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ンードラロギア  作者: ああああ


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第四十六章:黄金の枷と、琥珀の杯

四十六章です。

国境の宿場町にある酒場は、文字通り「金の匂い」で満ちていた。

磨き上げられた真鍮のランプ、上質なエールが注がれたジョッキのぶつかり合う音。再会の乾杯はとうに済み、テーブルには空いた皿と、心地よい疲労感を伴った沈黙が流れていた。


ふと、窓の外を眺めていたラッシュが、手元のジョッキを揺らしながら切り出した。

「……しかし、案外あっけなかったっすね。あんなに厳重だと思ってた国境が、あんな紙切れ一枚でスルーだなんて」


その言葉に、オルダが鼻で笑いながら、自慢げに懐の『特級行商許可証』を叩いて見せた。

「カカッ! こいつの威力を舐めるなよ。この国じゃ、数年ですげ変わる評議長様よりも、この透かしの方が信用されるのさ。稼ぐ意思のある奴にはとことん寛容。税も安けりゃ、行動力と運さえ掴めば溝鼠だって這い上がれる……商人あきんどにとっちゃ、ここは神殿より拝みたくなる理想郷なんだよ」


「……だから、これだけ街が潤ってるのね」

エルキアが、店内の調度品を品定めするように見渡す。行き交う商人が金を落とし、それを掬うために街が便利になり、さらに人が集まる。かつては何もない荒野だった場所が、今や大陸の血流を支える黄金の中継地となっていた。


「じゃあ……なんで師匠は、ここを本拠地にしなかったんすか?」

ラッシュの問いに、オルダのジョッキを置く音が少しだけ重くなった。


「いいか、ラッシュ。金は万能じゃねぇ。だがな、金で何でもできると錯覚しちまうと……他人の命が安く見えちまうんだ。昨日まで笑い合ってた隣人の首すら、いくらの値がつくか計算し始める。この国で力を持つ奴ほど、その毒が回ってる」


オルダの瞳に、祭りの灯りとは違う冷ややかな光が宿る。

「俺は、毎日呪文みたいに金は万能じゃないと念じてねぇと自分を保てねぇような場所には居たくねぇんだ。……人間ってのは、案外『植物の奴隷』だった頃の方が幸せだったのかもしれねぇな」


「植物の……奴隷?」

アルトが、不思議そうに顔を上げた。


「あぁ、農民のことじゃねぇ、人類すべてが植物の奴隷って意味だ。土を耕し、種を植え、水をやり、雑草を抜く……人間が植物を育ててるつもりだろうが、見方を変えりゃ、植物が自らの種を繁栄させるために、人間をこき使って快適な環境を作らせてるようなもんだ。だが、そこには自然への畏怖があった」


オルダは、黄金色に透き通るエールをじっと見つめる。

「自然の気まぐれに怯えるのが嫌で、人間は『金』を作った。だがそのせいで、今度は『金の奴隷』という新たな首輪を自分らで作りやがった。人が作り出したもんだ、本来なら外すこともできるはずなのに……誰もそれをやらねぇ。それどころか、もっともらしい理屈を並べて他人の首に鎖を繋ごうとする。……これも人の業だな。摂理を曲げれば、いつかその分だけデカい揺り戻しが来る。しかもそれは金持ちに降りかかるんじゃねぇ、貧困に喘ぐ子どもたちにその『ツケ』が回っている…」


そう言って、オルダはアルトを真っ直ぐに見据えた。

「すまん、長々と話しちまったが……言いたいことは、あまりこの国の人間を信用するなってことだ。用心深くなるに越したことはねぇからな」


「せっかくの再会記念の宴だってのに、気分が重くなるような話ね……」

エルキアが、呆れたようにため息をつく。隣のエネアウラも、苦笑いしながら頷いていた。


「いや、お前らが俺のことを『言葉足らず』だって責めるから、順を追って説明してやったんだろ!?」

心外だと声を荒らげるオルダを華麗にスルーして、エルキアはアルトの様子を覗き込んだ。


「……あら、アルト。成人になったのだから、お酒も適量ならいいのよ?」


「え……? でも、お酒を飲むとバカになるって、エルキアが言っていたから……」

アルトの純粋な返しに、オルダとラッシュのジト目がエルキアに突き刺さる。


「……っ、それは限度を超えた場合の話よ! お酒は『呑んでも呑まれるな』。再会の記念だし、大人の練習として、興味があるなら少しくらい口にしてみたらどうかしら?」


(あぁ……私ったら、結局また保護者みたいなことを……!)

内心の動揺を隠すように、エルキアはあえて尊大な態度を取り繕ったが、アルトは嬉しそうに微笑んだ。


「うん。それじゃあ、少しだけ飲んでみるよ。ありがとう、エルキア」


そのやり取りを見ていたオルダとラッシュは、驚愕のあまり小声で囁き合う。

「おい……これは、また何か遠大な策略の一端なんじゃないのか……?」


「……いや、自分にも全くわかんねっす。あのエルキア様が……」

二人が戦慄する中、りっちゃんだけは心の中で冷徹に呟いていた。


(主様のこの変化に腰を抜かしていたら、エネアウラさんとの『夜の秘め事』なんて、想像しただけで灰になるだろうな……)


「よーし! それじゃあ仕切り直しだ!」

オルダが、濁った空気を吹き飛ばすようにジョッキを高く掲げた。


「アルトの『初めての酒に』に、もう一度! かんぱーい!」


アルトが初めての酒に小さく喉を鳴らした頃。オルダはジョッキの縁を指でなぞりながら、表情を引き締めた。


「……さて。酒の勢いでふわふわする前に、今回の旅の目的を叩き込んでおくか」


その言葉に、ラッシュが背筋を伸ばし、エネアウラも静かに杯を置いた。

「あぁ、そうだな。今回はただの行商じゃねぇ。国王……それに王都の最大手『ブライト商会』からの直々の依頼だ」


「ブライト商会って……確か、師匠がイーグロ公国から戻ってすぐに、血相変えて交渉に飛んでいったあの商会っすよね?」

ラッシュの問いに、オルダは短く頷いた。


「そうだ。表向きは『各国の軍事的緊張による物価高騰』への対策だ。皆も知っての通り、『月の蝕』の影響で世界中がピリピリしてやがる。流通が滞れば真っ先に民の暮らしが圧迫される。それを防ぐために、ブライト商会と手を組んで少しでも負荷を軽くできねぇか……そんな話を詰めてたんだ」



オルダは一息つくと、苦々しく言葉を継いだ。

「……だが、交渉の席で連中が泣きついてきやがった。この国の『ギャング』どもの対応に難儀してるってな。不当な『みかじめ料』が、商会の経営を、ひいては民に届く商品の価格を圧迫してやがる」


「えっ……? ってことは、オルダ商会も同じように大変なんすか?」

ラッシュが心配そうに身を乗り出す。だが、オルダは鼻で笑って一蹴した。


「あー……いや。俺のところは、俺が単身で連中のアジトに乗り込んで『解決』してきたからな。今じゃ、ウチの商会の紋章が入った馬車に指一本触れる命知らずはこの国にゃいねぇよ」


(……何でどうやって解決したのか、聞かなくても薄々わかっちまうな……)

ラッシュは、師匠の背後に漂う「物理的な説得力」を想像して、背筋に冷たいものを感じた。隣でエネアウラも「相変わらずね」と言いたげに目を伏せている。


「だがな、最近はギャング同士の抗争も激化してやがる。このままじゃ流通が死ぬ」

オルダの目が、真剣な色を帯びた。

「だから考えたんだ。ギャングなんて不毛な真似はやめさせて、有り余った力を商品の輸送や護衛に向けさせる。そうすりゃ、いざ『月の蝕』が起きた時の防衛戦力としても数えられるだろ?」


「略奪者を守護者に変える……。理想的だけど、一筋縄ではいかないわね」

エルキアが鋭く指摘する。


「あぁ、だから俺たちが行くのさ。……おっと、また長々と話しちまったな。具体的なギャングの構成や、どこのどいつから叩くかは、明日の道中で説明する。今日はもう、その酒を飲み干して休め」


オルダはそう言って、自分のジョッキを空にした。アルトは、オルダの広い背中を見つめながら、これから始まる旅の重みと、それを背負って立つ商人の覚悟を、アルコールの熱と共に胸に刻んでいた。


四十六章読んでいただきありがとうございます。

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