プロローグ:灰の記憶と深淵の目覚め
こんなアニメ見てみたいなぁ…と思いながら書き始めてみました。
派手なバトル展開はあまり期待できないかもしれませんが、中世ファンタジー好きの方はどうぞお付き合いいただけますと幸いです。
神は何故、斯くも残酷な世界を創造したのか。
これは、人がいまだ「いつか無へと帰す」大いなる摂理という揺り籠の中で、ただ生かされていた時代の記録である。
この世界は生きるために奪わなければならない無限の地獄だった。そこで種を残し、そして無へ帰る。そんな世界で、人だけが運命の先を覗く力を手に入れた。それが地獄の炎をより激しく燃え上がらせる「呪われた薪」になるとも知らずに…。
そして人は運命を変える生き方を選び、獣として生きる美しさを否定した。
あるものは言う…摂理を受け入れ、ただ無に帰るべきだと。
あるものは変えようとする…地獄の薪を己が中に取り込んで地獄の炎を鎮めようと。
あるものは作ろうとする、地獄で生き抜くための術によって苦しみを和らげようと。
無となる前に生きた意味を残したいという、ささやかなる願いは豊かな土となって積み重なる。その地で人は知を育み、人の身の丈で先を見て、力と言語で秩序を編んだのだ。
大いなる摂理は厳格で、歪めた分は必ずその分の揺り戻しが起こる。このささやかなる願いすら、人を救った分だけ、多くの血を生贄とする必要があった。ある者が編み上げた救いの祈りは、いつしか他者を排斥する呪詛の鬨の声へと形を変え、ある者が苦しみを和らげるために暴いた世界の真理は、万物を灰に帰す終末の火を呼び寄せた。彼らが築き上げた文明の塔が高くなるほどに、その影として落とされる絶望の闇もまた、深く、濃くなっていったのだ。
人はこの厳格な摂理から目を背けた。
己が望むままに流され、理を歪めるほどに、生み出される地獄は際限なく膨れ上がり、悲劇はより過激な円環を成して繰り返されることとなった。その業火に焼かれ、最初に消え去るのは、いつの世も罪なき無垢な者たちの祈りであった。
ここに、泥中で絶望の連鎖に抗い、光輝いた無数の「希望」を、永劫の未来へ語り継ぐべく記す。
歴史という名の果てしない織り糸には、無数の始まりが結び目として存在している。どの結び目を解き、どの糸を手繰り寄せても、そこには拭い去れぬ血と涙の痕跡が刻まれているだろう。
だが、物語はあえて、この地点から紐解かれる。
――すべてが灰に帰し、深淵が目を覚ました、あの夜からだ。
時に正暦3026年6月の出来事だった。
意識の深層、そこは出口のない「赤」に支配された檻だった。
視界を埋め尽くすのは、夕闇よりもどす黒い火焔の螺旋。爆ぜる火の粉が少年の頬をなめ、焦げた肉と古びた家屋の入り混じった、逃げ場のない死の臭いが鼻腔を灼き尽くす。
記憶の断片が、鋭利な刃となって少年の脳裏を裂く。
数瞬前まで、そこには世界で一番温かな日常があったはずだった。しかし、野犬のような下卑た笑いを浮かべ、卑俗な欲望を隠そうともしない二人の騎士が、そのすべてを無残に踏みにじった。
「……逃げろ、……振り返るな!」
自分を庇い、盾となって切り伏せられた男の絶叫。
「あなただけでも……生きて……」
崩れ落ちる女が最期に絞り出した、か細く震える断末魔。
その瞬間、少年の内側で「何か」が音を立てて壊れた。
悲しみよりも早く、理解を絶するほどの「怒り」が細胞の一つ一つを沸騰させる。意志とは無関係に、幼い肉体の中心から、どす黒い紫の雷光が迸った。
少年の感覚は、爆発的に肥大していく。
世界から音が消え、ただ自身の内側から溢れ出す稲光のような炎が、辺りを一瞬にして火の海へと変えていった。混乱の極致にありながら、少年は、ある「確信」に支配されていた。目前にいた「ごろつき共」の命を、今、確実に奪い去っているという確信を。
視覚的には狂い咲く炎がすべてを遮り、彼らがどう果てたかは見えない。しかし、肥大した超感覚の先で少年の魔力が、騎士たちの本質――その霊体エネルギーそのものを容易く爆散させる。
――それは、ぞっとするほど甘美で、脳を痺れさせるような全能の悦楽を伴っていた。
だが、その悦びは束の間、コントロールを失った魔力が少年の矮小な器を食い破り、無限に膨張を始める。少年の自己意識は、そのあまりの圧力に耐えかね、千切れ飛ぼうとしていた。
「……オルダ様!これ以上は近寄れません!」
銀髪を激しく振り乱したエルフの女が、地獄の業火に抗いながら叫ぶ。
「抑えろ!これはただの火事じゃない、魔力暴走だ!」
横たわる少年へ駆けつけようとする二人を、少年から放たれる狂乱の魔力障壁が無慈避に拒絶する。
男――オルダは、少年が自らの力に焼き尽くされる未来を察し、苦渋に満ちた叫びを上げた。
「……エルキア! 無理か!? 手遅れになる前に、……その首を落としてでも止めるしか!」
オルダの怒号に近い問いかけ。二人は、少年から発する暴風のような魔圧に身を焼きながら、懸命に魔力の中和と相殺を試みる。
「……させません! この子は……私が……必ず!」
刹那の隙、エルキアは少年の結界を強引に突破し、その幼い体に触れた。その瞬間、彼女の全身を戦慄が走る。想像を絶する魔力の密度。少年から放たれる奔流は、彼女が展開した守護防壁を紙細工のように容易く突き破り、その白磁の肌を無残に引き裂き、鮮血を噴き出させた。
エルキアは血を吐きながらも、その衝撃をものともせず、少年の体を壊れ物を扱うように、しかし逃さぬよう強く抱きしめた。
彼女の全霊を賭した魔力が少年の荒れ狂う深淵をゆっくりと、中和して強引に閉じ込めていく。
死の淵。少年は、それまでの破壊的な熱狂とは正反対の、とても優しく温かな「何か」に包み込まれる感覚を覚えていた。
それは、母の胎内のように凪いだ「生命の泉」の深淵に、しっとりと沈み込んでいくような心地よさ。重力からも苦痛からも解き放たれ、ただただ穏やかな抱擁に身を委ねていたいという全き充足。
しかし、その静謐な水底に、一筋の鋭い「光」が差し込む。
「ぼうず! 気をしっかり持て! 目を覚ませ!」
天上の彼方から自分を呼び戻そうとする、太陽のように烈火たるオルダの声。その輝きは、微睡を貪ろうとする少年の意識を水面へと強引に引き上げ、再び現実の重みを背負わせようとする。
重い瞼を、震えながら押し上げる。
視界に飛び込んできたのは、自分を優しく抱きかかえてくれる、傷つき、激しく震える細い腕。そして、泥と汗、そして自分の血にまみれたオルダの焦燥に満ちた顔だった。
しかし、その安堵も束の間。少年の視界の端に映り込むのは、先ほどまで「家」であり「家族」がいた場所を跡形もなく飲み込み、天を衝くほどの勢いで燃え盛る巨大な火の海。
(……どうして、こんなことに……)
少年は声も出せず、ただ力なく、自分を呼び続ける男の瞳を見つめ返すことしかできなかった。目の前で起きたあまりの惨劇に、思考は白く塗りつぶされ、ただ絶望的な光景に意識が遠のいていく。
オルダは少年の意識が戻ったことに、肺が千切れるほどの安堵を見せたが、すぐさまその感情を押し殺し、厳しい仮面を被って少年の体を抱え上げた。
「……すぐにここを離れる。」
少年の視線を遮るように背を向け、燃え盛る過去を、そして二度と戻らぬ幸福を振り切って、闇が支配する荒野の中へと駆け出した。
「プロローグ」を最後まで読んでいただきましてありがとうございます。




