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ンードラロギア  作者: ああああ


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第四章:庭園に立ち込める暗雲、外への風穴

四章です。魔法禁止命令で落ち込むアルトが今後どうしていくのかを書いてみました。

石切り場での一件以来、アルトの日常からは色が消えていた。

剣の稽古には参加しているものの、その動きは精彩を欠き、木剣が空を切る音はどこかうつろで、打ち合う振動も骨の芯まで響かない。視線は常にどこか遠くを彷徨っている。これまでの人生において、エルキアはアルトにとっての全てだった。どんな失敗も、どんな未熟さも、彼女は聖母さながらの慈愛で彼を抱きしめ、「大丈夫よ、アルト。貴方は素晴らしい力を持っているのだから」と、その未熟さごと丸ごと受け入れてくれた。

だが、その彼女が魔法を禁じた。それは単なる修行の停止や、教育的な指導の範疇を超えていた。アルトにとってそれは、自分の魂の半分を、最も信頼し愛していた存在から拒絶されたような、言語化しがたい衝撃だった。


「……おい、アルト。そんな死んだ魚みたいな目してっと、またエルキアさんの拳骨が飛んでくるぞ」


塾の帰り道。夕日に照らされたヤプールの広葉樹林は、燃えるような朱や黄金色に染まっているはずだった。だが、今のアルトにはそれらがすべて、薄汚れた灰色の染みにしか見えない。 並んで歩くラッシュは、わざとらしく明るい声を出し、アルトの肩を強く小突いた。

「……分かってるよ。でも、なんだか自分の体じゃないみたいなんだ。魔力が、ずっと奥の方でよどんでいるのがわかる。出口を塞がれた水路みたいに、中でドロドロに腐っていきそうで……」

「魔法が使えねえからか? だったらその分、剣を振り回せばいいだろ。俺なんて最初から魔法の適性ゼロだぜ? それでもこうしてピンピンしてらあ」


ラッシュは快活に笑い飛ばすが、その鋭い鼻は親友の異変を敏感に察知していた。 以前のアルトから漂っていた、朝露に濡れた若葉のような瑞々しい匂いが消え、代わりに雨上がりの湿った土、あるいは動きを止めた沼のような、停滞した「腐敗」の兆候が混じり始めている。


(このまま、あの『聖母』の庭園の中に閉じ込めておけば、こいつは内側から枯れちまう……)


ラッシュは直感していた。エルキアの愛は、美しすぎるがゆえに猛毒だ。

「なあ、アルト。気晴らしに、少し村の外へ出ないか?『静寂の森』の奥にある旧時代の遺跡へ行く仕事がある」


ラッシュが提案したのは、王都から来る第三王子、サーガイルの考古学調査における、ガイドと護衛の仕事だった。

アルトは力なく首を振った。 「……俺は、魔法を使えないんだぞ。そんな危険な場所、足手まといになるだけだ。エルキアも許してくれないよ」


「剣があるだろ! それに、俺一人じゃ不安なんだよ。ワーウルフの勘が言ってるんだ。この仕事はお前がいなきゃ成立しねえ。雇い主は王都から来る王子様だ。美味いもんも食えるし、何より、ここじゃない『外』を見なきゃ、お前は一生そのままだぞ」


アルトの瞳に、ほんの一筋、微かな、だが確かな光が宿った。


その日の夜。

アルトとラッシュは、酒を片手に地図を眺めるオルダと、その傍らで静かに本を読んでいたエルキアの前に立った。


「なんだ、藪から棒に。……王子のガイドだと?」

オルダが低く唸るような声で顔を上げた。その鋭い瞳は、息子の覚悟を、あるいはその背後に潜む「脱出」への渇望を値踏みするように射抜く。

エルキアは「遺跡」という言葉を聞いた瞬間、ページをめくる指を止めた。その美しい眉が、静かな湖面に落ちた一滴の雫が作る波紋のように、微かに寄せられる。


「アルトには、外の空気が……実戦の経験が必要だと思うんです。オートン先生も太鼓判を押してくれました」

ラッシュの必死の説得に、オルダは無言でアルトを見つめた。

「……俺、行ってみたい。自分が何者なのか、外の世界を見て、確かめてみたいんだ」


魔法を禁じられ、アイデンティティを失いかけている少年の、切実な願い。

エルキアは深く、重いため息をつき、閉じた本をテーブルに置いた。そのあまりにも自然で、慈愛に満ちた動作には、ラッシュの鋭い鼻も、磨き抜かれた野性の勘も、何一つ「芝居」の匂いを嗅ぎ取ることはできなかった。


「……いいでしょう。そこまで言うのであれば、許可します」

「本当!? エルキア!」


アルトが顔を輝かせた瞬間、エルキアはスッと人差し指を立てた。その瞳の奥に、怪しい光が宿る。


「ただし、条件が三つあります。これを一つでも破れば、即座に連れ戻します」


「……わかった。何でも聞くよ」


「一つ、道中いかなる理由があろうとも、魔法の使用は一切禁じます。窮地に陥っても、剣と知恵で切り抜けなさい。いいですね?」

「……わかった。約束する」


アルトの返答に満足げに頷くと、エルキアの表情に、これまで見たこともないような「甘美な、しかしどこか方向性のズレた」輝きが宿った。


「二つ目。そのサーガイル様という方に、『うちのアルトがお世話になります』と、保護者として私からしっかりご挨拶をさせていただきます。」


「えっ……エルキア、ちょっと待っ……」


アルトが驚愕の声を上げたその瞬間、オルダが飲んでいた酒を噴き出しそうになって激しくむせた。


「ゴホッ、ブフッ!! ……おいエルキア、お前……正気か!?」 オルダが飲んでいた強い酒を豪快に噴き出し、喉を詰まらせてのたうち回る。


「相手は王族だぞ!? 王都の騎士団も連れているはずだ! そこに『保護者の挨拶』って、お前……近所の子供会に菓子折り持っていくのとはワケが違うんだぞ!」


オルダが慌てて身を乗り出す。この「外への誘い」を仕組んだ当の本人であるオルダにとってさえ、エルキアが放った『保護者の挨拶』のカードは完全に予想外の斜め上だった。

(……そっちの方向で攻めるのか? おい、やりすぎじゃねえのか!?)

オルダの瞳がそう訴えていたが、エルキアは至って涼しい顔で首を傾げた。


オルダは慌てて身を乗り出し、エルキアに目配せを送る。 (おい、今回の『外への誘い』の筋書きにそんなの入ってねえぞ! やりすぎだ、計画が壊れる!)


だが、エルキアは至って涼しい顔で、小首を傾げて微笑んだ。

「あら、何かおかしいかしら? 大切なアルトを預けるのですもの。雇用主に食事の好みや生活習慣を説明しておくのは親としてのマナーでしょう? 『この子は好き嫌いが多いので、お野菜も食べさせてくださいね』とか、『寝相が悪いので布団はしっかりかけてあげてください』とか、笑顔でお願いしておかないと、保護者失格ですわ」


「え!? 王子様に嫌いな食べ物がバレちゃうの!? それはすごく嫌だな……」


アルトの返答に、ラッシュは心の中で絶叫した。

(嫌なところってそこかよアルト!保護者がしゃしゃり出ることの羞恥心じゃねえのかよ!)


だが、エルキアの勢いは加速していく。彼女は三本目の指を立てた。

「最後の一つ。これが最も重要です。今この瞬間から外にいる間、私のことを『お母さん』もしくは『母さん』と呼びなさい。いい? 丁寧な言葉遣いで、愛を込めて呼ぶこと。これは絶対的な義務です。もし一言でも呼び捨てにしたり、エルキアなんて他人のように呼んだら、その場で外出許可は白紙にします」


「やめてよエルキア! 恥ずかしすぎるって! 王子様や騎士様の前でそんなの……!」 アルトの顔は茹でダコのように真っ赤になったが、エルキアの視線がスッと、零下まで冷え込んだ。


「アルト。今、私のことを何と呼びましたか?」


「え? ……あ、いや……」


「言い直しなさい。お、か、あ、さ、ん、は?」


「……お、お母さん」


「はい、よくできました」


エルキアは聖母のような慈愛に満ちた笑みを浮かべ、アルトの頭を優しく、それでいて逃がさないように撫でた。 しかし、その内側では、かつて経験したことのないような狂おしい情念が渦巻いていた。

(……あああ、お母さん! 今、お母さんって! 脳が、脳が溶けてしまいそう……! これ、このまま永久に呼び続けさせたい。いや、むしろ法律で決めるべきではないかしら!?)


「……だめだ、これガチなやつだ。母性が暴走して攻撃力に転化してる」

ラッシュが頭を抱えてその場にずり落ちた。ワーウルフの鋭い勘が『この護衛任務、遺跡の魔物よりエルキアさんの天然ボケ(という名の圧力)の方が命取りになる』と警鐘を鳴らしている。


「……はぁ。まあ、いい。がははは! 面白そうじゃねえか!」

オルダはエルキアの底知れぬアドリブに内心で戦慄しつつも、それを無理やり笑いに変えて拳を叩いた。

(…母親になりたいという気持ちを絶つには、よい機会にもなる…か)

「いいぜ、エルキアの『親の挨拶』だ。王子様もさぞかし腰を抜かすだろうよ!」


だが、その瞳の奥には、戦場を共に駆ける相棒への憐憫と、転機と考えた。オルダにとって、エルキアが今見せているこの「聖母の皮を被った狂乱」は、純粋な愛情などという生易しいものではない。それは、この強大すぎるエルフの魔導士が陥った「母性という名の精神麻薬」に他ならなかった。


(……こいつ、完全にキマってやがる)


オルダは心中で毒づいた。 エルキアがアルトに「お母さん」と呼ばせた瞬間の、あの陶酔しきった表情。それは、長年禁欲を強いた者が、極上の美酒を喉に流し込んだ時に見せる、理性を焼き切るような快楽の色だ。 エルキアにとって長年に渡る、アルトの完璧な保護者であり続けたことは、今や存在意義そのもの。だが、それは彼女の努力と「偽りの平穏」が生み出した幻想に過ぎない。


アルトを自分の支配下(庭園)に置き、全能の愛で包み込む。その報酬として得られる「お母さん」という甘美な響き。それは、彼女の孤独な魂を癒やす特効薬であると同時に、一度味わえば二度と抜け出せない、依存性の高い猛毒だ。


オルダはこの旅を、あえて「母親ごっこ」を徹底的に行わせることで、その快楽を限界まで増幅ブーストさせる場として利用することにした。


(いい機会だ。ここで思いっきり『お母さん』としての快楽を吸わせるだけ吸わせて……その後に、地獄のような禁断症状を味わせてやる)


オルダの冷徹な観測によれば、エルキアの独占欲を根絶するには、この「麻薬」を一度過剰摂取オーバードーズさせる必要がある。 今回の旅で、彼女は「母親」としての絶頂を味わうだろう。その後、供給源を物理的に遮断させるよう、アルトを旅に出させる。


旅路の中で、アルトが自分の知らない顔を見せ、自分の知らない言葉を覚え、自分の手が届かない場所で成長していく。その事実を突きつけられた時、エルキアを襲うのは、耐えがたい喪失感と「母親でいられない」という焦燥だ。 その「禁断症状」の果てに、彼女の中のドロドロとした独占欲を燃やし尽くさせ、アルトへの依存を解放させる。それがオルダの描く、あまりにも残酷で、しかし唯一の「治療法」だった。


「いいぜ、エルキアの『親の挨拶』だ。王子様もさぞかし腰を抜かすだろうよ! さあ、そうと決まれば準備だ! 明日は早いぞ!」


こうして、ヤプールの平穏な日々は、少しの不安と、多大なる羞恥心と共に終わりを告げた。

それが、親たちの用意した「風穴」への誘いであることを、アルトも、そしてラッシュさえも、まだ知らない。


四章を読んでいただきありがとうございます。キャラを自由にさせると勝手に暴走してしまいました。直近最新話作成の際に、収拾をつけるのに苦労しています。

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