幕間:月夜の尻尾と、歪な絆の終焉の予感
幕間です。
王宮で繰り広げられた、王国存亡を賭けた暗闘。それが嘘のように、王都イルファーンの夜の街は、祝祭の熱気に包まれていた。石畳を照らす魔導灯の明かりと、行き交う人々の笑い声。その喧騒を縫うように、三人の男たちが歩いていた。
石畳の上を、場違いなほど成金趣味な毛皮のコートを羽織った男が歩いていた。サーガイル・フォン・アルブールである。彼は今、王族の証である知的な眼鏡を外し、代わりにレンズの厚い、不気味なほど色の濃い「色眼鏡」をかけさせられていた。頭には成金の象徴のような派手な羽根付きの帽子。その姿は、どこからどう見ても『地方から出てきて一山当てた、裏社会とも繋がっていそうな怪しい豪商』そのものだった。
「いいじゃないですか。王族がそのまま歩いちゃ、暗殺者に『刺してくれ』と言っているようなもんだ。その色眼鏡、最高に胡散臭くて似合ってますよ!」
オルダは豪快に笑い、サーガイルの肩を叩く。その衝撃で色眼鏡がズレ、サーガイルは必死に鼻筋へ戻した。
「ラッシュ君、君も笑うのはやめてくれ……。……オルダ殿? これからどこへ向かおうというんだい?」
王族としての気品を保ちつつも、どこか警戒心を滲ませてサーガイルが問いかける。
「なーに、祝賀会の2次会ってやつですよ。戦場の後は、冷えた酒と適度な毒が必要なんです」
「サーガイル王子も絶対ハマりますって!」
路地裏を進んでいったその先、一軒の店の前に、三人は立ち止まった。コンカフェ『月夜の尻尾』だった。
「こ、ここは…!?待ってくれ、これでも妻帯者なんだ!こんな店に出入りしているのがバレたら…王位どころの話じゃなくなるだろ!」
サーガイルは足を止め、本気で顔をこわばらせた。
(既成事実を作って、未来永劫私をゆすり続けるつもりか……!?)
「ん?構わないですよ。王族もたまにはこんなところで羽目を外さないと…さー、入るぞー」
オルダが強引に扉を押し開けた。
「 おかえりなさーい!」
鼻腔に飛び込んでくる甘い香りと、弾けるような嬌声。王宮の冷えた石の匂いとは真逆の、生きている人間が発する体温と、安価だが華やかな香水の匂い。
「あ、オルちゃん! おかえりなさーい!待ってたんだよー!」
駆け寄ってきたのは、長いウサギ耳を生やしたバニー族の少女だった。神秘的な赤い瞳を爛々と輝かせ、黒いレオタードからこぼれんばかりの豊かな胸を、オルダの分厚い腕にぐいぐいと押し付けていく。
「あー、今日は奥の席で頼むよ、なんせ今日はサーガイル王子をお連れしたんだからな!」
「え…!?」
唖然とするサーガイル。それと同時に一瞬の静寂…他のお客さんも含め、皆一様にオルダとサーガイルに視線が集まる。
(終わった…)
「すげーや、オルさん!サーガイル王子を連れてくるなんて!」
「王子、祝賀会おめでとう!」
「王子と一緒にこの店で酒が飲めるなんてサイコーだぜ!」
どっと沸き立つ歓声。そこには権力への畏怖ではなく、同じ夜を楽しむ「仲間」としての、粗野だが温かい承認があった。
サーガイルは、あまりの事態に色眼鏡を外し、がっくりと肩を落とした。
「…大丈夫みたいっすね…キャストの女の子たちもかなりの腕前なんで、王子の身の安全は保証されてますよ…多分」
ラッシュは苦笑いしながら声をかける。
「キャー!サーガイル王子!!こんな間近で見たの初めて!!」
「いつもの眼鏡じゃないー、変装してるの?」
「ガハハハッ!これでも王子は奥さんがいるから控えめになー」
「オルさん、先に言ってくれれば貸し切りにしたのに…」
「この雰囲気で飲む酒がサイコーなんだ、サーガイル王子にもわかってもらいたくてな!」
玉藻が、しとやかな足取りで現れた。
「まったくもう…失礼致しました、サーガイル殿下、この店のママをやっている玉藻です」
「これはご丁寧にどうも…サーガイル・フォン・アルブールです…」
ペコリと一礼をして玉藻の名刺を受け取るサーガイル。
「サーちゃん、マジメー!」
昨日いたキャットウーマンの女の子はサーガイルを早速いじりはじめる。
「あの、ココちゃんは…今日はいないんすか…?」
ソワソワしながら辺りを見回すラッシュ
「ん?いるよ~。遅番だからもう少しで来るよ。お兄さんココちゃん気にいっちゃったの?」
「あ…違…いや、そうです!」
「それじゃあ、飲み物は揃ったな…それじゃあ祝賀会お疲れさ〜ん!乾杯!」
「乾杯~!」
しばしの歓談…王宮の社交界とは違った人と人の言葉によるふれ合い。サーガイル王子もこの雰囲気に飲まれて感覚が痺れていく。
オルダは喧騒を遮るようにサーガイルの耳元へ顔を寄せた。
「サーガイル王子、ここにお越しいただいたのは単なる酒席のためじゃない。……商談がある」
「……商談?」
サーガイルがグラスを止めた。その瞳には、一瞬で政治家の鋭さが戻る。
「玉藻や、ここにいるキャストの一部は、裏で小規模な『傭兵部隊』を組織している。王子を今後守っていくためには、騎士団だけじゃ足りない。表門は騎士ががっちり守るだろうが、こいつらは街の『影』に鼻が効く。騎士団の手が届かない路地裏や、情報の闇……そこをこいつらと連携させる。……俺なりのお節介だ」
サーガイルは絶句した。
(てっきり、この不潔な店に来た事実でゆすられるのかとビクビクしていたが……。彼は、この王国の『治安』の穴を埋めるための駒まで用意していたのか)
「なるほど!その手があったか!確かに騎士団は秩序を重んじるあまり、闇の住人との接触に疎い。……オルダ殿、その提案、ぜひ受けさせてもらいたい。武具の提供、および活動資金の工面……こちらもできる限りのことをさせてもらおう」
「よーし、商談成立だ!」
がっちりと握り合わされた手。それは、王宮の冷たい謁見の間では決して結ばれなかったであろう、確かな「血の通った契約」だった。
「まぁ、オルさんがお店のオーナーでもないのに、ふふふ…」
勝手に話しを決めてしまうオルダに呆れる玉藻。
「あーミンクちゃん!ラッシュ君は隣ずるーい」
「はいはい、じゃあまた今度ねラッシュ君」
吐息がかかり思わず尻尾を反応させるラッシュ。
「むー!あんなにココの胸を見てたのに浮気者!」
「わー!自分はココちゃん一筋であります!」
「じゃあ罰として、一緒に歌うよ!」
「えぇ!?歌うんすか…!?」
赤面して狼狽するラッシュを、キャストたちが楽しそうに茶化す。
「サーちゃん、結構イケる口だね!じゃんじゃん飲も!」
「あぁ、古代の遺跡も良いが、ここも実に素晴らしい!」
すっかりいつもの調子を取り戻すサーガイル。
夜の街は、王宮のドロドロとした陰謀をすべて洗い流すように、ただ明るく、騒がしく過ぎていった。
オルダは玉藻を少し離れた席へ呼んだ。
「なぁ玉藻……エルキアのことで、一つ頼まれてくれねぇか?」
「……エルキア様のことで? オルさんがそんな顔をするなんて、珍しいわね」
「実はな…」
オルダは琥珀色の酒に浮かぶ氷を、指先で弄った。
「あいつの心の内が、俺には計りかねるんだ。……あいつはアルトを、どう見ているのかわからなくなっちまった。……もっと、こう……後戻りできないような、深い奈落に引き込もうとしているように見える」
玉藻は静かに耳を傾けた。
「エルキアと旧知の仲であるあんたにしか頼めねぇ。……あいつが何を考え、苦しんでいるのか、聞き出してやってくれねぇか」
「……分かったわ、オルさん。私も彼女のことは気になっていたの。でも、それは……」
玉藻は一瞬、窓の外に浮かぶ蝕の予兆を見つめた。
「……それは、アルト君という少年を、もう二度と『今までの生活』には戻せなくすることになるかもしれないわよ?」
「……あぁ、分かっている。だが、今のままじゃいつか二人は共倒れになる」
オルダの予感は、戦場で磨かれた直感だった。
愛は時に、地獄の炎よりも激しく人を焼き、理を歪める。
宴が終わり、夜風が火照った顔を冷やす頃、三人はふらつく足取りで店を出た。
「バニーちゃ~ん、また来るよ!今度は遺跡の遺物を見せてあげよう」
サーガイルは、成金帽を小脇に抱え、上機嫌で手を振る。彼は気づいていた。王子として、夫として、重荷を背負い続ける彼にとって、この場所こそが唯一の「人間」に戻れる聖域になったことを。
「楽しみにしてますよ~、またいっぱいお話聞かせてね、サーちゃん」
「ココちゃん!今度自分と昼に剣の稽古に付き合ってくれませんか!」
「あ、明日休みだから大丈夫だよ。お昼に噴水広場で待ち合わせね、ちなみにココって名前、源氏名だから」
「ゲンジメイ…?」
「お店で働いている時は別の名前を使っているの、あたしはルリ。玉藻さんも源氏名よ」
「それじゃ、おやすみ~」
「よかったじゃねぇかラッシュ、ココちゃんの名前教えてもらえるなんてめったにないことだぞ~?」
ラッシュは、源氏名ではない「ルリ」という名を知らされたことに、胸が張り裂けんばかりの高揚を感じていた。
「は、ははは…なんか遠吠えあげたくなってきたー!」
「時間わかってるのか?ご近所迷惑だ、やめい」
「オルダ殿、今日は素晴らしい発見ができたこと、とても嬉しく思う」
「あー、サーガイル王子、ほどほどにな。奥さんいるんだから」
「さーて、近衛騎士団に王子を引き渡したら俺たちも帰るかー」
「…オルダ様…俺たち、アルトのことすっかり忘れてますよ…あいつ、大丈夫かな」
ラッシュの言葉に、サーガイルが不審そうに眉を寄せた。
「ん~?アルト君がどうかしたの?ああ、彼はまだ未成年だからこういう店にこれないんだね。宿で一人でお留守番なのかい?」
「……いや。エルキアと、同じ部屋で寝ているはずだ」
「え!? 同じ部屋なのかい!? 親子じゃないんだろう!? どうしてそんな不謹慎なことになったんだ!?」
「「おまえのせいだろ!!(ユキシロハナを勧めたからな!)」」
オルダとラッシュのシンクロした突っ込みと、王子に肩パンを食らわせる。
祝賀会から始まった、あまりにも長い一日が終わろうとしていた。
空には、薄く、しかし確実な「蝕」の予兆を孕んだ月が浮かんでいる。
新しい年が、もうすぐそこまで来ていた。
それは、アルトが大人へと近づく年であり、エルキアが作った「檻」という平穏が終わりを告げる年。
二人の関係は、年が変わると共に、もはや引き返せぬ激流へと飲み込まれていくことになる。
軍神オルダの不安は、残酷なまでに的中しようとしていた。
――第一部・完。
幕間読んでいただきありがとうございます。
いつの間にか第一部にしちゃいました。『第一部:王都騒乱編』と言ったところでしょうか。
とんとん拍子でうまくいきましたが、第二部が大いなる摂理が「揺り戻し」を求めます。
年が明けいよいよ成人となるアルト。エルキアとの関係が「ガラリ」と変わる出来事が待ち受けています。
光り輝く「希望」の裏側で、深く濃くなっていく「影」。
第二部はアルトは『主人公』になれるのか!?そんなお気持ちで読んでいただけますと幸甚です。
ちなみに「月夜の尻尾」は思いっきりラウンジ…スナックをイメージして書きました。昔の記憶を辿って書いたので、ママが名刺出すタイミング違うとかありましたらご教示いただけますと修正します。(そもそもこの世界に名刺って…ていう問題もありますが)




