↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

私の雇い主の娘が婚約破棄されてるのですが

作者: リーシャ
掲載日:2026/09/03

 この世に孤児として生まれてこの方、不自由な時間はそこまでなかった。公爵家の使用人を一から教育するプロジェクトの参加募集に当たり、教育を受けられることになった。


 家で生まれたのは一人娘らしく、女の雇用が多い。できたら小さい女の子をということでまとめて孤児院一つ単位で引き取られた。太っ腹だ。さすがは公爵家。


 勉強の合間に現代で便利なものを再現できたらしたいと忘れないうちにメモを書いておく。ここではなかなか難しいが。支援でもない限り孤児が時間のかかることなどやれはしない。この世界は優しくないから。


 バラジャムとかなら道具も特にいらないだろうけど、バラの入手が課題だ。レモングラスなら庭にあるから、誰かに頼んで一つくれないだろうか。


 落ちていた香りがいい花を拾ってきてクンクン鼻に吸い込み、楽しむ。部屋に持ち帰り同室の子に告げると同じように香りを楽しんでくれた。


「これ、なんで花?レモンティーフラワーって感じ?」


「知らない花」


 首を振る。落ちていたのを拾っただけで全体像がわからないのだ。二人して名前をつけようと笑った。次の日も勉強するために担当教師が話す内容をノートに書き足す。


 異世界とはいえ高度な教育を受けられるのは幸運だ。特に孤児となれば学園など通えるわけがないから余計にありがたい。侍女やメイド、使用人になる試験を経て主人の令嬢と共に育つ。


 この方法なら使用人に忠誠心が芽生えそうだなと他の人たちの瞳を見つめながら、他人事に思った。当主の考えは成功しているらしい。

 全員分の教育費などは公爵からすると端金だと知っているのでパウラは嬉しいし、ありがたいが仕事だと割り切っているから忠誠心は生まれやしないのだ。


 どれだけ教育を受けようと保障されているわけじゃない。貴族の養子になったわけでもないのだから。冷めているが冷めているところを見せているわけでもないので構わないと自分でルールを決めている。


 同室の子たちも一人残らず公爵家に恩を感じて恩を返したいと頑張っている。頑張っても給料が増えるわけでもないのに、よくやるなぁと思う。


 そんなお嬢様が婚約者の男性に冷たくあしらわれていることを知った。使用人たちの間で噂になっている。一体父親の当主は何を後手に回っているのかと怪訝に思う。

 令嬢のために使用人を纏めて教育をするほど愛しているのならば、冷遇されていると知ったら行動に移すのが親なのではないのか。もしかして、愛してるふりでもしているのか。


 かなり失望していった。貴族だからといって丁寧に生かせてもらえないなんて、貴族などなりたいものではないな。貴族になる機会が仮にあってもいらないよなとポイしよう。


 なにかあったらこの家も家主もポイしよう。なんてことを心に留めてどうなってもいいように作ったものを袋に入れて着替えもまとめる。いざという時、サッと逃げられるように。


 同室の子も同世代の子たちもこちらと同じ気持ちではないみたいなので、下手に言わない方が良さそう。こちらがお嬢様とか当主のこの家とか政治的に潰されそうではないか、と言っても皆政治的関係など理解してないからきょとんとして平気よ!などと言い出しかねない。


 呑気な使用人たちに話すこともなく、主人と主人の娘の政治的な動きを目を細めて見届けることにした。ここで動いても使用人が生意気を言うなとクビにされるかも知れないので。


 辞表を早めに書いておかないと。沈む船から出ないといけない。共に沈む気などないのだ。気合いを入れて紙に書くと達筆になりなかなかよいものが出来上がったと満足げに息を吐く。


 そこからはかなりのスピードで物事は進んだ。使用人たちが違和感を感じた頃にはすでに、誰にもどうにもならないところまで来ていた。いや、令嬢の父親だけが娘を逃すくらい、わけなかったと思う。


 どうして冷遇されている子供の親は後手に回るのか疑問が湧く。普通は見て見ぬふりをせず崩壊を阻止するべきだ。将来、子供を作れないほど仲が悪くなるという考えにどうして至らないのか。


 結婚しても別居不可避なのに。不仲なのに結婚させるなんて親世代だけのエゴにしかならない。その頃にはお互い憎み合う可能性もあるのに賭けすぎだ。


 辞表を書き終えると令嬢の部屋に用事があるふりをして近寄る。近くに先輩の使用人が常駐しているから長居はできないんだけど、主人の娘の様子が気になりすぎて無視できない。


 己なら冷遇してくる婚約者より何もしてくれない親に絶望するけどな。他人より身内が憎くなるよね普通は。自分ならあんな婚約者を選ぶなんて酷い許さないと恨むけど。生粋のお嬢様は親を恨まないように教育されていそうだ。


 あなたが生まれたのは親のおかげなので感謝しないといけませんと躾けられたら、恨むなんて感情はあっても表面化しないのかも。一人で細々と予測していても事態は一向によくはならない。由々しき事態が進行している。


 パーティがあるからと使用人たちの何人かがついていくことになったのだが、その一人に己が選ばれて面倒だなと思いながら渋々ついて行く。同僚たちはキラキラした空気に浮き足立っている。


 哀れな令嬢が今日生まれるわけだが、父親どのは本当に目が節穴でいらっしゃるようで。パーティに出て令嬢の後ろに空気や気配を断ちながら歩いていると主の娘の婚約者であるはずの令息が、婚約者ではない女を連れて近寄って来た。

 これが噂になっている元凶か。原因、源、火の元、火事一歩手前。言い方を変えた程度で何も変わるまい。令息、つまりは彼は婚約者がいるのにエスコートせずにマナー違反を堂々と繰り返していることだけはわかる。


 使用人といえど貴族のマナーは学ばされるので、間違いなのは見てみたらよくわかる。だからこそ、見ているだけでそこはかとなく苛立って来た。貴族平民関係なく浮気は見ていてイライラするのだから、これが普通の感覚だろう。


 当主は一体これでどうやって己の家門の後継者を得られると思っているのか、目を見開かせて洗濯バサミで固定したくなる。どう見てもお家断絶か、下手したらお家乗っ取りが発生する未来しか見えないんだけれど。

 パウラは心中でもやつくものを振り払いつつ、婚約者たちの再会を素面で眺めるしかない。使用人が口を出したりなんてすると、平気で無礼打ちにされることがある世界なのだ。


 あの世にさようならを問答無用。特にこちらは平民よりも下の孤児。人権などない。うっかり振り払われたもので死ぬなんてことも珍しくない、超縦社会。

 イニシャル入りのハンカチが制服の中にあることを確認しながら、今にも寝そうな退屈な会話が繰り広げられている。長々と自慢話ばかりで退屈極まりない。


「なにがおっしゃりたいのです?」


 令嬢たるお嬢様の婚約者は鼻息荒く婚約者に指先を向けて、大きく言い放った。


「お前なんかと結婚したら息が詰まる。そんな生活など死んでもごめんだ。婚約破棄させてもらうっ」


 大衆の前で言う必要が果たしてあったのだろうか。真面目な女の子が好ましいのは、労働だけの世界だけではないはずなんだけどな。パウラなら喜んでお嫁さんになってもらっている。良妻賢母で良いのではないか。


 貴族は選べるから贅沢嗜好になりやすいらしい。贅沢に慣れた人間は人間さえいとも簡単に取り替えようとする。そんなことは平民ならばフルボッコ案件だというのに、貴族なら耐えねばならないのはいささか不平等感がある。


 婚約者の言い分だともう片方も同じことを感じている可能性を残していない。女側とて息が詰まると確認すればすれ違ってしまうことなく、穏便にできたかもしれないのに。


 男はなぜか女側が全て納得して飲み込んだかもしれないという、同じ気持ちかもしれないと配慮なく決めつけている。不満なのはお互い様だろうに。

 まだ序章のような空気だが、終わるのはどちらなのだろうか。彼なのか主の方なのか。物語なら生き残るのは令嬢であるが、現実では今なお男性の方が世間では権利が強い世界。


 女性に人権があまりない。そこは現実でも変わらないから夢もないのだ。と、静観していると事態は動く。令嬢が婚約者に向けて質問していくと、質問に答える相手の言葉からは粗が出始めて齟齬も合わなくなり矛盾がポコポコ出始める。


 適当にものを言うからそうなるのだ。


「う、う、うるさい!そのようなところが生意気なんだ!」


 逆ギレし始めた男は手を振り回すように駄々を捏ねた。幼稚な仕草に周りは失笑しているがそれに気づかない男。教育がなってないのは誰の目にも明らかだ。令嬢に問題があるのではなく令息の方に問題があると、周りは知ったことになる。


 男が生意気だと思えば女は捨てられる。そんな簡単な話ではない。貴族の当主が決めたことに逆らうという大問題。当主の決めた次期当主を見誤る、資質を問うた推察眼をも纏めて周りから当主としてどうなのかと疑われる失態になる。


 貴族は何でもかんでも揚げ足を取りたがるからこそ、このようなスキャンダルはあっという間に広がるだろう。勿論、婚約に問題ありと言われるのは男の方だ。

 生活がどんなものだろうと、貴族同士が結んだものを勝手に解消することに問題がある。そちらの方を世間は見るのだから。契約を軽視する家に栄えなし。


 どの家も契約を遵守するからお互い信用はしないし信頼はないが、契約は必ず守る前提で漸く息ができる。会ったばかりのもの同士に寝首をかかれたくない貴族たちがなんとか妥協していったもの。


 それを破るのは重大な禁忌違反。暗黙の了解というのは何も許されることではない。許されないことだって禁忌なのである。禁忌を起こした家は自然と潰れることになる。

 二度と周りから信用されない。小さな契約であれ、一つでも破ればその貴族は契約も守れないと爪弾きにされることになるのだ。婚約者の男の家の親はどこにいるのか、と周りは探していくが不在みたいだった。


 周りはあの家はおしまいだなと囁き合う。空気を知らない令息は罵ることをやめず、ますます周りの評価を静かに撃沈させていく。

 令嬢はチラッと周りに視線をやり、やはりこういった雰囲気になったかと言いたげにぐるりと顔を回して、ソッとため息を気付かれないまま吐く。


「何か言いたいのならお父様に言ってくださる?」


「婚約は僕たちの話だ。親は関係ない」


「え?本気で言ってますの?」


 関係無しどころか大有りで、親がメインだ。本気で令息の貴族教育はどうなっているのかと周りも令嬢も呆れ果てた。親が無関係ならそもそも、二人は婚約などしていないのか。言う順番もおかしい。

 なんのために婚約はなされたのか何も理解してないというのかと周りはどんどん、貴族としての教育よりも甘やかしの割合の多い育て方をされたのではないか、と疑う。


「なぁ、なぁっ、だ、黙れ!またバカにするつもりか!」


 あまりに冷静な相手に我慢の限界が来たのだろう。それとも、言葉では勝てないと本能で思ったのか。どちらにせよ婚約者の男が近くのテーブルにあったワイングラスを掴み取り、グラスごと令嬢に投げつけた。


「な、何をする気だ?」


「きゃあああ!」


 貴族たちが野蛮な行為に叫ぶ。流石の令嬢も驚いたのが防御の姿勢をとっさに取った。


 ーーバシャ!


 小さくも水音が辺り一面に響き渡る。


「あ……誰、だ?」


 令息が我に返ったとき、目の前にあったのはワインの赤い色をした液体が滴り落ちる何かだった。


「お嬢様、ご無事ですか?」


 パウラは手に持っていたものを広げたまま立つ。後ろの仕えている相手に声をかけると震える声で「大丈夫です」と聞こえて、そこは年相応だなと可愛く思った。


「あ、それって、もしかして、傘かしら?」


「はい。傘でございます」


 パウラは折り畳んであった傘を畳むと水滴を拭うことはできないと思い、仕方なく傘のカバーをそのままつけた。証拠品にでもなるだろうと。

 渋みの色が残るのは嫌だなぁと薄っすら思ったが誰かしらお金を出してくれることも祈ろう。

 そそくさとしまえば、いつもの使用人たるフォーメーションの場所に何もなかった顔をして、スッと下がる。


「ちょ、ちょっと待て!お前誰だ!?さっきのものはなんだ!?魔法使いなのか!?」


 魔法使いはこの世界にいると言われているレアな色の人だが、ほとんどはただの人間なので御伽話の人間みたいな眉唾である。絵本だけくらいだろう、見たことがあるのは。

 公式では居ると言われているがどこにいるのかは誰も知らない、謎の人扱い。違うからなんとも言えない顔をする。彼にはもうなんの関係もない家の使用人が何か答える真似をするわけもない。


「ま、まさか魔女なのか!?」


「私のうちの使用人を次々、思い込みでコロコロ肩書きを変えないでくださいませ」


 主の令嬢がやれやれと首を振る。


「婚約白紙だろうと破棄だろうと、したいのならまずあなたのお父上にご相談の上で話してください。スタートラインにも立ってませんわ」


「貴様ぁあ!」


 扇子をピッとあちらへ向ける元婚約者扱いする女に、煽られた令息はカッとなる。しかし、逆上して腕を掴もうとしたが今度は令嬢が指輪を顔に向けて赤いものを噴射した。


「えい」


「うぎゃあああっ!?痛いいい!」


 途端に令息は熊のように唸って倒れた。


「流石は蛮族避けスプレーね」


 満足気に笑う令嬢は後ろを向くとパウラに話しかけた。


「コントロールも完璧でしたね」


 頷く使用人。二人は仲良く笑うと唸って泣いて涙を流し続ける男を放置して会場を出る。傘はビチョビチョなので早く乾かしたい。


 令嬢はパウラに話しかけながらも楽し気に笑う。彼女がこのように笑うのを見たのはまだ見習いだったときだ。こちらのノートを覗き込んだと思ったら面白そうと言ってお抱えの技術者を紹介してくれた。


 令嬢も交えて話せば話すほど全ての技術や物に目をキラキラしていた。利益も奪い取るでもなくこちらへきっちり還元してくれた。

 紹介料と技術者たちへの依頼料だけで殆どこちらの物へしてくれ、おまけに仕事もそれを含めたものにしてくれるまでに。恩人なのだ。


 令嬢の父親は特に何かすることもなかったので、情報は開示されていないのだろう。守秘義務の契約はしっかり遵守されていた。


「帰ったらお父様に報告してバカンスにでも行きましょうよ。シュノーケルを使いたいわ」


「足ひれや空気袋も出来てますよ」


 和気藹々とした空気に対して令嬢にはなんの不安も見当たらない。スローライフを語ったらなんで素敵なのと言っていたから、よほどやりたかったらしい。


「お父様から別邸をぶんどって、畑を耕す人を雇って、私は花を植えるの」


「いいと思います」


 同僚も肯定する。父親は後悔するのだろうか?一瞬思ったが、それはないと断言できる。


「あなたがお父様をツンデレなどという属性であることを教えてくれなかったら、私は不幸な結婚を受け入れるしかなかったわ。本当にありがとうね」


 お嬢様は頬を染めてクスクス笑う。パウラが屋敷に来た時、屋敷の空気が死んでいた。理由は父親が娘に冷たくて使用人たちの労働環境も冷えた空気に汚染されて、働きにくいせい。

 そんな職場に将来就かねばならないなんて嫌だ。そう思ったパウラは令嬢に目をつけられた時に、自分の考えを切々と語った。

 最初は否定した娘だったが父親のツンデレという虚偽に一枚一枚剥がす手解きをすると、実践したあと見事な花びらが作れるほど大当たりだった。


 父親は娘に興味がない。長年の思い込みは真逆だった。大量の使用人教育、娘への最大のプレゼントだ。将来自分の手を離れるときについて来れる使用人をたくさん育てれば、なにがあっても娘を守れる。


 不器用な男の愛だった。


「今も話せるわけじゃないけど、あなたがあとで訳してくれるからもう私ね、怖くないの」


 家に帰って父親の当主に報告するとすでに事態を把握していたらしく、速やかに婚約破棄はなされた。勿論相手有責だ。

 男の元婚約者から連日手紙が届き、婚約をなくした理由である他の令嬢への横恋慕はどうやら相手にフラられる結末になった。


 今頃になって婚約者が惜しくなったのだ。有能な婚約者だったと親兄妹、親戚に至るまでボコボコに論破されればそうなる。


「お嬢様、父君がまた来られると」


「また?そろそろここが本邸と呼ばれてしまいそうね」


 ふふふ、と笑う父親の訪問を楽しむ娘は不器用でわかりにくい愛情に微笑んだ。手にはスコップが握られており、スローライフをいっとう楽しんでいるのが見て取れる。


 使用人の女は父娘で楽しめるものを作っておこうか、と己の恋人になった技術者の男へ相談しに行くために花壇の手入れを再開した。

最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。