第126話
紫苑たちが華琳と会談していた頃、璃々たちも会談の為、呉を訪問していた。
一方、こちらには交渉に参加したのは璃々と菫(姜維)の二人であった。
そして雪蓮との会談が行われていたが、璃々からの口上を聞いて呉の各将は難色を示していた。
口上の内容は、呉の船団を借りて魏の将兵を救うという作戦であった。
勿論、全ての将兵を救うことは無理な話であるが、兵を指揮する幹部や小隊長などが居れば軍としての再建は早くなる。ただ呉の立場からすれば、なぜ蜀は魏を助けるのか理解できないし、以前魏と呉は交戦した間柄で態々、魏を助ける理由が無いからである。
「そちらの話は分かった。ただ呉の立場から言えば、何故蜀が魏を救うのか、そして呉が敵対関係である魏を救わなければいけないのか。その点を詳細に聞かないと納得できんな」
呉が誇る軍師である冥琳の言葉に璃々は、取り敢えず話を一蹴されずに済んだ事に内心安堵していたが、ここから本番である。
そして璃々は魏を救う経緯を説明したが、呉の将は驚きを隠せなかった。
「するとお主の話を纏めると、蜀王は降伏して降嫁した夏侯淵の願いを聞き届ける為に我々に頼みに来たのか?」
「確かにそう言われても仕方がないですね」
「何じゃそれは…」
呉の宿将である黄蓋こと祭が璃々に質問をしたが、それについて隠すことなく素直に答える璃々の答えに祭は唯、呆れるしか無かった。
「愛する女性の為とは言うけど、それを出汁にして私たちに協力を求めるというのはどうかと思うし、それに私たちは蜀の属国じゃないのよ」
不満の声を上げたのは太史慈(晶)であった。
「属国にするなら、前の戦いの時に孫権さんを捕えた時に何らかの事をしているっす。それをせず、最低限の賠償で孫権さんをお返ししたのがその証っす」
菫(姜維)から言われると晶は苦虫を潰した様な顔をして無言になった。
「それに~魏の方々を保護して、力を付けて再起する可能性は否定できません。そして再び戦を仕掛けてくるかもしれませんよ~」
穏(陸遜)の意見は呉の将たちが懸念する部分であった。かつて自分たちが袁術の保護下にあったが、苦難を経てこうして再起した経緯があるので、魏も同じようになる可能性は否定できなかったからである。
「確かにその可能性は十分考えられます。ですがそれは大丈夫かと」
「何故そう言い切れるのですか?」
璃々の返事に穏が納得できないという表情で聞き直す。
「絶対とは言い切れませんが、袁術さんと私たちが治めている状況が違いますから」
「つまり…蜀は袁術と違い、国をきちんと治めているから大丈夫だと言いたいのですか」
「はい。勿論油断はできませんが」
璃々の言うことも一理あった。確かに呉独立の時と違い、蜀は一刀や紫苑、それに璃々の知識を活用して、それを朱里や真里、それに雛里たちも加わり上手くアレンジして生かしていたため、民の生活は一番安定していた。その状況で民たちが態々一揆をするはずも無く、逆に下手な治世を行えば自分たちが倒される恐れがあるからだ。
「それについては蜀の問題ですので、これ以上とやかく言いませんが、ただ頼まれて動くにしてもやはりそれなりの理由が…」
「勿論、無償で協力して欲しいとは言いません。これが我が国の誠意です」
亞莎の問いに璃々は、懐に隠していた書状を取り出すと、この書状を近くにいた亞莎が受け取り雪蓮に手渡す。
「へぇ…」
雪蓮はその書状を見ると少し驚きの声を上げ、更にその書状を見た冥琳も
「ほう…」
少し驚きの声を上げていた。
璃々が出した書状の中身は作戦に協力すれば翠や蒲公英が選んだ良馬1000頭を無償で提供するという物で、更に成功した暁にはもう1000頭が提供されるという案であった。
元々船の扱いに長けている呉であるが、馬の生産については北の蜀・晋・魏と比べ見劣りし、更に最近の戦続きで良馬の獲得も難しい状態が続いていた。
そんな中『錦馬超』として名高い翠と同じく馬一族で馬の目利きが一流であると思われる蒲公英が選ぶ良馬1000頭、更に成功報酬で更に1000頭入るのであれば、考える余地は十分にあった。
そして雪蓮はこれを一つの好機と考えていた。
まず一つは蓮華を無事に返還して貰ったことに対する恩返しになると、二つ目は元々鐘会が呉に草として仕えていたことに気付かなかった晋への意趣返し、更に三つ目の利点を考えつくと雪蓮は悪戯を思いついた子供の様な顔をしていた。
「貴女…確か一刀の第二夫人と聞いているけど、一刀は貴女の言う事をどれ位聞いてくれるの」
「はぁ…常識範囲内なら私の言うことは聞いてくれますが…」
雪蓮の質問の意図が今一つ分からない璃々は不用意な言動を避け、言葉を選びならが発言する。
「そう。じゃ貴女は一刀の使い走りじゃなく、ある程度の権限は認められ、この場にいる訳よね」
「ええ、これでも一国を代表する使者ですから」
雪蓮の若干挑発気味の言葉に璃々も若気の至りか受けて立つ態度を見せてしまう。
雪蓮は璃々が挑発に乗ってきた事に内心笑っていたが、それを億尾に出さず
「そちらが出した条件は悪くないわよ。ただもう一つ物足りないのよね~♪」
雪蓮の言葉を聞いた璃々は条件の釣上げだと思い、場合によっては領土の割譲を要求されることを覚悟していた。
「分かりました。今回は私に全権を任されています。そちらの希望を言って下さい」
だが雪蓮の発言は璃々の想像を上回る物であった。
「私、近い内に退位するの。それで退位する前に、しばらく一刀のところで世話になりたいのよ♪」
「はぃ!?」
「はぁ!?」
璃々と菫が素っ頓狂な声を出すと他の呉の将たちも驚きの声を上げる。
冥琳と蓮華は話を雪蓮から以前からそういう話を聞いていたので、驚きの声こそは上げなかったものの複雑な表情は隠せないでいた。
「それはどういう事ですか!?」
漸く立ち直った璃々が雪蓮を問い詰めるが
「取り敢えず聞いて欲しいの。これは呉として、つまり蓮華に対する課題、私が居なくなって呉の王としてやっていけるどうかの課題。だから今回は呉としては今回の件は承諾するわ。でも責任者は蓮華よ」
つまり雪蓮は将来に自分が居なくなった場合、蓮華が国王としてやっていけるどうか課題を与えたのであった。
「それで近くに居たら私を頼ってしまう恐れがあるでしょう。だから簡単に頼れないようにしばらく私を蜀に居させて欲しいのよ♪」
雪蓮が承諾したのは良かったが、流石にこのような引き受け方をされるとは思ってもいなかった璃々は疑問の声を上げた。
「周瑜さんに蓮華さん、本当にこれでいいのですか?」
璃々の質問に、冥琳と蓮華は深い溜め息を吐いて、
「確かに言っている事は無茶苦茶だが、今後の事を考えると間違っているとも言えんからな…。取り敢えず正式に譲位する時はちゃんとした手続きをするから、これが終るまで取り敢えずこいつの面倒みてくれぬか」
「ハァ…話は聞いていましたから覚悟ありますが、まさかこのような形で振られるとは思いませんでした。お姉様が色々と迷惑を掛けるかもしれぬがよろしく頼む」
「何よ、二人ともその言い草。もう少し言い方という物があるでしょう」
「だったら、もう少し周りの事を考えて行動して下さい」
「ふん!悪かったわね」
二人の言い方に雪蓮は反論したものの、蓮華がこれを一刀両断するかの様に言いかえすと雪蓮は少し拗ねた表情をしたのであった。
「それでどうするの?私を連れて行かなければこの話無かったことにしてもいいのよ♪」
璃々も雪蓮が一刀に興味があって尋ねることは百も承知で、こうなると今後の展開も自ずと予想できたので、紫苑と違いまだそこまでの心境に達していない璃々は内心溜め息を吐くしか無く、雪蓮の要求を渋々飲むしかなかった。
「流石に遊びに行くと言う訳にも行かぬからな。名目上は表敬訪問の形にしておくが、ただ帰って来たら休みが無いものと思え。雪蓮」
流石に冥琳が雪蓮に釘を刺すことを忘れずに言うと雪蓮は少々嫌そうな表情をしていたが、それよりもしばらく仕事から解放されることに笑顔を浮かべていたのは言うまでも無かった。
そして今後の打ち合わせをしていたのだが、菫が質問する。
「それで今回指揮を取られるのは黄蓋殿か甘寧殿のどちらっすか?」
「否。この両名は晋に対しての抑止力となっているので外す訳にはいかぬ。それに海の戦いに慣れた人物がいるからな。ちょうどいい、紹介しよう。桜ちょっと来てくれ」
「はい」
呼ばれた人物は身長が7尺7寸(約177cm:1尺約23cm)のモデルの様な長身であるが、肌が赤銅色に日焼けして髪もショートカットという精悍な女性であった。
「紹介しよう。こいつの名は陳武、字は子烈。呉水軍の外海の担当している」
「初にお目かかる陳子烈だ」
飾らぬ言葉で自己紹介した陳武を見て璃々は
「北郷璃々です。この度は我々の無理難題な要請に力を貸して戴くことになりますが、よろしくお願いします」
「……」
璃々が頭を下げると陳武は少々驚いた顔をしているのを雪蓮が声を掛ける。
「どうしたの桜。驚いた顔して」
「いや、天の御遣いの第二夫人と聞いていたが、もう少し威厳があるかなと思ったが、妙に腰が低いなと思ってな…」
「そんな私偉くないよ。今はこうして第二夫人として奉られているけど、普段なんて訓練や仕事の合間に普通に買い食いとかしてるから♪」
現に一刀や璃々は仕事の合間などに普通に買い食いなどをして、幾つかの店の常連客になっていた。
「そうそう、仕事の合間の一服。あれ最高よね~」
雪蓮が璃々に相槌を打つが
「雪蓮、お前の場合、一服というよりも完全にサボりだろうが…」
「姉上、もう少し普段の行いを考えてから発言して下さい…」
「何で私だけそんな扱いなのよ…」
冥琳と蓮華から突っ込みを受けると雪蓮はいじけていたのであった。
「もういいわ!今から歓迎会開くわよ!」
雪蓮は癇癪を起こして歓迎会を開いたが、客人であった璃々は皆から注ぎに回られて翌朝起きた時は見事に二日酔いになったものの、こうして無事呉の協力を取り付けたのであった。
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