第106話
第10章のサブタイトルを「波乱」と変更しましたのでご了承下さい。
晋軍本隊と対峙していた華琳の元に陳留陥落と秋蘭の部隊が全滅した上、秋蘭が行方知れずの知らせを聞いた華琳は、風に追撃してくる晋軍への抑えを命じ、そして流琉と斗詩を
事情説明のため、本隊への合流を命じた。そして流琉から一連の流れを聞き、華琳は鐘会の裏切りを聞いて
「私の見る目も節穴としか言いようがないわ……」
自嘲な言葉が出ていたが、流石に秋蘭の話となると厳しい表情となり
「この報せに間違いの余地はないの?」
華琳は無駄とは分かっていたが、流琉に敢えて聞いた。流琉は悲しそうな表情をしながら
「残念ながら…部隊は全滅したことは間違いないとのです」
「それで流琉は、秋蘭が戦死するところは見たのかしら?」
「……いいえ。秋蘭様は先に私たちを逃がしたため敵中に残り、僅かにこちらに戻って来た人も誰も秋蘭様の最期を見ていないようなのです」
「……そう、それなら十分だわ。秋蘭は死んでなどいない。私はそう信じているわ。春蘭、流琉、貴女たちも秋蘭が生きていることを信じなさい」
「はい…」
「はっ!分かっています。あの秋蘭が華琳様や私を残して死ぬ訳がありません。秋蘭が戻ってくるまでは私が秋蘭の分まで華琳様に尽くします!」
流琉は複雑な表情を浮かべ、春蘭は悲しみを堪えながらも、いつも通り華琳に忠誠を尽くす言葉を告げる。
「嬉しい言葉だわ、春蘭。でも…貴女の命はこの曹孟徳の物、無駄な所で命を散らす真似は承知しないわよ」
「はい!」
春蘭は華琳からそう告げられるといつもより力強い返事で頷いた。
「華琳様、では今後どうなされるつもりですか。このまま風の言う通りに青州に兵を引きますか?」
稟は、先に風が手紙で進言していた青州への撤退を促そうしたが、華琳は
「いいえ。このまま何もせず兵を引くことはできない。今から兵を整え、晋軍に決戦を挑むわ」
「華琳様、それは…」
「稟、貴女の言いたい事は分かるわ。ここは素直に引き、今後に備えることの方がいいということは」
「でもここで兵を引いて、青州に籠ってしまえば再びこの中原に立つ事ができるのは何時になるか分からない」
稟は華琳からそう言われると黙ってしまう。稟も華琳の気持ちが分かっていたから。
「ですが、せめて誰かを青州に派遣して今後の備えをしていただかないと、このままでは我々の帰る本拠地が無く、決戦に挑む事はかなり危険です」
稟が助言すると華琳もその意見には同意して
「分かったわ。桂花、貴女は今から青州に行き、我々の拠点作りを構築。そして数え役満姉妹を使って、残留している青州黄巾党を中心に兵の徴兵を勧めておきなさい」
「そして稟、数え役満姉妹と美羽たちを青州に移送する指示と、それに稟、風には北上してくる晋軍を少しでもいいから足止めするように伝えなさい。そして流琉や斗詩、貴女も疲れているけどこっちに回して決戦に加わって貰うわよ」
到着したばかりの流琉や斗詩は先の戦いの悔しさもあり、直ぐに承諾をした。
華琳は乾坤一擲の大勝負に出た。対峙している晋軍に勝てばまだ中原に覇を唱えることはできる。しかし突破できなければ最悪滅亡にも繋がりかねない大勝負に華琳は
「ここで負けるわけにはいかない。私の全てを賭けて何としても司馬懿、貴女を倒してみせるわ…」
と決意を新たにしていた。
一方、晋軍でも陳留奪取の報告を受けていたが、しかし秋蘭との戦いで鐘会こと葵が負傷するなど損害が大きいため、部隊を再編、北上するに予定より手間取っていたため、決戦時に挟撃する計画に狂いが出てしまっていた。
そして魏軍の慌ただしい動きを見て陽炎は
「明日、魏軍は死に物狂いにやって来るわよ。ここでの戦いは小細工なしの真っ向勝負になる。私たちはここを突破されなければ、私たちの勝ち。もし突破されてしまうとせっかく陳留を奪取したのも無駄になってしまうわ。だから明日の戦いは、負けられないわよ」
陽炎の言葉に将は黙って頷いていた。
翌朝、晋軍10万と魏軍15万の戦いの火蓋が切られた。
魏軍は晋軍の出鼻を挫くため、魏武の大剣である春蘭と元袁家の二枚看板である猪々子を先鋒に持ってきていた。
「貴様らごとき、ものの数ではないわ!我が剣の錆にしてくれる!!」
「気張っていくぜー!でえええええいっ!!」
春蘭は七星餓狼を猪々子は斬山刀をそれぞれ振り翳し、晋軍を崩して行く。
その様子を見ていた若竹こと張郃が
「チィ!いい気になりやがって!」
春蘭と猪々子の働きを見て、前線に赴こうとするが、
「待ちなさい、若竹。貴女陽炎様の言い付けを忘れたの。敵が自分の陣に来るまでは私たち将はそれぞれの陣に待機ということを」
これを徐晃こと松羽がこれを押し止める。
そして魏軍は魚鱗での攻撃に対して、晋軍は縦深陣で待ち構えていた。晋軍は明らかに時間稼ぎの陣構えで対抗していた。
魏軍は勢いに乗って五段に構えていた晋軍の先鋒・二陣を早くも打ち破っていた。
しかし晋軍もそう簡単に崩れはせず、魏軍の攻撃を受け戦線が膠着しそうになると華琳は
戦線打開の為に早くも第二陣の明華こと曹仁と陽華こと曹洪の二部隊を繰り出す。
「私の誘いを断った恨み、今こそ晴らしてみせるわ!」
特に陽華は以前、陽炎に交際を申し出たが全く相手にされずに断られ、そして華琳に泣き付き華琳が出仕するように求められると麗羽のところに逃げられた経緯があったため、この戦いで恨みを晴らすべく前に出ようとするが、
「アンタ何考えているの!相手はそんな甘い相手じゃないのよ!」
明華が陽華を一喝すると、陽華は流石に部隊を乱したら拙いと思い明華と歩調を合わせる。
しかし晋軍は第二陣で攻め入る曹洪の旗を見て逆に士気が上がっていた。というのは以前曹洪が司馬懿に言い寄って来たことに将たちは激怒していたからである。
「あの身の程知らずに罰を下してやるわ!」
そして逸る若竹が曹洪の部隊に攻め入る。だがこれが戦意過剰の状態となり裏目に出る形となり、部隊に隙間ができる。
するとこれを見逃す華琳ではなく、
「やああーーっ!」
「今です。では、突撃~♪」
急遽参戦した第三陣の斗詩とそして七乃の軍勢が横槍を入れるが
「そうはさせるか!」
晋軍も松羽が出て来てこれを防ぎ乱戦状態となり、膠着状態となる。
そしてお互い本陣にそれぞれの手勢を残していた。
「敵はまだ2万の兵を動かさず、我々の動くのを待っています」
「そのようね」
「風もいつまで持つか分かりません。このまま待てば、不利になるのは我々です」
「分かっているわ、それくらい。だから私が出て晋軍の本陣に攻め入ることにするわ」
「それは危険です。晋軍の本陣は恐らく精鋭揃い。幾ら我々の兵が精鋭でも苦戦は免れません。行くのでしたら私が…」
「もう決めたことよ、稟。自分の道は自分で切り開いてみせるわ。季衣、流琉付いて来なさい」
稟は華琳に代わって自分が指揮することを主張するが、華琳は自ら兵を率いることを宣言して本陣に残っていた4万の兵を繰り出すと晋軍は押され始めた。
「陽炎、このままじゃ…」
「まだよ。まだ耐えなさい」
魏軍の激しい攻撃に味方が蹴散られて行くのを見て。蒋済こと白雪が不安の声を上げるが、陽炎は不安を押し殺して耐える。まだ味方は後退しながらも陣形は崩していない。そして曹孟徳の旗が視野に入ったのを自分の目で確認した。
「時が来たわ!白雪!合図を出しなさい!」
すると戦場から離れたところでひたすら耐え忍んできた郭淮こと梅香が僅か3千であるが、突撃を敢行。これにより華琳の軍勢は一時的であるが分断され、部隊が混乱してしまった。
そして敵の本陣も息を吹き返し反撃に出ると、華琳は臍を噛む。
「申し上げます、曹操様!」
すると本陣に残っていた稟からの使者がやって来て、周りに聞こえない様に華琳にその内容を伝える。
「くっ……!もはやこれまでなのかしら……」
それを聞き終えた華琳は人目も憚らず弱気な言葉を出してしまった。伝令からの内容は北上する晋軍を阻止していた風が何とか一度は退けたものの完全に兵力の差を埋めきる事はできず、このままであれば次の攻撃を耐える事は難しいとのことを伝えてきたのであった。
このままであれば晋軍に挟撃されてしまい、本拠地である陳留を失っている今、これ以上の戦いは事実上無理であった。だが華琳は
「いいえ!このようなことで我が命運は尽きぬ!必ず復活して、再びこの舞台に戻ってみせるわ!!」
弱気になっている自分を鼓舞するかのように奮い立たせ、華琳は敵にこの事を悟られない様に兵を纏めて戦を切り上げ、そして翌朝には疾風のような撤退を見せ、無事青州に引き上げたのであった。
見事なまで魏軍の撤退を見て、陽炎は撤退に気付かなった負け惜しみもあり
「流石、曹孟徳ね。政治や戦も一流だけど、逃げ足も一流だわ」
とそう呟いていた。
だが今回の戦いに依って、魏軍は本拠地等を失う大損害を出して、予州・兗州をはじめ冀州並びに徐州も半分以上を失う結果となり、晋との国力に大きな隔たりが出来てしまった。魏は青州と冀州・徐州の一部を何とか保持する形となり、華琳にはこれから再度味方を固め直すという、長くて苦しい戦いが始まったのであった。
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