第二十八章 脱法ヒロイン 爆誕!
二十八章です、
かつてない混沌が渦巻いたオルダの屋敷。りっちゃんを焼却処分にすると喚き散らすエルキア、それを命がけで必死に止めに入るオルダとラッシュ。家屋はおろか、怪我人も出ずに無事に済んだのは、聖者のようなアルトの純粋さが、荒れ狂うエルキアの情動を見事に包み込んだ『奇跡の所業』と言えるものだった。
魔女による狡猾に張り巡らされた独占欲の鎖の数々…一時は自立心や自我すら危ぶまれていたアルトの精神は、皆の心配をよそに強固なものへと変貌していたのである。それは「成長」よりも、過酷な環境への「適応」という言葉のほうがおさまりが良かった。
こうして一夜が明け、変わらないヤプールののどかな毎日がやってくる……はずだった。
アルトとラッシュが早朝の体力強化の修行を終えた頃のことである。
「…プハッ!いやー、ひと汗かいた後の井戸の水のうまいことなんの!ほら、手拭いいるか?」
ゴクゴクと喉を鳴らし、桶の水を一気飲みしたラッシュが、アルトに手拭いを放り投げる。
「うん、ありがと。夜もお酒じゃなくて水を飲めば良いのに…お酒ってそんなに美味しいの?」
火照った顔を冷水で引き締めつつ、アルトはまだ口にしたことのないお酒の味に興味を示す。
「いやぁ、俺も最初は美味いとは思わなかったぞ…でも今は、噛みちぎられ、喉を通り、胃に収まる肉を供養するためにもまずは酒で体内を清めなければという義務感で飲んでいる、という感覚だな」
「何言ってんだよ、ただ酔っ払って気持ちが良いだけなんだろ?」
「あぁ、まあな。嫌なことがあったりしても酒は心を洗い流してくれるんだぞ?そういう飲み方ばかりってのもつまらんけどな。まぁ、大人ってのは色々しんどいんだよ」
「ふーん、エルキアもたまにはお酒飲んだら気持ちが楽になるんじゃないかな…?」
リビングの片隅、無数に転がる空き瓶と酒に入り浸るエルフの姿が脳裏に浮かんだ。
「……あの人は酒の味も酔う感覚も覚えたら、ダメになりそうだと思う」
「そっか、じゃあ僕がエルキアを支えてあげないとね…じゃ、先に行ってる」
「おうっ」
走り去る親友の背を見送るラッシュ。その親友はエルキアの執念の依存対象でもある。完全無欠、完璧主義の彼女がこじらせてしまった『病的な何か』を同じ屋根の下で見させられると、『依存』というものに身震いを禁じ得ない。まるで底なし沼だ、しかもぬるま湯で居心地も良いというのがさらにたちが悪い。
「あ!ラッシュ、来てよ!!」
そんな思考を霧散させる大きな声が屋敷の中から聞こえた。
「んー…さーて、今日はなんなんだ?」
今日も何かある、それが日常になりつつあることを受け入れ始めるラッシュだった。
「アルト、どうしたー?」
裏口から、台所を抜けてリビングにいるであろうアルトを捜す。
「ラッシュ、大変なんだよ!りっちゃんが…!」
そう言われ、暖炉の前で四つん這いになっているアルトの前にいるりっちゃんを見ると、異常な輝きを放っていた。
「はぁ、はぁ…あ、あつい!我のマナが、沸騰しておる…っ!アッ…!ン…ッ」
りっちゃんは激しく悶えていた…というよりも内側から爆発しそうな、そしてどこか艶のある悶絶。
「わわわ!どうなってんだこれ!?」
「りっちゃん!?大丈夫!?お腹痛いの!?」
アルトがりっちゃんを両手ですくうように抱き上げる。
「おい、アルト、エルキアさんはどうした!?」
「まだ寝てるよ!昨日遅くまで泣いていたから…」
オロオロと慌てふためくアルトをよそに、アルトの手の中でさらに限界を超えんばかりに苦悶の声を出す。
「んはぁっ…はぁ…お、おほぉぉぉ…」
「んぅ~~~~~!!!」
パァン!と小気味よい音がなり、ぬいぐるみの背中がはじけ飛んだ。
そこからでてきたのは、綿ではなく、目も眩むほど白く輝く、華奢で美しい全身骨格だった。
「ひ、ひぃぃぃぃ!? 骨が出たぁぁぁ!!」
ラッシュが腰を抜かして絶叫する。
「はぁぁぁ…、はぁ、はぁ…」
骨がなぜ息遣いをするのか、そんなことがどうでも良くなるくらいに不思議な光景が目の前にあった。
「…落ち着きなさい、ラッシュ君。これは…あぁ、なるほど。こいつを『磨きすぎた』せいね、本当になんて子なの…」
ドアの陰からヨロヨロと出てきたエルキアは、冷めた目で状況を分析する。
リビングが落ち着きを取り戻し、しばらくが経った。
エルキアは白湯で身体を温めながら、目の前で大量の朝食を胃に収めようとしている二人に、静かに語り始める。
「りっちゃんは、アルトのマナを…おそらく本人も望まない形で過剰に摂取することになった結果、仮初の核に収まりきれなくなったマナが、りっちゃん本来のマナと霊体が持つ「記憶」のようなものと合わさることで、『骨』という形に変質し、固定化されて実体となったのよ」
「ふぇ?ほひたら…」
「アルト、口の中にあるものを飲み込んでから話しなさい」
「…んぐ。そしたら、りっちゃんは復活できるかもしれないってこと!?僕とお風呂に入ったのがよかったんだったら、これから毎日入ろう!」
アルトから容赦の無い火薬が投下される。
エルキアは泣きはらした顔で嫉妬の炎を宿した目でアルトを睨んでいる。その目には枯れたはずの涙がふるふると溢れだしそうになっている。
(うわぁ…ひでぇ、エルキアさんの自我が持たないぞ)
「…それは無理だ。アルト、よく覚えておくがいい」
りっちゃんは、骨の手でぬいぐるみに触れて、オルダが取り付けた膜から声を出している。
「この世界に『治癒』や『蘇生』なんて都合のいい奇跡は存在しない。一度混ざったミルクとインクが二度と分離することができないように、失われた肉体は二度と戻らないのだ。造ることならばできるかもしれんが…」
「りっちゃん…」
アルトは残念そうにつぶやく。
「まぁ、そうがっかりするな。我はこれでも気に入っておるぞ?アルトのマナと我のマナが交じり合って生まれたこの骨ではないか」
「あれ?りっちゃん、僕のこと『アルト』って呼んでくれるんだね」
「ふん、友達…なのであろう?まぁそれ以上の行為もしておるが…」
照れを隠しつつ、ニチャァ…っと粘りのある視線を主に向けるりっちゃん。
「…!」
(やべぇよ、このリッチ!この前のカウンターに味をしめてエルキアさんにケンカ売ってるぞ!?)
「…やっぱりアンデッドはどこまでいっても不快でしかないわね…アルト、どきなさい。今すぐ焼却処分しないといけないわ…」
禍々しいオーラを漂わせて右手に魔力を集中させるエルキア。
「主様!この骨『愛の結晶』。言わば、貴方様の孫のようなものですよ!?それを焼却処分するのですか!?」
「おだまり…!薄汚いメスが何を言うのよ!」
「メ…メス?いえいえ、これはどう見てもマナが作り出した『無機質なカルシウムの集合体』。すなわち物体です!物体ならば、アルトに抱きつこうが、一緒に風呂に入ろうが、それは『物理現象』であって『破廉恥』ではない!法も倫理も、この骨格を裁くことはできぬ!我は、『無敵の脱法ヒロイン』として生まれ変わったのだ!我、完・全・勝・利!」
「もー、エルキアもりっちゃんもケンカしないでよ。でもケンカするほど仲が良いと言うよね」
「んなわけあるか!」「そんなわけないでしょ!」
二人の突っ込みがにわかにシンクロする。
(まぁ、骨のまま外に出たら、騎士団に囲まれるだろうなぁ…)
ラッシュはもうこの『醜い女同士の争い』を真剣に考えることをやめている。
「…とにかく、私が法なの!絶対なの!それは私がゆるさないの!」
一歩もひかない両者…だが、その時。
リビングの緊張を切り裂くように、玄関の呼び鈴が鳴った。
ラッシュが中の様子を見られないようにそっと扉を開けて郵便物を受け取る。豪華な金縁の封筒だった。
「オルダさん宛に王都からです。これは祝賀会招待状ですかね?」
「きたか!!」
今まで泥のように眠っていたかと思われたオルダが急に声を上げる。
「え…えぇ、ずっと起きていたんすね…まったく」
「そりゃ、これだけにぎやかならなっ。開けて呼んでみてくれー」
「えぇと、なになに…考古学調査の成果の祝賀会に招待…と、参加者名簿は…え!?」
ラッシュが突如絶句する。
「…エルキアさん、大変です。全員招待されてますよ。りっちゃん、どうしますか?」
一同の視線が、今しがた「全骨」で勝利宣言をしたばかりの、白く輝く少女の骨格に集中した。
「…どうしましょう…!?主様ぁ…」
ほんの刹那のりっちゃんの優勢は、一瞬で形成逆転となるのであった。
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