだな」
「まあ理由は分からないけど、あの子が何か無理しているように見えるけどね~」
「それでだ、実は私のところに劉備軍の龐統から手紙が来てな、これを読んでくれるか」
雪蓮の前に手紙を差し出し、雪蓮が一読すると無言で蓮華にこの手紙を渡し、蓮華もこの手紙を読むと顔に緊張が走った。
「冥琳、蓮華これ読んでどう思う?私はこの話受けてもいいと思っているけど」
「ほう、理由は」
「理由なんてないわ、勘よ」
「まったくお前は…、少しは考えたらどうだ…」
雪蓮の得意な勘で自信満々で答えるのを見て、冥琳は呆れていたが、蓮華が
「お姉様、私は反対です!劉備と共闘せずとも私たちだけで袁術を討つべきです!」
蓮華は雪蓮の意見に反対したが、雪蓮はやや呆れた顔をして
「蓮華あなた物事が固いわね、態々向こうさんから袁術を倒すのに協力しましょうと言っているのに、何で反対するわけ?」
「今の私たちに袁術を倒すだけの力は十分あります、劉備などの力は必要ありませんわ!」
蓮華がそういうと冥琳が
「蓮華様、仰る通り私たちだけでも袁術を倒すことは可能ですが、袁術は我々が呉郡に移ってから、警戒感を強めております。しかし袁術の力はまだ我々より上です、これで袁術を倒してもまだ西には北郷や劉表、北には袁紹や曹操などまだまだ強敵が控えております、そのためには無駄に兵を損ないたくないのです。その点分かっていただけますでしょうか」
冥琳から説明を受けるとさすがに蓮華も
「すいませんでしたお姉様、要らぬ差出口を叩いてしまって・・」
「いいのよ蓮華分かってくれたら、冥琳、受ける方向で向こうと話詰めておいて、じゃ私は…」
雪蓮がそう言いながら仕事をほっぽり出して逃げ出そうとしたが、冥琳が雪蓮の右肩を掴み
「雪蓮…仕事を途中で放り出してどこに行くつもりだ…」
「い…いやちょっと息抜きで外に出ようかな~と思って」
「ほう…お前の息抜きは右手に酒を持って出るのか…」
どさくさに紛れて部屋から脱出しようとした雪蓮であったが、見事に冥琳に捕まってしまい、その後
で冥琳と蓮華から説教を受けたのは言うまでも無かった・・。
~長安~
「今、帰りました」
「ああ紫苑、お疲れさん、それでどうだった、朱里の様子は?」
「まだ時間は掛かりそうですね、一応仕事はこなしてくれているのですが、まだ心ここに有らずの状態ですわ」
「そうか、気分転換に外に巡視に行っても駄目か…」
「真理ちゃん、今まで朱里ちゃんがあそこまで落ち込んだことはあるの?」
「さすがにあそこまで落ち込む朱里を見たことはないわね…、それに朱里と雛里はそれこそ親と居るより長い時間、一緒に過ごしてきたからな、雛里のあまりの変わりようにかなり強い衝撃を受けているのだろうな」
真理がそういうと部屋に沈黙の空気が流れた、そんな中璃々が真剣な顔をして
「ねえご主人様、一度、私と朱里と2人きりで話をしたいけどいいかな?」
「どうしたんだ璃々、急にそんなことを言い出して?」
「さすがに朱里のああいう姿が見ていられなくて…」
璃々からそう言われると一刀も朱里の立ち直るきっかけが無かったので
「…そうだな、年が近い者同士で一度、璃々に任せてみるのもいいか」
「ありがとうご主人様、お母さん、朱里は今、どこにいるの?」
「さっき別れて、部屋に帰ったわよ」
「じゃ今から、行ってくるね」
璃々があわただしく執務室を出ると紫苑が
「ご主人様、あの子に任せて大丈夫ですか?」
「心配性だな、紫苑は。璃々もこの世界に来てから、心身ともに成長しているんだ、それに2人とも年が近いし、俺たちに話せないことも、もしかしたら言い合えるかもしれないだろう?」
一刀からそう諭されると紫苑も
「そうですわね、どうしても私、あの子のことをまだまだ子供として見てしまいますわ」
「それは仕方ないだろうな、どれだけ成長しても璃々は紫苑の子供には違いないからさ」
「それはそうですけど、でも私としては最近、あの子がご主人様に磨かれて、女として成長している姿が目に付きますわ」
一刀にそう言いながら、少し焼きもちになっている紫苑であったが、内心では朱里に早く立ち直って欲しい気持ちで一杯であり、璃々にそのきっかけを作って欲しいと思っていたのである。
「ハァーー」
巡視から帰って来て部屋で一人になり、ため息を付いている朱里に
「朱里入るよ」
璃々は朱里の返事を待たずに部屋に入ってきた。
朱里はそれを咎めることはなく
「璃々さんどうしたのですか?」
「え~、朱里と話がしたく来たけどいい?」
「はい、何もお構い出来ませんけど」
「いいよ、私が勝手に来たから」
「…それで朱里、まだ雛里のことで悩んでいるの?」
璃々が単刀直入に聞いたせいか、朱里は図星とばかりにしばらく沈黙状態になり、そしてようやく
「そうなんです…、私が悩んで仕方がないのですが、雛里ちゃんが何であんなことをするなんて、未だに信じられなくて…」
「確かに以前見た姿からでは想像できないね…」
「でもこればかりは一度本人から話を聞かないと分からないしね、それで朱里、雛里に手紙でも送ったの?」
「いいえ、流石にお互いに立場があるので…」
「あ~そうか、でも朱里と雛里の関係って羨ましいな~」
「羨ましい?」
「そうだよ、今こそ離ればなれになっているけど、前はお互いに色んな事を相談できたりしたでしょ」
「それが私には羨ましいよ、朱里も知っていると思うけど、私やご主人様、それにお母さんは2回も生きていく世界が変わってしまったでしょう、だから、せっかく友達がいても、急に生きていくところが変わったから、友達に別れも言えずに来たから…それが一番つらいかな?まあ私はご主人様やお母さんが居れば十分だけどね」
璃々は朱里のことを言っているうちに自分のことを思い出し、急に湿っぽい話になってしまっていたが朱里は璃々のこの話を聞いて
(「そうか…璃々さんやご主人様らは、私と違い、今まであった事を殆ど無くしてここに来ている……、それを考えたら、まだ私は雛里ちゃんと会うことも出来るし、お話することだってできるんだ。それに比べたら・・まだ私は良いほうだもんね!」)
朱里は璃々の置かれている状況と自分の事を考えると璃々の方がつらいはずなのに、いつまでも落ち込んでいられないことに気づき
「あ、ごめんね朱里、私の湿っぽい話を聞かせて」
「いいですよ璃々さん、璃々さんも私にとって友達ですし、仲間なのですから」
朱里は、さっきの悲壮感一杯の顔から、元気を取り戻した顔付になっていたので
「朱里、何か元気を取り戻したみたいだね」
「はい、璃々さんの話を聞いて、いつまでもくよくよしてられないと思いまして」
璃々も自分の内心を打ち明けた形になってしまったが、朱里のいい顔を見て、話をして良かったかなと思っていた。
「ちょっとでも元気になって良かった朱里、確かに私たちは友達だし仲間だけど、家族でもあるんだよ、但し私が2番目で、朱里は6番目だけどね」
璃々が意味深で、イタズラぽい顔で発言すると
「へ?は……はわわー!なゃ…何を勝手なことを言っているのですか、まだ私が6番目って決まったわけではないでしゅ!」
「わ・・私がご主人様の子供を産めば、わ・・私が正室でしゆ!」
朱里のこの暴走発言には、流石の璃々も驚き
「えー!朱里それは聞き捨てならないね、それは私も狙っているんだから!」
「そ…それは知りませしぇん」
カミカミながら反論する朱里の声が響き
「何でこんな話になっているんだ…」
「あら朱里ちゃんが元気になって良かったではないですか、ご主人様」
部屋の外から聞いていた一刀と紫苑は、一人は明らかに頭を抱え、一人は微笑んでいた。
そして一刀は、今晩は無事に寝られないことを覚悟した。
翌朝、朱里と他2名は普段より元気な状態で政務に取り組んでいたが、その横で約1名が精魂尽き果
てた顔をしていた……。