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ンードラロギア  作者: ああああ


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第二十七章:骸が語る、忌むべき歴史

二十七章です。

その日、家の中にはかつてないほど軽やかな、そして危険な「自由」の空気が流れていた。 絶対的な支配者であるエルキアが、アルトの次段階の修行に必要となる特殊な魔道具――『星鉄の触媒』を競り落とすため、隣町の商会へと旅立ったからだ。


「今日は帰らないわ。……いい、アルト? 変なものを拾ってきたり、ラッシュ君の悪い遊びに付き合ったりしちゃダメよ? 常に私が背後にいると思って行動なさい」


そう言い残して散々アルトを抱擁して去っていったエルキアの背中を見送り、扉が閉まった瞬間、リビングには「ふぅ……」という三者三様の溜息が漏れた。


「……さて。あいつがいないうちに、こいつを仕上げちまおうか」

 オルダがニヤリと笑い、どこか楽しげに鼻歌を交じえながら、テーブルの上にりっちゃんを置いた。


「オルダ様。何を始めるんです?」


「こいつを喋れるようにしてやるのさ。いつまでも筆談するのも不便だろ?」


オルダの手際は鮮やかだった。ぬいぐるみ状の外装の喉元に、太鼓状の膜を仕込む。


「よーし、この膜に魔力を当てて、振動させるんだ。なにか適当に喋ってみろ」


『……アー、テス、テス。我の、声が、聞こえるか……?』


発せられたのは、地響きのような超低音。熟成されたウイスキーとスモーキーな香りが漂ってきそうな、渋すぎるダンディボイスだった。


「嫌だ! こんなのりっちゃんじゃない!」

アルトが激昂した。

「りっちゃんはもっと……こう、可愛い感じなんだ! おじさんじゃない!」


「チッ、注文が多いな……。おい、骨、もっと高い振動を意識しろ」

数時間の微調整の末、りっちゃんの声は可憐な少女のような鈴の音へと変わった。


「あー、あー……。これで満足か、少年?」

発せられたのは、可憐な少女が奏でる鈴の音のような、透き通った美声だった。


「うん! 完璧だよ!これこそがりっちゃんだ!」」

満足げなアルトの横で、ラッシュが顔を顰める。


「……なぁ、その可愛らしい声で『我』とか言われるの、めちゃくちゃ違和感あるんだけど。設定が渋滞してないか?」


「いいんだよ、これがりっちゃんなんだから!」


りっちゃんは、諦めたように溜息(の音)を漏らした。

(……ふん。この少年、リッチになる前の我がどんな姿だったか、霊体を通して感じ取っているのか? いや、まさかな……)


「それじゃあ、手始めに自己紹介をしてもらおうか、骨……お前、ただの骨じゃねえだろ」


りっちゃんは観念したように、今まで誰にも語ることのなかった自身の「忌むべき歴史」を、その鈴の音のような声で紡ぎ始める。


『我は、リリアーノ・ビーツ・ソードアイス…1900年前に滅んだ魔法大国バシュートにおいて、14歳にして全ての魔導書を修めた、稀代の美少女天才魔法使いだったのだ』


「ねぇ!?今の聞いた?リリアーノちゃんだって!よかったぁ、本名も『りっちゃん』だったよ。なんか安心した」

名前が変わらないとアルトがホッとしている。


「……いやアルト、そこじゃねえだろ。自分で『美少女天才』とか言っちゃうあたり、相当キツいぞこいつ…痛々しいな」

ラッシュが露骨にドン引きする。


オルダの目は笑っていなかった。

「……バシュート国か。不死者に滅ぼされたっていう伝説のアレか。確か文献にも……ってことはお前がまさか…?」


『断じて違う!我が国を滅ぼしたのは、エルフの傲慢だ!』


りっちゃんの声に、初めて激情が宿った。


『我が居た国の滅亡に、我にも責任の一端はある。だが我が滅ぼしたわけではない!…若くして名声を得た我は、魔法部局の甘言に乗り、禁忌の魔法に手を出した。霊体を抜き取り、別の生命へ移し替える……魂の輪廻を汚す邪法だ。仕組まれたとは言え、その邪法を行使しようとしたのは我だ』


「……その邪法ってのは……」

オルダの表情が険しくなる。


彼女が語る真実は凄惨だった。

『そう、バシュートは一線を越えたのだ。それゆえ、エルフ族によって跡形もなく歴史から消された。エルフの精霊魔法…空から降り注ぐ白銀の炎が、国民の絶叫ごと国土を焼き尽くした。我も例外ではなく、肉を燃やし尽くされた。しかし、死ぬことはなかったのだ。邪法は別の生命に霊体を入れ替えるわけではなく、不死の身体へと変化させる邪法だったのだ。』


『我はリッチとして、エルフにせめてもの抵抗として反撃をするも、逆に汚名まで着せられることになる。歴史の闇へと葬り去られた』


『…その後は、1900年、ただ、この世をさまよい…知識を拾い集めていた。…そして今、こうしてウサギのぬいぐるみになっている。…笑うがよい、これが天才の末路だ』


(…ゴクリ)

重すぎる過去の結末と、現在のぬいぐるみの姿。ラッシュはその落差とエルフとの因縁の深さを感じ、同情を禁じ得ない様子で唾を飲み込んだ。


「りっちゃん……かわいそうだ!」

アルトがボロボロと涙をこぼし、りっちゃんを抱きしめた。


『なっ、よせ、少年! 湿っぽいのは嫌いなのだ!』


オルダは確信していた。この骨もまた、時代の犠牲者であり、自分と同じ「業」を背負った同志の一人なのだと。


その夜、エルキアのいない食卓で、アルトはポツリと零した。

「……やっぱり、エルキアがいないと寂しいな」


「おいおい、たった一日だぞ?あんなに『旅に出たい』って言ってた奴のセリフかよ」

茶化すラッシュだったが、家の中の温度が少しだけ下がっているのは否定できなかった。



夜も更け。灯りの消えたリビング。


『……わっ!?』

 突如、がしっと掴み上げられる。アルトだった。


『……少年? こんな夜更けに何だ』


「りっちゃんの話を思い出していたら、苦しくなって眠れなくなったよ…りっちゃんはすごく長い間、悪者にされてずっと独りだったんだね。」


『…我に同情してるのか?それだけのことをしてしまった報いなのだ。力を求め、その力によって取返しのつかないことをした。…少年、今のお前がモノにしようとしている魔法の力もその類のものなんだぞ』


「うん、わかるよ。だから僕は絶対に魔法で人を殺したりしない。そしてエルキアを守るために使うんだ」


『不殺か…。それは時として、殺すことより残酷な地獄をこの世に作ることになるぞ』


「よくわかんないよ。ねぇ、それよりも寂しくなかった?」


『…うるさいな。我は生前から誰よりも優れていて、見渡しても友と呼べる者などいない孤高の存在だったのだ。』


「そっか…じゃあ友達になろう。今日から僕とりっちゃんは友達ね」


アルトの、混じりけのない太陽のような笑顔。 1900年間、暗闇と憎悪の中にいた「少女」の魂にとって、それはあまりに眩しすぎた。


『…好きにしろ』


アルトの笑顔に、りっちゃんは突き放すような言葉を返したが、その声はどこか微かに震えていた。そのままアルトは、りっちゃんを抱きかかえてエルキアの部屋へと入る。


『な……!?待て待て待て!少年、主様の不在中に、我が主様の寝室に少年と入るなど、あってはならぬ! 離せ!!』


「今日だけ特別、大丈夫だよ。エルキアのいい匂いがして安心するんだよ」

エルキアが聞けば卒倒して喜ぶであろうセリフと共に、りっちゃんはエルキアのベッドの中へと押し込まれた。


――翌朝


予定より早く戻ってきたエルキアに、ラッシュが不用意に昨日の成果を報告する。


「あ、エルキアさん、おはよっす。……あ、そういや、りっちゃんが喋れるようになりましてね。実は元14歳の自称美少女天才魔法使いらしいっすよ――」



一方その頃。



朝日が差し込み、小鳥のさえずりがひびく、まぶしい寝室の中、りっちゃんは茫然自失の状態にあった。 隣では、アルトが安らかな寝息を立てている。


(やってしまった――。初めて異性と一つの布団で一夜を明かしてしまった…。)


(少年の心音を聞いて懐かしさと、我に心の臓が無いから聞かれなくてよかったぁーとか、あ、睫毛長いなぁーとか……これではただの生娘ではないか!)


(主様のベッドで、主様の愛しい少年と一線を越えてしまった…このことが露見すれば主様に殺される……)


(…いや、待て…。生身が14歳の生娘だったとは言え、我は実年齢1900歳のおばあちゃんだ! しかも骨!今はぬいぐるみ!この事実は、いかなる先進的な法治国家の児童守護に厳しい法律も、「ウサギのぬいぐるみと少年の添い寝」以上の事実は成立不可能だ!裁くことはできまい!…いける、この論理なら生存可能だ……!)


ガチャリ、と扉が開く。


そこにいたのは、微笑みを絶やさぬまま、瞳の奥が完全に虚無と化したエルキアだった。背後には、不用意にも「りっちゃんが自称14歳美少女だと喋れるようになった」と報告してしまったラッシュが、青ざめた顔で立ち尽くしている。


「……あら、アルト。おはよう。……そして、りっちゃん」


エルキアの声が、部屋の空気を絶対零度まで引き下げる。

「……私の不在時に、私のベッドを汚すメスがいたなんて…しかもアルトの『異性との初めての共寝』を奪うなんて…りっちゃん、この意味わかってるかしら?」


『……メッ……メス!?』


りっちゃんは絶句した。

年齢、材質、法的根拠――積み上げたはずの論理が、エルキアが放った「メス」という剥き出しの単語一つで粉砕された。エルキアにとって、アルトの隣に並ぶ意思を持つ存在は、骨だろうがぬいぐるみだろうが、「メス」はすべて等しく排除すべき対象となるのだった。


「アルトもアルトよ、ちょっと油断しているとたった一日でメスを連れ込むなんて…」


(…ハハハ、ダメだな。「メス」というワードだけで論破されたぁ。我の霊体には、悲運という業が縛り付いているのですね。…無限地獄かぁ、仕方ないですね…)


「ラッシュ君、今すぐお風呂を沸かしてくれるかしら。最高濃度の『浄化塩』と『聖水』を使ってね」


「イエス!マァム!」

ラッシュは心を閉じて、命令に忠実に動くことに集中した。


「…アルト、お風呂でゆっくり汚れを落としなさい。そしてそのウサギのぬいぐるみも真っ白になるまで洗うこと。いいわね?」


「うん、わかったよエルキア! りっちゃん、行こう!」


アルトに「小脇に抱えられ」て浴室へと連行される際、りっちゃんは見た。エルキアの瞳に宿る、勝利を確信したような歪な悦びを。だが、その独占欲が「致命的な計算違い」を引き起こしていることに、まだ誰も気づいていなかった。


……。

…………。


…浄化の儀式を終え、夕暮れの庭。物干し竿に前足をクリップで留められ、西日に照らされ干されているりっちゃんは、神々しさすら感じる姿に見える。ポタポタと聖水が滴り落ちていた。その姿はまさに、身も心も、そして「1900年守り抜いた何か」までもが失っていたかのようだった。


「…あら、りっちゃん。随分とおとなしくなったわね。良い湯加減だったのかしら?」


エルキアが勝ち誇ったように、濡れたぬいぐるみの頬を指先でなぞる。しかし、返ってきたのは、かつての天才魔法使いの面影もない、乾いた笑い声だった。


「…ふふふ。おかげさまで眼窩には1900年もの間、見ることがなかった何か…深淵を…焼き付けたわ…」


「…?何かって、何のことよ。不潔な毒気が抜けて、頭まで空っぽになったのかしら?」


微かに、熱を帯びて震える。

「毒気? あぁ、抜けたとも。だがな、主様……代わりに、一生消えない『猛毒ひかり』を浴びてしまったわ。……あの少年、素直すぎるのも考えものだな。あやつ、『隅々まで洗え』という主様の言いつけを、あまりに忠実に守りすぎたのだ……」


りっちゃんは、ヤケクソ気味に叫んだ。


「 洗うタオルが無かった少年が、何で身体を洗ったのか……あの少年はな、手近にあった『一番柔らかくて吸水性のいいもの』を手に取ったのだ。そう、このぬいぐるみを、だ!主様、あなたが『真っ白に洗え』と命じたせいで、我はアルトの、『隅々まで』この綿に刻み込まれるほど密着して味わうことになったのだ!!傑作だ! 策士、聖水に溺れるとはまさにこのこと!」


エルキアが不審げに眉を寄せた、その時だ。


「待って……タオルが、なかった?…嘘でしょ?」


自分がアルトに下した命令、タオルが無かった、隅々まで味わう…その一言一言を反芻するたびに、自身の愚策が招いた「最悪の結果」が、鮮明なヴィジョンとなって彼女の理性を焼き焦がした。


「いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


夕暮れの静かな庭に、天を衝くような魔女の絶叫が木霊した。 それは、いかなる強敵に追い詰められた時よりも悲痛で、剥き出しの独占欲が千々に引き裂かれた絶望の叫びだった。


一方、風に揺られるりっちゃんは、もはや恐怖すら超越した神々しいまでの微笑を浮かべていた。


『……ふふふ。夕日が、目に染みるわ……』

りっちゃんの脳裏に、1900年分の走馬灯が鮮明に蘇っていた。

肉を焼かれ、国を滅ぼしたという濡れ衣と汚名を着せられ、瞬殺されて、晩飯のゴミだったウサギの骨にされ、咬ませ犬となり、ぬいぐるみに詰められる。


エルフ族との間に横たわる、あまりに壮絶な因縁。 かつて自分を焼き払ったエルフたちの嘲笑は、今、目の前で頭を抱えるエルキアの絶望の悲鳴と重なり、最高の旋律となって夕闇に響き渡った。


この器をボディタオル代わりにされ、少年の肉体で磨かれたことで、1900年越しの意趣返しが今ここに完結したのだ。


ヤケクソめいた主様への反攻。1900年目にして、ようやく女になれた実感…あぁ、もう思い残すことは何もない。そのボタンの奥には、もう魔導の深淵など映っていない。勝利の悦だけが宿っていた。


その光景を遠巻きに眺めていたラッシュは戦慄する。

あの『元』美少女天才魔法使い…1900年の途方もない因縁の末に、エルフに最高のカウンターを決めやがった…と。


二十七章読んでいただきありがとうございます。りっちゃん書くのはやっぱり楽しいです。

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