マッドサイエンティストはごめんだ
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ガチャリと大きな音を響かせ、聖域のドアが開かれる。突然の知らぬ来訪者にラミナは身体をこわばらせ、その場に立ち尽くしていた。
(誰だ…? いや、落ち着け俺! そりゃ召喚者が降臨なされたなんてニュース聞いたら、誰でも一目見ようと来るにきまってるんだから…! ここは堂々と…)
深呼吸をし、まるで最初から来るのを知っていたかのように仁王立ちをきめる。
やがてドアが完全に開放されーー
ーー『ああやっぱり。キミがラミナ様、だねぇ』
そこに立っていたのはラミナよりも小柄な人物…というか子供だった。目元は黒い髪に隠れ、白衣ならぬ
『黒衣』的なものを着ている。闇堕ちした研究者のような印象を受けた。
「…うん、そうだ。えーとキミは一体…?」
遠慮がちに近づきながら目の前の子に問いかける。そして 「待ってました」 と言わんばかりに顔を輝かせ(髪でほぼ見えていないが)自己紹介を始めた。
「僕は『リグムス』。このお城の研究者だよぉ」
目の前の少年は『リグムス』と名乗った。やはり何かしらの研究をしている者のようだ。
リグムスは音もなくラミナへ近づき、その周りをグルグルと歩きだした。
「なるほどぉこれが召喚者…いやぁ僕、召喚者ってもっとふんぞり返ってて偉っそうな態度でも取るようなやつなのかなぁって思ってたんだけどな」
「ひでぇイメージだなおい」
「でも、どうやらラミナ様は違うようで…安心したよ。これで心置き無く試せるもの。対象を上手く制御できないとそもそも実験なんてできないからねぇ」
初対面から一分も経っていないが、この短時間で目の前の少年のヤバさがひしひしと伝わってきてしまっている。『試す』『実験』『対象』。特に最後の対象が何を指しているのかは聞かなくてもすぐに分かった。
「…おい? あんま目の前でそう言われるとな、結構怖いからやめてくれるか?」
「あっ、ごめんねぇ。僕の昔からのわるーいクセで」
謝ってはいるが全く悪いとは思っていないんだろうなとラミナは直感した。声が明らかに楽しんでいるのだ。清々しい。
「にしても…リグムスだったか。なんか召喚者を見るのは初めてーってかんじ出してるけど」
「うん。実際に目にするのは今日が初めてだよぉ」
「え、そうなの?」
ラミナは心底意外な顔をした。研究者なんて言うぐらいだから、これまでも色んな召喚者の実験でもしていたのかと思っていたが。いやしかしよく考えれば彼はまだ子供に見える。人生経験も浅い彼に果たしてそんな機会はあったのだろうか。その答えはすぐに知ることになる。
「意外? 僕こう見えてまだ子供だから、数十年に一度くらいの頻度で生まれる召喚者に会うことなんてないんだねぇ」
予想通りの回答。
「あー…まぁそれは、そうだよな、うん」
子供なのは見た目通りだ、という言葉は閉まっておくことにした。
そして召喚者についてまた一つ詳しくなった。そうポンポンと生まれてくるような存在じゃないということか。自分は何年ぶりに生まれた存在なんだろう。
「しかし…リグムスって今何歳だ?」
「ん、丁度10歳だよ」
「じゅ…その歳で国の研究者か…やはり異世界。常識をいとも簡単に破壊してくれる」
前の世界でも『ギフテッド』なんて呼ばれていた子供がいたが、リグムスもそれと似たようなかんじなのだろうか。流石に国の最高機関に務めるような子供は見たことないが。
「僕の事はどうでもいいさ。それよりもラミナ様、僕はキミの事が知りたい。毛の本数から体内を巡る魔力、隅から隅まで全部ね」
前髪で隠れていた片目が現れ、真っ直ぐにこちらを見据えている視線を感じる。獲物を見つけたかのように紫色の瞳がギラリと光っていた。
あまりの熱意に戸惑うラミナを気にとめず、リグムスは話を続ける。
「そう怖がらなくていいよ。これは僕みたいな研究者の決まり文句みたいなものだからさ。でもキミに興味があるのは本当だよ。何せあの召喚者様だからね。当然、キミのことは既に城内全体で知れ渡っているよ」
「あぁそうか…王様とかも、お偉いさん方もみんな…やべぇ急に謎の緊張してきた。変な汗かいてる」
「あははっ。まあまだアルヴェルギア王都内までには知らされてないけどね。それくらいキミは慎重に扱わないといけないんだ」
またこれだ。『慎重に扱う』とか『聖域』とか、あの祭壇紛いのベッドとか…やはり召喚者というのは、異質な存在で、少なくとも周りと同じように人として扱っていい者ではないのだろう。居心地の悪くなるようなこの感覚…
知らないことは後々ゆっくり知っていけばいい。それまではこの非現実的な生活を楽しんでいけばいい…さっきまではそう思っていたが、もはやそんなことを言っている暇はない。一刻も早く知りたい。この異世界の事を、召喚者としての、ラミナとしての自分を。
「…リグムス、教えてくれ。召喚者は…俺は一体、この世界にどんな恩恵を与えるんだ? 俺がいることで、周りにどんな影響を…」
「あれ、あの二人からは説明受けてないの? いっか、教えてあげる。まさか先輩の尻拭いをするハメになるとはね」
あの二人というのは美人姉妹、レイナ(清楚)とセイナ(オラ系)のことだろう。軽く説明された気もするがあまりピンとはこなかった。国の説明なんかもあったが、悲しいことに(自分の記憶力が無いせいで)内容を忘れてしまっている。双子の月とか言ってたっけ。なんちゃらとなんちゃらがあるって…もはやこのレベルである。
リグムスはいつの間にかホワイトボード的なものを取り出し、生徒に教えを説く先生のような佇まいでそこに立っていた。多分自分の得意分野について語れるのが嬉しいのだろう。可愛い(唐突の本音)。
「ずばり、ラミナ様のような召喚者様がもたらしてくれるのは、圧倒的な『月の加護』。流石に双子の月……『白のルナス』と『蒼のノクス』の話くらいは聞かされてるでしょ?」
あぁそれだ。タイミングの良すぎる復習タイムでかなり助かる。ルナスとノクス…絶妙に言いずらそうな名前で記憶が曖昧だった。
その双子の月と大きく関わりがあるらしい。
「双子の月には、『作物をよく育たせる』、『天候災害を減らす』、そして『魔力を安定させる』なんて縁起のいい加護があるんだけど、召喚者様の降臨によってその加護がさらに威力をあげるんだね」
「へぇ〜月の加護…また随分オシャンティーな」
「うん。特に3つ目の魔力の安定…これが特に凄くてね。国全体の魔力濃度も上がるんだよ。一般の魔術師でも魔力操作が簡単になってさ、つまり国家軍事力の増幅へも繋がっていて…」
ムズい。当然異世界ファンタジーに魔力とかいう概念は必要不可欠だが、実際に(研究者による早口)解説を受けるとなると情報が混雑してくる。濃度が上がると操作が楽に? それは何故? 疑問が浮かんでは「考えても仕方ねぇ」と半ば諦め気味に捨てていく。今はとりあえず未知の知識を無理やり叩き込む時間だ。
「…あと、ちょっといやらしい話だけどさ。召喚者の降臨は、王家が選ばれた証にもなってね。宗教とか政治的に強い意味を持つんだよ。威信が上がって、ラミナという名を出すだけで繁栄の象徴としてみんなを安心させたりして…」
「…あははっ、そりゃそうだよなぁ」
これは一発で理解できた。とにかく一人いるだけで加護の力がアホみたいに増幅するっていう召喚者がいれば、当然国の立場も強くなる。
「ん、何さ急に笑って。もしかして笑いのツボが特殊なタイプ? これって召喚者特有の…みたいな?」
「違う違う。妙に納得できたってとの、本人の前で言える清々しさがなんか面白くてさ」
「キミが教えてって言ったんだから全部伝えないとでしょ?」
「何を言ってるんだこの人は」といった心底不思議そうな顔(隠れてるが)を向けてくるリグムス。それもまたおかしくて、しばらくラミナの小さな笑い声が部屋に響いた。
異世界転生初笑いは、この目の前の謎の少年によって取られたのだ。
「ありがと。まぁまだ完璧に理解出来てないけど、知ってないよりはマシな話ばっかだったよ」
「当たり前だよ。僕は見た目は子供、頭脳は大人の王都の立派な研究者なんだから」
ふんす! と胸を張りそう答えるリグムス。某名探偵のようなセリフが出てきたのは置いておいて、リグムスは意外と良い奴なのかもしれない。マッドサイエンティスト感は染み出ているが、結構親しみやすい性格でもあるし、実際話しやすい。
補佐官姉妹のレイナとセイナも、タイプは違うが悪い奴らではないし、結構いい世界に来れたかも。
「うん、だよな。お前は立派な研究者だ」
「そーだよ、全く召喚者って不思議だ…ますます興味が湧いてきたよ。ね、予定何もないなら一回僕の研究室に…」
ガチャ
不意に部屋の扉が開かれた。二人して扉の方に顔を向けると、そこにはレイナが立っていた。相変わらず美人。
「お待たせ致しましたラミナ様…って、リグムス。貴方が研究室から出てくるなんて珍しいですね」
「はいレイナ様、リグムスです。それはもちろん召喚者様が降臨したからですよ。研究者として見ないわけにはいかないというものです」
レイナとリグムス。こうして見るとなんか姉と弟に見えてくる。似ても似つかないが。というかリグムスはそもそも顔見えないし。ちゃんと前見えてるのか心配になってきた。
「大体想像はついてましたが…ラミナ様、リグムスに失礼は無かったでしょうか。この子、自分の興味のある事になるとうるさ…いえ、騒がしくなるので」
言い換えれてないよレイナ。うるさいも騒がしいもほぼ同じ意味だから。意外と天然なのかこの子?
「レイナ様、まさか召喚者様に失礼なんてしませんよ。そこら辺はちゃんとわきまえているので」
「あれ、でも俺のことを実験対象にしようとしたのはどこのリグムスだっけぇ?」
少し意地悪したくなったので試しにわざと語尾を伸ばして言ってみた。するとリグムスの反応は予想よりずっと大きかった。
ビクゥッと肩をゆらし、髪に隠れきれてない汗がダラダラ流れている。あれ、思ったよりこういうの効くタイプ?
「ちょっ、ラミナ様…!」
「……リグムス。今のは一体どういうことなのかしら…ちゃんと一から説明してくれますよね?」
気のせいかもしれないが、レイナの背後からとんでもないオーラ…『魔力』的なのが溢れ出てきている。魔力と感じたのは直感だが、召喚者の直感って結構信用できる気がする。
にしてもこの魔力は気のせいであって欲しいが。空気がビリビリしている。
というかリグムスの反応が面白い。レイナの前だとこんな感じになるのか。姉と弟っぽいというのはあながち間違いじゃないのかもしれない。
「い、いやレイナ様! それはその、研究者として未知のものを目の前にして好奇心を抑えることなど出来なくてですね…!」
「ほう? それはたとえ相手が可憐で麗しく美しいラミナ様だとしても、その好奇心は許されると?」
「な、なんて?」
「いいですかリグムス。ラミナ様はそんな理由で実験対象にしていいお方ではないのです。でもリグムス、貴方のその行動力と実力は私も認めています。ですからもし研究をするというのなら"必ず"私同伴で行ってください。いえ、作業の説明をいただければ私が率先して行いましょう」
急にどうしたんだろうこの子。清楚系美人から愛重い系美人にシフトチェンジしたんだろうか。この短時間で? だがしかしこれも…
「悪くないな!」
「ラミナ様?」
「ああいや、なんでも…レイナ、大丈夫だ。リグムスには何もされてないし、良い奴だよ」
初対面での印象が嘘のように早口気味で語るレイナに少し驚いたが、面白いので変に口を挟むようなことはしなかった。麗しいとか言われるとちょっと恥ずかしいけど。
「ラミナ様がそうおっしゃるなら…リグムス、命拾いしましたね」
(高速でお辞儀を繰り返すリグムス)
「それでレイナ。戻ってきたってことは、何か用事ごとか?」
「はい、ラミナ様。今すぐに…という訳ではないのですが…これから玉座の間にて、この国の王ーー
ーー『ゼノン=ド=アルヴェルギア』様とお会いしていただきます」
『ゼノン=ド=アルヴェルギア』…それがこの国の王様の名前か。いかにもファンタジー感溢れる名前、王と会うとかちょっとビビるけど、ワクワクもしてきた。
というか、セイナはどこに行ったんだろう?




