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ンードラロギア  作者: ああああ


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第三十六章:地獄の炎を消す楔(くさび)

第三十六章です。

王宮の地下、湿った空気の中に残響していた絶叫がようやく止んだ。


大司教ワルサスに続き、意識を取り戻した神殿長もまた、逃げ場のない恐怖に屈していた。彼が震えながら自白したのは、聖典の裏に隠した『卑猥な絵本』の所持。その不浄な告白に対し、エルキアは一切の容赦なく「絵本一冊につき……一本ね」と宣告。


合計四本の指の「けじめ」をつけた後、二人は深夜の王宮庭園の植え込みへと、ゴミのように投棄された。


「……まぁ、あれで目が覚めたら、二人仲良く大人しく教会へ帰るだろ。二度と余計な真似はせんはずだ」

オルダが血のついた稽古着を無造作に脱ぎ捨てながら、事も無げに言った。


だが、その背後で一部始終を見ていた国王、サーガイル、アインザック、そして気絶から目覚めたばかりのシリウスの四人は、一様に顔を真っ青にしていた。彼らは無意識のうちに、自分たちの指を隠すように拳を握りしめ、ガタガタと膝を震わせている。


「……あ、あんな些細な罪(夜食や本)で、あそこまで……」


シリウスが小声で戦慄を漏らす。彼らにとって、エルキアの『潔癖な暴力』は、魔王の軍勢よりも理解不能な恐怖として刻み込まれた。


「エルキア殿! 素晴らしい、迫真の演技でした! まるで本物のエルフの戦士のようで……王国の危機を救うためのその覚悟、感服いたしました!」


アンジュだけが、目を輝かせて称賛の声を送る。彼女の目には、エルキアが正義のために「非情な役」を演じきった聖女に見えているらしい。


その横で、ウサギのぬいぐるみ(りっちゃん)がジト目で毒を吐く。


(……演技? 冗談ではない。ありゃあ『元』セレスティアル・サーバント頭領の本性だ。アンジュ、あんたの主様は、演技で指を折るような可愛い女じゃないぞ……)


「さて、これからは時間との勝負だ」

オルダが、脱ぎ捨てた血まみれの服を足蹴にし、鋭い眼光をアインザックに向けた。


「暗殺計画書に書かれた貴族どもは、親衛隊と騎士団に任せても大丈夫か? 情報は揃った。足並みを揃えて一網打尽にするんだぞ。一匹でも逃せば、月の蝕の際に後ろから刺されることになる。賄賂の貴族は後回しだ」


「はっ! 直ちに捕縛の手配をいたします!」

アインザックが弾かれたように敬礼し、部屋を飛び出していく。


「それじゃあ……次は、王子二人ね」


エルキアが静かに、しかし確実な殺意を込めて言い放った。彼女の指が、見えない糸を操るようにピクリと動く。


「ま、待ってくれ! エルキア殿!」


国王が慌てて身を乗り出した。


「息子たちも……その、メイドの尻を触ったり、それ以外にも数々の不謹慎なことをやっているんだ! 指を折るというなら、片手では足りぬかもしれん……! だが、命だけは、指だけは……!」


「ち、父上もこう言っているのだ! なんとか情状酌量の余地はないだろうか……!? オルダ殿、貴殿からも言ってくれ!」


サーガイル王子が、救いを求めるようにオルダの肩を掴んだ。


しかし、オルダは助け船を出すどころか、サーガイルの耳元に顔を寄せた。

「……なぁ、サーガイル王子」


地獄の底から響くような、低く、重い声。

「アルトに『ユキシロハナ』を薦めたのは、王子……あんただろ?」


「……っ!?」

サーガイルの心臓が跳ねた。


「その件について……後で『エルキア抜き』で、じっくり話をしようや。……なぁ?」

オルダの瞳に宿る「軍神」の圧力が、サーガイルの精神を粉砕せんばかりに膨れ上がる。


王子の顔から、一気に血の気が引いていく。彼は悟った。指を折られる大司教の方が、まだマシだったのではないか、と。

「……あ、あはは……。あ、足の指も、必要かな……?」


ガチガチと歯を鳴らしながら、サーガイルは力なく呟くしかなかった。


「さぁ、行きましょう、オルダ様。王都はやっぱり汚れている。こんな場所の空気をいつまでもアルトに吸わせてはいけないわ」


「護衛の兵士はできるだけ無傷で制圧だぞ…エルキア、魔力酔いでいけるな?」


オルダとエルキアが部屋から出ていった。


「サーガイルよ、余は、間違っておったかもしれん。王宮内の膿を出すために、聖教などよりもよほど凶悪な毒を招き入れてしまったのかもしれん、毒を以て毒を制すのではなく、その毒に全ての指を折られかねん勢いだ」


「父上…懺悔をするなら早い方が良いと思いますよ…」


廊下を駆け抜け、オルダとエルキアは音もなく滑るように移動していた。石柱に潜み、護衛の二人の兵士の様子を確認する。オルダが頷くと、エルキアは魔力を収束して護衛の兵士の頭部を包み込んだ。


「……っ、が……」

悲鳴を上げる暇もなく、兵士たちは口から微かな泡を吹き、糸の切れた人形のように膝を折る。オルダはその巨体を無音で受け止め、気道を確保するように丁寧に横たえた。戦場を知る者特有の、無駄のない慈悲だった。


鍵を開けて室内に侵入する。そこには、勝利を確信して酒を酌み交わしていた二人の王子の姿があった。

「何…も…!?」

驚愕が声になる寸前、オルダの巨躯が風となって王子の背後に回る。鋼のような腕が首を絞め上げ、脳への血流を遮断した。抵抗する隙すら与えない。オルダが腕の力を抜いた時には、エルキアがもう一人の王子の記憶を刈り取っていた。手際よく手足を縄で縛り、高級なシーツで簀巻き(すまき)にする。先ほどの兵士も室内に運び込み、証拠隠滅のために猿ぐつわを噛ませて放置した。


「退路を確認しろ」

両肩に王子たちを担ぎ上げたオルダがそう告げると、エルキアが先行し、そのまま闇に溶けるように国王の待つ部屋へと引き返した。


国王が待つ部屋の前ーー。

「今回は俺にまかせてくれ、最終的に二人はザオーカ国に連れていくのがよいだろう」

「かしこまりました」


密談室の扉が、音を立てて開く。

「さぁ――終わったぞ」

出発からわずか五分。あまりに早すぎる帰還に、部屋で待機していた一同は目を丸くした。


「さて、国王、サーガイル王子、今回は貴方達も参加してもらうぞ」

オルダは縄を手にしてニヤリと笑みを浮かべる。


「おい、さっさと起きろ」

オルダは迷いなく二人の王子の顔面に冷水を浴びせかける。


「ぶはっ! な、なんだ!? 何が起きた!」

「貴様……誰だ! 無礼だぞ!」


飛び起きた王子たちに対し、オルダは一切の感情を排した声で告げた。その手には、月光を反射する抜き身のナイフが握られ、王子の首筋を冷たく撫でる。

「静かにしろ。……許可なく喋る舌は、もう必要ないと判断するぞ」

「ひっ……!」


ナイフの切っ先が皮膚をわずかに割る。その真実味に、王子たちは蛇に睨まれた蛙のように硬直した。

「物分かりが良ければ命までは取らん。よく聞け。俺と、ここに控えるエルフ殿は、エルフ族の『査察官』だ。人種の国を統治する王族が、その任に相応しいかを見極めるために遣わされた」


オルダの嘘は、あまりにも堂々としていた。エルキアもまた、冷徹な美貌を崩さず、無言の圧力を加える。

「証拠はすでに挙がっている。貴様らの腹心である大司教と神殿長は、既に不浄をすべて吐き出し、指を数本折られて庭に転がっているぞ」


「そんなのでまかせだ!」


「でまかせではない! 質問にだけ答えよ!」

堪りかねたように、同じく縄で縛られた国王が叫んだ。その悲痛な声に、王子たちは初めて自分たちが『詰んでいる』ことを理解した。


「さて、では早速本題だ。ここに、国王暗殺の計画書がある…これには王子二人の直筆と血判もされているのだが、これは真実か」


「……は、はい。間違いありません。我々が……計画しました」

崩れ落ちるように白状する王子たち。その告白を聞いたエルキアが、機械的な冷たさで死刑宣告を下す。


「王家の乱れは、エルフ族への裏切りと同義。よって百叩きの刑に処した後、斬首。……それが打倒な処置ね」


「そ…そんな…」

王子たちは泣き崩れ、床を掻きむしった。


挿絵(By みてみん)


「待って欲しい、オルダ殿、エルキア殿!」


「ええい、控えよ人種!」


国王が、二人の王子の前に立ち塞がった。その目には、王としての厳格さではなく、一人の父としての湿った情愛が溢れていた。

「息子たちは確かに世を乱そうとした。余を殺そうとした。……だが、息子は、私の愛する息子なのだ! 斬首される姿を黙って見てなどいられん! ……どうか、息子の罪を余の首一つで許してはもらえんか!」


「……な、父上!?」

自分たちが殺そうとした父が、自分たちのために命を差し出す。その事実に、王子たちの顔に衝撃が走る。


「……貴様がそんな甘い父親だから、息子が親殺しまで考えるようになったとなぜ気づかん」

オルダが冷たく吐き捨てた。

「親子諸共首をはねて、別の者にこの国を任せるとしようか」


「待ってください!!」

今度は王子たちが叫んだ。父の背中を見つめ、初めて己の愚かさに気づいたかのように。

「すべては、私たちの欲が招いたことです! だからせめて……父上と、この国だけは、残してください……!」


沈黙が流れる。オルダはエルキアと視線を交わし、ふっと肩の力を抜いた。

「……ならば、王位継承権の剥奪、および国外追放だ。国王は引き続き王位に就け。二度と、この土を踏むことは許さん。……いいな?」


「あ、ありがとうございます……!!」

国王は膝をつき、二人の王子もまた、許された命の重さに震えながら頭を下げた。


こうして国王暗殺計画は、一人の少年が鼻血を出しただけで、一滴の返り血も流れることなく解決を迎えた。


「ガナーブ殿……いや、今はオルダ殿だったな。重ねて礼を申す」

国王は、かつての戦友に向かって深々と頭を下げた。


「よしてください。……私はただ、証明したかったのですよ」

オルダは脱ぎ捨てた服を拾い上げ、窓の外の夜空を見上げた。


「地獄の連鎖を絶つ方法は自己犠牲だけじゃない。人は欲に走り、この世をより過激な地獄に変える生き物ですが、地獄の炎を消す力も持っているんですよ」


「でもそれは一人の力では難しい…愛する者の絆があればそれを可能にできる。私はガナーブとして一度死に、オルダとなって生きたことでそれがわかったのです」


「そうだな…そなたの希望こそ、この世界を照らす光りだ」


国王の言葉に、オルダはただ静かに微笑んだ。その背中は、かつての軍神の影だけではなく、ただ友を想う一人の男の姿があった。



この世界は己が望むままに流され、ことわりを歪めるほどに、生み出される地獄は際限なく膨れ上がり、悲劇はより過激な円環を成して繰り返される無限地獄…人は、この呪われた円環から逃れることはできない。

どれほど知を磨き、力を編んでも、歴史の糸には拭い去れぬ血と涙の痕跡が刻まれ続ける。


……しかし。

今、この場所で、一人の男が「絆」という答えを提示した。

それは摂理から見れば、あまりに矮小で、一瞬で消える火花のようなものに過ぎない。


だが、その火花こそが、地獄の炎を鎮める唯一のくさびとなる。

ある者は摂理に屈し、ある者は自らを薪として焼き尽くす。

しかし彼らは、互いの手を握ることで、独りでは耐えきれぬ「揺り戻し」の重圧を分かち合い、運命の糸を無理やり別の方向へと引き寄せようとしている。


たとえ、この先にあるのが更なる過激な地獄であったとしても。

彼らが今、ここで結び合わせた絆は、永劫の未来へ語り継がれるべき新たな「結び目」となり、残酷な神の理に、ささやかな、しかし確かな風穴を開けるだろう。


泥中に咲く花が、その根で地を繋ぎ止めるように。

彼らの歩みは、血塗られた歴史の中に、光り輝く「希望」を刻み込んでいく。


三十六章読んでいただきありがとうございます。プロローグからの、一つの答えとして出させていただきました。作者自身も、ここまで主人公アルトじゃなくてオルダでいいんじゃなかったのかと思います。(リデザインするなら、部構成にして第1部はオルダが主人公、第2部がアルト主人公とか…)

でもしょうがないですよ、15歳の少年と56歳の人生酸いも甘いも経験した大人とでは、深みも広さも違いますよね。

そんなアルトが大人の階段を上っていくところを見守っていただけますと幸甚です。

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