第二十四章 保身から出た答え
二十四章です。
ヤプール北集落の物見台に、控えめな朝の光が差し込み始めた。
いつもなら森の瑞々しい香りを運び、新たな一日の始まりを告げるはずの光だが、オルダの屋敷を包む空気は、どことなく澱んで重い。窓から差し込む光の筋に、無数の塵がダンスを踊っている。昨夜遅くから始まった会議で、無数に見つかった問題点とやるべきことは、無責任な酒飲み達によってほとんど放棄されてしまっていた。会議は踊る、されど進まず
屋敷のリビング。そこには、二人の男とぬいぐるみが力なく項垂れていた。
オルダはソファに深く沈み込み、眉間に深い皺を刻んで天井を仰いでいる。
その横で、ラッシュは魂の抜けたようにテーブルに突っ伏している。
りっちゃんは、証拠隠滅のために羊皮紙を暖炉にくべ終わり、暖炉の火を眺めたままピクリとも動かない。
沈黙を破ったのは、オルダの声だった。
「…つまり、だ。この無残な結果は、すべてアルトの自業自得。そういうことで相違ないな?」
(……異議……なし……)
りっちゃんはコクンと頷く。
「…異議なし。 完全に本人の不徳の致すところであります」
ラッシュのその声は、必死に自分を「被害者側」へと繋ぎ止めようとする執念に満ちている。
オルダがゆっくりと上体を起こした。その眼光は地獄の戦場をくぐり抜けたように鋭く、そしてどこか哀れみに満ちている。
「…良いか。あいつが『大人になりたい』と抜かした。ならば、自分のケツは自分で拭く。それが大人の最低限のルールだ。我々が進んで泥を被る謂れは、毛頭ない」
「おっしゃる通りです! 師匠! そもそも、あの場面で花を贈るなんてセンス、出てきやしません!」
ラッシュの弁明に、オルダの目がスッと細まった。
「…ほう、では聞こうか。あのアルトに『花を贈れ』などという、救いようのない浅知恵を授けた容疑者がいるはずだ。そいつもまた、アルトと同じく……有罪判定ということで良いな?」
その瞬間、室内の温度が数度下がった。
ラッシュの額から、大粒の汗が滴る。
オルダは見逃さない。
「どうしたんだラッシュ…?今飲んでいるのは安酒だぞ、無理をすることはねぇ…吐いて楽になれよ?」
彼は首を激しく横に振り、裏返った声を上げた。
「おっ、俺じゃないっすよ! 誓って俺じゃない!」
「犯人は……そう、近衛騎士のアンジュさんか、あるいは、あの浮世離れしたサーガイル王子! そのどちらかであります! 師匠、信じてください!」
「ふん。あの嬢ちゃんか、あの王子か…」
「…うん!?待てよ、確かアルトと嬢ちゃんが夜にネックレスを渡してイチャイチャしていた時、嬢ちゃんはアルトにユキシロハナをリクエストしていたぞ!?」
「!?何やってんだ!?アンジュさん!まさかの求婚待ち!?どんだけ進展してるんすか!そういえば、別れ際の全力で手を振っていたのも別れが辛かった…というわけですね?」
「待て待て!つまり…こうだ。初めからアルトからユキシロハナがもらいたかった。『母親』であるエルキアにユキシロハナを渡すようにそそのかす。」
「ふむふむ…」
「普通の…『普通の母親』なら、笑い飛ばして受け取り拒否する」
(あ、あえて『普通の』を2回言ってるな…)
「するとどうだ、手元に残るユキシロハナの出来上がりだ。アルトならどうする?そのまま捨てるか?」
「ん~、誰かにあげようと思うんじゃないっすか?」
「そうだよな、その花はダチのラッシュ、おまえにやろうとするか?」
「う…アルトなら渡してくるかもしれませんよ…」
オルダの顔色が青ざめていく。
「ラッシュ…おまえ、まさか…」
いつの間にか、りっちゃんがラッシュの肩をポンポンと叩いている。
「違いますよ!!まぁアルトでも花を贈るのは女性、消去法でアンジュさんになりますね」
「そしたら、嬢ちゃんは晴れてユキシロハナをゲットできるわけだ」
「…回りくどくないっすか?」
「だよな…」
「となると…あの変人王子が今回の戦犯だな…」
「普通に面白そうだからという理由でやりそうっす」
「ふん…どう落とし前つけてもらおうか」
オルダは指の骨をゴキンッと鳴らし、立ち上がって窓の外を見やった。遠く、王都の方向を見据えるその背中は、どこか隠者のような冷徹さを帯びている。
「よーし。いずれ、王子の祝賀会で答え合わせは済む。もしそいつらのどちらかが黒なら、一生をかけて、アルトのケツ持ちをさせれば良い。それで全ては丸く収まる」
オルダは一度言葉を切り、リビングの惨状を一瞥した。
「いいか、俺達にこれ以上の火の粉は降りかからせねぇ。祝賀会まではここに家に留まり、変わらず、ただ静かにいつも通りの毎日を送って酒を飲む!…だが、万が一だ。あいつらが居場所を失うようなことを起こすことを考え……二人の身を隠せる場所だけは用意しておく。……以上だ! 解散!」
「あの…オルダ様、一ついいすか?」
「なんだよ、もう終わったぞ?」
「アンジュさんの件はどうしますか…?」
「…知らん!解散!」
「了解であります!」
(…おやすみなさい…)
こうして、ヤプールの北集落で密かに行われた会議は生存本能に従って保身に走り、静かに幕を閉じた。サーガイルに覚えの無い悪寒が走ったが、今の彼には知る由もない。
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