私の仕事
今話は少なめです。ご了承くださいm(_ _)m
扉が閉じた音と同時に私は目を開いた。呼吸のリズムを変えないよう注意しながら、目線だけを動かして部屋を見渡す。
音も立てず、気配も出さず、長年染みついた諜報官としての癖が思考より先に身体を動かしていた。
視界に映るのは見慣れた下宿の天井。家具の位置、壁の染み、積もった埃の量。
大丈夫だ、なんも変化はない。
なんの変哲もない。ここは私の部屋だ。
身体は動かない。いや、動かさない。まだ"眠っていた者"である必要があるからだ。
呼吸は安定している。脈拍も問題ない。怪我を回復魔術を使って一瞬で治療する。戦闘では力を抜いていただけ。気絶したふりをしたのは意図的。全て実力を隠すため。
課長…いやカミルが建物から出ていく気配がした。
「休憩はここまでね」
自分に言い聞かせ、体を起こした。静かに息を整え、身体の力を戻す。筋肉の反応を確認し、感覚に遅れがないことを確かめる。
問題なし。
もうまもなくこの部屋に宿主が訪れるだろう。私を殺すために。
「余計なことをしてくれたなカミル」
この下宿は捜査局や帝国政府の内部情報の売買の拠点になっている疑いがあった。私の任務はその証拠を掴むこと。しかしカミルは先程、私が捜査局員だと言ってしまった。おそらく宿主は私が寝ている間に殺そうとするだろう。こうなった以上返り討ちにするしかない。
ギィギィと廊下で床が軋む音がした。来たな。私は天井に張り付いた。
ガチャとドアが開く。
「あれ…どこいったの?」
「ここだよばばぁ」
天井から飛び降りると同時に宿主の顔面を蹴り飛ばした。
「あああんた‼︎気絶してたんじゃないの‼︎」
「ふりだよ、ふり。お馬鹿さん」
「こっちに来るなぁ‼︎ファ…ファイアランス!」
火の槍が放たれる。防護魔術を展開して防いだ。正直この宿主が中級魔術を扱えるとは意外だった。でも.......
「中級程度で殺せるとでも?」
「だって情報課員は雑魚だって.....あいつが‼︎」
「残念、私は特捜部の諜報員でしたー」
「特捜?どういうことよ‼︎」
叫ぶ宿主に仕方なく説明してやる。
「私は捜査局の内部情報取引の証拠を掴むために潜入していただけ」
「な…何を言っているの?そんな事、私は知らないわよ‼︎」
「潜入してわかったのは売買を仕切っているのがお前だという事、利用者の多くが人間に擬態した魔族だという事、情報の仕入れ元が情報課だという事。だから私は情報課にも潜入した。すでに裏切り者は特定済み。..........諦めなさい」
だが宿主は聞く耳を持たない。
「ファイアランス‼︎ファイアランス‼︎」
……埒が明かない。殺すか。
右の人差し指を宿主に向ける。
「音より先に破壊が来る」
指先に魔法陣が現れた。そこから射出されるのは超高密度の音波、浴びると内側から崩壊していく代物だ。宿主は声すら上げることができなかった。目鼻口耳、毛穴に至るまであらゆるところから血を噴き出し、その場に崩れ落ちた。
「で、何の用ですか?」
いつの間にか私の背後に男が立っていた。リュイネル戦を安全圏から観戦していた男女の、男の方onlyだ。男は無言で後ろに転がる死体に視線を落とす。
「..........貴様の任務は証拠の確保だけだと聞いていたんだが」
「まぁ優柔不断に....殺しちゃいました☆」
男は盛大にため息をついた。……いや、ていうか私も聞きたいんですけど。
.......お前だれ???
「いや、特捜部副部長のアルノ・オーヴェールなんだが?一応お前の上司なんだが?俺はお前の資料全部見て来たんだが?」
「だがだがうるさい人ですね。資料見てきたって事は"自称副部長"も私のこと知らなかったんでしょう?お互い様ですよ」
「自称じゃねぇし‼︎」
拳を握って叫ぶアルノ。その横で私は首をかしげた。
「へぇ……上司ってもっと威厳とかオーラとか肩書きが光ってるものだと思ってました」
「今ここで評価下げてくるのやめろ!!」
よし、じゃあここで一つ画期的な提案をするとしよう。
「名刺ください。くれたら本物だって信じます」
「いや待て!死体!足元!転がってる!この状況で、よく名刺要求できるな!?」
「怒鳴らないでくださいよ。怖い人ですね」
「この惨状で名刺要求できるお前の神経が一番怖ぇよ!!」
「そんなに嫌なら乾いてからでもいいですよ。血が」
「何が乾いてからだ!!」と、アルノは頭を抱え、天を仰いだ。
「頼むから人としての常識を持ってくれ」
「持ってなかったんですね。残念です」
「残念なのは貴様の方だ‼︎」
「でも真面目な話、常識は通用しないでしょう?この世界では」
「まあな」
急に話の熱が下がった。というか下げたのは私なんだが..........温度差で風邪ひきそう。
「まあいい。ただ一つだけ聞きたいことがある。昼間使っていた魔術と今使っていた魔術、違ったように見えたがあれは何だ?」
痛いとこをつくな。しかし真実を伝えるわけにはいかない。
「詳しい事は言えませんが............通常一種類しか使えない特級魔術を私は複数扱えるんです。もちろん条件はありますがね」
「部長が貴様を気に入ってる理由か.....確かに化物だこりゃ」
なんか一人でぶつぶつ呟き始めたのでこちらも質問をしよう。
「私もからも一つ聞きたいんですよ。最初に言いましたが...要件はなんですか?」
「あぁ、そうだったな。特捜部七課諜報員、セリーナ・シャルトル。ただいまをもって本事案の潜入任務を早期終了とする、だそうだ。部長直々のお達しだからな」
「........つまり情報課の裏切り者を始末した上で撤収せよという事ですね?」
早期終了という言葉通り任務の終了が予定より早い。部長直々という言葉から察するにどうやらあの人は私を新しい任務に就けたいのだろう。
「そういうことだ。要件はそれだけ、私は失礼する」
アルノは死体を踏みつけ、コツコツとブーツの音を鳴らしながら去っていった。
地味にエグい事するなぁあの人。
とりあえず部屋に戻ると部屋のクローゼットを開け、捜査局の制服を取り出した。
まずワイシャツにネクタイを締めてズボンを履く。最後に少し長めのジャケットを羽織れば出来上がり♪だ。
私は宿を出た。向かう先は対魔族魔導捜査局本部だ。裏切り者はリュイネル戦のあと、情報課室に戻っただろう。この時間ならばまだいるはず。
私の仕事はただ一つ。裏切り者を殺すことだ。
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