第112話
一刀が荊州へ鎮撫に向かう知らせは武陵に届いていた。
~荊州・武陵~
「では姉上予定通り、明日ここを出発します」
姉である馬良に報告しているのは、妹の馬謖で、馬謖は焔耶と共に蜀への臣従するために予め先に出迎え、そして武陵へ道案内するということで武陵を明日発つ予定であった。
「準備の方は万端なの?」
「はい。粗相が無い様に先に私の配下の者を行かせ下準備しています」
「そう…。やはり私も一緒に出迎えた方がいいのでは?」
馬良はやはり妹が心配なのか一緒に出迎える様に話すが
「いいえ、姉上はここで出迎えの準備をして下さい。それに…私の事がそんなに信用できませんか?」
馬謖は姉の同行を拒むが、馬良は
「信用できないという事ではないわ。ただ、貴女たちが蜀に臣従するのに付き添いで私も居た方がいいと思ったのよ」
「姉上の心配も分かりますが、私や焔耶はもう子供ではありません。それに北郷殿に先に謝罪をして私たちの誠意を伝えたいのです」
馬謖の真剣な表情を見て、
「はぁ…分かったわ。それじゃ春風(馬謖)、北郷様をちゃんと出迎えるようにしなさい」
馬良もこれを認め、馬謖は一礼して退出したが、馬良の心中は何か引っかかる物を感じていた。
今まで蜀への臣従を拒んでいた二人が、急に一刀たちを出迎えするなど臣従へ積極的になっていることに何か違和感を拭えなかった。そして
「誰かある!」
「はっ!お呼びでしょうか」
一人の家臣が馬良のところにやって来るとこう告げる。
「妹の事がちょっと気になるの。気付かれない様、しばらく妹の動向を監視しなさい」
命を受けると家臣が無言で一礼して下がるとその場に残った馬良は
「これから何事も無ければ良いが…」
と呟いていた。
一方、自分の部屋に戻った春風は焔耶、そして晋から暇を貰った鐘会と話し合いが行われていた。
前回、馬謖と密会したのは鐘会であり、そして今後動きやすくするために自ら下野し、信頼できる手勢を誰にも気取られない様に徐々に集め、馬謖たちと合流したのであった。
「これで我々の兵2千と貴様の軍勢千を加え3千となったが、しかし北郷が引き連れてくる兵は1万と聞く。これでどうやって北郷を暗殺できるのだ」
最初に口火を切ったのは焔耶であった。初め春風(馬謖)から一刀の暗殺する話を聞いた時は賛成したが、しかし自分たちと何の縁も無い鐘会が加わる話を聞いてから焔耶は、自分たちは晋に利用されるのではないか危惧していた。
それを春風に話をすると
「その可能性は十分にある。でもここまで来たら『虎穴に入らずんば虎子を得ず』だわ。それに鐘会の提案のおかげで北郷を荊州に引きずり出すことが出来たわ。あとは私たちが結果を出すだけよ」
と春風は鐘会の事に一定の理解を示しているが、焔耶は鐘会の事をまで信用していなかったので、それが言葉になって表れていた。
そんな焔耶の事を察してから、鐘会は敢えてそれには口に出さず
「魏延殿、暗殺するには大軍の必要ないわ。暗殺するには敵の隙を見つけ、隙を見つけたら殺す。ただそれだけです」
「しかしその隙を見つけ出すと言っても、兵が大勢いたらその可能性が低いだろうが!」
鐘会は冷静に答えるが、焔耶はその回答に納得できないのか大声を上げる。
「ですから、その事については馬謖殿と共に策を練り、ある程度の兵士たちの排除はこちらで上手くやります」
しかし鐘会は焔耶の文句を意に帰さずに冷静に答える。
「それより焔耶、貴女の方こそ問題ないの?今回の作戦成功させるには貴女の腕に掛かっているのよ」
春風がそう言ったのに訳があった。今回の一刀の暗殺計画の成否は焔耶に掛かっていたからである。
「ああそれは問題ない。他の兵士たちもあれに漸く慣れてきたぞ」
「それなら良いわ。まずは貴女のお手並み拝見させていただくわよ。鐘会殿」
「ああ、期待を裏切らない様にするさ」
鐘会はそう言いながら部屋から出て行った。
「大丈夫か…あいつ」
焔耶は不安な声を出すが、春風は既に腹を括っていた。
「もうここまで来たら後戻りはできない。例え姉上が止めようとも、私は自分の道へ進むだけよ」
一方、荊州に向っている一刀たちの部隊は約1万の兵を引き連れていた。
「ねえ、ご主人様。もう少し兵を多く連れて来た方が良かったんじゃないの?」
璃々が疑問の声を上げるが、
「璃々、これ以上兵を連れてきた場合、民たちは戦が始まると怯えてしまうだろうし、それに隣の呉を刺激する恐れがあるから、これ位で丁度いいくらいよ」
「なるほど、分かったよ♪」
今回、同行している夕霧(法正)が璃々の質問に答える。すると先陣を任せていた蒲公英が現れ
「たった今、沿道やこの付近の村を調べに向かった斥候部隊が戻ってきたんだけど…、そしたらここから十里から二十里以内で三つの賊がいるらしいの」
蒲公英の言葉に周囲からどよめきが走る。というか腕が鳴ると言った方が早いか。
「ただ行軍するだけじゃつまらんから、いい暇潰しになるじゃろう」
桔梗が既に豪天砲を片手に持ちながら言えば、
「そうだ!桔梗の言う通り、そんな賊など突撃、粉砕、勝利なのだー!」
鈴々が意気軒昂に叫ぶ。
「こら!鈴々、誰もお前を出すとは言っておらん。お前の任務はご主人様を護ることが第一だろうが!」
「うっ…怒られたのだ」
愛紗が一喝すると鈴々が大人しくなるが
「それで蒲公英、賊の規模はどれくらいか分かるか?」
「え~と、5百位の賊が1つと2、3百位の賊が2つあると聞いているよ」
「でも一様、これが事実なら捨てて行くわけにはまいりません。ここは我々が賊の討伐に行きますので、一様は親衛隊と璃々殿は部隊を引き連れ、先に武陵へお進み下さい。賊も本隊に手を出すほど愚かではないでしょう」
蒲公英の報告を聞いて、夕霧は一刀自身が手を出す必要も無く道中の安全も考え、先に行くように進言する。
一刀は民の事を考え、自分も討伐に当るべきかと考えるが、その意図を察した桔梗が
「お館、ここは我等にお任せ下され。ここでお館が出れば、『正に鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん』(意味:小さなことを処理するために、大人物を用いたり大げさな手段を取る必要はないという意味)ですぞ」
歴戦の勇者でもある桔梗が言われると一刀も反論の言葉も無く、そして周りの者も同意見であった。
一刀も皆から言われると自ら出陣はせず、桔梗、蒲公英、夕霧の三部隊が賊の鎮圧に当る事とし、一刀と璃々の部隊が先に武陵に向け出発することとなった。
一刀の軍が分派したことを斥候から聞いた鐘会は、
「まず第一段階は成功したようね…」
そう言いながら微笑を浮かべていた。
そして長安でいる紫苑は
「あら…」
「どうしたのですか?紫苑さん」
「ええ、急に筆の柄がひび割れして…」
紫苑が書類に署名したところ、急に筆の柄がひび割れしてしまったのだ。それを見て朱里は
「もしかしてご主人様たちに何かあったのでは…」
不安な表情をしていたが、
「この筆も長い事を使ってきたから割れたのよ。朱里ちゃん、申し訳ないけど代わりの筆を貰って来てくれるかしら」
紫苑は態と気にしない表情をしながら、朱里は少し気を取り直し
「そうですか。では代わりの筆、貰ってきますね」
部屋から出て行ったが、部屋に残された紫苑は一人になってから不安な表情を出して
「ご主人様から貰った筆にひび割れが…、ご主人様や璃々の身に何も無ければいいけど…」
そう言いながら無意識に自分の右手を胸の所を握りしめていたのであった。
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