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ンードラロギア  作者: ああああ


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第一章:名もなき少年の再生

まだ、本格スタートではありません。すみません、もう少しお付き合いください。

ガタゴトと、規則正しい振動が意識を揺らしていた。

肉体の痛みは、銀髪のエルフの女性が施した治療によって驚くほど引いている。だが、心に空いた巨大な穴からは、絶えず冷たい風が吹き抜けていた。意識がようやくおぼろげになったのはあの出来事から数週間後、そして一か月近くの間、荒野をひたすら駆け抜けている。


(僕は……誰なんだろう)


自分の名前すら、霧の向こう側に消えて思い出せない。ただ、目を閉じればあの赤黒い炎と、何かを握りつぶした時の悍ましくも甘美な感触だけが蘇り、逃げるように目を開けた。


馬車の荷台、揺れるほろの隙間から差し込む光の中に、二人の男女がいた。


御者台に座り、手綱を握る男の背中は、あまりに巨大だった。

その頭部は、自らの意志で余分なものを一切排除したかのように、青白く、短く均一に刈り込まれている。数日分だけ律儀に伸ばされた無精髭が、鍛え上げられた岩のような顎のラインを縁取っていた。

商人を名乗ってはいるが、その風体はどこからどう見ても戦場を渡り歩いてきたプロのそれだ。単なる筋肉の塊ではない。一切の虚飾を廃し、歩く姿さえも次の瞬間には背後の敵を仕留めているのではないかと思わせる、洗練された獣のような殺気を孕んでいる。まさに、実戦のために造り上げられた、生きた兵器のようだった。


その隣で羊皮紙の束に目を通しているのは、あの時、自分を救ってくれたエルフの女性だ。

卵のような柔らかく丸みを帯びた輪郭に、内側から発光するような瑞々しい白磁の肌。短めに整えられた、ふっくらとした「優しげな太眉」が、彼女の厳格な雰囲気の中に不思議な包容力を与えている。陽光に透ける澄んだ白銀の髪は、村娘を装うための素朴なサイド編みおろしにされている。その奥にある瞳には深い知性が宿っていた。

モスグリーンのチュニックに白いエプロンドレス。一見するとのどかな農村の娘だが、引き締まった肩周りや体幹からは、隠しきれない「動ける体」が持つ本能的な美しさと色気が漂っている。そして、使い込まれた長剣の柄が、彼女がただの村娘ではないことを無言で告げていた。


「次の街での取引ですが……教団の目が厳しくなっています。オルダ様、このルートは避けるべきかと」


「ふん、商売敵がたきに先を越されるのは癪だがな。エルキア、お前の勘は当たる。迂回しよう」


二人の会話から、男の名がオルダであり、各地を渡り歩く商人であること。そしてエルフの女性、エルキアが、単なる秘書官以上の信頼を置かれた相棒であることが伝わってくる。


ふと、オルダの鋭い視線が射抜くように向けられた。獲物を狙う鷹のような厳しさが、目が合った瞬間に、春の陽だまりのような温かなものへと一変する。


「どうだ? 名前くらい思い出せそうか?」


「……うーん……」


必死に記憶の糸を辿るが、何も掴めない。


「なに? 『ウーン』という名前なのか、お前は」

オルダが岩のような顔をわずかに綻ばせ、茶化すように言う。その刹那、隣に座るエルキアから、肌を刺すような冷ややかな殺気がオルダに向けられる。


「……あ、いや、すまん。冗談だ。そう睨むなエルキア」

慌てて前を向くオルダ。エルキアは寄り添うその白くしなやかな手で僕の手を包み込んだ。


「無理をしなくてもいいわ。ゆっくり時間をかけて、いつでもいいのよ」


「うん……でも、不便だから。名前、決めて」

必死に絞り出した言葉に、二人は顔を見合わせた。


馬を休めるためなのか、ちょうどよい木陰で馬車が止まる。


オルダは僕の顔や姿をジロジロみて少しの沈黙の後、オルダが低く、重厚な声で告げた。

「アル……ト。……そう、お前は今日から『アルト』だ。どうだ?」


「アルト……うん、良い名前だね。僕の名前は、アルト」

その響きが、不思議と心の穴を埋めていく気がした。


「そうだ。そして俺がお前の名付け親のオルダだ」


「ありがとう、オルダ…さん…は僕の親なの?」


オルダはその言葉と同時にひらりと翻り、僕を抱きしめる。身体の痛みを気にしてくれている様子だが、決して離さないという意思が伝わってくる。

「いいか…よく聞け。お前の本当のお父さんとお母さんは死んじまった。俺たちが助けに行こうとしたが、遅れちまった…本当にすまない。でも安心してくれ、今日から俺がお前を助けてやる。温かい布団も美味い飯も用意するから、だから泣かないでほしい…」


(そうだ。父さんは死んだ…父さんと母さんが死んだ?どうして…?火事があって、逃げ出して…うぅっ!)

その時の出来事を思い出そうとすると頭に痛みが走る。苦しくて息をすることすらできない。


エルキアが心配そうに僕の様子を見ている。


泣かないでほしい…この人の気持ちに今は応えたい。必死に声をだす。

「わかった…。泣かないように頑張る」


「そうか…えらいな、アルトは!」

オルダの声と身体が震えているのが伝わった。


長い時間に感じた。

そしてオルダの身体がそっと離れると、

「よーし! そうと決まれば、今晩の宿は一部屋だ。この三人がもっと仲良くなるために、川の字で寝るかぁ!」

デリカシーを戦場に置き忘れてきたオルダの一言が、導火線に火をつけた。


「オルダ……様……ッ!!」

ズドォォォン! と、エルキアの背後から噴き出す漆黒の怒気。周囲の酸素を一気に焼き尽くすかのような勢いだ。「ヒヒィィィン?!」と馬が白目を剥いて泡を吹き、魂が口から抜けかけて固まった。


「待て、エルキア! 冗談だ!馬が気を失ったぞ!」


「不潔です! 下品です! 死罪です!」


「死罪かよ!親睦を深めるきっかけ作りだろ!?」


「いいですかオルダ様。あなたと親睦を深めるつもりはこれっぽっちもありません!」

一言一言、氷の楔を打ち込むような怒気がエルキアから漏れる。


「わかった、悪かった! 下手すると死人が出るぞ、頼むから鎮まってくれ!」


「……オルダ様が、不潔なことを言うのが悪いのです」

フンッ、と顔を背けるエルキア。


一触即発の、けれどどこか可笑しな馬車の中。

エルキアのあまりの熱気に心配になってきた。大丈夫かな…そんなことを考え、目が合った瞬間、「あらあら、ごめんなさいねアルト」と微笑みながら声をかけてくれる。


「……オルダ様。今度その薄汚い口から『川の字』などという言葉が漏れたら、その頭を本当にヤスリで磨き上げますからね」


「……御意」


エルキアは普段は優しいけど怒ると怖い人だということがわかった。でもこの人のコロコロと変わる表情は僕の気持ちを明るくしてくれるような気がした。

ひとしきりの騒動が収まり、馬車に乗った僕たちは再びガタゴトと揺られていく。

エルキアはポンポンと膝を叩く。僕はエルキアの膝に頭を預け、心地よい揺れに身を任せていた。


「アルト、長い馬車の旅になってごめんなさいね。今あなたが住む家がある集落に向かっているわ。静かで過ごしやすい環境よ。そこにはオートン先生という、とっても物知りな先生がいるの。そこで、あなたにはたくさんのことを学んでもらいますからね」

エルキアの指が、僕の髪を優しく梳く。その手は先ほどオルダを殺しかけたものと同じとは思えないほど、穏やかで温かかった。


学校や塾が大きな街にあることは知っている。色々難しいことを教えてくれるところだけど僕なんかが行ってもついていけるか不安だった。

「……勉強って、大変?」


「ガハハ! 大丈夫だ、俺もついてる。……まあ、俺は主に酒場の視察で忙しいがな」

オルダが懲りずに振り返り、ウィンクして見せる。その瞬間、エルキアの視線が鋭い氷柱となってオルダの眉間を射抜いたが、今度は魔力までは漏れなかった。


(僕には、オルダとエルキアがいるからきっと大丈夫だ)


アルトは、胸の奥にある「赤黒い記憶」が、少しだけ薄らいでいくのを感じていた。

それが、オルダという男が仕掛けた壮大な欺瞞であり、エルキアという女性が背負った血塗られた贖罪の始まりであることを、今の彼はまだ知らない。


―焚火にくべた薪が爆ぜ、火の粉が夜の空に上がっていく。


エルキアはアルトが眠りにつくまで寄り添っていた。エルキアにとってアルトの純粋な心は、光輝く宝石となって映っている。この子の光を絶対に曇らせない。そんな決意がエルキアの中で湧き上がってくる。自分にできることは何なのか…?そう考えつつも、オルダに訊ねる。

「なぜ、両親のことを正直にお話しになったのですか?アルトの父親代わりになれたのではないですか…?」


両親の死の事実茫然と受け止める少年とそれを抱きしめるオルダ、そんな二人のやりとりを見つめていたエルキア。彼女はこの二人の中に入っていけなかった。入り込む余地がないわけではない、オルダとアルトとの距離感が計れないからでもない。幼くして両親を殺され、ひたむきに生きようとするこの少年を、幾百年の時を戦いに捧げてきた「死神」の手で触れることを躊躇したからであった。


「それは無理だな…。エルキア…間違ってもあの子の母親になろうと思うな。それは後々二人にとって不幸になるぜ。」


「…?」

エルキアにはオルダの言葉の意味がわからなかった。母親なんてなれるわけがない。この子の保護者として、守護していくこと…それだけで精一杯だ。


「それと、メイドは現地で雇うな。情報が漏れる…料理の一つや二つはできるだろ…?」

オルダは、エルキアの返事を予想しつつも確認の意味で料理ができることを質問してみる。自然の理を理解しているエルキアだからこそ、その理を基礎とする料理もできるのではないかというわずかな希望にかけてみた。


「…できませんよ。水と木の実程度で生きていける私が、料理なんてできると思いますか…?」

エルキアは必要無いことはしなくて当然と言わんばかりの顔をする。


「…だよねぇ、エルフだもんね…」

オルダは肩をすくめる。


「オルダ様が料理をすれば良いではないですか?」


「俺の料理はご覧の通り、酒の肴となるジャンクフードだ。こんな料理しか知らん!まぁ育ち盛りのガキには栄養のバランスが悪すぎるんだよ」


「バランス…盛り付け方が悪いのですか?」


「違う!栄養のバランスってのはなぁ…」


もうすぐ始まる三人の新生活にいきなり立ち込める暗雲…オルダはエルキアに栄養学を教え、目先の育ち盛りの少年に必要な料理を作らなければならない問題に直面したのだった。だが、完璧主義のエルキアがこの栄養学を身に着けたが故に、嫌いな食べ物と日々対峙しなければならない運命となることを、ひとときの安息の中で眠っているこの少年は、まだ知る由もない。

第一章読んでいただきましてありがとうございます。主人公アルトがどんな保護者に育てられていくのかをうかがい知ることができるエピソードでした。続きは主人公の新しい暮らしについて書いていきます。

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