第116話
今回、文章で出てくる璃々の二つ名である『天舞弓姫』の名称を協力者である雪風さんからいただきました。
ご協力感謝します!
桃香の声を聞いて愛紗と焔耶は戦いを中断したが、これには春風(馬謖)も驚いていたが事情を知らない鐘会は
「一体、何者なのだ、あの女は?」
「ああ…そうか知らないのだな。あれは我々の元君主で漢の最後の皇帝、劉玄徳様だ」
「何、劉玄徳だと!蜀との戦いの時に死刑にされたのではないのか!?」
「私もそう思っていたのだが、それに私たちは劉備様とその横にいる統様が洛陽で処刑された証として二人の遺髪を目にしたんだ。それが何故このような処で生きておられたのか分からんがな…」
春風や鐘会はなぜ桃香が登場したのか、まだその理由が分からない二人は動きを止め、その成り行きを見守る。そしてそれを見た兵たちも自然と動きを止めていた。
一方、桃香と雛里は幸い、焔耶の攻撃に難を逃れることはできたが部屋の周りが破壊され、その結果、部屋の扉が開かない状態となり、兵たちに救助される間、閉じ込められた状態であった為脱出が遅れてしまった。そして漸く一刀たちに合流しようとしたところ、愛紗と焔耶が戦っているところを偶然目撃したのであった。
「桃香様…ご無事でしたか」
「ごめんね、愛紗ちゃん。心配かけて、怪我もないから安心して」
「それで…ご主人様は」
雛里は周りに一刀が居ないことに気付き、一刀の安否を尋ねる。
「それが…ご主人様は夏侯覇(夏侯淵の事)殿を助けようと庇って、建物の下敷きとなり怪我をされ、向こうで璃々が手当てをしています」
「えっ…」
「そんな…」
愛紗から一刀の負傷を聞くと雛里と桃香は、最初驚き信じられないと、そして今度は今にも泣きそうな顔と変化をしたが、しかし焔耶の次の一言が桃香の表情が厳しくさせた。
「くそ、悪運の強い奴め!こうなれば私の手でとどめを刺してくれるわ!」
「え、焔耶ちゃん!それどういうことなの!」
「北郷は桃香様を死んだことにして、そして桃香様を拘束していたのでしょう!さぁ桃香様!私が北郷に止めを刺します、そしてここから逃げましょう!」
焔耶が桃香に近付こうとすると桃香はそれを振り払う様に
「焔耶ちゃん、私の話を聞いて!私がここにいるのは私たちが戦に負けて、ご主人様が命を取らずに助けてくれたおかげなの!」
「もしあのまま皇帝を続けていたら、私はご主人様に負けたくないという嫉妬心や皇帝という重圧に負けて、いずれは人としての道を外していたと思う」
「その押しつぶされそう重圧から私を助けて貰い、こうして命があるのも全てご主人様のお蔭だよ!そのご主人様の命を奪うのなら、私は…焔耶ちゃん、貴女を一生許さない!」
「そ、そんな…」
桃香の言葉を聞いて、焔耶は愕然とする。
「でも、焔耶ちゃん。私が死んだと思って、私の為にこのような事をしたのでしょう、だから…これ以上、抵抗するのは止めて!」
「騙されるな!焔耶!桃香様は我々の事を見捨てて、我が身の安泰を図ったお方だ!最早主君でも何でもない!」
何とかこれ以上の抵抗を止めようと桃香に非難の声を上げる春風(馬謖)。
「春風さん、なぜ貴女がそのような事を言えるのですか!貴女たちの勝手な行動で私たちは戦いに敗れ、結果的に国を失ってしまったのです。そんな貴女に私たちをとやかく言う資格はありません!」
春風の批判に普段、大人しい雛里が反論する。
だが春風は、焔耶と違い桃香たちの信頼を得られていなかったのもあり、元々桃香たちへの仇討の志は薄く、どちらかと言えば一刀を討って自分の名を上げるというのを主眼に置いていた。だから雛里の言葉を聞いても反省の色を見せず反論する。
「雛里様に私の気持ちが分かるものですか!君主と言えば親、家臣は子供も同然。その親に見捨てられた子供が、見捨てた親に対して刃を向けたとしても、天に背くことはありません。焔耶、桃香様の事を無視して、先に北郷一刀を討ち取りましょう!」
「焔耶ちゃん、もう私の事を思ってくれたのは分かったから、これ以上は止めて!」
「焔耶、お姉ちゃんの事も考えるのだ!」
桃香だけで無く、同僚であった鈴々も焔耶を説得する。
そして一瞬の静寂が流れ、焔耶は
カラーン
武器である鈍砕骨を手から離していた。
「……すまん、春風。やはり私は桃香様に逆らうことできない。春風、こうなれば潔く降って裁きを受けようじゃ…ウッ………」
焔耶は降伏をして、今回の件について裁きを受けようと春風を説得しようとしたが、最後までその言葉を言うことが出来なかった。
何故なら焔耶の左脇腹が刺され出血していた。
そして春風の右手には既に血が付いた短刀が握られ
「……もう私たちは越えてはいけない川を越えてしまったのよ。今更、後戻りできる訳ないでしょう」
「そうだな。弱虫はこれ以上必要ないな」
今まで黙っていた鐘会が焔耶に止めを刺そうと剣を振り上げる。
だが…
グサッ
「ぎゃ―――――!」
止めを刺そうとした鐘会の腕に二本の矢が突き刺されていた。
「うっ…だ、誰だ!」
鐘会は痛みを堪え、矢が放たれたと思われる方向を見るとそこには璃々と夏侯淵の姿があった。そしてその間に焔耶は桃香たちに救助された。
璃々は自分たちが放たれた矢が見事に鐘会の腕に突き刺されているのを見て
「流石、秋蘭さん」
「フフフ…今、巷で噂されている『天舞弓姫』にそのように言われるとは光栄だな」
「何…それ」
「知らないのか?璃々の事を天より舞い降りし、そして舞のように可憐に弓を使う姫。民はそう呼んでいるらしいぞ」
璃々がそのような評判を聞いて照れていると秋蘭は
「さておしゃべりは終わりだ。鐘進いや鐘会!貴様は何故、私たちを暗殺しようとしたのだ!」
鐘会の正体を聞いて、桃香や愛紗たちは顔色を変えた。何故なら鐘会は晋の将として名が知られ、その彼女がここ居るのか。そしてどうして一刀の命を狙おうとしたのかと。
鐘会はその間に自分で刺さっている矢を抜いて、苦々しい表情を浮かべながら
「夏侯淵、貴様…記憶が」
「ああ貴様たちのお蔭で、色々と思い出した。さて答えて貰おうか、貴様たちの目的を」
秋蘭の問いに鐘会は冷酷な笑いを浮かべ
「我が主君、司馬仲達の業に北郷一刀が邪魔な存在。ただそれだけよ」
「それは司馬懿の命令なの」
璃々が怒りを堪えながら追及するも鐘会は
「そこまで言う義務はないわ。どうせ聞いても貴女たちはあの世に行くことになるのだから」
「そうね。兵の数はこちらの方の上、貴女たちはここで死ぬのよ。皆、掛かりなさい!」
「待て―――!これ以上勝手な真似は許さないわよ!」
春風が兵たちに一斉攻撃を掛けようとした瞬間、別のところから声がすると兵たちはその声の主を見ると、急に動きを止めた。そして静かに璃々たちの方へ歩いて行くと兵たちは自然と左右に避け道ができた。
そして春風は制止させた者の顔を見た瞬間、驚きを隠せないでいた。
「あ、あ……姉上、何故ここに…」
それはそのはず、ここに来るはずのない雪風(馬良)が現れたからだ。
なぜ雪風がここに表れたのかと言えば、春風との謁見で何か不審に感じたため、側近に動向監視を命じたところ、無断で兵を動かしたりするなどの行為が見られたため、報告したところ、雪風は敢えて抜き打ちで視察に来たところ、城外に留まっていた愛香(関平)と遭遇、名を名乗りそして愛香から事情を聞いたところ、
「事情は分かったわ。取り敢えず向こうの言い分が事実の可能性があるから、まずは城に入れる兵500までする」
という条件に愛香はまず城に入ることを先決であったのでこれを承諾。そして雪風は愛香に頼み篝火を目一杯、自分の周りに照らし城兵に向って
「城兵に告ぐ!私は太守の馬季常だ!今すぐ開門しろ!」
流石の城兵も太守自ら、このような場所に来るとは思っておらず、辛うじて雪風の顔を知る小隊長がいたのが幸いし直ぐに開門され、こうして駆け付けた訳である。そして愛香も愛紗のところに駆け寄っていた。
「姉上どうして邪魔を!」
春風の声を無視して、雪風は璃々の方に歩いて行く。そして雪風は璃々の前に行くと静かに片膝をついて、右の拳を左手で包みながら、頭を下げる。
「北郷璃々様ですね。私は武陵郡の太守馬季常と言います。この度は我が愚妹の行為、大変申し訳ありません」
突然、雪風は頭を下がるのを見て、璃々は怒りと驚きを隠しつつ
「……今回の一件、一体どういう事でしょうか?」
「はい…身内の恥を曝しますが、愚妹が北郷様の傘下に加わることを良しせず、そして自分の栄達の為、北郷様を討ち取ろうとしたのです」
「な…何をおっしゃいます。私は姉上の為と思い…」
「黙れ!お前はまだこの後に及んで詭弁を吐くつもりか!」
「これを見ろ!」
雪風は春風の前に手紙を放り投げる。そして春風はそれを見ると、驚きの表情を示した。
それは、春風と鐘会が密約した際に姉に代わり、自分を厚遇することを約束した手紙であった。
「お前の部屋を手入れして見つけたものだ。そこにいる鐘会と手を結び、晋での高い地位を約束した手紙をな…」
雪風は呆然としている春風に一瞥をくれ、冷酷にこう言い放った。
「お前の罪を上げる。一つ、降伏を偽り、北郷一刀様を騙し討ちにしようとしたこと」
「一つ、私利私欲の為、私に無断で兵を動かしたこと」
「一つ、己の同士でもあるそこに倒れている焔耶を殺そうしたこと」
「一つ、この後に及び、詭弁を弄し罪を免れようとしたこと」
「よって貴様を処刑にするところだが、私は既に北郷様の臣、よって貴様を一族から放逐の上、処分を北郷様に委ねる」
というのは既に自分自身は謁見こそ済ませていないが既に一刀の家臣。ここで雪風自身が春風を処刑にしてしまうと雪風が証拠隠滅で春風を処分したのではないかと勘繰られる恐れがあったため、まずは一族として処分を済ませた後、正式な処分を一刀たちに委ねたのであった。
処分を一刀に委ねたと言うことは、幾ら情に厚い一刀と言えども、この状況では極刑は免れないであろう判断した璃々は周りに聞こえないよう小声で敢えて尋ねた。
「私たちに任せていいのですか」
「はい…幾ら愚妹といえども自分の手を掛けるのは…」
雪風は一瞬悲しげな表情を浮かべたが、直ぐに表情を厳しい物に変え
「幼常、もはやこれまで大人しく縛に付きなさい!」
敢えて真名を言わずに字で呼び、最後の願いとして大人しく捕縛されることを願ったが春風は
「最早これまで…かくなる上は姉上諸共、始末するのみ!貴様ら掛かれ!」
自暴自棄になった春風は兵たちに命じるが兵は誰も動こうとはしない。もはや春風は馬家の者では無いため兵たちは動こうとはしなかったのであった。
「馬謖様、もはやこれまでです。これ以上の抵抗は…」
兵から諭されると
「そんな…」
春風はその場で放心状態になった。
「形勢逆転だな、鐘会」
秋蘭がそう言うと、
「そうみたいね」
「貴女も縛に付いて貰うわ」
璃々が言うも鐘会は観念した様子を見せず
「そう簡単に行くかしら」
「それはどういう意味だ、貴様!」
愛紗が大声で叫ぶと鐘会は
「それはね…こういうことよ!」
鐘会は自分の配下の兵、約100名を前線に出して璃々たちに襲い掛かる。
そしてその隙に鐘会は逃亡を図ろうとするが、逃げようと鐘会に我に返った春風は
「頼む。私も一緒に連れて行ってくれ」
懇願するも鐘会は
「役立たずが、貴様には用がない」
そう言いながら、一刀両断に春風を切り伏せた。
「そ…そんな馬鹿な話が…」
と言って春風はその場に倒れ、それを見た璃々たちは怒りに露わしたが、鐘会が捨て駒として残された兵を相手にしていたため、追うに追えない状態で、やがて鐘会は闇の中に消え、全ての兵を討ち果たした時には鐘会の部隊はこの場から全て逃げて行った跡であった。
そして雪風は倒れている春風の元に行き、もう虫の息状態である春風を抱きかかえる。
「あ……姉上、も…申し訳ありません」
息絶え絶えになりながら、最期の謝罪をする春風。
「これくらいの怪我、直ぐに良くなります」
「ハァ、ハァ。やはり…私は身の程知らずでした…。いつも姉上の影に隠れ、いつか姉上に追い付こうとしたのですが、この有様です…。自分の実力を知るべきでした…ゴホッ、ゴホッ!!ウッ、ゲボッ!!!」
春風は激しく吐血して、その返り血を雪風は浴びるが、それを気にすることなく為政者としてでは無く、姉として言葉を掛ける。
「もういいのよ…」
「姉上、最期のお願いを聞いて下さい…」
「…………」
春風の言葉を聞き終えた雪風は
「貴女はそれでいいのね」
「はい…私が最後にできる唯一の償いですから…ごめんなさい」
春風は最期のそう言い残して息を引き取った。
この結果、首謀者である馬謖が死亡、鐘会は逃亡、そして魏延が重傷で、そして一刀はあれから意識が戻らず意識不明の重体という状態であった。
そしてこの報せを聞いて、留守の者が皆が動揺したの勿論であったが、これがある騒ぎが起こるとはこの時誰も想像していなかった。
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