第117話
騒乱が明けた翌朝、囮部隊に引っ掛かっていた桔梗たちも漸く合流したが、璃々から事情を聞いた三人はその事実を聞いて愕然とした。
特に桔梗は弟子の焔耶が一刀暗殺未遂の実行犯の中心人物で、その結果一刀が意識不明のまま今だ意識が戻らず、そして焔耶自身も春風(馬謖)に刺傷されたため、現在は絶対安静の上、面会謝絶となっていた。
桔梗は焔耶を叱り飛ばしたかったが、それは叶わずにただ一言「あの粗忽者が!」と言って憮然とした表情を浮かべ、夕霧(法正)も「あの大馬鹿者!」と言ってそれぞれ機嫌の悪い表情を浮かべていた。
雪風(馬良)については、現状これ以上トラブルを避けるという意味で自ら城内の一室において自主謹慎という形を取り、自分の部下には璃々の指示に従う様に言い渡していた。
そして璃々は、一刀の代理として当面の指示で、城や付近の鎮撫・逃走した鐘会の捜索・そして現在長安にいる華佗を一刀の治療のため呼びに行くことと紫苑たちの事態の報告であった。
城内外の鎮撫には璃々や夕霧、そして秋蘭が協力することなり、鐘会の捜索には愛紗・鈴々・桔梗が担当、そして長安への報告は誰もが渋っていたが、璃々の指名という形で蒲公英が行くこととなった。
ただ当初、蒲公英自身は嫌な報告で難色を示していたが、璃々が思いつめた表情で
「お願い。華佗先生に一刻も早くここに連れてきて、ご主人様を見て欲しいの!本来なら私が行くべきだけど…ご主人様がいない今、ここを離れる訳に行かない。だから騎馬の技術がこの中一番上手で、そして同じご主人様を愛する蒲公英ちゃんしか頼めないの!」
それを聞いた蒲公英は、漸く自分の役割に気付き
「早く華佗連れて帰ってくるからね!」
一言そう言いながら、直ちに長安に向った。
蒲公英が長安に向ったのを見届けると、璃々は一瞬立ちくらみして秋蘭の方に凭れ掛った
「大丈夫か?」
「うん。ちょっと眩暈がしたけど大丈夫」
疲れが見える璃々に秋蘭は
「少し休んだ方がいいんじゃないか?」
声を掛けたが璃々はゆっくりと首を横に振りながら
「それは駄目。皆、一生懸命やっているのに私だけ休むことはできないよ。それに…一人になると怖いの。もしかしたら私が寝ている間にご主人様がこのまま目を覚まさないんじゃないかと思ってしまうから…」
秋蘭は自分の立場で、もし華琳がこういう状況で倒れた場合、恐らく璃々と同じ様に華琳を失うかもしれないという恐怖を少しでも気を紛らわすために仕事に取り組んでいることは想像できた。だから
「私も手伝おう」
と秋蘭は自然にこの言葉を発していた。
一方、蒲公英は馬を替えながら強行軍で長安に到着、そして荊州であった事を告げると紫苑は
「そ、そんなご主人様が…」
普段冷静な紫苑が一刀の状態を聞くと衝撃のあまり、その場で眩暈を起こし真里(徐庶)や涼月(張任)に連れられ別室で横になっていた。そして部屋で残された翠は
「晋の汚ねえやり方、許せねえ!ご主人様の仇を取りに行こうぜ!」
と晋との戦いを主張するが、これには朱里が
「翠さん、気持ちは分かります。でも今は準備も何も整っていない状態で今すぐ戦うことは無理です」
「でもよ!」
翠が更に言葉を続けようとしたが、星が翠に
「待て翠。今、主は意識が無い状態だ。それで蒲公英の話では、この状況を救えるのは華佗だけみたいだ。華佗を一刻も早く送り届けることができるのはこの中ではお主が一番適任だ。だから今、お主がすることは分かるだろう?」
翠は星に諭され、漸く自分の役割を気付き
「………分かったよ」
渋々ながら漸く同意し、そして蒲公英の方に向くと
「蒲公英ご苦労だったな、後は私に任せろ。お前はゆっくりと休め」
翠が蒲公英に労いの言葉を掛けると蒲公英は黙って頷いていた。
そして翠と蒲公英は、出発の準備と休息の為、部屋から退出、そして部屋に残った朱里と星は倒れた紫苑の事を案じていた。
「大丈夫でしょうか…紫苑さん」
「うむ…普段、気丈な紫苑が倒れるとはな。起きた時に動揺しなければいいが…」
「そうですね、でももしここに霞さんや華雄さん、それに恋さんがいたらそれこそ抑え切れる自信はありませんでしたよ…」
「そうだな…翠の反対の比ではないだろうな…」
先に名前を上げた三人に月や詠、音々の旧董卓軍に、それに黄忠(紫苑)と渚(ほう徳)は晋との最前線に近い洛陽において旧漢領土の再建並びに陣の構築作業に当っていたのであった。
そして二人は紫苑が運ばれた部屋に向い、二人が部屋に入ると紫苑はまだ寝ていた。
「紫苑さん……」
朱里が心配の声を上げると同時に
「うっ……ここは…」
「あっ…大丈夫。紫苑さん、まずはこれを飲んで落ち着きなさい」
紫苑が漸く意識を取り戻し、涼月は紫苑を一旦落ち着かせるために水を与えた。
そして水を飲み終えて、紫苑はしばらく無言のままでいたが、その間紫苑の表情は今まで誰も見たことのない程、険しいものであった。
「……朱里ちゃん」
「はい、何でしょうか?紫苑さん」
紫苑は漸く口を開いたが険しい表情のままであったので、朱里は紫苑の感情が分からなかったので身構えるような形で返事をする。
「今回の件、晋の行動は許せないわ。ご主人様の仇を取らせて貰うわよ。だから……兵を動かす準備をしてくれるかしら」
「えっ?」
「何!?」
「それは…」
「……」
真里と涼月は驚き、朱里は明らかに無謀ですと言いかけたが後の言葉が続かず、そして星は苦い表情を浮かべていた。
「無謀よ!」
「そうよ!今、貴女がすることは兵を上げることでは無くて、一刀さんのところに行くことよ!」
真里と涼月の二人は紫苑の行為を制止しようと説得するが、紫苑はゆっくりと首を横に振りながら
「ご主人様がこのような目に遭わされて、許すわけにはいかないわ…」
「でも!」
「でも…何なの朱里ちゃん。貴女はご主人様がこのような目に遭わされて悔しくないの!」
「そんなの悔しいに決まっています!ご主人様が危険な目に逢されて…何も感じない訳がないじゃないですか……」
朱里は何とか涙を出すのを堪え、顔を下に向ける。
すると今まで黙っていた星が
「紫苑よ。お主の気持ちは分からないではないが、主が無事目覚めた時、主の一番の寵愛を受けているお主が居なくてどうする。それに主と一緒にいた璃々が今、辛い思いをして頑張っているのに、それを無にして璃々が喜ぶと思うか」
「………」
星に指摘されると、紫苑は無言となりしばらく部屋に沈黙が流れる。そして漸く紫苑が重い口を開いた。
「……怖いの」
「何が…ですか?」
恐る恐る朱里が聞く。
「……ご主人様が居なくなるのが怖いの…。私はね、一度目の主人を亡くした時も悲しかったわ。でもまだ璃々が幼かったからあの子を一生懸命育てることで主人が亡くなったことを何とか紛らわせることができたの。でもご主人様と一緒になってから、楽しい時、辛い時ずっと一緒に人生を歩いてきた。そのご主人様が居なくなるかもしれないと聞いて、私……」
辛そうな顔をしながら紫苑は言葉を切ったが正直、紫苑は一刀がこのまま居なくなったら、自分自身でこれからの人生を歩いていく自信が無かった。
「紫苑さん。やはり一刀さんと璃々のところに行くべきです」
そう言い始めたの真里(徐庶)であった。
「こんな事は考えたくもないのですが、万が一一刀さんがこのまま目を覚まさないまま亡くなってしまって、一番一刀さんを愛し合っている貴女がそれを見届けないでどうするのですか。必ず後悔しますよ」
「そうですわ。今は貴女が傍にいて一刀さんや璃々さんを支えてあげないと…。それに貴女も分かっているのでしょう?心のどこかで旦那様をもしかしたら見届けるという同じ事を二度も経験したくないということを…」
真里の言葉に紫苑と同じ様に夫を亡くした経験をしている涼月も労わる様に紫苑を説得する。
「ここの事は私たちに任せて、紫苑さんは今すぐご主人様のところに行くべきです!」
「そうだな。本来なら私も同行したいところだが、これ以上ここの人数を減らす訳にも行かぬからな。ここは紫苑が主と無事に帰って来た暁には二人から特上メンマでも礼として戴くことで手を打とうではないか」
朱里と星も先の二人と同じく一刀のところに行くように説得を続ける。
心配する四人の姿を見て漸く紫苑も漸く冷静さ取戻していた。
「皆、ごめんなさいね…。私はどうかしていたわ。皆が言ってくれなかったら、ご主人様を見捨てるところでしたわ…」
紫苑は皆に詫びていたが、
「誰だって愛する人が酷い目に逢されたら動揺するし、紫苑さんも完璧じゃないということが分かったからね♪」
真里は態と明るく振舞い紫苑を少しでも元気づける。そして朱里が
「取り敢えず翠さんと華佗さんにはご主人様のところに先行して貰い、紫苑さんには準備ができ次第出発ということで準備を進めていいですか」
「ええ、お願いするわ」
紫苑が礼を言うと朱里たちは紫苑の出立準備の為、部屋を出た。そして部屋に残された紫苑は祈るような気持ちで
「ご主人様…無事でいて下さい。そして璃々、私も行くからもう少しだけ頑張って頂戴ね」
そう呟きながら一刀や璃々がいる荊州方向の空を見つめていた。
翠や華佗が出発した翌日には紫苑の部隊も準備ができ、翠たちの後を追う様に出発したのであった。
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