第121話
一刀たちは荊州の処置を済ませた後長安に戻ってきたが、一刀の帰還に合わせたかの様に晋からの使者が現れた。
今回の使者は晋の筆頭軍師である白雪(蒋済)が現れたが、当然の事ながら大好きな酒を抜いて現れ、そして一刀の前に立つと同時に
「此度は我国の大馬鹿者が、北郷様の命を狙うという大変な事を仕出かしてしまい、真に申し訳ありませんでした」
言葉と同時に土下座をするという謝罪から始めた。
本来、国を代表する使者は国の威厳や面子があるので、謝罪をしても土下座までは普通しない形であるが、白雪がいきなり土下座をしたことに一刀を始め、紫苑や璃々、翠たち武将も呆気に取られた。
しかし白雪には、このような行動を取った事に成算があったからだ。今回、鐘会が取った行動について批判されるのは承知の上で、先手を打って謝罪をすればこれ以上の状況を悪化することは無いだろうし、頭を下げて事態が収拾するのであれば陽炎(司馬懿)の為に幾らでも下げる事は苦にならない。
逆に一刀は素直に非を認めたことについて好感は持てたが、余りにも簡単に非を認めたことに逆に何かあるのではないかと疑念もあった。
そんな一刀の心中を余所に白雪は
「我が主からの親書に御座います」
その親書を一番近かった璃々が受け取ると、それを一刀に手渡すと一刀は封を切って手紙を読む。そしてそれを読むと紫苑や朱里、そして他の者も回し読みをする。
中身は謝罪の言葉が綴られており、そして首謀者である鐘会の髪を首の代わりに持って来たことも書かれていたが、その中には桃香の生存を知っている事を仄めかす内容の事も書かれていた。
「今回の事件の首謀者である鐘会の髪です。首でも良かったのですが…、我が主は鐘会の仕業に大変ご立腹で、首を刎ねる前に顔の原形を留めない位の罰を与えてしまい、北郷様にそれを見せるには大変申し訳ないということで代わりに髪を持参すると共に先の親書と合わせ、この二つが我が国からの謝罪の気持ちです。其れでご勘弁を願いたく存じます」
白雪は表面上、平伏しながら口上を申し述べた。
親書を読んで、愛紗や鈴々は白雪を罵倒したい気持ちであったが、ここで怒りを爆発させたら、今、静かに暮らしている桃香に迷惑が掛かり、そして下手をすれば晋に桃香の生存を利用される恐れがあるため何も言わずに我慢をしており、翠たちも一刀や紫苑から何も言うなと目配せされていたので黙っていた。
一刀は司馬懿から親書を読んで、態々向こうから桃香の事を書いてくるという事は何らかの条件があると思った。しかし一刀は桃香の事は何れ発覚する事を承知で保護をしているので、敢えて話を聞いてみることにした。
「それでそちらの望みは?」
「一時の平和を。それさえ保障していただけたらこの事は一切口外しません」
白雪は謝罪と同時に再度一時的な不可侵条約を求めてきたが、一刀は難色を示した。
「なるほどね…。しかし司馬懿さんの命令ではないとは言え、命を狙われたのは事実。このような事をしないという保証はあるの?」
白雪も一刀が一筋縄でいかないことは分かっていたので、表情を変えずに
「それは当然の事です。北郷様、申し訳ありませんが小刀を貸していただけませんか?」
一刀は紫苑や朱里の方を見ると二人はそれぞれ小さく頷いたので、一刀は小刀を白雪に渡した。万が一に備え紫苑や璃々たちは構えていたことは当然の事である。
そして白雪は小刀を受け取るといきなり
「これが保障です!」
白雪は、自らの左腕へと小刀を突き立てた。
「何をするんだ!すぐ手当てを!」
白雪の行動に一刀は勿論、周りも驚きを隠せないでいた。白雪は自分の腕を刺したことを気にせずに
「もし望むならば、右腕も同じ様な事をしてみせます。そして命さえあるのならば、私はどこが傷つこうとかまわないわ」
そして一刀は呆れた表情をしながら、
「何故このような無茶を…」
「そうね。ここにいる貴女たちが北郷様を信じているように、私たちは司馬懿仲達こそがこの国の上に立つ器だと信じている。これが答えでは不満かしら」
白雪の覚悟を見せつけられると、このような事をする人物を召し抱えている司馬懿が再び一刀を暗殺するような事はしないだろうし、これを信じないという方が難しいだろうと考えた一刀はこれを承諾したのであった。
そして治療の為に白雪を下がらせると
「いやはや…あのような事をするとは」
流石の星も白雪の行動には驚きを隠せず、
「しかし何、考えているんだ…。愛紗、ご主人様や桃香のためにあんなことできるか?」
「出来ない事はないが…正直言うと躊躇するな」
「でもあんな事するなんて、あの人少しおかしいよ」
そして翠の言葉に愛紗や蒲公英もそれぞれ感想を述べる。
「ですが、あのような軍師の方が居られるということは他の将も並の将ではないでしょう。もし晋との戦うとなると相当な覚悟が必要かと…」
パンパン!
「皆、そんな顔をしないの。敵を知り、警戒することは大切。でも必要以上に警戒して敵を恐れる事は戦いには禁物よ」
朱里の言葉に場が沈みそうになりかけたが、紫苑が手を叩いて
「べ、別に怖くはねえよ!ただ向こうが変な事をしたから驚いただけだ!」
「そうだよ!私も少し驚いただけだからね!」
馬姉妹が強気な言葉を言うと漸く周りも生気を取り戻した。
「でも…」
「どうした。真里?」
「ええ。晋と再度不戦を結んだことは我々もその間に新たに手に入れた荊州を固める事ができるので悪くはないですが、我々が魏と結んで晋を攻める事は難しくなるかと」
「それはどういう意味だ?」
愛紗の質問に真里は
「恐らく晋は、後方の憂いを無くす為に私たちと手を結んでいる間に一気に魏を滅ぼすかと。現在魏は青州と徐州を治めていますが、両方とも堅固な土地とは言い難くそして兵も青州黄巾党の残党を加え何とか増強には務めていますが、晋の兵力の数では差がある状態です。恐らくこのままだと…」
今、この場にいない秋蘭の事を思い、真里ははっきりと言わなかったが、このままだと国力の差で魏は滅亡の道を歩んでしまうだろう。
魏から何らかの打診があれば、こちらも何らかの事を考えたが残念ながら動きは無く、打診が無い以上、魏への出兵は困難であった。
それに誇り高い曹操が一刀に助けを求める可能性は低く、そうなると曹操に忠義を尽くしている秋蘭は、恐らく魏への帰還を希望するだろうと一刀や紫苑は考えた。
一刀はそれについて苦慮することが分かっていたので、紫苑は先に話を切り出した。
「ご主人様は桃香さんに先程の話を。そして秋蘭さんへの話、私からさせていただけませんか。決して悪いようにいたしませんから」
一刀は真剣な表情をしている紫苑の顔を見て、紫苑に何らかの考えがある事を判断して
「…分かった。秋蘭の事は紫苑に任せるよ」
「分かりましたわ」
そして紫苑は秋蘭の部屋に向かった。
「これは紫苑殿。もう謁見は終わりましたか?」
秋蘭は客将とは言え、まだ魏に所属しているため謁見の場に居る訳にも行かず、部屋で待機していたのである。
「ええ、その事で秋蘭さんに話があります」
紫苑は謁見の経緯と結果について秋蘭に話した。その結果を聞いて秋蘭の表情は優れなかったが紫苑は構わず話を続けた。
「それで…秋蘭さんの事ですが、御存じの通り、貴女は現在も一応魏の将で、戦で負傷したところを偶然、私たちに拾われて治療を受けて、今は客将と言う形になっていますわ」
「それで貴女は何れ魏への帰還を望んでいるかと思いますが、ご主人様や私、それに璃々は貴女にこのままここに留まって欲しいと思っていますわ」
「随分私を買ってくれているが……もしこの申し出を断れば?」
「私の判断で貴女を幽閉させて貰います。そしてもし逃げ出す事があれば命が無いものと思って下さい」
「!」
紫苑の思わぬ発言に秋蘭は驚きを隠せず、更に追い打ちを掛ける。
「もし貴女が魏に帰還しても、今の情勢では『焼け石に水』。折角ご主人様が貴女を助けたことが無駄になるかもしれません。それでは私は納得できません」
「……」
紫苑は以前一刀を救った恩返しとして璃々に弓を教授すれば良いと言っていたが、前言を翻して、厳しい発言をしたのには理由があった。普通であれば時期が来れば魏に帰還させるつもりでいたが、蜀と晋が和平を結んだ事により、晋の標的は魏に行く事は明らかで、このような状況で秋蘭を魏に帰す事は、折角一刀が命を賭けて秋蘭を救った事が無駄になる恐れが非常に高い。だから紫苑は一刀の代わりに憎まれ役として、このような発言をしたのであった。
そして数瞬考えた後に秋蘭は自嘲気味に
「では、私は命惜しさに蜀に降れと言うことか……」
「いいえ。貴女がご主人様の所に嫁げば、話が変わってきますわ」
「それはどういう意味だ?」
「言葉のとおりですわ。貴女がご主人様に対して興味がある事は承知しています。だから蜀に降るのでは無く、ご主人様に嫁ぐという形を取れば問題はありません」
確かに紫苑の言う事には一理あった。国では無く一刀に嫁げば、誰も命惜しさに降ったとは思わないだろう。だが簡単に返事ができる事では無く、
「……紫苑殿、申し訳ないが一刀殿に会わせて欲しい」
「分かったわ」
秋蘭の申し出に対して紫苑は承諾したのであった。
二人は一刀の部屋に行くと桃香への事情説明し終えた一刀と璃々が部屋にいた。
そして紫苑から事情を聞いた一刀と璃々は
「紫苑、そんな無茶な事を突き付けなくても…」
「…ハァ、また増えるんだね。でも秋蘭さんだからいいか」
明らかに二人は紫苑の提案を聞いて、二人とも驚きを隠せないでいた。
「……秋蘭、別に紫苑の無茶な条件を飲まなくいいからね」
「フッ…それは私に魅力が無いということか」
「いやいや、それは無い。秋蘭ほどの女性が魅力ないと言ったら殆どの女性が除外されてしまうよ」
「ほう…それでは問題ないのでは?」
「いや…それに…見ての通り、俺には紫苑を始め璃々に翠とか全員で嫁が10名いる…そんな極めて気の多い男だけど……秋蘭はこんな俺でも良いの?」
「そうだな…一刀殿にこの命を救われてからずっと気になっていた。それに女性としては私にとって華琳様が一番だが、異性では一刀殿が一番だ」
「そう……正面から言われると恥ずかしいな…」
「それで一刀殿に嫁ぐのに幾つか条件があるんだが」
「何?言ってみて」
「まず一つ目、やはり私にも良心の呵責と言う物がある。だから魏に関しての、一切の情報を漏らす事が出来ない。それでも良いか?」
「それは分かるよ。いや秋蘭が曹操さんの思う気持ちも理解出来る。だからそれは気にしないで欲しい」
「…忝い。そして二つ目だが…この先魏と晋との戦いになるだろう。一刀殿や紫苑殿、それに私の推測が確かなら、この状況では恐らく魏は負けるだろう…だがその際、国が亡ぶのは仕方がない。だが華琳様始め姉者、それにその他の魏の将を助けて欲しいのだ。そしてこの条件を必ず飲んで欲しい。それを受けてくれるのなら喜んで一刀殿に嫁いでも良い」
「それは曹操さんたちの命を救う。それだけで良いってこと?」
「ああ、何としても華琳様たちを助けて欲しい。今はそれだけが望みだ」
しばらく沈黙の後、一刀は
「絶対に救えるとは言えないが、曹操さんたちを助ける為、何らかの手を打つ事を約束するよ」
「すまない…感謝する」
秋蘭は一刀たちに頭を下げる。
そして夜、秋蘭は一刀と結ばれたが、事を終えて寝ている一刀を見て
「…『天の御使い』北郷一刀か…」
まさか自分が華琳の元を離れ、一刀と結ばれるとは思ってもみなかったが、だが璃々や一刀に救われなければ今、こうして生きていることはなかっただろう。
「これもまた運命か…」
秋蘭はそう呟くも後悔する感じでは無く、新たな人生を歩む覚悟をしたのであった。
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