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ンードラロギア  作者: ああああ


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第四十三章:限界突破した主

四十三章です。

二ヶ月の隠棲。それはエルキアにとって、単なる療養ではなかった。エネアウラという名の毒を飲み干し、己の中にある「聖女」という名の虚像を内側から破壊するための準備期間だった。


アルブールの街を歩くエルキアの足取りは重い鎧を脱ぎ捨てたように軽く、それでいて地を穿つような力強さに満ちている。彼女の背後を歩くエネアウラは、まるで勝利した女王の側に侍る側近のような気持ちになり、不敵な笑みを浮かべてしまう。


「オルダ商会、アルブール支店……。相変わらず、資金力の割に質素な佇まいね」


エルキアの声は、以前の鈴を転がすような透明感と、聞く者の鼓動を直接揺さぶるような、低く、艶を帯びた響きを併せ持つようになっていた。


扉を開けると、そこには書類の山に埋もれた支店長、フォレスターがいた。彼はエルキアの姿を見るなり、椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで立ち上がった。


「おお! エルキア様! まさか、本当に戻られるとは! オルダ様は大層心配しておりましたぞ!」


エルキアはそのセリフを聞いて、鼻で笑い飛ばした。


「心配?人のことを勝手に戦力外にしていたみたいね、戦力をその身で味わってもらうわ。れで安心できるでしょうね…」


「ひ、ひどい言い草ですな……。さあ、奥にリリアーノ嬢がお待ちです。リリアーノ様、エルキア様がいらっしゃいましたぞ!」


奥の部屋から、弾き飛ばされるようにして飛び出してきた影があった。


『主様ーーーっ! お元気そうなご様子で安心しましたぁ! もう大丈夫なのですか!? また独りで闇の中に沈んでいないのですか!?』


泣きじゃくりながらエルキアの腰に抱きついたのは、ウサギのぬいぐるみのりっちゃんだ。1900年の時を生きる「不死の王」でありながら、その中身は14歳の美少女魔法使い。そして主を思う心に溢れている。


「ええ、心配をかけたわね。もう大丈夫よ、りっちゃん。こちらはエネアウラ。私の親友で……私の『中身』をすべて入れ替えてくれた、命の恩人よ」


「よろしくね、かわいい従者さん。あなたの主様を、とっても『欲張り』な女の子に作り変えてあげたわ」


エネアウラが身を屈め、りっちゃんの顎を指先でなぞる。その仕草には、獲物を見定めた捕食者のような色気が混じっていた。


『我は不死の王である! かわいいとは心外!』


「仲良くしてね。…さあ、フォレスター。オルダ様の行き先を言いなさい。あの男に一発きついのお見舞いしなきゃならないの」


フォレスターは怯えたように告げた。オルダ一行は一ヶ月前、サーガイル王子を経由してアンゾールマ国のギャング鎮圧という「割のいい依頼」を受けて旅立ったという。


「アンゾールマ……拝金者が集まる無法者の国ね。道中の宿に困ることが無いのはせめてもの幸いね」


アンゾールマまでの20日間。それは、りっちゃんにとっての『精神的拷問』の連続だった。


旅の道中、エルキアの振る舞いは劇的に変わっていた。以前なら、泥跳ね一つを警戒し、自分の肌が汚れることを極端に恐れていた。しかし今の彼女は、泥に汚れ、汗をかき、それを拭い去るエネアウラの手を、陶酔した瞳で見つめている。


ある夜の宿。りっちゃんは毛布にくるまり、震えていた。

目の前のベッドから聞こえてくるのは、寝息ではない。


「……ん、ぁ……エネアウラ、そこ……もっと……強く……」

「だんだんエルキアのツボがわかってきたわ…」


布が擦れる生々しい音、熱を帯びた吐息。

りっちゃんの脳内では、かつての清廉な主様のイメージが、音を立てて崩壊していく。


(親友だよね!? 親友って紹介されたのに、なんでこんなもん見せられるんじゃあぁぁぁ! 我の知っている主様は、聖水で身を清めてからでないと握手もしない潔癖症だったはずだぞ!? これまでの常識が、この数時間で全部ぶち壊されたわ!)


だが、逃げ場はない。不意に、部屋の空気が甘い薬草の香りと、濃密な体温に占拠される。


「……あら、りっちゃん。起きてるんでしょう? 一人で震えてるなんて可哀想ね」

「……りっちゃんも混ざる? とってもいいわよ。エルキアが覚醒したこの『熱』を、あなたにも教えてあげる」


エネアウラの長い指がりっちゃんの首筋に触れた。逃げようとするりっちゃんを、エルキアが反対側から抱きしめる。かつてのような慈悲深い抱擁ではない。それは、自分の快楽に巻き込むための、強欲な誘いだった。


『うぎゃあぁぁぁぁぁ!!我の純潔があぁぁ!!』


1900年の歴史の中で初めて、不死の王は「愛の濁流」という名の暴力に晒され断末魔を上げた。エルキアとエネアウラ、二人の女神に挟まれ、翻弄され、理性が溶けていく中で、りっちゃんは悟った。


(主様はもう、戻ってこない。……このお方は、自分から地獄らくえんに飛び込んだんだ!)


翌朝。魂が抜けかけたような顔で、りっちゃんは馬車の隅に座っていた。

対照的に、エルキアは鏡の前で不敵に髪を整え、首筋に残ったエネアウラの愛の痕を隠そうともしない。


『……ううっ。こんなことなら、あの時アルトに唇を奪われていた方が、まだ理性的だった……。あんな、魂まで削り取られるような……はっ!?』


口を滑らせたりっちゃんは恐る恐るエルキアに見る。

「……そう。あなた、アルトとキスしそうだったの?」


『あ、いや! あれは主様がいなくなる直前の時で、アルトも勘違いをしていたというか、我も混乱していて! 保護者として、彼を支えようとしただけで!未遂です!』


エルキアは、鏡越しに自分を見つめる。かつての自分なら、アルトがそんなことをしようとすると、不潔だと激怒しただろう…檻に閉じ込めていたことだろう。だが、今の彼女は、その事実を噛みしめるように笑った。


「……いいわよ。あの時のアルトの気持ち、今なら痛いくらいに分かるわ。飢えていたのね。愛されたくて、自分を全肯定してくれる誰かを求めて……」


アルトに謝らなければならない、舌を噛んだこと、独占欲で檻に閉じ込めたこと、自分の過去を隠し続けたこと…そしてあの子が誓いを守った時はちゃんと自分の言葉で応えよう…。


『……え? 主様? 聖水で洗濯は?無限地獄は? 『不潔です! 100回浄化しなさい!』とか言わないのですか?』


「そういうのがりっちゃんの好みなの?」


『いえ、全く!全然!』


「もう、そういうのは気にしないの。りっちゃん、あなたがアルトとキスしたかったら、どんどんして良いのよ」


エルキアの言葉は、以前の道徳心という重石を完全に切り捨てていた。彼女にとって「欲望」を叶えることは、もはや善悪の彼岸にある、純粋なエネルギーの解放に過ぎなかった。


『ははは……主様、本当に変わられたのですね』

(極端すぎるっ!! 振り切れすぎてて、ついていけんわ!)


りっちゃんは内心で毒づきながらも、以前よりもずっと生命力に溢れ、自分の欲望を歌うように生きるエルキアの背中を見て、一抹の恐ろしさと、それ以上の「未知なる熱狂」への期待に身を震わせるのだった。


(暴走を止める、唯一の弱点も無くなってしまったな…アンゾールマに着くまでに我の自我が持つかどうか…)


エルキアの行軍は止まらない。彼女の歩む道には、もはやエルフの矜持は必要なかった。自らの鼓動こそが、新しい世界だったのだから。


四十三章読んでいただきありがとうございます。

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