第110話
~呉・建業~
一方その頃、呉でも新たな動きが出ていた。
「お、お姉様、何の冗談を言っているのですか!」
雪蓮の部屋に蓮華の大声が響き渡る。
「私、冗談言っているつもりないわよ。蓮華」
蓮華の動揺した声にも雪蓮はあっさりと返事をする。
「ではどういうおつもりですか!いきなり私に王の座を譲るというのは!」
雪蓮は蓮華を部屋に呼び出すと突然王の座を蓮華に譲ると言い出したのであった。
「行き成りじゃないわよ。ここしばらくずっと考えてきたことだわ……」
「なぜですか…お姉様。今まで通りお姉様が国を治めれば何の問題があるのですか?」
先程のあっさりした返事と違い真剣な表情をしながら答える雪蓮に蓮華も気を取り直して雪蓮に尋ねるが
「それは貴女の為です。蓮華様」
雪蓮の横にいた冥琳が代わって答える。
「私の為…どういうことなの冥琳。説明して貰えるかしら」
「はい。雪蓮は以前から蓮華様に譲位を考えていたのは事実です。それは雪蓮が病気とか理由では無く、これからの呉を治める為には蓮華様の方が良いからです。その理由は雪蓮の性格もあるのですが、国の力を着けさせる事は蓮華様より雪蓮の方が上ですが、しかしそれを永く維持させる力に関しては雪蓮より蓮華様の方が上です」
「でもまだ天下が定まった訳ではないでしょう。ならまだお姉様が王のままでも…」
「蓮華、その情勢というのが曲者なのよ」
「どういう意味ですか?」
「このまま私が王のままでいて、天下が定まった後に蓮華に位を譲るとするわ。その時、蓮華が自分の実績を上げるとしたら政でしかない。でも周りの者は蓮華に従ってくれるけど…それ以外の者が簡単に従うと思う?」
「……」
「それは…蓮華に素直に従ってくれるかもしれないし、若しかしたら何も知らない若造と言って侮るかもしれない。ただ今、蓮華が王になり政や戦で結果を残せば、周りも安心して貴女を王として認めてくれると思うわ。これが譲位する理由の一つ」
「理由の一つって…他に理由があるのですか」
「それは王として、そして蜀に対するけじめよ」
「あの戦いの責任は私にあります!お姉様が責任を取る必要はありません!」
蓮華が蜀との戦い捕えられた際、蓮華は無事に返還され、そして条件として領土割譲されたが、これも蜀と同盟を結んだお蔭で僅かな割譲で済んだ経緯があった。だが雪蓮としては誰かが何らかの責任を負う必要があると感じていた。
「戦いに敗れた責任は誰かが何らかの形で取らないといけないわ。だから私が退位して責任を取る形にする。そして蓮華…貴女が王に就く事、これが貴女に対する罰よ」
「…なぜ王に就く事が罰なのですか?」
「王になれば、国を背負う覚悟が必要よ。そして時には、様々な場面で清濁併せ呑む事や国の為に自分の意志や感情を殺す事もある。だから今までの様に簡単に自分の感情で物事を考える訳にはいかないわ」
「蓮華、貴女その覚悟あるの、一度だけ断る機会を上げるわよ」
「いいえ、その必要はありません。譲位の話受けます」
静かな声で覚悟を決めた表情で蓮華は言った。
逆にすんなりと受諾したので雪蓮が少し驚きの表情をしながら
「意外だったわ。素直に受けると思わなかったわ」
「私も蜀に捕えられた時、色々と考えさせられました。でも自分自身が本当に変わる為に模索していた時にこの話を受けるべきだと思ったからです。ただ…」
「ただ…どうしたの?」
「いいえ、何でもありません」
雪蓮は表情を崩し、さっきと違い温和な顔をしながら
「蓮華、さっきはああ言ったけど、王は何もかも一人でやる必要はないわよ。周りができる事はそっちに振ってしまえばいいのよ。ただいつでも責任を取れることを覚悟しておけば、何とかなるものよ」
普段から仕事をサボりがちな雪蓮が言うと自分が仕事を楽をしたいから、そう言っているのではないかと蓮華は考えてしまったが、ただこの時純粋に助言してくれているのだろうと蓮華は考えていた。
蓮華は王の話を受諾後、何か思い出して言葉を切ったが勘の良い雪蓮がこれを見逃すはずも無く
「ふふ~ん。蓮華、あんた一刀の事を考えていたでしょう」
「そ、そんな私は…」
蓮華は顔を赤くして黙ったが雪蓮は微笑を浮かべながら話を続ける。
「そうね…。本当なら、私たちは夫とか自由に決めることができないわ」
そう言われる蓮華はがっくりとした表情を見せる。
「でも、私は以前、一刀の前で孫呉に天の御遣いの血を入れる事を宣言したよね」
「ええ、確かにしましたが…」
「あれ本気よ。それに蓮華、貴女も一刀の事は満更ではないでしょう」
「そ、それは…」
動揺している蓮華に構わず、雪蓮は話を続ける。
「取り敢えず話を進めるわ。それで一刀には何としても『血』を入れてもらうわ」
雪蓮は力説するもそれを聞いて蓮華は怪訝そうな表情をする。
「そ、そんな話が上手く行きますか、それに第一一刀には紫苑殿が居られるではありませんか」
「甘いわね、蓮華。紫苑はああ見えても強かよ。一刀たちが最初に勢力を築いた切欠聞いたことあるでしょう?」
「ええ、確か…一刀とあの錦馬超と勝負して、一刀が勝って馬超が嫁ぎ、それから馬家が後ろ立てに付いて一気に勢力を拡大したという話は」
「そうよ。あれは当初、一刀が馬家に婿という形で抱え込もうとしたけど、紫苑が勝負を提案して結果的に逆の形になったらしいわ」
情報収集に余念がない呉は一刀の事を調べあげていたが、流石に勝負の切欠となった一刀と璃々が結ばれた事までは分からなかったが。
「それに自分ところの将の半分くらいが一刀の嫁になっている話よ。だから紫苑に私たちが一刀を愛する上で誠心誠意、この話を持って行けば断らないと思うわ」
雪蓮にそう言われると蓮華も頷くしかなく
「でもどうやって話を進めれば…」
「それはね…」
そう言いながら雪蓮や蓮華は冥琳も話を加えて、今後呉に如何にして『一刀の血を入れる事』について色々と話を詰めたのであった。
~荊州・武陵~
春風(馬謖)は密談の翌日、姉の馬良に面会を求めた。馬良は妹が昨日の返事を持って来たと思い、早速面会に応じた。
「それで、もう考えは纏まったの?」
「はい。今まで姉上に迷惑を掛けて申し訳ありませんでした。今回は姉上を頼り、我等蜀に降ることにいたしました」
馬良は春風の返事を聞いて、昨日まで蜀に降ることに対し難色を示し、そして自尊心が高い妹が急に考えを改めた事に腑に落ちなかった。
「春風…貴女、昨日まで蜀に降ることに嫌がっていたわね。どうして急に考えが変わったのかしら?そして焔耶は蜀に降ることは納得しているの?」
馬良の疑問は尤もな事であった。そして魏延が素直に蜀に降ることがどうしても信じられなかったからだ。
「私は蜀に降ることが良しとしなかったのは、一緒にいた焔耶が蜀に降ることを承諾しなかったので盟友として行動を共にしただけのこと。焔耶が蜀に降るのであれば、私には蜀に刃向う理由はありません」
「そうなの…それでその焔耶は蜀に本当に降るの」
「ええ、本人も納得しています。もし良ければここに呼んできますが」
「そうね。確認したいことがあるから、焔耶をここに呼んで貰えるかしら」
春風は一度退出した後、焔耶を連れ部屋に戻ってきた。
「焔耶、貴女…蜀に降ると春風から聞いたけど、本当に蜀に降る意志があるの?」
「はい…ずっと劉備様の仇を討つ事を考えていましたが、これ以上雪風(馬良の真名)様や師匠でもある厳顔様に迷惑を掛ける訳にもいかないと思い蜀に降ろうと決めました。ただまだ心の整理は完全に付いていませんが…」
馬良は焔耶の表情を見て、焔耶が復讐を捨てたかどうか読み取ろうとしたが、焔耶の表情は複雑な表情を浮かべていたため、残念ながら読み取ることが出来なかった。ただ言葉の中で出てきた『心の整理がまだ付いていない』というのが本音の言葉だと考えていた。
一方焔耶の方は内心冷汗を掻いていた。最初、春風から計画を聞いた時驚いたが、だが
「桃香様の仇を取る事ができるのであれば、どのような事でも我慢する」
と自分自身に納得し、そして今回の話の流れから馬良と面談することになると春風から聞いていたので、春風は焔耶に自分の本音を入れて馬良を納得させると予め打ち合わせていた。
元々焔耶は腹芸ができないので、完全に蜀に降って従うと言っても尋問で襤褸が出る恐れが高い。そこで敢えて言葉の中で『心の整理がまだ付いていない』という真実の部分を入れそして困惑な表情を出せば、真実味が増して馬良をある程度納得させられると春風が指示したのであった。
その指示の甲斐もあり、馬良の疑問を完全に解消するまでには至らなかったが、大分警戒が解けた感じにはなっていた。
そして春風が馬良にあることを嘆願する。
「そこで姉上、お願いがあるのですが…」
「お願い?」
「はい。本来なら私たちは蜀に降るのであれば、姉上と共に長安に行くのが筋。しかし、現在武陵の情勢は呉との関係もありまだ政情が不安定で、ここを留守とする訳にもいきません。そこで失礼ではありますが、ここを始め、新たに荊州の領土となった処に鎮撫の為に北郷様にこちらに来て戴けるようお願いすると共にその際北郷様に忠誠の誓いをしたいのです。姉上、この願い聞いて戴けますしょうか」
春風の願いに馬良は一理あると考え込む。
「それに我々はまだ正式に北郷様の家来となった訳ではありません。そこで姉上が正式に蜀に降るとなれば、民も動揺する恐れがあり混乱する可能性があります。それに我々の心情を酌んでいただけたら…」
春風は最後、言葉を濁したが、馬良は春風が言葉を濁した点について、
(「恐らくこの二人は先に蜀に降った将に顔を会い辛いのだろう。だから北郷様にこちらに来て欲しいと言い出したのだろうな。だが春風の言うことも一理ある……」)
馬良は妹の小細工とも言える説明に渋い顔をしながらもしばらく考えると
「来て貰えるかどうか分からぬが取り敢えず一度、長安に使者を出してみよう。ただ向こうが断った場合、最悪二人で長安に行って貰うがその覚悟はあるだろうな」
馬良は敢えて二人に念押しすると、二人は黙って頷いた。
~長安~
「荊州から使者が来たって?」
「ええ、それで使者の話では新たに荊州の安定化の為にご主人様にぜひ荊州に来て欲しいこととその際に魏延さんと馬謖さんの降伏を認めて貰いたいとの事です」
「はぁ?何だそれは?降伏を認めて欲しいのであれば、普通自分から長安に来るのが常識だろうが」
「焔耶の奴は、まだ変なところで意地を張っているのか…」
朱里の説明を聞くと翠、桔梗らは呆れた顔をしていた。
「態々、ご主人様が荊州に行かなくてもあの脳筋女たちをこっちに来させたらいいじゃないの」
「蒲公英の言う事も分からないでもないが、まだ荊州を完全に固めた訳じゃないんだ。それに使者も言っていただろう、荊州を安定させるために来て欲しいと、だから向こうの言い分も分からぬでもないけどな」
真里(徐庶)が言うとそれぞれ思案に入ったのか、無言になった。
「ねえ、雛里ちゃん」
「はい、何でしょうか?紫苑さん」
すると紫苑が雛里に疑問があったのか一つ質問する。
「確か今回、馬良さんから使者が送られてきたはずだけど…、確か馬良さんはかなり優秀なはず、どうして桃香さんや雛里ちゃんは馬良さんを用いなかったのかしら?もし用いていたら、私たちの戦いにおいても大きく展開が変わったはずよ」
「えっと…実は私たちも馬良さんには来て欲しかったのですが…残念ながら断られてしまって…」
雛里が小さい声で説明すると、更に桃香が補足する。
「私たちも軍師不足だったから、馬良さんに来て欲しいとお願いしたんだけど、馬良さんは荊州から離れるわけには行かないと言って出仕を断って来たの。でも代わりにしっかりと荊州は治めますと言ってくれて約束通りしっかり荊州を治めてくれたから、私たちは安心して蜀との戦い挑むことができたんだ。それで馬良さんの代わりに来たのが、馬謖ちゃんだったの。ただ馬謖ちゃんは自ら来たという感じだったけどね」
桃香の説明を聞いて、旧漢の将たちは黙って頷いていたが、かなり優秀な人であったんだろうと一刀は考えていた。
「それでご主人様は荊州に行くの?」
璃々の問い掛けに一刀は
「そうだね…。今のところ断る理由も無いし、俺が荊州に行って治安が良くなるということなら行くつもりだけど」
「そうですね。私もご主人様が荊州に行く事には賛成ですが、ただ問題は誰を連れて行くかですが…」
紫苑がそう答えると何人かは連れて行って欲しいと目や顔で訴える。
だが、真里から
「それだったら、今回一刀さんの親衛隊とか編成したから訓練を兼ねて行ったらどうかな」
「だったら私の部隊も新たにできたので、できれば一緒に…」
愛紗がさり気無く主張すると
「私も一緒に行く!この間は別々だったからいいでしょう!」
璃々も同行を主張する。
そうなると皆が騒ぎ出すのが目に見えたので、紫苑が
「璃々、我が儘言わないの。もし行くことのであれば親衛隊を中心にして行くことを検討して、同行する将を決めることにします」
紫苑が説明すると璃々は不満そうな表情であったが、ここは我慢して紫苑の言葉に従うしかなかった。
「今は晋も内政で一杯一杯だから兵を動かす余裕がないだろうし、その間にこちらも内政を充実させる必要がある。ここは荊州に遠征することにする」
一刀の決断により、こうして荊州に遠征することが決まった。
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