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ンードラロギア  作者: ああああ


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第四十八章:浮世の枷(かせ)、断つは義侠の拳

四十八章です。

ルートシアの片隅にある、活気だけが取り柄の安酒場。その一角で、マーク・フルメントは人生最悪の目覚めを迎えた。


「――ぶはっ!? げほっ、ごほっ!!」

頭上から浴びせられた氷のような冷水に、マークは跳ねるように飛び起きた。

「ひいぃっ! 払います! 払いますから、命だけは……ッ!」

反射的に謝罪を口にしながら、マークはおそるおそる目を開けた。そこには、ただの取り立て屋の凶悪な面構えではなく、あまりに奇妙な集団が自分を囲んでいた。


ギャングのボスを彷彿させる岩のような体躯の威圧的な男。

物語から抜け出してきたような絶世の美女が二人。

真面目そうな人間の青年と、鋭い眼光を放つワーウルフ。

そして――それらに混じって、なぜか給仕のように振る舞う『動くウサギのぬいぐるみ』。


「あ、あ、あ、あの……! 私は、これからどうなるのでしょうか……?」

マークの声は、情けなく震えた。


「どうもならねぇよ」

岩のような男――オルダが、面倒そうに鼻を鳴らした。

「お前が路地裏で袋叩きにされてたのを、このアルトが助けた。それだけだ。……おい、時間はねぇ。手短に自己紹介しろ」


マークは、震える声で自分の境遇を語り出した。

細々と貿易を営んでいた『フルメント商会』が、部下の不始末で保険をかけ忘れた積荷を盗賊に奪われ、一気に転落したこと。家財をすべて売り払い、元金は返したはずなのに、法外な利子――金貨300枚という、一生かかっても拝めないような額を突きつけられていること。


「もう……もうおしまいです。この街で『あいつら』に目をつけられたら、死ぬまで搾り取られる……生きていくのが、嫌になりましたよ……っ!」

マークはテーブルに突っ伏し、なりふり構わず泣き崩れた。


「……オルダ」

沈黙を破ったのは、自分を助けてくれたという青年、アルトだった。

「この人を、助けてあげよう。金貨300枚、僕たちが代わりに払ってあげて」


その言葉に、マークの心臓が跳ね上がった。と同時に、オルダが深く、重い溜息をつく。

「おいおい、アルト。簡単に言ってくれるな。金貨300枚ってのはな、貯めるのがどれだけ大変か分かってんのか?」


オルダは指を三本立て、アルトの顔の前に突きつけた。

「あの近衛騎士のアンジュの嬢ちゃんでさえ、三十年食うものも惜しんで節約して、ようやく貯められるかどうかって額だぞ。それを、今日会ったばかりの、この泣き言ばかりのオッサンにくれてやるのか?」


マークは絶望した。そうだ、それがまともな大人の反応だ。


だが、アルトの瞳は揺るがなかった。その純粋すぎる善意に、しばしの沈黙の末にオルダは折れた。

「……チッ。分かったよ。ただし、マークさんよ」


オルダが獲物を狙う猛獣のような目でマークを射抜いた。

「アルトに感謝しろ。これからはお前の命も、その商会の看板も、全部俺たちのために使ってもらう。いいな?」


「は、はいぃっ! もちろんです! このマーク、オルダ様とアルト坊ちゃまのために、命を賭してお仕えします!」


「口約束は信じねぇよ」

オルダはニヤリと笑い、どこからか用意していた契約書をテーブルに叩きつけた。


契約にサインを済ませ、ようやく一息ついたマークに、エルキアたちが自己紹介を兼ねて『滞在の目的』を告げた。

それを聞いた瞬間、マークの顔からみるみる血の気が引いていった。


「ぎゃ、ギャングを壊滅させる……!? いや、改心させるですって!? そんなの無理だ、狂ってる! 正気じゃない!!」

マークは椅子から転げ落ちそうになった。


「いやいや、マーク。荒事は俺たちでどうとでもできる」

オルダがそう答え、ラッシュは黙って軽く剣の柄を叩いて笑う。

「あんたには裏方や事務、それから街の地理を頼みたいんだ。まずは、あんたが知っている情報を吐き出してくれ」



この時点でアンゾールマには主に4つの巨大な組織が裏社会を形成していた。

1つ目は最大勢力『プリム』。現在のアンゾールマにおける「影の盟主」。かつてはホッグ組と呼ばれた組織だったが、代替わりをした後、数年という短期間で国内最大の版図を盤石なものへと築き上げた。暴力による支配を謳いながらも、その矛先は悪徳商人や汚職政治家にのみ向けられ、一般市民へは手を出さないという奇妙な規律を持つ。また、身寄りのない孤児たちの救済にも力を入れていることはあまり知られていない。

ボスは冷静沈着な男ラックーサ。彼の傍らには常に仮面の女性秘書レイが控えている。

資金源として大規模な麻薬栽培に関与している疑いがあり、現在は希少資源である「結晶池」の買い占めによる世界の市場操作を目論んでいる。


2つ目は急進の武闘派『ブラゴニア』。『プリム』の首を虎視眈々と狙う、血の気の多い武闘派組織。近年、現行の評議長という強大な政治的後ろ盾を得たことで、その勢力は『プリム』を凌駕せんとする勢いにある。街の商店から不当な「みかじめ料」を毟り取っている張本人である。政治家と癒着し、合法・非合法を問わず『プリム』の利権を強引に奪い取ろうと、全面戦争の準備を進めている。


3つ目は深淵の混沌『サイマ・ネクロ』。アンゾールマの「膿」そのものとも言える、実態の掴めない不気味な組織。麻薬、奴隷売買など、およそ人の道に外れたあらゆる悪行に手を染めている。明確な首領トップが存在せず、細胞分裂のように増殖と再生を繰り返すため、警察組織にとっても悩みの種であり、根絶が極めて困難。近年の麻薬中毒者の増加は『サイマ・ネクロ』によるものだと見られている。背後に強大な支援者の影ありと報告があるものの、調査を行った捜査員が次々と死体で見つかるなど、闇の深さは上記の2つに劣らない。


4つ目は義侠の牙『タイゼル組』。古き良き「任侠」の精神を重んじる、武骨な集団。弱きを助け、強きを挫く。ギャングという枠組みにありながら、独自の正義を貫くため、住民からの信頼は意外にも厚い。幹部のテイゲンを筆頭に腕利きの荒くれ者が揃っている。孤児を拾い育て、次代の担い手として育てているなど、組織内の絆は極めて強固。ブラゴニアのような新興勢力の台頭により、古臭い正義を掲げる彼らは苦境に立たされている。マーク・フルメントを追い詰めたごろつき達は実はこの組織の末端であり、トップの預かり知らぬところで苦境の影を落とし始めている。


これらの情報は、マークは勿論だが、警察組織の中でもごくわずかの人間にしか知られていない情報である。



マークは困惑しながらも、震える指でテーブルに地図を描き始めた。

「……一口にギャングと言っても、この街には根深い勢力図があるんです。北を牛耳る武闘派『ブラゴニア』、南の密売を仕切る『サイマ・ネクロ』、そして……」


「一番大きいのは『プリム』という組織ね?」

エルフの美女、エルキアが静かに口を開いた。

「その『プリム』を壊滅させるか、あるいはトップを服従させれば、この街は正常化するんじゃないかしら?」


マークは、心の中で毒づいた。

(なんだ、この世間知らずなエルフの美人は……。ギャングがそんな少人数でどうにかなるなら、警察が何年も手をこまねくわけがないだろうに!)


しかし、その疑念を遮るようにオルダが首を振った。

「エルキア、そいつはうまくいかねぇ。ギャング勢力ってのは、絶妙な、汚ねぇバランスの上に立ってるんだ。一つを排除しても、すぐに空いた穴に別のダニが湧いてくるだけだ」


オルダの言葉は、冷酷なまでに現実を射抜いていた。

マークは、目の前の「岩のような男」が、単なる暴力装置ではないことを悟り、背筋に寒いものが走るのを感じた。


「いいか、マーク。俺たちは、この街の『光』に焼かれるつもりも、『陰』に溶けるつもりもねぇ。……この街そのものを、作り変える」


月の蝕が刻一刻と近づく下で、借金まみれの商人と、規格外の一行による無謀な『都市改革グループ』が産声を上げるも、その前途は多難だった。


…酒場の喧騒の隅で、オルダは太い指で机を叩き、思考の海に沈んでいた。

(確かに『枝がつかない』貧乏商会を手に入れたのは僥倖だった。アルブール王国が公式に動いているとバレると、経済大国アンゾールマとの外交問題、ひいては内政干渉に発展しかねない。この『フルメント商会』を隠れ蓑にするのは理にかなっている……だが、時間がねぇ。圧倒的に足りねぇんだ)

オルダは苦渋を噛み締める。一介の貧乏商会が、利権の塊であるアンゾールマの腐敗を浄化するには、通常の商売の手順を踏んでいては数十年かかる。


「オルダ……僕、いい方法を考えたよ」


沈黙を破ったのは、アルトだった。その瞳は、いつになく真っ直ぐで、迷いがない。

「……なんだ、アルト。言ってみろ」


「ギャングを作るんだ」


――ガタンッ!!

椅子がひっくり返る音が重なった。

ラッシュは飲んでいたエールを吹き出し、りっちゃんはひっくり返り、マークにいたっては「聞き間違いであってくれ」と祈るように白目を剥いている。


「……アルト君?今、なんて言ったの?」

エネアウラが、耳を疑うように聞き返した。


「ギャングだよ。……あのね、悪いギャングがいて皆が困るなら、『良い子のギャング』が一番になればいいと思うんだ。そうすれば、悪いギャングも悪いことをやめちゃうんじゃないかな」


アルトは、先ほど自分に襲いかかってきたごろつきたちの顔を思い出していた。

「マークさんを蹴っていた人たちも、本当は……あんなこと、したくてしてるんじゃない気がしたんだ。他に生きる方法を知らないだけなんじゃないかって」


「……アルト、お前なぁ」

ラッシュが、呆れたように頭を抱える。

「いいか、ギャングってのはな、食うものに困って、泥をすすってでも命をつなぐために、法を外れた悪いことを選ぶ奴らの集まりだぞ?そりゃあ根っからの悪党もいるが、大半は生きるための手段として暴力にすがってる」


「だったら!」

アルトが身を乗り出した。

「『良い行い』をした人にご飯やお金をあげる仕組みを作るのはどう? あと、ヤプールの北集落みたいに、読み書きや仕事を教える『塾』を開くんだ。悪いことをするより、そっちの方がずっと得だって教えてあげるんだよ」


酒場に、奇妙な静寂が訪れた。

マークはガタガタと震えながら毒づく。

(この坊っちゃん、何を言ってるんだ……!? ギャングに教育? 福利厚生? そんなお花畑な理屈が、この泥沼の都で通じるはずが――)


しかし、オルダの目が、怪しく光った。

「……先行投資をしつつ、学問や職を身につけさせ、まっとうに生きる道を用意する、か」

オルダはニヤリと口角を吊り上げた。


「確かに、真っ当な『商会』にはできねぇ芸当だ。だが、『ギャング』という暴力の皮を被りながら、その実、街の根幹である『人間』を教育して引き抜いていく……。ハッ、こいつは面白いかもしれんぞ」


オルダは立ち上がり、重厚な手でアルトの肩を叩いた。

「アルト、その案、乗った! 毒を以て毒を制す。俺たちは今日から、この街で一番『正しく、恐ろしい』ギャングになるぜ!」


「決まりね。慈善活動をするギャング……ふふ、エルフの私でも聞いたことがないわ」

エルキアが可笑しそうに微笑み、ラッシュもまた、「面白くなってきやがった」と剣の柄を叩いた。


「……ええっ!? 本気ですかオルダ様! 正気ですか皆さーん!?」

マークの絶叫が酒場に虚しく響く。


アンゾールマの深い影の中で、あり得ざる新勢力の産声が上がった。

後に、街中の子供たちが憧れ、既存の組織が恐れおののくことになる『良い子のギャング』――そのあまりに突飛なスタートだった。


四十八章読んでいただきありがとうございます。

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